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キズのあるみかんはおいしい証拠! 東京の若きみかん農家、夜はバンドマン!?

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
12月24日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、東京・武蔵村山市のみかん農家「小林農園」の若き3代目、小林卓矢さんをお迎えしました。

小林卓矢さん

東京のみかん栽培は1960年、武蔵村山で始まりました。小林農園はその最初の農家のひとつで、小林さんの祖父・藤寿(とうじゅ)さんたち数軒の農家が最初に取り組んだそうです。ちょうど戦後の高度成長期、日本人の食生活が変わってフルーツをたくさん食べるようになって、みかんの生産が飛躍的に伸び、神奈川県・小田原などでも増殖が盛んになった時代でした。それで、狭山丘陵の南側斜面は日当たりがいいので武蔵村山でもやってみたらどうかと、藤寿さんは小学校時代の先生に勧められたのだそうです。でも当時はまだ、東京より北ではみかんが栽培されていなかったので、今の私たちが考える以上に大変な挑戦でした。みかん狩り園として軌道にのるまでは苦労が絶えなかったといいます。みかんの味も当時はかなりすっぱかったそうです。

2代目の利夫さん(小林さんの父)の代になると味もずいぶんよくなったと評判になり、最盛期にはみかん農家も20軒ほどにまで増えたそうですが、現在は6軒。高齢化が進み、2代目、3代目が後を継がないところも多い中で、小林卓矢さんのように若い担い手は貴重な存在となっています。小林さんは1989年生まれの27歳。6軒の中で20代は小林さん一人(ほかに30代の方が一人いるそうです)。明治大学農学部を卒業後、家の農園で働くようなって、現在6年目。2014年に、高校の同級生だった千景さんと結婚して、いよいよ農業で生活するという自覚が強くなったそうです。

みかんを食べながらインタビュー

栽培が始まって50年以上になる武蔵村山のみかんは「東京狭山みかん」の名で売られています。市場にはほとんど流通していなくて、消費者の手に渡るのはみかん狩りと直売のみだけ。農業を続けるのに厳しい状況だといわれる中で、東京のみかん農家はどうなのでしょう? 「武蔵村山は消費者が多い土地なので、農業をやるにはやりやすい場所です。だから農作物を売ることに関しては困らないです。武蔵村山はちょうど都会と田舎の境目なのがいいのかもしれないです。都心から来るのもそれほど時間がかからないですし、来てみると風景は田舎なので、ちょっとした観光気分が味わえるし。それがいいんだと思います」。

サラリーマンのように安定した収入は約束されていませんが、自分のやりたいことができるし、やったことがちゃんと目に見える形になって現れるので、やりがいを感じていると言う小林さん。実はもう一つ、バンドマンの顔もお持ちで、畑の仕事が終わる日没後は仲間たちと集まってバンド活動をしているそうです。

皮に傷があるほうがおいしい

さいごに、小林さんに教えていただいたみかんの見分け方。皮の表面にひっかいたようなキズがあるみかんはおいしい! キズは風に揺れて葉っぱや枝にこすれてできたもので、そのみかんは木の外側のほうになっていた証拠。太陽によく当たっている分、おいしいんだそうです。

ヘタでも見分けられる

もうひとつ注目するのは、ヘタの切り口。これが小さいみかんのほうがおいしい! ヘタの切り口が大きいみかんは、実につながっていた茎が太かったということですから、水分を余計に多く含んで味が薄くなっていることがあるんだそうです。みかんを買う時には、キズとヘタに注目してみてくださいね!

小林卓矢さんのご感想

小林卓矢さん

30分あっという間でした。ほんと楽しかったです。久米さんはニュースで見ていた方なので、なんか不思議な感じでした。

久米さんが農業のことを結構考えて下さっていて、嬉しかったです。ありがとうございました。

2016年12月24日(土)放送「今週のスポットライト」、ゲスト:小林卓矢さんhttp://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20161224140000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)