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【映画評書き起こし】宇多丸、『ドント・ブリーズ』を語る!(2016.12.24放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

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「映画館では、今日も新作映画が公開されている。
 一体、誰が映画を見張るのか?
 一体、誰が映画をウォッチするのか?
 映画ウォッチ超人、シネマンディアス宇多丸がいま立ち上がる――
 その名も、週刊映画時評ムービーウォッチメン!」

宇多丸:
ここから夜11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告しつつ──毎週毎週ちょっとした間違いがあったあたりなんかを訂正させていただいたりするんですが、先週の、よりによって『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』でも私、やらかしてしまいました。本当にみなさん、お恥ずかしい限りでございます。すでにホームページに上がっているみやーんさんの公式書き起こしでは直させて頂いているんですが。

評の中で私ね、「エピソード○○」とかってついているやつ。スカイウォーカー家を中心としたメインのサーガが「カノン(正史)」、それ以外は「スピンオフ」みたいな言い方をして、それを対比させて話していたんですけど。なんでも、ちゃんとしたところだと、ルーカスフィルムがディズニーに買収されて以降は、全部含めてスピンオフも「正典」つまり「カノン」で、それ以外の、ルーカスフィルム・ストーリー・グループが監修していない、ディズニー買収前の(スピンオフ)シリーズのことを「レジェンズ」と呼んで(区別している)。つまり(ディズニー買収以降の作品は)スピンオフもカノンの内なんですね。正史としてこれからもカウントされるということなので。

なので、私が先週の評の中で言っていたカノンとスピンオフを対比させる分類表現は完全に間違っています。申し訳ございません。カノンと言っている部分は単に「メインのストーリー」とか「メインのサーガ」とか「エピソード○○」みたいな言い方をすればよかったというだけのことでございまして。改めましてこの場を借りてお詫びして訂正させていただきます。非常にお恥ずかしい間違いでございました。

……といったようなことを重ねながらやってきた映画評論コーナーです。今年最後に扱う映画は「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『ドント・ブリーズ』

(BGM:テーマ曲が流れる)

おい、びっくりすんな、おい! ちょっと音楽からして……サム・ライミの会社のさ、ゴーストハウス・ピクチャーズのドアがバーン!って閉まって骸骨がニョッて顔を出す、映画の頭についているあれもさ、ドアがバーン!って閉まる音がすっげーびっくりするから毎回、「やめろよ! サム・ライミよ!」ってなるっていうね。はい。サム・ライミ監督の映画『死霊のはらわた』のリメイク版を手がけたフェデ・アルバレス監督によるショッキングスリラー。盲目の老人が1人で暮らす家に押し入った若者3人が思わぬ逆襲を受ける恐怖を描く。サム・ライミは本作でプロデューサーも務めている、ということでございます。

リスナーのみなさん、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)、メールなどで多数いただいております。メールの量は……まあ、普通。ですが、上映規模からすると大健闘。あんまりね、上映館数が多くないということですからね。そして、賛否の比率は「賛」が6割。「まあまあ」が3割、否定的意見が残り1割といったバランスでございます。「賛」の方ね、「文字通り息もできないぐらいの緊迫感」「88分の映画とは思えない濃厚さ」「最後のたたみかけがすごい」「映画としての構成も見事」などが主な褒める意見。一方、否定的な意見で目立ったのは、「襲う側と襲われる側、どちらにも肩入れできずずっとモヤモヤしたまま」というものが多かったということでございます。

代表的なところをご紹介いたしましょう。「ケンちゃんのお父さん」さんからいただいたメール。「『ドント・ブリーズ』、面白かったです。どん詰まりの街(デトロイト)のどん詰まりの場所での、正しくない者たちのギリギリの攻防戦。さあ、どう来る? どう来るんだ? とハラハラドキドキでした。人物造形の確かさが『感情移入はできないけど存在感がある』という感覚を生じさせ、それがキャラクターと観客との間にちょうどいい距離感をもたらし、結果我々は純粋に映画的快楽を堪能することができたのではないのでしょうか? ギュッと引き締まった90分弱。物語は一応の決着を見ますが、あとに残る苦味がこれまたいい。私は不思議と元気をもらった気がしました。本当に豊作だった今年の締めくくりに相応しい映画でした。師匠、今年も本当にありがとうございました」。いや、こちらこそありがとうございます。

一方、ダメだったという方。「ハジメン」さん。「結論から申しますと、イマイチでした。この手の映画は殺す側の理不尽な暴力、理解しがたい狂気が殺される側を通して映し出されるからこそ恐怖として感じるのだと思いますが、今作は殺す側の盲目の老人に様々な事情や動機・理由を抱えさせたため、この老人に同情こそすれ、とても恐怖を感じるには至りませんでした。ハンディのある殺人鬼vs悪ガキというアイデアはよかったと思うだけに残念な1本でした」というハジメンさんのご意見でございました。

あと、こんな意見。「埼玉のフラッパー」さんからのメール。「『ドント・ブリーズ』、見ました。トータルで5分ぐらい見ました。あまりに怖すぎて耳を塞いで下を向き続けた88分間。犬をかわいがる人に悪い人はいないので、少しぶっきらぼうだけど本当はよいおじいさんだという話だと理解しました」。違うよ!っていうね(笑)。暗闇が舞台ということで、僕が以前この番組で紹介した『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』というワークショップ、いまでも神宮前の方でやっていますけども、ぜひやっていただきたい。「……『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』のアテンドの方によると、暗闇の中で視覚以外の情報を使ってコミュニケーションを取るのが上手いのはラジオパーソナリティーの方が多く、宇多丸さんや伊集院光さんは圧倒的だとおっしゃっていました」。だって! だってさ! ということですよね。ありがとうございます。

ラジオネーム「砂場」さん。「終盤、退役軍人のおじいさんが口に“あるもの”を突っ込まれて逆襲されるシーンで、隣の女性が小声で短く『苦っ』と言っていました。そこだけで1800円モトが取れました」っていうね(笑)。これ、見た人しかわかりませんけどね~。見た人はこれ、爆笑のメールでございますね。はい。

ということで『ドント・ブリーズ』、私もですね、実は先週の『ウィークエンド・シャッフル』放送直後、スタッフたちと連れ立ってTOHOシネマズ新宿でまず1回目、見てまいりました。ド深夜回にもかかわらず、結構人が入っていて。しかも若い酔った客が多かったので「ちょっとこれうるさくなるかな? みんな私語とか多そうだな」とか思っていたら、だんだんだんだんみんな引き込まれてきたのか、水を打ったように集中して見ていました。

そしてもう1回、日比谷みゆき座で見てまいりました。こちらもほぼほぼ満席でしたね。埋まっていましたね。ということで、やはり評判が伝わっているということなんでしょうね。当初、これ実は『ドント・ブリーズ』、日本では劇場公開の予定がなかったという。これが回避されたのは僕は本当によかったなという風に思います。ということでこの作品に関しては極力ネタバレも、できるだけゼロに近づけたい! まあ、多少情報は言いますけど、でもゼロです。ゼロに近づけたいし、まあ88分という非常にタイトな上映時間に敬意を示しまして……と言っても見た人ならわかると思うけど、もうはっきり言って88分で十分お腹いっぱいっていうか。もうこれでもか! とばかりに、お・も・て・な・し、されすぎなため、もうこれ以上はいいです!っていう。このギリギリの上映時間が88分というね。あれ以上長いと、もう辛いっていう感じだと思うんですけどね。

とにかく中身が非常に詰まった短さということにならいまして、今回は僕の評そのものも、できるだけミニマムに、最小限の示唆程度に止めておきたいなと思いますが、もしそれを踏み越える瞬間があったら申し訳ございません。なんなら本当にね、もう最初から結論を言っちゃいますけども。「もうとにかく絶対に“面白い”映画っていうことは保証するから、騙されたと思って見に行って!」で済ませたいところです。「もう、いいから! いいから見に行って!」っていう。

もちろんね、怖いのが本当に苦手っていう人はちょっとすすめないけども。ただまあ、幽霊とか悪魔とか、そういう超常的な存在が出て来るタイプの映画、ホラーじゃないですよ。少なくとも、直接的なグロとかゴア描写も実はそんなにないですよというようなことですね。というのもですね、今回脚本・監督のフェデ・アルバレスさんという方、ウルグアイの方なんだけど、この方は、脚本、監督、編集、VFX(CGでの映像の作り込み)なんかも全部1人でこなした『パニック・アタック(Ataque de Panico)』という5分間の短編を自分で作って、それを2009年にYouTubeにアップしたところサム・ライミにフックアップされて2013年に『死霊のはらわた』のリメイクを任されたという、まさにシンデレラボーイなんですけど。

でね、実は今回の『ドント・ブリーズ』も、お話の骨格はこの『死霊のはらわた』とほとんど同じなんですね。いわくつきの家があって、若者たちがそこで呪われたパンドラの箱を開けてしまい、家から脱出できないままに次々と、言ってみれば「呪い」というものの餌食になっていくという話。まあ、同じなわけですね。ただ、この『死霊のはらわた』のリメイクは……オリジナルを信奉する人が多い作品ほどリメイクって評判が悪くなっちゃいがちなもんでね。このリメイクも、あまりにもちょっとグロとかゴア描写が、『死霊のはらわた』にしたっていくらなんでも、って行き過ぎたせいもあったのか、非常に不評だったので。フェデ・アルバレスさん、ちょっとそこから思うところがあってということで、次の作品ではこんなことを言っているのね。「血は少なめ」「オリジナルストーリー」「超常的現象要素に頼らない」という縛りで次は作ろうという風に決めてやった、と。

で、『映画秘宝』で町山智浩さんも言っていた通りで、主演も同じジェーン・レヴィさんという方だし、要はある意味前作の、フェデ・アルバレスさんにとっては前作の『死霊のはらわた』リメイクのリベンジでもあるという作品。もっと言えば、『死霊のはらわた』でやったことのもっと純映画的ブラッシュアップ。そういう意図でやっているという感じだと思いますね。で、そんなわけで出てきたのがこの、言ってみれば逆『暗くなるまで待って』ですよね。『暗くなるまで待って』という、オードリー・ヘップバーンが盲目の女性で、その家が強盗に押し入られたと。で、最後に(家の中を)暗くすることで逆襲するわけですよね。そんな『暗くなるまで待って』の逆構造的なスリラー映画であり、みなさんがおっしゃる通り、逆「ナメていた相手が実は殺人マシーンでした」(C:ギンティ小林さん)。いつもはそれでスカッとする映画だけど、逆にナメていた相手にやられちゃって超怖いというタイプの映画でもあると。

で、いま僕がここまで言ったようなことは、予告でもわかるような情報じゃないですか。ということなんだけど、この時点でも十分超面白そうな感じがすると思うんですけども、この『ドント・ブリーズ』、実際に見るとさらに高まったハードルを上回る……これは本当に僕はこう思います。本当に超絶的な面白さですね。超絶的な面白さを打ち出してくれるということだと思います。なので本日ね、極力ネタバレゼロで行きたいので、そのキモとなるいくつかのポイントをちょっと示唆する程度で挙げていくという感じにしたいと思います。

まずひとつ目はね、実際に事態が本格的に発動するまで。つまり、その盲目の退役軍人。しかも娘さんを交通事故で亡くされてという、非常にかわいそうな立場のスティーブン・ラングさん演じる盲目の退役軍人。このスティーブン・ラングさん、名前は聞いてもあんまりピンと来ないかもしれないですけど、「『アバター』の悪役の、あの軍人だよ」って言ったら「ああ、ああ!」ってみんななると思うんですよね。なので、要は『アバター』でもそうでしたけど、この人ね、全体のフォルムの四角さっていうか、角ばった感じ。顔とか体全体の四角くて角ばってゴツゴツと無骨な感じっていうのが、フォルムがいいんですよね。すごく、とにかくもともと。今回もさ、特に殴るところの、ストロークが短い感じの殴りがさ。ゴッゴッゴッ!っていう感じがさ、またいいですよね。全体のシルエットとも相まってね。

そんな感じのスティーブン・ラングさん演じる盲目の退役軍人。とにかく一見弱者であり、かわいそうな人以外の何者でもないように見えるこの男が、その実力というのを発揮しだすまで。つまり、本格的に話が転がりだす前の事前のネタ振りが、とにかく周到。自然だし、丁寧っていうことで。ここがまず、大きいですね。わかりやすいところで言うと、主人公たち。若者たち3人が家の中に入ってからですね、家の中を探索というか物色して回るわけですね。で、それにカメラがずーっとついて行く。長い……おそらくは擬似的な、途中はインチキしてつまんでいるんだけど擬似的なワンショット。ずーっと続いていくショットがあるわけです。

これによって、もちろんこれから先、舞台となる家の中という限定空間――とにかく家の中だけでほぼほぼ展開しますから――家の中という限定空間の中での諸々の位置関係を予め示すという機能を果たしているというのと同時にですね、このカメラワークでグーッといろんなところを回りながら、これは2度目に見るとより「ああっ!」って明確にわかるんだけど、後々に生かされる諸々のファクター。たとえば小道具であるとか、たとえば「ここにダクトがありますよ」とか、「ここ、上は天窓になっていますよ」とか、そういうのをスーッとさり気なく観客の意識に刷り込んでいく作りになっていて、これが非常に上手いですね。さり気なく丁寧だし、でもはっきりと記憶にも残るしといったあたりで、情報の提示の仕方が非常に上手いな、高度だな、優雅だなという風に思いますね。

ついでに言うと、エンドロールの部分で、フェデ・アルバレスさんは前作の『死霊のはらわた』リメイクのエンドロールでも実は同じことをやっているんだけど、今度は事後的に、劇中でいろんなことが起こったそれぞれの場所っていうのをグラフィカルに見せるっていうアフターサービスがあるじゃないですか。だから、事前のところで丁寧に見せて、終わってからももう1回丁寧に……「いやー、楽しかったっすね~! 怖かったね~! ここでもあんなことあったね~! あったね〜、この場面!」って。非常に周到なサービスということになっているというね。あるいは、そういう直接的にストーリー展開にかかわる部分以外でもですね、たとえば家の中の調度品とかのちょっとしたディテールにまで、言ってみれば本当に肉体的にも精神的にも文字通り闇の中に生きているこの男の、日々彼が「見ている」世界っていうのが実はものすごくしっかり、細かく描きこまれているというね。

これは本当はね、細かくね、「あそこ、気づきましたか?」みたいな話をしたいんだけど、ちょっとネタバレになるんでここは触れないで起きましょう。で、それがもっとも強烈な形で視覚化されるのが、中盤に出てくる……おそらく彼は完全に盲目ですから触覚だけを頼りに作り上げたのであろう「あの部屋」。ある部屋が出てくる。あの部屋がパッと出てきた時に、完全にこの男の病んだ精神みたいなものが視覚化されて出てくるから。狂った人の頭の中を具体的なものとして視覚的にボンッ!って急に見せられる感じっていうか。「うわーっ!」っていう感じがするあのところね。これ、話せば話すほど危ない、ネタバレすれすれにいま来ているわけなんですけども。

まさにいま僕が言っているこの部分こそ、この『ドント・ブリーズ』がですね、事前のハードル……予告で見て「ああ、面白そうだな」って思ったハードルを遥かに超えて面白い、またひとつのポイントじゃないかなと思います。はっきり言って予告とかで出てくるあたりも十分に面白そうなんだけど、あれ、実際の映画のせいぜい半分手前ぐらいまでですからね。全然その後が、またすごいっていうことなんですよね。その中盤に用意されたある強烈なツイスト(ひねり)によってですね、この作品は、そこまではものすごーくよく出来た、ハラハラドキドキする、手に汗握るスリラー映画っていう領域なわけですけど。その中盤のツイストからですね、やっぱりね、はっきり「ホラー」っていう領域に入ってくると思うんですよね。

どういうことか? 僕は特にやっぱり連想させられたのは、言わずと知れた現代ホラーの金字塔、1974年の『悪魔のいけにえ』だと思いますね。『悪魔のいけにえ』でレザーフェイスが連続して人を殺した後にですね……結構中盤にそれがいきなり出てきますよね。連続して人を殺した後に、窓辺に座って、こうやって「なんで今日に限ってこんなに人が来るんだ?」ってこう思い悩むという場面。あれ、『悪魔のいけにえ』でも名場面として言われてますけども、ちょっとあそこに近いものを感じて。つまり、人間的な事情とかね……ある意味、人間的な描写じゃないですか。怖くなくなってもおかしくないような面を見せているけど、それによって怖くなくなるか?っていうと全然そんなことないっていうか、むしろ「えっ、なに?」っていう……「なに? 確実に生きているそこにいる人間の、でもこの”あっちの世界”感はなに?」っていう。だからね、結構珍しい領域なんですよね。人間的な描写を見せているのに、それがさらに「いやいやいやいや……」ってなるこの感じ。

僕はだから先ほどのメールとはちょっと意見が違くて。やっぱり事情を説明してももっと怖くなっちゃうっていうところが、この『ドント・ブリーズ』の1個踏み越えた部分じゃないかと思います。たとえば、黒沢清の『地獄の警備員』もちょっと思い出しましたね。あと、平山夢明さんの小説とかを思い出すような展開でしたよね。ということで、とにかくまごうことなき人間なんですよ。ちゃんと人間的な事情と人間的な背景を持った人間なんだけど、事情をわかっても、わかったらむしろ、「あっ、完全に“あっちの世界”に行っちゃった存在なんだ」っていうことがむしろ明確になって。そして、自分はいまそっちにまさに引きずり込まれようとしている、人ならぬ領域に引きずり込まれようとしているという絶望的な感覚。そして、一度そのあっちの世界というのに足を踏み入れてしまった以上は、そういう世界が存在するということを知ってしまった以上は、なにがどうなろうとも、もう全てが元に戻るっていうことはない。完全なハッピーエンドなどあり得ない、というこの感じ。

それが、僕がさっき言った、ジャンルとしてはこれたぶんスリラー映画っていうことになりますけど、明らかに見た後の感触は「ホラー」だっていうね。不可逆な感じがするっていう感じですよね。なにかもう完全に、世界の不可逆な側面を見てしまったという感じ。これがホラーの感覚だと思うんだけど。ということで、『ドント・ブリーズ』は実は、予告で見るスリラー的な側面を超えて、ホラーの領域にちゃんと行くというあたりがまた、本当にいいところじゃないかなと思いますね。そして、ここも大きなキモの部分だと思いますけど、全編に渡って、要所要所で、一言でいえばこういうことですね、「罪と贖い」。罪と贖罪、それを巡る倫理的な――まあまあはっきり言えば「キリスト教的な」と言っていいでしょう――問いと選択というのを主人公たちが迫られるポイントが、要所要所にあるわけですね。そしてそこでその問いに対して、どういう選択をするか?っていうのが、まさに彼らの命運を分けていくっていう作劇になっているわけですよね。

つまり、善と悪の境目っていうのが自明ではないわけですよ。常に思考を促される。「こういう時はどうすべきなのか?」みたいなことを。で、やっぱりその主人公たちが、それをしたことによってそれなりの……まあ「因果応報」という言葉で言っていいかどうかわかりませんけども、展開になっていくあたりが、大変味わい深いし。終わった後も、結構考えると「ああ、あそこって……」みたいな。たとえば、まさに神をめぐる対話なんてのも(劇中に)ありましたけど、その神をめぐる対話っていう後半で出てくる要素が、家の中のインテリアをちゃんと見ていると、この退役軍人の男がどういう精神の荒廃の変遷を経てきたか?という部分で、ちゃんとディテールにも残されていたりするわけですよ。非常に丁寧に作られている。

で、まさにその罪と贖いっていうか、これはサム・ライミ的なテーマとも言えるかもしれませんね。『スペル』なんていう映画はまさにね、そういう感じだったと思います。テーマ的には『スペル』を思い出したという古川(耕)さんの意見もありました。そして、もちろん、やっぱり何よりもこれですよね。いつも言っている「見る/見られる関係の逆転」。これはまさに、要するに「相手は盲目だ」って思って行ったところが……寝床で睡眠ガスで寝かせようとして、ガスをセットしてパッと顔を上げると、目が見えないはずなのに完全にこっちに(目が向いている)……あの時、まず最初の見る/見られる関係の逆転が起こる。そんな風に、要所要所で見る/見られる関係の逆転、映画におけるいちばんスリリングな瞬間が……つまり映画っていうのは、画面をこっちが一方的に見ている、安全圏から見ているっていうものだから、フッと見返される瞬間っていうのがとてもスリリングなのだ、ということを僕はいつも言っていますけども……それが全編にある。それこそ、最後の最後までそれがちゃんと用意されているというあたりね。

とかですね、あるいは当然、音の使い方ですよね。完全な無音状態から、ドカン! みたいなそういうでっかい音の鳴らし方。音の緩急の使い方もそうですし。ここぞ! という時のスローモーションの使い方。特に序盤の、大きく展開が、決定的に主人公の運命を変えてしまう、まさにさっき言った罪と贖いの選択の、決定的な瞬間。「ああ、もうそこから先は……」っていう、ここぞ!という時に、スローモーションが出て来るとか。あるいは、ドリー・ズームっていうんですかね? 『ジョーズ』のロイ・シャイダーのあの感じですよ。わからない人はちょっと調べてください。ドリー・ズームとか、ズームショットの見事な使い方とか。カメラがグーッとズームで寄る時の使い方も本当に的確ですし。あるいは、最初のオープニングショット。見事な、ドローン撮影でしょうね、あのドローン・ショットの撮影であるとか。

あるいは、暗視カメラ風映像によって……完全な暗闇っていうのは映画上では表現しづらいですから。ただね、暗闇でドッカンドッカン音がすることになっちゃうんで、ここは暗視カメラ風映像。言ってみれば、『羊たちの沈黙』のクライマックス風映像と言っていいでしょうけど、それまで使ってですね、とにかく、ありとあらゆるテクニックを駆使して展開される……僕はこういうことだと思いますね、「映画的面白さ」。映画にとって何が「面白い」のか?っていうのの、本当につるべ打ちですね。僕が考える「映画の面白さ」みたいなものが、本当に幕の内のように入っていますね。これね。ということで、まあとにかく「面白い」わけです。

で、2度目に見た時とかは、とにかくいままで話してきたようなのを含めて、さっき言ったようなネタの振り方が丁寧だなってところとか、2度目に見ると、「あっ、ここで丁寧にネタ振りをして。あっ、このセリフがちゃんとあそこの伏線になっているんだ!」とか、そういうのを含めて、どれだけ周到に、丁寧に、見事に作り上げられた作品なのかが……こんなね、決してアメリカ映画としては規模の大きい作品じゃないのに、どれだけ丁寧に丁寧に作られた作品かっていうことが、改めて、2度目以降にさらにわかってですね。エンドロールが流れ出した瞬間……さっき言ったようにいままでの名場面というか、いままでやったいろんな家の中の場面っていうのがグラフィカルに提示されるエンドロールが流れ出した瞬間に、僕は久々に、「物語が」とか、「テーマが」とか、そういうことじゃなくて、本当に単純に、純粋に、「あまりにもよく出来た、面白い映画を見られた喜び」で、久々にそれだけで泣きました。純粋に。

もう、「ああっ、ありがとう! なんて面白い映画なんだ!」っていうね。僕、ちなみに最近同じ感じで泣いたのは、『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』で、「うわー! なんて面白いんだ!」って。最後にもう1回、トム・クルーズが横向きに走りだした時に、「ううっ!」ってなる。これ系で言うと、『ダイ・ハード』でも僕、泣いていますから(笑)。「よく出来てるな〜!」っていうね。そういう意味で、本当に久々に、純粋に映画的に面白い、よく出来ているっていうので泣いてしまったというのがございました。本当に極上のジャンルムービーにしてですね、そのジャンルムービーの枠組みからも実ははみ出す何か、というのもちゃんとたたえているということで、僕はこれは間違いなく大傑作だと思いますね。驚くべき大傑作だと思います。本当に。

来年早々、1月に公開される『グリーンルーム』という作品。映画秘宝まつりとかでもやったのかな? 『グリーンルーム』という作品と並んで、低予算だけど限定空間でちゃんと知恵を使って面白い映画をきっちり撮れるという。僕は本当は、こういう映画がいちばん大好物です! 本当に、こういうのが見たくて映画館に行っている。ちなみに『グリーンルーム』も今回の『ドント・ブリーズ』も、どちらも最高の「ワンちゃん映画」としてもね。どっちもワンちゃんがね、大活躍ということで。ワンちゃんが……ああっ、これもダメだな。言えねえな。ちょっとスティーブン・キングの『クジョー』的な展開があったりしますけどね。はい。といったあたりでございます。私、大好物でございました。今年の暮れにですね、それこそちょっとデートがてらでもいいですしね。暮れにこういうのを1本見たら、これは得した気持ちになるんじゃないですか? 本っ当にめちゃめちゃおすすめです。『ドント・ブリーズ』、ぜひ劇場でご覧ください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

<以下、ガチャ回しパート 起こし>

ラジオネーム「アンカー」さんがですね、「最近になって宇多丸さんのラジオを聞き始めたものです。今回の『ドント・ブリーズ』で人生ではじめてホラー映画そのものを体験したのでめちゃめちゃ怖かったですし、その意味では個人的に十分に楽しめた作品でした」というね、こんなメールも頂いております。ありがとうございます。さあ、ということで私の先ほどのあのテンションの『ドント・ブリーズ』がランキングにどのような形で食い込んでくるのか? お楽しみにして下さい。(シネマランキング2016、結果は第6位でした!)

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過去の宇多丸映画評書き起こしはこちらから!
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