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放送中

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  • コラム

第42回放送『直虎ゆかりの地、浜松』

コンシェルジュ沓掛博光の旅しま専科
井伊家の旗印、井桁が入った龍潭寺の鬼瓦

井伊家の旗印、井桁が入った龍潭寺の鬼瓦

 NHKの大河ドラマ「おんな城主直虎」が昨日8日よりスタートした。そこで今週は、直虎が活躍した浜松市の北西部、浜名湖周辺を紹介しよう。

井伊家の菩提寺、龍潭寺。井伊家再興の道筋をつけた直虎の舞台はこの山門の奥に広がる

井伊家の菩提寺、龍潭寺。井伊家再興の道筋をつけた直虎の舞台はこの山門の奥に広がる

 広く知られていないので概略をお話しすると、直虎はその名前から男性と思われがちだが実は女性で、井伊家22代当主直盛の娘として生まれ、戦国から室町時代にかけて動乱の時代を生き抜き、井伊家再興の道筋をつけた人物である。井伊家は平安時代に始祖共保(ともやす)以来、浜名湖の北側の現在の奥浜名湖エリアにあたる井伊谷(いいのや)一帯を治めていた。直虎は生年月日や幼名が不明など謎に包まれた部分も多いが、男子の跡取りが育つまで一時は井伊家の当主を務めるなど女性でありながら大活躍をした。
 父直盛はひとり娘のため、従弟の亀之丞(かめのじょう)を許婚(いいなずけ)として井伊家を継がせる予定であったが、亀之丞の父が謀反の疑いで今川方に殺害され、亀之丞自身も命を狙われたことから、隣の長野県に逃れた。11年後に井伊谷に戻り、直盛の養子に入って直親(なおちか)と名乗るが、許婚であった直虎は出家して次郎法師と名を変え、結婚は許されず井伊家の家臣、奥山氏の娘と結婚することになった。結ばれるはずであった二人は離れ離れになり、井伊家自身も戦国の世にあって時の勢力に翻弄される。直親も父同様に殺害され、跡を継ぐべき男子は直親の子、2歳の虎松ひとりとなってしまった。そこで、直虎は出家の身から環俗し、虎松の後見人として一人前になるまで、女領主として井伊家を支えたのである。

直虎が後見人になって育て、徳川家の四天王の一人にまで出世した直政を讃える碑

直虎が後見人になって育て、徳川家の四天王の一人にまで出世した直政を讃える碑

 その足跡を示すものは謎の多い人生だけに少なく、菩提寺である龍潭寺にいくつかが残る。浜松駅からバスで50分、新東名道浜松いなさICから10分ほどの井伊谷にある。始祖共保の時に菩提寺となったもので、言い伝えではこの寺の近くの井戸から共保が誕生したと言われている。旗印が井桁で家紋がその井戸に咲いていた橘の花というのはこの伝説に由来する。寺そのものは奈良時代に行基によって開創された古い歴史を持つ。直虎が出家の折につけられた次郎法師という名前は二代住職南渓和尚によるもので、その後、直虎が女領主となることを決意させたのも和尚の助言によるものと言われている。直虎は、成人して虎松から名を改めた直政を徳川家康に引き合わせ、家康に仕えた後は数々の功績をあげて、徳川の四天王の一人と言われるほどに成長、彦根井伊家を起こし、見事に井伊家を再興させた。

本堂の裏手に広がる庭園は小堀遠州の作と伝えられている

本堂の裏手に広がる庭園は小堀遠州の作と伝えられている

 その井伊家にゆかりの深い龍潭寺は大門(山門)をくぐり、鐘楼堂の脇を通って庫裏から入る。まず、入った右手に遠州最大と言う大仏が祀られ、釈迦三尊を祀る本堂、さらに鶯張りの廊下を進むと開山堂に入る。ここには井伊家からの拝領された赤地に井の印が入った籠が置かれ、その奥に、井伊家40代の位牌を祀る御霊屋(おたまや)がある。本堂の裏手に回れば江戸時代初期に作られた小堀遠州作の名庭が目に入ってくる。手前に心字池が広がり、その背後に築山が左右に大きくひかえる。臨済宗の禅寺にふさわしく、守護石、仁王石などの石が所々に置かれ、見る人の心に訴えかけるポイントになっている。国の名勝に指定されている。本堂を出て林の中を行くと井伊家の墓所があり、直虎の墓もここにある。なぜかかつての許婚の直親の墓がその隣に祀られている。来世で2人は結ばれたのだろうか。

谷を挟んで大きな伽藍が山中に立つ方広寺

谷を挟んで大きな伽藍が山中に立つ方広寺

 龍潭寺から車で15分ほど山間の道をたどると深山の中に方広寺が立つ。山号の深奥山(じんのうざん)そのままに大自然の中にありながら、60ヘクタールという広大な境内には本堂、開山堂、三重塔など大きな伽藍が立ち並び、遠望すれば一大仏聖地の趣すらある。この寺は今から650年ほど前の応安4年に時の後醍醐天皇の皇子無文元選禅師(むもんげんせんぜんじ)を迎えて井伊一族の奥山氏が創建した。この奥山氏の末裔にかつての直虎の許婚であった直親の妻がいる。この寺も井伊家との縁を持つ古刹なのである。
 境内を見渡す谷の上に駐車場があり、ここから下ると屋根の掛けられた亀背橋を渡り本堂に向かう。本堂は大正時代の再建で、間口が32mと大きく、正面に幕臣、山岡鉄舟による「深奥山」の力強い文字で書かれた額が掲げられている。本堂には国の重要文化財に指定されている釈迦三尊が安置され、さらに進むとこの寺院の守り神で、中国からの帰国の途次に元選禅師を荒海より救ったと伝えられる鼻の高い異人、半僧坊大権現を祀る半僧坊真殿が立つ。静寂に包まれた深山にあって、仏の世界が広がる。

雉料理専門のきじ亭のきじ鍋。体が暖まると今のシーズンは人気

雉料理専門のきじ亭のきじ鍋。体が暖まると今のシーズンは人気

 味覚では浜名湖に近いことからウナギが有名だが、今回はちょっと変わった料理を紹介しよう。方広寺から歩いて10分ほどのところには雉料理の専門店、きじ亭がある。地元引佐町(いなさちょう)で飼育されている高麗雉を使ったきじ鍋やきじ肉のジンギスカン、きじ釜めしなどがあり、中でもきじ鍋は人気が高い。赤みの雉肉をすき焼きに似た割下で煮ながら季節の野菜と共に食べる。高タンパク、底カロリーの雉肉は柔らかく、さっぱりとした味で、薄くスライスされているのでいくらでもお腹に入りそう。一人前2000円。
 先ほどの龍潭寺から車で10分ほどの天竜浜名湖線の気賀駅近くまで戻るとここには国民宿舎奥浜名湖が立つ。宿の自慢は開業当時から続くすっぽん美肌鍋。すっぽんの空揚げ、すっぽんのレバ刺し、すっぽん鍋などすっぽん料理がずらりと並ぶ。3月31日まで提供しており、コラーゲンたっぷりのすっぽんを味わって、美肌を磨き、体を中から暖めたい。予約制(2から4名で申し込み)ですっぽん美肌鍋の料金は一人1万6200円。これに宿泊を加えると1泊朝食つきが6372円。直虎の史跡巡りの折、この宿で食事または、宿泊するといいだろう。なお、気賀駅近くに1月15日から大河ドラマゆかりの品々を展示、解説する大河ドラマ館がオープンする。

問い合わせ:浜松市観光・シティプロモーション課
      ℡053-457-2293
交通   :龍潭寺へは新幹線浜松駅より奥山行きバス、神宮寺下車。
      車は新東名道浜松いなさIC利用