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「シュール」な時代

森本毅郎 スタンバイ!

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忙しい朝でもニュースがわかる「森本毅郎・スタンバイ!」
(TBSラジオ、月~金、6:30-8:30)
8時からは、話題のアンテナ「日本全国8時です」
全国ネットで、日替わりゲストとともに放送。
毎週木曜日は、東京大学名誉教授、月尾嘉男さんの「賢くなれる雑学コラム」!

月尾嘉男

1月5日(木)は「“シュール”な時代」

★2016年はシュール・レアルな年!?

2016年の暮には「オックスフォード英語辞書」が選んだ1年を象徴する単語として「ポスト・トゥルース」、「脱真実」とでも翻訳される言葉を紹介しました。イギリスのEU離脱の投票の直前に離脱派の代表が国民に訴えていた数字が正確ではなかったどころか歪曲されていたとか、アメリカの大統領選挙でトランプ候補の発言の多くが誇張されているどころか場合によっては現実と違っていたという状況を、真実を逸脱しているというような意味で「ポスト・トゥルース」という言葉で表現し、そのような状況が横行する時代を警告する意味で選ばれた単語です。

英語の辞書として「オックスフォード英語辞書」と双璧をなす「メリアム・ウェブスター英語辞書」も1年を総括する言葉を選んでいますが、2016年は「シュール・レアル」でした。シュールはフランス語を語源とする「上に」とか「越えて」という接頭辞で、レアルは「現実」ですから、「現実を越えて」という意味になります。「シュール・レアリズム」は芸術の分野で「超現実主義」と訳され、ダリ、ピカソ、ミロなどの、現実の風景や対象を大きく変えて描く絵画はその代表とされています。これが選ばれた背景は、世界の2016年の出来事を表現する言葉として一気に使われるようになったことが3回あるということです。最初は3月にブラッセルで起きたテロ事件、次が7月にトルコのイスタンブールとフランスのニースで起きたテロ事件、3つ目が11月のアメリカの大統領選挙の結果が判明したときで、いずれも従来の常識からかけ離れた出来事を「シュール・レアル」、略して「シュール」という言葉で表現する文章が頻出したということです。多少の違いはありますが、従来の常識を越えた世界が登場したということでは「ポスト・トゥルース」と共通した感覚です。

★2017年は「VR元年」

この2つは年末にこれまでの1年を総括する言葉ですが、年頭にこれからの1年を予測する言葉もあります。代表が「○○元年」という言葉で、去年は「VR元年」が有名でした。VRとはヴァーチャル・リアリティのことです。仮想現実と訳されるヴァーチャル・リアリティは1960年代から研究が始まっていた技術で、産業界では飛行機の操縦訓練や新しい建物が実現した時の都市景観を検討するなどの分野では実用されていました。しかし2016年9月に開催された「東京ゲームショウ2016」で、ソニー・インタラクティブエンタテインメントが発表した「プレイステーションVR」が大変な人気になり、VR元年らしい雰囲気になりました。これはゴーグルのような装置を付けてゲームをすると、目の前に3次元の画像が登場し、現実の世界に滞在するような気分になるゲームです。私も体験しましたが、深海に潜っていくと目の前に深海魚などが登場し、実際に水中に潜っているような気分になる装置でした。そのゲームショウではアメリカの企業のVRのヘッドマウント・ディスプレイ装置も何種か発表されVR元年らしくなりました。

さらにVRとはやや違いますが、「ポケモンGO」もVRブームを後押ししました。これは「オーグメンテッド・リアリティ(AR)」、日本語では拡張現実と翻訳され、現実の風景とコンピュータで作ったポケモンの画像が一体となった画面でゲームをするものですが、それを応用した「ミックスト・リアリティ(MR)」も産業界では利用されはじめています。日本航空では飛行機のパイロットを訓練する装置として、パイロットが装着したヘッドマウント・ディスプレイにコックピットの詳細をホログラムで立体的に表示し、そこに自分の手の動きを重ねあわせて操縦の動作を覚えさせるという訓練を行なっています。

これらの動向を総合すると2016年は「VR元年」と呼ぶのに相応しい年でしたが、2017年はさらに加速し社会に浸透していくことになります。それは技術の利用としては結構なことですが、この新しい世界に人間個人や社会全体が対応していくことが、今後、重要な課題になります。アメリカのトランプ次期大統領は、選挙期間中「メキシコとの国境に壁を築いて、200万人から300万人の犯罪歴のある不法移民を強制送還する」と演説しましたが、当選後のインタビューでは「フェンスでも良い」と軟化していますし、共和党のライアン下院議員は「共和党としては強制退去させる計画はないし、トランプ氏にも、そのような計画はない」と発言しています。選挙期間中の発言はポスト・トゥルースでシュール・レアルでもありましたし、一種のヴァーチャル・リアリティであったことにもなります。

★トゥルースを見極める時代

プレイステーションVRの深海の画像は、すべてコンピュータ・グラフィックで作成されたものですが、見たことのない魚が近寄ってくるような映像は実際に撮影したといわれれば納得するほどの出来です。事前にヴァーチャル・リアリティの技術という知識がなければ、間違う可能性は十分にあります。 このような問題は現代に始まったことではなく、今から2400年ほど前に古代ギリシャの哲学者プラトンが警告を発しています。『国家』という著作の中に有名な「洞窟の比喩」といわれる文章があります。要約すると、地下の洞窟に縛られて前方の壁しか見ることのできない人間がいると想像しなさい。その壁には通行して行く人間、動物、道具などの影が投影されているだけであり、聞こえる声や音も洞窟で反響したものでしかない。しかし縛られた人々は影しか見ることができず、反響した音しか聞くことができないので、それが現実だと考えてしまう…という内容です。

政治の世界だけではなく、実業の世界にもシュールな言葉が氾濫していますし、テレビで放映される画像もコンピュータ・グラフィックスの急速な進歩によって本物と見分けがつかない光景が登場する時代です。改めてポスト・トゥルース、シュール・レアル、ヴァーチャル・リアリティの時代に、トゥルース、レアル、リアリティを見極める能力を養うことが重要な時代になると思います。

月尾嘉男の日本全国8時です(リンクは放送後1週間のみ有効ですhttp://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20170105080000

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