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アイススケート

檀れい 今日の1ページ

女優の檀れいが毎回、その日にまつわる話題や風物詩などを交えてお届けする「檀れい 今日の1ページ」

明治9年のきょう、横浜に日本初のアイススケート場がオープンしました。場所は横浜港にほど近い根岸村。この根岸村の水田の所有者だった農家の青木安兵衛さんという方が作ったそうです。

ただ、スケートリンクと言っても室内の施設ではありません。屋外で自然に凍った氷でした。当初は前の年の10月にオープン予定だったのですが、気温が高くてなかなか氷が張らなかったのだそうです。当時はスケートリンクという横文字の言葉はまだ日本にはなかったようで、「氷すべり場(じょう)」や「氷すべり場(ば)」と呼ばれていたとか。また、スケート靴は高価だったため、下駄に、鉄製の刃をつけた、言わば「下駄スケート靴」を使用していました。

日本に海外のスケート靴が紹介されたのは明治10年頃でしたが、庶民にはなかなか手の届かない高価なものでした。そこで普及したのが、日本独自のスケートシューズ「下駄スケート」。長野県・市の職人が商品化し、その後、諏訪から日本中にスケートが広がりました。ちなみに1908年、明治41年に諏訪湖で開かれた日本初のスケート大会には、下駄スケーターが集まってスピードスケートを行ったという事です。なお、日本生まれのスケートシューズ「下駄スケート」は昭和30年代頃まで使われていました。もしかしたらラジオをお聞きの方で、下駄スケートをお使いになられた方もいらっしゃるかもしれません。

一方、スケートリンクは、どのように発展して来たのか?日本初の人工のスケートリンクが誕生したのが、大正時代の末期。その後、様々な発展を遂げ、最近は「エクストラアイス」といった、つるんつるんに滑る特殊な樹脂プレートや、特殊なプラスチックを使った氷を使わないスケートリンクもあるそうです。氷ではないので、転んでも冷たくないし、転んでも濡れませんね。


TBSラジオ「檀れい 今日の1ページ」
月~金曜日 朝6時20分頃~放送中です。

ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。
パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。