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生涯500万球?! 伝説の70歳打撃投手兼寮長

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
1月21日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、プロ野球・千葉ロッテマリーンズの寮長を務めながら70歳まで打撃投手として投げ続けた池田重喜(いけだ・しげき)さんをお迎えしました。

池田重喜さん

池田さんは1946年、大分県生まれ。津久見高校2年生の時に控え投手として甲子園に出場(エースは1年先輩の高橋直樹さん=のちプロ入りし、日本ハムなどで活躍)。1965年、社会人野球(日本鉱業佐賀関)1年目の秋、この年から始まった第1回ドラフト会議で広島カープから15位指名されますが、ご本人は知らないまま(チームの監督が入団を断ったのではないかとのこと)社会人でプレーを続けます。そして、1967年にドラフト4位で大洋ホエールズに入団。ちなみに池田さんと同学年のプロ野球OBは星野仙一、山本浩二、田淵幸一、有藤通世。また、池田さんとプロ入団同期は高田繁、村田兆治。

1971年、26歳の時にロッテオリオンズに移籍。翌年、右肩を痛めてからは主に中継ぎ投手を務め、30歳からはピッチングコーチを兼任。32歳で現役を引退したあともロッテに残り、トレーニングコーチを務めながら打撃投手も担当し、野村克也、江藤慎一、張本勲、有藤、若い頃の落合といった錚々(そうそう)たるバッターの調整役を務めました。2000年からはロッテの独身寮の寮長となって、若い選手の生活全般のサポート役に。その一方で打撃投手も続け、なんと2016年に退団する70歳までボールを投げてきました。

スタジオ風景

元々、プロ入りする以前からかなり投げ込んでいた池田さん。高校時代には毎日300球、200球とボールを投げていました。プロ入りして中継ぎ投手となりますが、当時は今と全然違って、先発投手が投げ始めるのと同時に中継ぎ投手もブルペンで準備をしたので、大洋の先発・平松さんが130球ぐらいで完投した裏で、池田さんは150球ぐらいブルペンで投げていた…なんてことも多かったそうです。

それで結局、プロ入り5年で肩を壊すのですが、普通はそのあと投げられなるところ、池田さんの場合、その後70歳まで毎日200~300球も投げ続けることになるのです。そんな野球人生になるとはご本人も想像していなかったそうです。高校時代から50年間以上、毎日それだけ投げ続けてきたとなると、これまでに投げたボールは、なんと300万~500万球! 驚くのは、68歳の時から海辺の石を投げていたら、なんと肩の調子が良くなったとか! しかも池田さんの場合、打撃投手として練習が終わった後は、寮長として選手たちの面倒を見る仕事もあったので、一日中気が休まる時間がなかったのです。なんというタフネスぶり! 2016年秋でロッテを退団。今後は大学生や高校生を指導していきたいとのことでした。

スタジオ風景

池田さんの自慢のエピソードは、①世界の王貞治さんと対戦して一度もホームランを打たれたことがない(でも対戦の半分はフォアボールだったとか)。②田淵幸一さんにプロ入り初ホームランを献上した(ボールは高々と美しい放物線を描いてレフトスタンド上段に消えたそうです)③江夏豊さんからサヨナラヒットを打った。史上最高齢の打撃投手兼寮長は、ユーモアもお持ちの温かい方でした。

池田重喜さんのご感想

池田重喜さん

久米さんに引っ張っていただいて、なんとかしゃべることができてよかったです。はじめに11人家族の話が出るかと思っていたら、「重喜」という名前のことを言われるとは思わんかったなあ。

あと今日は寮のことがあまり聞かれなかったですね。寮長の話も面白いですよ! ありがとうございました。

2016年1月21日(土)放送「今週のスポットライト」、ゲスト:池田重喜さんhttp://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20170121140000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)