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放送中

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  • コラム

第45回放送『五島列島北端の島 小値賀島』

コンシェルジュ沓掛博光の旅しま専科
小値賀島の隣の野崎島には世界文化遺産候補の旧野首教会が立つ

小値賀島の隣の野崎島には世界文化遺産候補の旧野首教会が立つ

 今週は前回に引き続き五島列島の北端の島、小値賀島(おぢかじま)を紹介しよう。小値賀島は佐世保市から南へ60km、高速船で2時間、フェリーで3時間の海上にある。この島は大小17の島からなる小値賀町(おぢかちょう)に属し、主な島に小値賀島と野崎島がある。小値賀島は遣唐使以来の古い歴史を持ち、野崎島には世界遺産候補の旧教会が立つ。

平坦な土地が多い小値賀島では、海を望んで牧場が広がっている

平坦な土地が多い小値賀島では、海を望んで牧場が広がっている

 小値賀島は先週お話しした上五島町の中通島の最北端の津和崎から海上わずかに5kmという近さにある。周囲はおよそ33kmで、幾つもの小さな入り江に囲まれ、それに合わせて小さな漁港が点在。内陸部に入れば平坦な地が広がり、野菜畑や牧場があちこちに見られる。漁業と農業の島である。レンタサイクルを利用すれば4~5時間、車なら2時間ほどで1周できる。高速船やフェリーの着く小値賀港周辺は島の中心地で、町役場や小学校、中学校などの公的な施設やこの島の観光の目玉になっている古民家を改装した宿泊施設や食事処などが集まっている。狭い路地裏を歩くと漁師町の風情などに触れられ、のんびりとした散策が楽しめる。

奈良時代に創建されたと伝えられる地ノ神島神社。遣唐使も航海の安全を祈願したという

奈良時代に創建されたと伝えられる地ノ神島神社。遣唐使も航海の安全を祈願したという

 島の東側に向かうと前方湾(まえがたわん)に面して地ノ神島(ぢのこうじま)神社がある。この神社は一の鳥居が磯に立ち、石段を登ったところに二の鳥居がある。社伝によれば始まりは慶雲元年(704年)と言われ、当時大陸に派遣されていた遣唐使の航海の安全や豊漁などを願って建立されたという。海上より船で訪れた遣唐使一行は石段を登ってこの神社に参拝したのだろうか。案内によれば現在立てられている鳥居は旧平戸藩内に多く見られた肥前型鳥居という。小値賀島の歴史の古さを語る神社である。
 神社から車で少し内陸部に戻るとここには長壽寺(ちょうじゅじ)という古寺が立つ。代々平戸藩の藩主を務めた松浦家ゆかりの寺院で応永年間(1394~)に16代藩主勝(すぐる)氏が創建したと言われ、大陸貿易の拠点にし、貿易の出先機関として活用されたと推測されている。境内には勝氏の御廟など平戸松浦藩の史跡が残る。

レンガ作りの旧野首教会。ここも世界文化遺産候補のひとつに挙げられている

レンガ作りの旧野首教会。ここも世界文化遺産候補のひとつに挙げられている

 小値賀島港から町営の連絡船で35分乗ると野崎島に着く。この島は南北に約6.5km、東西に約2kmと細長い島で、ここに今、世界遺産候補として注目されている旧野首(きゅうのくび)教会がある。かつては3つの集落に合わせておよそ700人の人々が暮らしていたが、平成13年を最後に無人島になり、現在は宿泊施設の管理関係者のみが観光客来島の折などに滞在する。教会名に旧が付けられているのは無人となって信者がいないためで、現在は教会ではなく小値賀島町の文化財となっている。野崎港から旧集落の狭い道を抜け、ごつごつとした山道をおよそ30分歩くと右手の丘の中腹にその建物が見えて来る。この教会はキリスト教解禁後の明治41年に教会建築の名工、鉄川与助によって設計・施工されたレンガ造りの教会。正面にアーチ型の入り口が見え、その最上部には十字架が立てられている。この島は江戸時代末期の1801年に、現在封切り中の「沈黙」の舞台とも言われている長崎県大村の外目(そとめ)から移住して来た3家族の潜伏キリシタンが野首に住みついたのが始まりで、その後17家族に増え、これが母体となって念願の教会が建てられた。総工費は当時のお金で2885円。キビナゴ漁で蓄えた資金を基に、自分達の教会を建てたいという信者達の願いが結実した一大事業であった。高台に上がるとレンガ壁と瓦屋根の洋と和が調和した美しい姿が望まれ、その先にコバルトブルーの海が広がっている。

野崎島には現在、人が住んでいないため、あちこちで野生のシカを見る

野崎島には現在、人が住んでいないため、あちこちで野生のシカを見る

 旧教会の手前にはかつての木造校舎を利用した野崎島自然学塾村がある。事前の予約が必要だが、日帰り及び宿泊の利用ができる。食事は材料持ち込みでの自炊となる(1人1泊3500円~)。また、GWや夏季には庭の常設テントでのキャンプもできる(1人1泊2000円)。建物の背後が旧野首教会堂で、元の校庭を下ると白砂のビーチとコバルトブルーの海が広がり、様々なマリンスポーツが楽しめる。
 一帯は700頭いると言われるキュウシュウジカが多く生息し、すべてフェンスで囲まれているので出入りにはシカが入らぬよう注意したい。ここから山道をおよそ2時間も行くと、大きな石を背後にして立つ沖ノ神島(おきのこうじま)神社が立つ。ここは前述した小値賀島の地ノ神島神社と対をなす神社で同じく慶雲元年に建てられている。社殿を守るようにして立つ大きな石が一際目を引く。ちょうど鳥居のように巨石が2本柱のように立ち、その上に平らなやはり巨石が乗っかっている。この石は王位石(おえいし)と呼ばれ、高さが24m、上にのったテーブルのような石は横5m、幅3m、およそ8畳分という大きさである。神の手によるものか、自然のなせる業か不明だが、漁師達は航海の目印に、また大漁の神として崇めてきたという。旧野首教会が信者の手によるものであるのに対し、こちらは自然が創造した神を祀る大石である。野崎島には人の思いと自然の技が同居しているようだ。なお、この神社の山道は険しく、シカなど野生動物も多いので予約したガイドの案内で行くことになる。

築100年を超えた古民家を再生し、伝統的なたたずまいの中で、快適な島の生活が楽しめる古民家スティも小値賀島の新しい観光スタイル

築100年を超えた古民家を再生し、伝統的なたたずまいの中で、快適な島の生活が楽しめる古民家スティも小値賀島の新しい観光スタイル

 小値賀島の宿泊は旅館や民宿のほかにユニークな民泊または再生した古民家での滞在という小値賀島らしい宿泊施設がある。民泊というのは、農家や漁師さんの家に泊まる滞在の仕方で、農業や漁業あるいは料理づくりなど、その家の仕事を手伝い、島民の暮らしを実際に体験してみる新しい泊まり方で、体験型の民宿とも言える。島内には10軒あり、1泊2食8000円から(2人利用の1人料金)。このほか、かつての古民家を今日のライフスタイルに合わせて再生し、築100年余の古民家の良さ、くつろぎの空間を楽しみながら暮らすように滞在する古民家スティの家が6軒ある。いずれも古民家の再生では定評のあるアメリカ人のアレックス・カー氏のプロデュースによるもので、外観や内部の柱、壁など日本家屋の持つ美しさを残しながら、台所やトイレ、風呂などを現代の生活に合わせてリニューアルし、くつろぎと快適性を併せ持った古くて新しい宿泊施設になっている。食事は基本的には自炊だが、民泊のお家に食事だけ頼むこともできる。古民家スティの料金は2、3月の時期は2名利用で1人1泊1万000円から。小値賀島の暮らしと思い出が詰まった新しい宿と言える。

問い合わせ:おぢかアイランドツーリズム
      ℡0959-56-2646

交通   :佐世保港から高速船で小値賀島下船