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【映画評書き起こし】宇多丸、『マグニフィセント・セブン』を語る!(2017.2.4放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

20170204_07

宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を、映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告する映画評論コーナーです。今週扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『マグニフィセント・セブン』

(BGM:『荒野の七人』のテーマが流れる)

ねえ。『荒野の七人』っていうとやっぱりこのね、エルマー・バーンスタインのこのテーマ曲がなにしろ印象的ということで、これが流れるともうね、オールOKな気分になってしまう。そんな感じの音楽ですけどね。

黒澤明監督の時代劇『七人の侍』を西部開拓時代のメキシコに置き換えてリメイクした1960年のウェスタン映画『荒野の七人』を原案にした西部劇。『トレーニングデイ』『イコライザー』などなどのアントワン・フークア監督と主演のデンゼル・ワシントンが再びタッグを組み、現代に通じる西部劇を作り上げた。共演はクリス・プラット、イーサン・ホーク、イ・ビョンホンなどなどといったところでございます。

この映画をもう見たよというリスナーのみなさん、<ウォッチメン>のみなさんからの監視報告(感想)メール、いただいております。みなさん、ありがとうございます。メールの量は、普通よりちょい多めということでございます。まあ、『荒野の七人』の作り直しというかアントワン・フークアの新作というところもあるんですかね? しかしですね、賛否の比率は褒めている方、「賛」が半分。「まあまあ」が3割。残り2割がダメだったという割合。「燃えた!」「しびれた!」「今年ベスト!」「現代にリメイクする意義を感じる傑作」「最後に流れるあの曲で最高に上がった!」……まあ、この曲でございます。と、絶賛の声が並ぶ一方、「仲間集めの前半が冗長で退屈」「集まる仲間たちの動機がわからず、盛り上がりたいのに盛り上がらない」など冷めた声も少なくなかったということでございます。

ということで、代表的なところをご紹介いたしましょう。埼玉県、ラジオネーム「サイラス」さん。「宇多丸さん、初メールです。『マグニフィセント・セブン』、見ました。もとより“超”が付くほどの有名作品のリメイクということで、観客も高い期待値を持って見たと思いますが、結論から言うと、マグニフィセント(崇高)な一本でした。神の家が焼け落ち、資本主義の権化とも言うべき悪党が牙をむいた時に立ち上がる7人の男たち。人種はほとんど白人だった『荒野の七人』に比べ、今作では黒人、白人、アジア人、メキシコ人、ネイティブ・アメリカンと多様なラインナップであるのは現代アメリカの合わせ鏡です。そして実質的な8人目のヘイリー・ベネット演じるエマも好演を見せておりました。『七人の侍』にしろ『荒野の七人』にしろ、男たちが戦うのが前提だった作品と比べると、本作はテーマや配役に現代的なアレンジを加え、その上で原作の核となる部分を残した傑作だと思いました」。

一方、ダメだったという方。三重県四日市市、ラジオネーム「裏ラーメン屋」さん。「宇多丸師匠、こんばんは。『マグニフィセント・セブン』、見てきました。結論から言って、とてもつまらない映画でした。上映中の2時間はとにかく退屈で退屈で仕方ありませんでした。まず、仲間を集めるシーンが非常に単調で長かったです。また、仲間になるキャラクターの背景がわずかなセリフのみで説明され、主人公たちに感情移入することが全くできませんでした。たとえ中盤が退屈でも、クライマックスが盛り上がればまだ許せます。しかし、悪党から街を守るシーンも単調なガンアクションがダラダラ続くだけで全く盛り上がりませんでした。上映中、何度も時計を確認し「早く終わってくれ」と念じていました。私の2列前の席に座ってたおじさんも途中でスマホを取り出し時間を確認していました」ということです。この方も「役者の演技はよかった」とかね、あと「エンディングで『荒野の七人』の音楽が流れるので加点」というようなことも書かれていたりしますね。

結構辛辣な方は辛辣で、熱狂的な方は超熱狂的という傾向が見られたと思います。みなさん、ありがとうございました。ということで、『マグニフィセント・セブン』、私も今回、丸の内ピカデリーで2回、見てまいりました。銀座という土地柄か、明らかに1960年『荒野の七人』のリアルタイム世代なんですかね? わりと普段の映画館に比べると、ご年配めの観客が結構入っておりました。で、割りと自然に笑い声が起きたりなんかして、なかなかいい雰囲気だったと思いますが。

ただ、改めて確認しておけば1954年『七人の侍』……これはもう言うまでもない。『七人の侍』がどうこうはもう、言うまでもなく、まだ見ていないとか、そういう人はもう、このコーナーを聞くのもなにもかも止めて、いますぐこの週末を使って見てください。映画史上、本当にトップに挙げられても当然おかしくない、名作中の名作中でございます。『七人の侍』。と、それのハリウッドの西部劇版リメイクである1960年の『荒野の七人』。もちろん、『七人の侍』という作品がどんだけクラシックでどんだけ優れているか? というのはいろんな面があるんですけど、世界の娯楽映画に与えた影響という意味で言えば、たとえばやっぱり、それ以降の全ての「チームもの」、チームアクションものの原点であり、原型を作った。で、『荒野の七人』は、そのフォーマットをワールドワイドに広げる役目というのは確実に果たしたと思いますね。

という意味で『七人の侍』『荒野の七人』の、これ、宣伝コピー。「魂を受け継ぐ」という、リメイクとかリブートとか、そういうのじゃないのね。非常に微妙なバランスを取ったコピーをつけていて、これ、非常にある意味で正確でですね。要は、直接的なリメイクではないわけですね。比べればもう明らかなんですけども。もちろん、一部のキャラクターやセリフなどに、その『荒野の七人』の名残りというか、オマージュがはっきりあったりとか。なにより、さっきもかけましたけども、『荒野の七人』といえばやっぱりこれ! というエルマー・バーンスタインのテーマ曲が、「ダン、ダンダダン♪ ダンダダダダン♪」と、とっておきのタイミングでドーン! と流れたり。

あと、今回全体の映画音楽自体はジェームズ・ホーナーさん……今回、事故で遺作になってしまったというジェームズ・ホーナーさんによる今回の音楽でも、わりと全編に渡って、エルマー・バーンスタインのテーマ曲をそれとなーく匂わせる……たとえば、「ドン、ドンドドン♪ ドドドドドドン♪」(というリズム)とか、メロディーのキー感みたいなのを忍び込ませたりというのを全編にしていたりで、たしかに作品の原案として、『荒野の七人』というのの濃度が、いちばん濃いのはたしかなんだけども……ただ同時に今回の『マグニフィセント・セブン』はですね、西部劇オマージュといえば、むしろマカロニ・ウェスタンっぽい要素もかなり多いですよね。正統派西部劇というよりは、マカロニ・ウェスタンっぽいところも多い。

もちろん、ロングコートとかガドリングガンという、本当にマカロニ・ウェスタンの象徴的なガジェットももちろんそうですし。特に、最後の対決で明かされる主人公の真の動機っていうのがあって。デンゼル・ワシントン側の真の動機が最後の対決のところで明かされて。で、敵側がそこで初めて主人公を「思い出す」感じとかは、ちょうどセルジオ・レオーネの『ウエスタン』という1968年の……『荒野の七人』でブレイクを果たしたチャールズ・ブロンソンが主演の……セルジオ・レオーネ『ウエスタン』の最後の感じに、すごい近いと思いましたし。加えて、そこで明かされる、主人公の肉体のある部位に刻印された傷跡。それが主人公の動機というのを肉体的にというか視覚的に示しているんですけども。それとかは完全にセルジオ・コルブッチの、これも1968年ですけど『殺しが静かにやって来る』を直接的に連想させたりして。とにかく、黄金期正統派ハリウッド製西部劇というよりは、やっぱりマカロニ・ウェスタンとかも込みで、割りとイマドキの感覚で……要はポスト・タランティーノ的なというか、再解釈・再構築されたごった煮ウェスタン、というのは言えると思います。

それこそね、限りなくアジア的な格闘アクション要素も入っていたりするわけで。まあ、割りと今っぽいごった煮ウェスタンではあるんですけど。ただそこで、映画としての撮り方とか、見せ方までは、過剰に今風にしない。たとえば、例の「スロー〜チャカチャカ」編集とか、モロにVFX頼りなアクロバティックすぎるカメラワーク……たとえばカメラが異常にグワーンって上がって下がって、とか、そういうようなやりすぎカメラワークとかは控えて、比較的クラシカルな、腰の座った映画の作りっていうのをしっかりと一貫してやっているとか。あるいはもう、馬が一列になって地平線を逆光で走るとかいう、ザ・西部劇な絵面を何度もやってみせたりとかですね。まあ、『荒野の七人』を踏まえるならばということで、押さえるところは押さえる感じは、やっぱり現行の硬派アクション映画をメインに撮っている職人監督として、これまでも信頼できる手腕を発揮してきたアントワン・フークアさん。さすが、わかっているところはわかっているなというふうに感じさせるあたりでした。

特にですね、当番組的には2014年11月1日にこのコーナーで取り上げました前々作『イコライザー』ですよね。ビジランテもの。ギンティ小林さんが言うところの「ナメてた相手が殺人マシーンでした」ものの非常に傑作。みんな大好きロバート・マッコールさん。本当に早く続編が見たい! という作品でございましたけども。『イコライザー』もそうですけど、過去の作品のリメイクというよりは主人公の設定ごと、デンゼル・ワシントン主演向けにすっかり変えてしまっている。『イコライザー』も、元のテレビシリーズとは設定が全然違いますからね。で、ほとんどリ・イマジネーションしちゃっているという意味で、今回の『マグニフィセント・セブン』も、非常に『イコライザー』と似た構図だと言えると思います。

その『イコライザー』評の中で僕は、基本的にはアントワン・フークアさん、職人監督的なキャリアを……今回の『マグニフィセント・セブン』も先に人の企画とか脚本ありきだったりするわけですよね。今回は脚本をリチャード・ウェンクさんというアクション映画を中心に作っている、『イコライザー』もやった人と、あともう1人、テレビドラマの『トゥルー・ディテクティブ』っていう、マシュー・マコノヒーとウディ・ハレルソンが出ているすごい面白いHBOのテレビドラマシリーズ。日本だとHuluとかに入っていると思いますけども、あれのクリエイターであるニック・ピゾラットさんという方が脚本を手がけていて。まあ、アントワン・フークアさんはそれを受けただけなんですよね。職人的に受けただけなんだけど、ただ、その中でも実はやっぱり、作風に一本筋が通っている。作品を並べてみると一種の作家性が見て取れるというのは、前の『イコライザー』評で言いました。

要は、ちゃんとこの時代にふさわしい、「ぶっ殺すしかない悪党」像。「コイツはもう、殺すしかないでしょ!」っていう悪党と、それをぶっ殺すしかないところまで行ってしまう主人公像っていうのを、エンターテイメントとして逃げずに堂々と描こうとしている。要するに、イマドキはね、善悪の境が曖昧になった、非常に相対主義的な考え方がね……これは基本的にはいいことだと思いますけども、相対主義的な考え方が定着して。その結果として、昔のような単純な勧善懲悪エンターテイメントがやりづらくなった時代ですよね。それはもちろん時代の進歩だと思うんだけど、ただ、それでも普遍的な悪とか正義みたいなものって描けるんじゃないの? エンターテイメントは少なくとも、それを提示してみせるべきじゃないの?っていう、そういうような志がある人なんじゃないかと。少なくとも、そういうテーマを描く時、アントワン・フークアさんの映画はちょっとだけ、「温度が上がる」っていうね。そういう言い方を『イコライザー』評で私はしましたけども。

その意味で今回の『マグニフィセント・セブン』もですね、まず最初に「こいつ、最低!」と思うしかない悪役像というのを、ド頭できっちりと観客に印象づけるっていうのをやっているという。悪役、敵役の印象づけっていう意味では『七人の侍』より……まあ、『荒野の七人』は印象的でしたけど、ちょっといい人バランスみたいなのも入っていたりしたから。悪役の悪役っぷりという意味では、『七人の侍』『荒野の七人』と比べても、今回の方が突出しているという風に言えると思いますよね。なにしろいきなり、教会を燃やすっていう結構な禁じ手を……あの鐘というのはね、当然『荒野の七人』にしろ、その元の『七人の侍』にしろ、重要なキーアイテムだったのに、いきなりそこを燃やしちゃうっていうことで「おいおいおい! とんでもねえことするな!」っていう。

ピーター・サースガード演じる(悪役の)ボーグ。要は、金に物を言わせるタイプなわけですよね。ということでだから、デンゼル・ワシントンと並べればデンゼル・ワシントンの方が絶対的に強そうなんだけど、むしろ本人は強そうでも何でもない感じが、「お前ごときが、金に物を言わせて……!」っていう、この感じが腹立つー!っていうね(笑)。しかも、単にお金持ちというよりは、言っていたじゃないですか、「俺みたいなのがロックフェラーに追いつくには」って。既存のエスタブリッシュメントと張り合うために、ヤクザな手段を使ってでも土地をモノにして、のし上がってきたエグい男……これが悪役って、要はいま、世界的にとってもタイムリーな悪役像になっちゃった(※宇多丸註:念のため一応はっきり書いておくと、ドナルド・トランプ第45代合衆国大統領のことです、当然のように)。これははっきり言って、製作時期から考えて偶然ではあるんだろうけども。

それに対する主人公側の7人のチームというのが、今回はみなさんご存知の通り、多人種チームなのもですね、アントワン・フークア監督自身はインタビューで、現在の社会状況を踏まえてのもの……たとえばアメリカが排外的な(多様性を否定するような)方向に行っているとか……そういう社会状況を踏まえてのものというわけではないと。「面白いキャスティングを考えていたら、結果こうなっただけ」というようなことを監督は答えているんだけど、要はそれもこういうことだと思います。さっき言ったように、「いまにふさわしい悪党像」とか、「いまにふさわしい善玉チーム像」っていうのを、あくまでもエンターテイメントとして、最大限のカタルシスをどうやったらいまの観客に与えられるか?っていうのを考えていくと、必然こういう構図になるっていうことだと思うのね。

「資本主義的な力の論理を振りかざす、血も涙もない搾取者」というのがイマドキの悪党であって、それに対していろんな意味での、いろんな角度からのマイノリティー。いろんな意味でのマイノリティー的な立場の連中(が善玉)っていうこの対立構図というのは、要するにイマドキのエンターテイメントっていうのをきっちりと追求した結果、どっちにしろここに行き着くんじゃないか? という風に思うわけですね。ただね、だとしたら今回の悪役ボーグさんに――これはだから(社会問題的なものは)意識してなかったということの証拠だとも思うんだけど――本当はもっとレイシスト的な発言とか、セクシスト的な発言とか、どっちにしろ差別主義的な発言をガンガン、もっと憎まれ口をガンガン叩かせた方が、クライマックスでそれを倒すのがデンゼル・ワシントンとあのヒロインであるっていうところが、よりカタルシスを増したのだろうと思うけど。たぶんだから、それをやっていないというのが、「いや、そういうことじゃないです」っていうのの証拠だとは思うんだけど。

と、同時にそこまでそっちのテーマで、「重く」したくなかったんだろうなとも思うんですよね。っていうのは、たとえば対レイシスト構造みたいなのを強調しちゃうと、いよいよタランティーノの『ジャンゴ(繋がれざる者)』と近づいてきちゃうというのがありますのでね。ぶっちゃけデンゼル・ワシントンが最初に活躍して(酒場の)表に出るところとか、『ジャンゴ』そっくりだったりするんで。ただ、それよりも今回の作品はたとえば、いま僕が言った場面。デンゼル・ワシントン演じるリーダー、サム・チザムが……レイシズム描写みたいなのは、彼が街に入ってくる過程で、あくまでも冷たい視線を投げかけられたり、ツバを吐かれたり、酒を出してもらえないとか、その程度に留めつつ……実際のところ、サム・チザムが「お前、黒人のくせに……」みたいなこと(を言われたり、態度に出されたり)は、酒場に現れて以降はしつこくやらないですよね。そこはそのぐらいにしておいて、あとはもうヒーローらしい、リーダーらしい卓越した腕前を発揮するという場面ね。まあ、ある意味定番的な場面ですけども。

そこで、サム・チザムさん。銃のホルスターへの差し方がちょっと変わっていて。要するに逆手でパッと右手で取るというちょっと変わった差し方をしているなという風に見えるんですけど、パンフレットによればこれ、「南北戦争時代の騎兵隊が行っていたスタイルであり、彼が元軍人であることを物語っている」ということで、一応考証的な裏付けはあるホルスターの差し方らしいんだけど……あと、この南北戦争後、生き方というか居場所というか、「死に場所を探し続けていた男たち」っていうのが、なんとなく全体の基調としてうっすらと流れているというのが今回の特徴だったりはするんだけど……ただ、それでも……そういう歴史的考証とか、南北戦争後ゆえのテーマ感みたいなのはあるんだけど、それでも……サム・チザムが敵をバーン! と、目にも留まらぬ早撃ちで、一気に悪漢たちを仕留める。するとデンゼル・ワシントンがそこで、さすがに銃口からのガンスモークを吹くなんてことはしないけど、クルクルクルッと銃を回して、ホルスターにストッとしまう。ザ・ウェスタンなガンプレイ。いわゆるガンスピンをしてから、ホルスターにポーンとしまうわけです。

僕はこれを見ていて……要はリアリズムの描写じゃないわけですね。銃なんか、あんなトリガーのところをクルクル回すなんて、危ないから絶対にやっちゃいけないんだけど。僕はこれ、本作はあくまでも「昔ながらの娯楽映画としての西部劇」をいまに再現したものですよ、という宣言だと思った。「今回は娯楽ですから。銃をクルクル回すような映画なんですよ」っていうエンターテイメント西部劇宣言というか。「とにかく今回は“かっこいい”を優先させます!」っていう、そういう宣言だという風に僕は取ったんですね。だから僕は最初にクルクル、ストンとやった時に、「OK、そういうつもりで見ます!」っていう感じになったということですね。

まあ実際ね、『荒野の七人』という1960年の映画の方もね、これメイキングドキュメンタリーの中でジョン・カーペンターさん。私も大好きな映画監督が、西部劇大好きな人なんですけど。後世に対する影響の巨大さというのは認めた上で、こういうことを言っているのね。「『荒野の七人』が西部劇史上最高の傑作かというと、それはそういうんじゃないよ。西部劇史上最も革新的な作品かと言われたら、そういうわけでもないよ。でもね、西部劇史上最も楽しい映画か? と言われれば、そうだよ!」って、そういう言い方をしていて。だから、楽しい映画なんだという部分に徹しているというね。そういう意味ではこの方向も、今回の『マグニフィセント・セブン』も……たしかにちょっと物足りないところがあるっていうのもあるんだけど……それでもやっぱり、過去作とはまた違った意味で、「楽しさ」が詰まった作品なのは間違いないという風に思います。

まず、多人種構成だけあって、やっぱり各メンバーのキャラっていうのは、ひときわ立っているなと思います。全然見た目からして違う連中が集まっているんで。特にやっぱり、イーサン・ホークとイ・ビョンホンのコンビ……というかほとんどカップルは(笑)、非常にいいなと思います。かつての腕利きが、実は戦争でPTSDを負っていて、っていうイーサン・ホークのキャラクターは、言うまでもなく『荒野の七人』ではロバート・ヴォーン、昨年11月に亡くなってしまいましたけど、ロバート・ヴォーンさんが演じていた、非常に7人の中でもおいしいキャラですよね。その位置なわけです。誰が演じても結構おいしい役なんだけど。ただまあ、ロバート・ヴォーンがある意味、割りとキチッとした切れ者風に出てきてというところで、ギャップ感でおいしかったのに対して、やっぱりイーサン・ホークはさ、ヘタレが似合うっていうかさ。「ああっ、う、撃てない……」っていうのが、「やっぱりな」って(観客にもすぐ納得できてしまう)感じが、また合っているし。だからイ・ビョンホンのキャラクターとの補完関係が非常に微笑ましい。2人で補い合っているんだな、という感じが非常に微笑ましく見えたりとかですね。

あと、『荒野の七人』で言えばスティーブ・マックイーンに当たるクリス・プラット。ちなみにね、『荒野の七人』でのスティーブ・マックイーンの目立とう精神みたいなのは、本当にこれだけでいっぱい長く話せるぐらい面白いんだけど、それはおいといて。今回はクリス・プラットが脇を固めていて……これ、白人ではあるけど、アイリッシュという設定だから、要は白人の中でも被差別的な立場にいる白人ということで、クリス・プラット。彼は出世作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』でも然り、やっぱりチームものがすごく似合うわけです。要するに、ちょっとニヒルなキャラクターというか、ずーっとニヤニヤ、ヘラヘラしている、ちょっとニヒルなエゴイストにも見える、自分のためにしか行動しないような男に見えるんだけど、そういうやつがやる時はやるっていうのがこれ、チームものの、ベタだけどツボじゃないですか。やっぱりそれは。

特に今回は、このクリス・プラットのキャラクター、ファラデーさんが結果、ある意味いちばん利他的な行動を取るわけですね。非常に美味しいという。そのクライマックスを含め、今回の『マグニフィセント・セブン』はですね、舞台の地形とか位置関係と、それを利用した主人公たちの戦略が、とても明快にわかりやすく提示されていて、活劇的に活用されているというのも特徴。『荒野の七人』は割りと行き当たりばったりの戦い方なんで、それに比べるとちゃんと戦略的にやっていると。いっぽう、『七人の侍』『荒野の七人』にあった村人との交流描写……たとえば若者がそれで恋愛して成長して……といようなうサブストーリーが、今回、まるっきりと言っていいぐらい省かれた分ですね、たとえば7人の「英雄的行為」感というか、そのエモーショナルさというのは、はっきり言ってかなり希薄になりました。ただ、そのぶん、さっき言ったような「死に場所を探していた」戦いのプロたちによる、非常にハイレベルな攻防戦という意味で、ほとんど戦争映画にも近いテイストが、特にクライマックスになると前面に出てくるというあたり。僕はこれはこれでまた別の面白さだなという風に思ったりしますし。

あと、敵の軍勢が今回、むっちゃ多い!(笑)っていうのが……これも今回の、一種戦争映画的なテイストにも非常に合っているなという風に思います。むしろなまじ、たとえば『荒野の七人』のブロンソンみたいに子供たちとの交流だとか、あるいは恋愛要素みたいなものを入れるよりは……ヒロインともバシッと距離をチームたちが置いている、という今回のような作りじゃないと、ちょっと古臭く見えちゃったんじゃないのかな? という風に思うので。これはこれで有りだなと思います。ヒロインを演じているヘイリー・ベネットさん。前回『イコライザー』で殺される娼婦役もやっていて、非常に印象的でしたし。『ガール・オン・ザ・トレイン』という映画を昨年僕、見たんですけど。映画そのものに対してはちょっと言いたいこともあるんだけど、ヘイリー・ベネットさんは「むちゃくちゃエロいな、この人!」「この人のエロさでグイグイ持っていくな!」って思っていたんですけど。でも、そういう人だからこそ、今回は割りとセクシーさみたいなものは抑えた役柄っていうのでも、ちゃんとある種のフェロモン、色気が出ているというあたり、非常にいいバランスだったんじゃないでしょうかね。

あと、ビンセント・ドノフリオの「モロに熊」感(笑)とかも本当にいいんだけど……デンゼル・ワシントンの安心感、もちろんこれは言わずもがなということで。今回はデンゼル・ワシントン、スタンスとしてはちょっと引き気味に、他の役を立てるように、ちゃんと引いている感じとかも、リーダーらしくてよろしかったんじゃないでしょうかね。たしかにドラマ面、若干物足りない、薄口と感じる方がいらっしゃるのも当然だと思います。特にやっぱり、デンゼル・ワシントン演じるリーダーのチザムさん側に動機があったということが最後に明かされた分、やっぱり他のメンバーが、じゃあなんであそこまで利他的なというか、命を捨てるところまでやったのか? というところで、村人との交流描写もないので、ちょっとよくわかんないなという感じになっちゃう人が多いのもわかります。

実はこのね、アントワン・フークアさん、前作のボクシング映画『サウスポー』も、ドラマ的に「えっ? そこはすんなり行っちゃうんだ?」っていう、ちょっとドラマ的な薄口感っていうのを感じさせるものはあったんですが。まあ今回はこれはこれで……なによりもエンドロール、やっぱりこれですよね。エルマー・バーンスタインさんのこのテーマ曲が流れると……

(BGM:『荒野の七人』のテーマが流れる)

オッケーイッ!(笑) なんか、すっげー面白い映画を見た感!(笑) みたいな感じになるという感じでございます。アントワン・フークアさんは、硬派アクションの職人監督として今後ともフィルモグラフィー、注目していきたいと思っておりますし。今回の『マグニフィセント・セブン』も十分、娯楽映画として合格ラインというか、楽しい作品だったと思います。ということで、ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ザ・コンサルタント』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしはこちらから!