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東電原発事故。福島からの避難者の声▼人権TODAY(3月11日放送分)

人権TODAY

毎週土曜日「堀尾正明+PLUS!」内で8:15頃に放送している「人権トゥデイ」。様々な人権をめぐるホットな話題をお伝えしています。

東京電力福島第一原発事故から6年

2011年3月11日の東日本大震災から6年たちました。あの日、福島第一原発で大きな事故が起きて原発の周辺に住んでいた人たちは避難を余儀なくされています。ピーク時には福島県だけで16万人が県内外に移りました。

復興庁がこの2月に発表した資料によると、原発事故による避難者は県内外にまだ8万人近くいます。うち首都圏1都6県への避難者は22,000人余り、東京都だけでも5,000人以上の避難者がいます。

原発事故の「避難者」とは、公的には行政が避難指示区域に指定した地域にもともと住んでいて、帰還が困難な人たちとされています。国と福島県はこれまでに除染が進んだ区域の避難指示を徐々に解除してきました。この3月いっぱいで帰還困難区域以外は、避難指示がほぼ解除になる予定です避難指示が解除された地域の居住者は、「自主避難」という位置づけになります。

「避難者」の数が減っているのは実際はこの避難指示解除の区域が広がったためで、故郷に戻った人の数と同数ではありません。「自主避難」している人たちもまだまだ多いのが実情です。また放射線量のもっとも高い「帰宅困難区域」はまったく指定解除の目処がたっていません。

斎藤さん

今回は東京都に避難、あるいは自主避難している方たちにこの6年間、どんな思いだったか聞いてきました。新宿歌舞伎町の新宿コマ東宝の近くで
居酒屋「うまいもん」を経営する斎藤博重(さいとう・ひろしげ)さんは、震災前は南相馬市小高区で育ち、高校卒業後15年間、東京で料理の修業をし、その後浪江町で居酒屋を開業して3年目に被災。浪江町は大半が4月以降も帰還困難区域のままです。

居酒屋「うまいもん」店主の斎藤博重さん

「震災が起きたのは商売が絶好調のときです。2店舗目の物件を決めて、1店舗目の4倍ぐらいある坪で、ここで一発やるぞと設計図を内装屋さんと書いてる最中だったんです。最初は福島の浪江町から大阪に避難してて・・・。ガックリってことでもないけど、当時はもう、どうすんだってしかないです。地元はもう戻れないって観点の元、次に僕が馴染みが有る土地が、料理の修行をした東京しかないんですね、大阪のベッドの中でパソコンいじりながら物件探して・・・」

斎藤さんは最初、大阪市が提供した市営住宅に避難、約一年で東京に戻って店を開店しています。東京では、国や都などが避難者に提供する住宅ではなく、自力で住む家を探し、入居したそうです。お店は今年で開業5年目に入り、経営は順調です。東京の生活も安定したということです。私もディレクターと一緒に斎藤さんのお店で一杯やってきましたが、料理もおいしく、地酒の利き酒セットなど、惹かれるメニューがあって楽しかったです。

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居酒屋「うまいもん」店主の斎藤博重さん

「国のそういう所を探して待ってても、紹介待ちになって自分のペースで物事を運べないんですよ。家族背負って方向性を決めていくのに自分でちゃっちゃと探したほうが早いなと。店を開いてから、お客さんを摑むまでがものすごく大変でした。ただ、みんな応援してくれました。お客さんとの会話で、ここの店主は福島の震災でこっちに来たんだよ。とかしてくれていたりするんですよね。そんなだったんだ、また応援するよって来てくれたり、こっちはもうすごく応援してもらえることが多かったですね」

再建できた人、できない人

ただ、斎藤さんのように自力で生活を再建できた人ばかりではありません。都内に住む避難者に聞くと、紹介されて公営住宅に住んだものの、どうしていいか分からないまま仕事を転々としたり、生活再建が難しい方も少なくありません。この6年間でようやく仕事に定着し、落ち着いたものの、今度は指定解除によって、現在住んでいる避難者用の家から引っ越さなければならない、あるいは福島県からの家賃補償がなくなるので、家賃を払わなければならないが、支払いの目処が立たない厳しい立場にある人もいます。

また、これは斎藤さんとは別の方ですが、福島県内に帰って、飲食店を始めたケースも聞きました。かつて復興バブルと言われた地域でも、バブルは終って今でさえ、お客さんが少なくて飲食店を続けられるか、とても不安とのことでした。

居酒屋「うまいもん」店主の斎藤博重さん

「子供の生活環境、将来性を考えれば、浪江町に帰るという方向性はないのかな。放射能の問題が薄いとはいえ、クエスチョンじゃないですか。今あっちに残ってるのはほぼ40以上なんですよ。20代はいないんですよね。20年後に自分と同じようなじっちゃんばっちゃんしかいないようなところで商売やっても、喰ってけないしね」

斎藤さんは8歳のお子さんがいます。福島県民は愛郷心がとても強いと言われていますが、地元では、避難指示が解除された場所でも、子供連れで帰る人は少ないといいます。

また、今回取材を進める中で会った、都内で飲食以外の商売をされてる方ですが、福島県、避難指定地区から来ていることを話すと、商談がストップしたり、変な噂を立てられたり、あるいは外国人観光客の団体が、突然キャンセルしてきたり、偏見があって仕事がやりにくいため、自分は出身地のことをなかなか話せないでいる、店の名前も出さないで欲しい、という方もいました。取材していて、もとの暮らしに戻ることが難しい状況の人たちもまだまだ多いのだと知りました。

(担当:藤木TDC)