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放送中

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  • コラム

第51回放送『茨城県 牛久・龍ケ崎』

コンシェルジュ沓掛博光の旅しま専科
青銅製の立像では世界1高い牛久大仏。最近では海外からの参拝者も多いという

青銅製の立像では世界1高い牛久大仏。最近では海外からの参拝者も多いという

 19年ぶりの日本人横綱の誕生で沸いた初場所。その立役者はもち論、稀勢の里。茨城県牛久市の出身で、今や郷土のスターだ。今週はこの牛久市と幼少から中学時代まで過ごした隣の龍ヶ崎市を紹介しよう。

筑波山を遠くに見て広がる牛久沼

筑波山を遠くに見て広がる牛久沼

 稀勢の里の生まれは兵庫県芦屋市だが、2歳の時に龍ヶ崎市に移住。中学2年の時にお隣の牛久市に転居したが、龍ヶ崎市立長山中学校3年の時に鳴門部屋(後に田子ノ浦部屋に所属)に入門した。その長山中学校に稀勢の里の資料館が設けられていたが、見学者が急増し、現在は移転場所が決まるまで閉鎖されている。
 まずは、幼少時代に過ごした龍ヶ崎市から案内しよう。龍ヶ崎市への最寄り駅は常磐線の佐貫駅になる。上野駅からおよそ50分と近く、東京のベッドタウンにもなっている。その町中でまず目に入るのが牛久沼。佐貫駅から車で7、8分のところに沼を一望する牛久沼水辺公園がある。白鳥が遊ぶ水辺の向こうに筑波山が望め、のびやかな風景が心をなごむ。周囲およそ25キロと沼とは言え大きく、南北に細長く広がる。谷田川、西谷田川、稲荷川が低地に集まり沼を作り、流れ出て小貝川に注いでいる。名前は牛久だが、水面のすべては龍ヶ崎市。

牛久沼がその始まりと言われるうな丼。沼近くにある伊勢屋さんは明治時代から続く老舗

牛久沼がその始まりと言われるうな丼。沼近くにある伊勢屋さんは明治時代から続く老舗

 牛久沼の名前の由来のひとつに牛になった小坊主の話がある。食べては寝ての怠け者の小坊主が牛になり、わが身を悲観して沼に入水、以来、牛が喰われた沼ということで牛喰い沼と言われ、転じて牛久沼になったという。水辺近くには牛ならぬうなぎの店が4、5軒ある。かつては10軒ほどあり、うなぎ料理で知られた沼と言える。沼を望むうなぎ専門店の伊勢屋さんをたずねてみると、こちらは明治35年創業の老舗のお店。ご主人の話では昭和30年代まではうなぎがよく獲れ、うな丼も実はこの牛久沼が発祥という。江戸時代に常陸太田出身の人が江戸から故郷へ帰る時、茶店でかば焼きとごはんを頼んだところ、沼を渡る舟から「舟が出るぞー」と言われ、慌てて丼のご飯の上にたれのかかったかば焼きをのせ、対岸に着いて食べたところたれがいい具合にしみて美味しく食べられ、以来、うな丼として人気を呼んだという。今もお店では牛久沼名物のうな丼(2470円)やうな重(2860円~)を注文するお客でにぎわっている。

今や竜ケ崎市の名物になった龍ヶ崎コロッケ。米粉を使ったライスクリームコロッケが人気ナンバー1

今や竜ケ崎市の名物になった龍ヶ崎コロッケ。米粉を使ったライスクリームコロッケが人気ナンバー1

 龍ヶ崎を代表する味覚ではもう一つ、コロッケがある。龍ヶ崎コロッケとして市内では18軒のお店が個性あふれるコロッケを手作りで揚げ、販売している。今から17年前に市の商工会婦人部の皆さんが、商店街に活気を取り戻そうと昔懐かしいコロッケを作ったのが始まりで、おいしさと懐かしさが評判を呼び、精肉屋さんはじめ、蕎麦屋さんや居酒屋さんなどのお店も参加し、「うちの店のコロッケが日本一」と味を競い合っている。3年前にはインターネットによる「ご当地メシ決定戦」では見事に優勝もしている。元祖とも言える婦人部の皆さんが開くチャレンジ工房どらすて、別名龍ヶ崎コロッケ会館では何と12種類のコロッケを女性陣が手作りで揚げ、ほかほかのコロッケを販売。昔ながらのポテトコロッケから特産のれんこんコロッケやりんごコロッケ、さらにははんぺんコロッケに角煮コロッケなど実に個性豊かでしかもおいしい(いずれも1個100円)コロッケを作っている。その中でイチ押しは、「米粉(こめこ)を使ったクリームにレンコンやマイタケ、ゴボウなど入れたライスクリームコロッケ、別名龍ヶ崎コロッケです」という(1個150円)。一口食べてみると、とろける柔らかさと中の具が一体になって美味しさが広がる。お店は佐貫駅から出ている関東鉄道竜ヶ崎線の竜ヶ崎駅を背に直進して、歩いて10分ほどのところにある。

クリスタル工芸の技が凝縮された品々が並ぶカガミクリスタルのショップ

クリスタル工芸の技が凝縮された品々が並ぶカガミクリスタルのショップ

 どらすての近くには垂れ桜で有名な般若院がある。本堂の裏手に回ると樹齢400年と推定される古木が南北22mと大きく枝を広げ、毎年4月中旬ごろには見事なピンクの垂れ模様を見せてくれる。
 龍ヶ崎市内にはこのほか、ガラスを美術工芸品の地位にまで高めたガラス工芸の先駆者の1人、各務鑛三(かがみこうぞう)氏が明治9年にわが国で初めて設立したクリスタル専門メーカーカガミクリスタルの工場と氏の作品などを展示した資料室(要予約)がある。資料室には日本芸術院賞を受賞した「鉢」の   作品や宮内庁に収めている菊の御紋章の入った数々の食器に在外国大使館で使用されている食器類などを展示。江戸切子の伝統に現代の感覚を活かした美しく、透明感の中に人を引きよせる温かみを持つ作品を展示。ショップでは思わず手に握りしめたくなる美しいグラス、淡い赤やブルーを基調とした江戸切子のグラスに花器などが販売されている。

河童の絵で一世を風靡した小川芋銭のアトリエ兼住宅の雲魚亭

河童の絵で一世を風靡した小川芋銭のアトリエ兼住宅の雲魚亭

 お隣の牛久市に入ると、沼のほとりに椿の生垣に囲まれて牛久市ゆかりの日本画家小川芋銭(おがわうせん)が晩年を過ごしたアトリエ兼住宅であった雲魚亭(うんぎょてい)が立つ。芋銭が活躍したのは明治30年代から昭和初期の間だが、主に新聞や雑誌の挿絵を手がけ、その間に牛久沼の伝説にもよく出てくる河童の絵を描いている。雲魚亭内には硯や絵の具など展示。土、日、祝日に公開している。近くには有志による河童の碑も立つ。

日本初のワイナリー、シャトーカミヤ(上)。つかもとの芋の甘納豆(左)とコルカリーノの薫るかりんとう(右)

日本初のワイナリー、シャトーカミヤ(上)。つかもとの芋の甘納豆(左)とコルカリーノの薫るかりんとう(右)

 牛久沼から佐貫駅の1つ先の牛久駅へ行くと近くに明治36年に誕生した日本で初めてのワイナリー、シャトーカミヤが立つ。当時は牛久醸造場と言い、ボルドーで本格的なワイン造りを学んだ神谷傳兵衛が創設した。平成20年に国の重要文化財に指定された赤レンガ造りの醸造場はボルドーのシャトーを思わせる格式あるデザインそのままの姿。かつては政府要人、外交官など招いてワインと食事をここで楽しんだという。その後ろにはやはりレンガ造りの神谷傳兵衛記念館があり、こちらではワインを醸造した大きな樽が20樽ほど置かれ、国産ワインが産声を上げたたたずまいを残している。現在は周辺で獲れるブドウを使って牛久ルージュ(2160円)を作り、販売している。
 味わいではこのほか銘菓に竜ケ崎市のつかもとの「甘納豆」や牛久市のコルカリーノの「薫るかりんとう」などがある。

霞ヶ浦の湖畔に立つ出羽屋は老舗の佃煮の製造元。ワカサギ(左)や海老(右)などの湖幸の佃煮が人気だ

霞ヶ浦の湖畔に立つ出羽屋は老舗の佃煮の製造元。ワカサギ(左)や海老(右)などの湖幸の佃煮が人気だ

 牛久市内で外国人観光客にも人気が高いのが牛久大仏。平成5年の完成で、高さが120mと青銅製の立像では世界1という文字通り大仏様である。成田空港から車で20分と近いこともあり、アジアを中心とした観光客の訪れが多く、国内外合わせて年間45万人が参拝。地上85mの胎内からは富士山やスカイツリー、日本で2番目に大きい湖、霞ヶ浦などを一望する。
 その霞ヶ浦まで足をのばすとそこには鮮度のいいワカサギ、エビなどの湖魚をおいしく炊いた佃煮の製造・販売専門店の出羽屋がある。水ぬるむこれからの季節のおすすめをうかがうと、「春になりますとアミが獲れだし、これがおいしくなりますね」と。アミは海のものと違って風味があり、あたたかいご飯にとても合うという。牛久沼から霞ヶ浦へ。水ぬるむ春の旅を手軽に楽しみたい。

問い合わせ:茨城県東京事務所℡03-5212-9088
交通   :常磐線佐貫駅下車または関東鉄道竜ケ崎駅下車。
      牛久へは常磐線牛久駅下車。車は圏央道牛久阿見IC利用