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遺産(レガシー)時代

森本毅郎 スタンバイ!

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忙しい朝でもニュースがわかる「森本毅郎・スタンバイ!」
(TBSラジオ、月~金、6:30-8:30)
8時からは、話題のアンテナ「日本全国8時です」
全国ネットで、日替わりゲストとともに放送。
毎週木曜日は、東京大学名誉教授、月尾嘉男さんの「賢くなれる雑学コラム」!

月尾嘉男

解説は東大名誉教授の月尾嘉男

3月16日(木)は「遺産(レガシー)時代」

★○○遺産がいろいろ

21世紀になる前後から「○○遺産」という制度が次々と制定されています。2000年には日本土木学会が「土木遺産」というものを始めて、1908年に完成した北海道の「小樽港北防波堤」や、1926年に建設された東京の隅田川に架かる「永代橋」など10件を選定し、以下、毎年追加して、現在では350件近くになっています。2007年には日本機械学会が創立110周年を記念して「機械遺産」制度を開始し、東海道新幹線の初代の車両「新幹線0系電車」や、戦後、日本で最初に開発された旅客機「YS‐11(ワイエスいちいち)」などを認定し、現在までに83件を認定しています。

2008年には国立科学博物館が「重要科学技術史資料」、愛称「未来技術遺産」として、次世代に継承していくべき重要な科学技術や産業技術を認定し始めました。1889年から岩手県二戸市に設置されていた最古の「酒の自動販売機」、1913年に日本で発明された世界最初の無線電話「TYK無線電話機」など225件が認定されています。

さらに2010年には日本化学会が「化学遺産」という制度を創設し、1908年に池田菊苗(いけだ・きくなえ)が発見し日本の十大発明の一つといわれる「グルタミン酸」や、1910年に鈴木梅太郎が発見した「オリザニン(ビタミンB1)に関係する資料」など43件が選ばれています。今年(2017年)3月7日に発表された最新の選定では、1890年に上山英一郎(うえやま・えいいちろう)が発明した「除虫菊を原料とする蚊取線香」が選ばれ、話題になりました。

★オリンピックとレガシー

「遺産」のことを英語では「レガシー」と言いますが、最近、よく話題になる言葉です。例えば、東京都の小池知事は2020年の東京オリンピックについて「必要なレガシーをワイズスペンディングで作っていく東京2020」というようにレガシーを使っています。なぜオリンピックでレガシーという言葉が登場するか疑問に思われるかも知れませんが、実は2002年に改訂された「オリンピック憲章」の「第1章第2項 IOCの使命と役割」に「オリンピック競技大会の遺産を開催都市と開催国に残すことを推進する」と書かれているのです。 

この内容には興味のある点が2つあります。第一は、遺産は英文では「ポジティブ・レガシー」となっていることです。レガシーとは本来「誰かの意思によって残されるカネやモノ」という意味で、そこから「過去から伝承されたもの」というように使われてきました。そして否定的に使われることが多かったのです。例えば、コンピュータの分野では「レガシーデバイス」というとフロッピーディスクなど時代遅れになった装置という意味ですし、コンピュータを制御するOSという基本ソフトウェアも旧式になったものは「レガシーOS」と言われます。そこで、オリンピック憲章の英語の原文では、遺産は「ポジティブ・レガシー」、意訳すれば「未来志向の遺産」となっています。

オリンピック憲章の興味深い点の第二は、1896年にアテネで第1回近代オリンピックが開かれてからほぼ100年が経過した1998年のオリンピック大会を招致するときに、IOC委員の買収事件があり、また開催費用が高額になりすぎて、立候補する都市が現れないのではないかと心配され始めました。実際、2008年の夏季オリンピック大会には10都市が立候補しましたが、2012年には9都市、2016年には7都市、2020年には6都市と、毎回のように減ってきています。冬季オリンピックも2010年と2014年は7都市、2018年は3都市、2022年は2都市しか立候補していません。分かりやくいえば、オリンピックは100年が経過して賞味期限切れになったのです。

★賞味期限を迎えた制度

そこでIOCは開催都市に開催費用を押さえることを強く要請すると同時に、オリンピック大会が開催都市や開催国に未来に繋がるポジティブ・レガシーを残すことを表明するように要求し、最初に取組んだのが2012年のロンドン大会でした。大会終了後、イギリス政府とロンドンはレガシーの報告書を作成し、毎週1回以上運動する人が140万人増加したとか、施設を後利用して1万1000戸の住宅を整備したとか、観光消費が4%増加したとか、文化プログラムに4300万人が参加したなどの効果を発表しています。それを受けてIOCは2013年に「2013オリンピック・レガシー」を策定し、開催する都市は立候補するときに何をレガシーとするかを明示することを要求するようになったのです。

そこで東京オリンピックの組織員会は「競技会場をスポーツやエンターテイメントの施設として利用する」「スポーツを市民の健康なライフスタイルを促進する活動にする」「施設周辺に100万本の植樹をし、環境に配慮した町づくりをする」というような目標を掲げ、具体策も推進しています。例えば、現在、厚生労働省が受動喫煙の被害防止を目指して禁煙・分煙を推進する制度を作っているのも、小池東京都知事が電線地中化を推進しているのも、Wi-Fiを急速に普及させているのも、大会を契機に前向きのレガシーを作ろうという仕事の一環なのです。逆に巨額の費用をかけて新国立競技場を建設することや、伝統あるホテルを解体して建て替えることなどはネガティブ・レガシーという意見もあります。

★ネガティブ・レガシーを見直すとき

最初に科学技術分野の遺産制度をご紹介したのは、オリンピックにレガシーが登場したことと関係があるからです。それらの制度で選ばれた対象の多くは明治以来、外国から導入されたり、国内で開発されたりしたものです。すなわち100年近く日本を発展させてきた手段が賞味期限切れになりつつあることを反映した一種の危機感から制定された制度と考えると、科学技術や産業技術も近代オリンピックが直面している状況と同じということです。来年(2018年)は明治維新150年ですが、それを祝うというよりは、その過程で蓄積されてきたネガティブ・レガシーを検討する機会だと思います。