お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ

MASACA!! ベルリンで大病を患う・・・ ゲスト:松下功さん(作曲家/東京芸術大学副学長)

コシノジュンコ MASACA

2017年4月2日(日)放送

ゲスト:松下功さん(part2)
masaca_20170326_1
出水:東京藝術大学音楽学部卒業、同大学院を修了後、ベルリン芸術大学において研鑽を積まれ、作曲家としての代表作、和太鼓協奏曲「飛天遊」は、ベルリン・フィル、ザグレブ・フィル、シドニー交響楽団、東京フィルハーモニーを初め、世界各地のオーケストラで演奏され好評を博しています。作曲、指揮、音楽企画、映画音楽等、幅広く活動されていらっしゃいます。

JK:ベルリンにいたって言うのが凄いですよね。ベルリンの壁崩壊の前でしょ?
松下:そう、壁ありましたよ。東ドイツの中にベルリンってあるんですよね、だから周りが壁に囲まれていて、1時間くらいすると壁にぶつかっちゃって。
JK:息がつまらない?
松下:うーん、でも、面白かったんですよ。隔離されているから世界中が注目しているし、世界中のアーティストが集まっているから。でもね、目の前を爆弾積んだトラックが走ったり、戦車が走ったりね。
JK:ホント・・・?怖いところ行っちゃったわね。
松下:何か事件が起きるとね、ざわつくんですよね。怖いと思う事、結構ありましたね。
JK:なんでそのベルリンを選んだの?
松下:僕はね、なんとね、ヨーロッパへ行って、韓国人に習いに行ったんですよ。イサン・ユンっていう世界的な作曲家がいて、我々は自分のことを見つけたいから、別にヨーロッパ音楽を学ぶわけじゃないから、世界で活躍したこの人だと思って行ったから。ところが暗いんですよね、ベルギー。御存知ですよね。で、結核になっちゃったんです。
JK:そうなんですか・・・
松下:まるで昔の作曲家みたい・・・
JK:でもこんな元気に。
松下:ずっと病弱だったからね。それでもう帰ろうと思ったんだけど、これじゃ何しに来たんだか・・・。最初2、3年は療養生活だった。親はびっくりしましたよ。
JK:それで、お勉強もしながら
松下:そう、で、もう少しやろうと思ったら、気が付いたら演奏会が増えて来て、7年いて。これ以上いたらもう帰れないな、と思ったときに、さーっと帰ってきちゃったんです。

JK:ベルリンの壁のあるところに、あのときは文化会館だったと思うんですけども、日本大使館が、壁が外れたあとか
松下:いま大使館になっている。
JK:あそこで私、ショーをやったことがあるの。
松下:あそこすごい素敵な建物なんだよ・・・
JK:三国同盟で、イタリアと出来た素晴らしい劇場もあるし。
松下:その前は、まったく封鎖されて使えなかったんですよ、我々の頃は。どれでもそこに素敵なホールを作ってね、壁の間際にね「東に届け!」って。だから文化ゾーンですね、あそこは。
JK:すぐ横にイタリア大使館があって。
松下:その向こうにベルリンフィルのホールがある。
JK:ベルリンフィルにモルツさんいましたよね。その人しか知らないな、と思ったら、行ってみると・・・

出水:当時、1979年から86年まで住んでいらしたそうですけど。当時のドイツでの音楽の扱いって、どういった。
松下:ランクがあったんですよ、当時。ベルリンフィルは「S」なんです。
1番上に、ようするにベルリンに文化を集中させようという。だから音楽に限らず演劇とか、いろん面白い人が集まっていて、バングラ系の連中とかね、
JK:自由に入れたんですか?
松下:もちろん入れるんですけど、車なんかで東ドイツを通過して、通貨する間に、検査があったりね。大変な思いをしましたよね。でも、まぁ、それが面白かった。

=オンエア楽曲=
M1. シンフォニックポエム「夢の航跡」第2楽章より
       / 松下功指揮/東京フィルハーモニー交響楽団