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MASACA!日仏関係の資料は古本屋さんとのネットワークでゲット! ゲスト:クリスチャン・ポラックさん(part2)

コシノジュンコ MASACA

2017年4月16日(日)放送

ゲスト:クリスチャン・ポラックさん(part2)

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出水:クリスチャン・ポラックさんはアジアやヨーロッパのビジネス交流分野のエキスパートで、日本の様々な行政機関、および団体向けのコンサルタントとして活躍されていらっしゃるんですが、今回は日本とフランスの交流史の第一人者としてお話を伺っています。
まず日本とフランスの交流の歴史を紐解いていきたいと思うんですけど、一番最初は、1858年ということでよろしいでしょうか。
CP:ということです。ヨーロッパの国々の中で、一番遅かった(笑)
JK:あぁ、アメリカからペリーが入って来て。。。5番目くらいですか?
CP:5番目ぐらいですね。アメリカ、ロシア、イギリス、オランダ、そしてフランス。遅いんです。
JK:やっぱり、アメリカに先にいかれて、情報っていうのが来るんですよね。
CP:そうですよね。またイギリスから、オランダから・・
JK:近くでね。ヨーロッパの中で競争ですよね。で、フランスは、やっぱり絹。絹と繭。
CP:いわゆるですね、当時はナポレオン三世の帝国でありまして、一番大きい産業というのは、絹織物産業でございます。その輸出の方では第一品目が絹織物の製品で、全世界に輸出していたわけです。
JK:世界一だったんですよね。
CP:そうです。世界一の絹産業でございます。ただ、1855年頃、スペインから、微粒子病が来まして
出水:伝染病ですかね、いわゆる。
JK:蚕の病気。
CP:完全に死んでしまいまして、80%が壊滅状態になりました。フランスが、生糸が、もう作れないということで、ただ重要な産業で、早めに新しい生糸を見つけないといけないし、そして中国まで行って、まず中国の生糸を輸入して、そして安政6年、日本が開港、横浜が開港するし、そこでフランスのリヨン地域の絹貿易の商人が来まして、日本の生糸を発見します。その品質は大変素晴らしいという事で、中国をやめて、日本から生糸を輸入するようになりました。そこには幕末時代からだいたい日本の全体の生糸の総生産が80%フランスに輸出されます。いわゆるフランスと日本のあいだには、相互依存関係が生まれるわけです。日本にとってフランスは重要なお客様で、フランスにとっては重要な生糸の供給国ということで・・・
JK:フランスと言ってもリヨンですね。
CP:リヨン地方です。
出水:当時日本とフランスを結びつけたものは絹・繭だったんですね。
JK:その代わりに、日本に技術を・・・
CP:そうです。その代わりに徳川家茂(*第14代将軍)が、フランスの第2位のフランス代表と交渉しまして、まず、蚕を輸出することが禁止されていたんですね。日本で。輸出する方々が死刑になっていたんです。
JK:あぁそう・・・
CP:それで、解禁していただきたい。日本の蚕が、微粒子病に対抗できるということで、フランスで生糸の生産を再生できるんじゃないかと。その代わりに、じゃあフランスから技術をもってきて頂きたい、と。
出水:なるほど・・・
JK:だからジャガードができたんですよね。
CP:ジャガードも、その時期に日本に入るし。
JK:今でもリヨンは絹のジャガードって有名です。
出水:ジャガードっていうのは織物のことですよね。
JK:日本だったら絹で刺繍したりだけど、織物だからネクタイとか、織物の技術はリヨンから来たんですよね。
CP:そうですそうです。
出水:そこから富岡製糸場につながって・・・
CP:いわゆる大量遺産で、手作りでしたんですね。
JK:手織りですよね、その当時。
CP:手織りです。それで品質のバラツキが大きいという事で、これが機械化すると、品質は保つことが出来るということで、フランスから技術機械を取り入れて、富岡製糸場を建設した・・・
JK:いいねえ、世界遺産になって行きましたけど。女性が、女工さんっていうか、もうあそこに努めるのがエリートだったのね。それでね、フランス人がここに住んでいた、っていうのがありました。
CP:はい、そうです。ま、一応、10年間の間にフランス人が日本の国営の製糸場であったけど、ほとんどフランス人が全部経営しまして、成功して、そして日本の生糸の生産がどんどん増えて、またこの富岡製糸場がモデルの製糸場になりまして、20か所、全日本の20か所に新しい製糸場を建設されて、また機械もフランスから来たんですね。
JK:繭から絹にするときに、女性たちがそれを扱うと、手が凄く綺麗だと。
CP:そうです。
出水:成分が肌にいいって、よく言われていますよね。
JK:そういう風に、この女性たちが手がとてもきれいだと。

出水:ポラックさんは、様々な日本の古い資料の収集家でもありますけど。「絹と光」という本の中にも、富岡製糸場の当時の貴重な様子の日本画が・・・これはどこで出会った作品なんですか?
CP:これがですねえ、浮世絵の専門店。
JK:あ、これ、浮世絵ですか?
CP:浮世絵です。神保町ですね、神田。
JK:それで、出会った!
CP:出逢って、すぐもう買ってしまったんです。
出水:そうでしたかあ・・・
JK:これは、、しょっちゅう神田に行っているんじゃないですか?
CP:週に1回行きます。(笑)
JK:週に1回ウロウロ(笑)
出水:(笑)
CP:ほとんどすべての古本屋さんから、目録も着ていますよね。
出水:あー、こんなのありますよ、と。
CP:そうそうそう。そしてまたは、日仏関係の資料がありますので、是非観にきてくださいって。だから売る前に、まずポラックに(笑)だからホントにどんどん買ってしまって。

=オンエア楽曲=
M1. La Jolie Sardane / Charles Trenet