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毒蝮三太夫さんが50年前に奥さんと食べた、あの時の焼きそば。思い出の味を探した結果…

スペシャルインフォメーション!

【登場人物】
番組パーソナリティ…伊集院光
番組アシスタント…上田まりえ
調査依頼者…毒蝮三太夫
調査員…桐畑トール(お笑いコンビ「ほたるゲンジ」)

■50数年前、結婚前の奥様とデートで食べた焼きそばを調べてほしい!
そんな調査依頼が舞い込んできたのは、TBSラジオの番組「伊集院光とらじおと」の食にまつわる調査報告コーナー「俺の5つ星」(4月18日放送分)でのこと。
伊集院

81才男性・毒蝮三太夫さんの俺の5つ星

50数年前、有楽町の日本劇場、通称・日劇裏には2階建ての長屋のような建物があり、多くの飲食店が入っていました。その中の1軒に、結婚する前の奥さんとよく一緒に食べに行っていました。

2階にあったそのお店は「思いつき」という名前で、とにかく焼きそばが美味しい中華料理屋さんでした。質の良い油が絡まった焼きそばはとても美味しく、50年以上たった今でも忘れられません。

有楽町はすっかり変わってしまい、「思いつき」はもうありません。「方南町の方に移転した」という噂も聞いたのですが、定かではありません。何かご存知の方は教えてください。

依頼したのは、TBSラジオの名物番組『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』の毒蝮三太夫さん。

毒蝮三太郎

50数年前のお店ということもあり、リスナーからの情報は少い中、リスナーの方からこんな情報が届いた。

38才男性・ネギシトシヒデさん
有楽町駅前にある東京交通会館が50周年ということで、昨年の夏に記念展示会が行われており、資料の展示や、50年前の有楽町や新橋の映像が流されていましたよ。

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この情報を手がかりに、さっそく、東京交通会館に連絡を取った調査員。当時、日劇裏から有楽町駅前にかけての一帯は2階建ての小さな店舗が密集し、すし屋横丁と呼ばれていた。東京交通会館から、当時のすし屋横丁の一部が書かれた地図をお借りすることができた。

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伊集院:地図があるんですけど。何軒ある?50軒じゃきかないよね。場所的にマムシ師匠の記憶だと、どんな感じなんですか?

毒蝮 :日劇側の、この辺の階段を上がったところだったな。

上田 :あっ、あっ!今まさに師匠が指差してらっしゃるところに「思いつきの店」って書いてある!これだ!えっ、すごい!

毒蝮 :字が小さいよ! 老眼鏡、持ってきて。老眼鏡!

当時のすし屋横丁の地図の中に「思いつきの店」を発見!さらにここで別のリスナーからの情報が…。

75才男性・銀座生まれ銀座育ちさん
すし屋横丁のお店のいくつかは、いまも交通会館の中や有楽町のガード下などで営業をされています。たとえば、果実 百果園。中園亭。ミート大正軒。ミルクワンタン鳥藤など。お店に聞いてみると、何かわかるかもしれません。

さっそく、これらのお店に問い合わせをする調査員。代替わりなどで当時を知る方は少なかったが、ミルクワンタン鳥藤のおかみさんと常連客の方から情報が!どうやら「思いつきの店」は餃子が美味しくて有名なお店だったらしい。

さらに調査を進めると、別のお店から昭和38年8月の『有楽町町会会員名簿』という貴重な資料を入手。そこに「思いつきの店」と店主「アベヒロシ」さんの名前、そして電話番号が記されていた。

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電話番号は今は使われていないが、調査員は国会図書館で1960年代の電話帳を片っ端から調査する。そして有楽町のある千代田区の職業別電話帳に「思いつきの店」を、個人別電話帳に「アベヒロシ」さんの名前を発見。しかし、昭和44年以降、「思いつきの店」「アベヒロシ」さんの名は電話帳から消えた…。

■毒蝮三太夫さんの記憶をたよりに

ここから、マムシさんの「方南町の方に移転した」という記憶を頼りにさらに調査。方南町のある杉並区の電話帳を調べると、昭和46年に「思いつきの店」の記載を発見。住所は確かに方南町エリア。さらに同年の個人別電話帳に「アベヒロシ」さんの名前を発見。

しかし、翌年の電話帳からまたもや「思いつきの店」の記載が忽然となくなる。「アベヒロシ」さんの名前は載っており、その名前は2016年の電話帳にも残っていた。アベさんはご存命なのでは?

調査員・桐畑は直接お話を聞くべく、ご自宅にうかがった。

桐畑 :(ピンポーン)すいませーん。TBSラジオの桐畑という者なんですけども、「アベヒロシ」さんはいらっしゃいますか?

女性 :亡くなりました。4年前に。

桐畑 :4年前に…。毒蝮三太夫さんが「思いつきの店」って…。そこで食べた焼きそばの味がいまだに忘れられないと…。

女性 :ああ、有名だったのは餃子だったんですけどね。そうですか。でも、焼きそばもその次ぐらいでしたから。

桐畑 :お店はもう、やられていない?

女性 :もちろん。あそこは新幹線が通るために全部立ち退きになりましたから。

お宅にいらっしゃったのは「アベヒロシ」さんの奥様、「アベミツ」さん。当時の「思いつきの店」についていろいろとお話をうかがった。

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「思いやりの気持ちを常に持って、みんなが喜ぶことを常に思いつきなさい」という意味を込めた店名。餃子が大人気で、焼きそばは二番人気だった。杉並区に移って餃子販売の店を始めるも、1年でお店はたたまれてしまい、ここで「思いつきの店」の名前は消えたとのこと。

毒蝮 :なんとなく思い出したんだけどね。俺はね、焼きそばと餃子を食いたかったんだよ。だけど、餃子を食うだけの資本がないんだよ。当時、俺としては。頼みたかったんだよ。一番美味いのは餃子って知ってたんだよ。知ってたんだけど、俺は劇団やっていたり、仕事がないわけですよ。ウルトラマンやなんかだって、まだやる前だし。ラジオもやる前だし。で、うちのカミさん、三越に行っていたけど、おごってもらうのは忍びないじゃない?だから焼きそばだけにした覚えがある。本当は餃子、食べたかったんだよ。

■「思いつきの店」の焼きそば

さらに、「思いつきの店」の焼きそばについても奥様にうかがった。

桐畑 :焼きそばを出してらっしゃったのは、ご記憶にあります?

奥様 :焼きそばはね、ずっと出していました。味はね、塩味。ソースじゃないんです。

桐畑 :マムシさんが「良質の油を使っている感じがした」っておっしゃるんですよ。

奥様 :あ、これはね、ラードを使っていましたね。肉屋さんからね、赤身のモモのひき肉を取るのと一緒に、ラードも取っていましたね。

桐畑 :ちなみに奥様はあの当時の焼きそばを作ることってできますか?そのご主人の味に。

奥様 :結局ね、熱い火力でウワーッと作るのと、家庭のチマチマした台所で作るので同じ味を出すのは…近いものはできても、あの当時と同じものを作れって言われると「なんで断らないんだ?」って主人に怒られそうな気がしますね。

桐畑 :僕もそう思うんですが、マムシさんが食べたくて食べたくてしょうがないと…。

奥様 :だったらなおさら作れません。「これじゃないよ」って突っ返されます(笑)

桐畑 :そうですよね。マムシさんならそう言いかねないですもんね。「全然違う!」って。

奥様 :「こんなんじゃねえよ!」ってきっと言われますよ。

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■二番手が好きだよ、人生でも

伊集院:珍しくいいことしましたね(笑)でも、大事ですよね。亡くなった後でも、マムシ師匠が美味しかったって言ってくれることで、「やっぱり私たちが守ったお店は間違いなかった」って思うんです。

毒蝮 :それからやっぱり、戦後17、8年しか経ってないわけだよ。有楽町界隈、俺も結婚しようと思った彼女を連れて、「何かご馳走したいな。何か美味いものを食わしたいな」って思ってね、ウロウロ歩いて。金ないけども、でも俺がおごりたいっていうんで、そこへ飛び込んで。本当はその時に餃子を食べてれば……だけど俺、焼きそばでよかったと思う。その家の二番手だったんだろう?

伊集院:報われたよね。焼きそば、報われた。

毒蝮 :焼きそば。俺、なんとなくね、二番手が好きだよ。人生でも。

伊集院:こんないい話をする人がですね、このまま今日TBSを聞いていますと、またたぶん「ババア、ババア」言ってると思うんですよ。ねえ。

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TBSラジオ「伊集院光とらじおと」(月~木8:30~11:00放送中)内で毎週火曜の9時台に放送している「俺の5つ星」。最新回を聴くのはコチラ↓↓↓

「俺の5つ星」最新回を聴いてみるhttp://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20170502092337

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

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文・TBSラジオ電脳編集部