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ビニールハウスHERO 松田丈志、金メダルをひっさげて登場!

コシノジュンコ MASACA

2017年5月21日(日)放送

ゲスト:松田丈志さん(part1)
1984年、宮崎県延岡市出身の競泳選手。地元の東海スイミングスクールで久世由美子コーチの指導のもと、4歳から水泳を始めます。アテネ・北京・ロンドン・リオデジャネイロと、4回連続でオリンピックに日本代表として出場。ロンドンでは男子400mメドレーリレーで銀メダル、北京・ロンドンでは男子200mバタフライで銅メダル、リオデジャネイロでは男子800mフリーリレーで銅メダルを獲得。2016年に現役を引退。

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出水:実際にお会いすると……やっぱり肩幅広いですね! 既製品でサイズはありますか?

松田:意外とありますよ。ただ、現役中は太ももが太くてウェストが細いから、パンツは困ることもあります。僕より大きい選手はみんな苦労しているみたいです。僕は身長183~4cmなんで、ギリあります。

JK:モデルにはちょうどいいのよね(笑)松田さんって延岡のご出身よね? 私、延岡にはご縁があって、むかし旭化成の体育館で、坂本九さんの司会でファッションショーをしたことがあるんです。しかし遠いですね~! 子供の幼稚園の面接があったんですけど、その日のうちに帰れなくて。

松田:遠いですよ~! 陸の孤島と言われていて(笑)宮崎空港から電車で1時間、特急は1時間に1本。高速が通る前は、車で2時間ぐらいかかりました。

出水:その延岡の地元、東海スイミングスクールで4歳から水泳を始めたそうですが、泳いでいたプールがビニールハウスのようなプールだったという……いま振り返って、その環境をどう思いますか?

松田:引退してからビニールハウスプールを観に行きましたが、客観的に見ても「よくここでやってきたな~」というのは自分でも思います。当時は当たり前だったんですけど、夏は暑いし、冬は寒い! 一番寒い時は9度で泳いだこともあります。まぁ、陸上でトレーニングして、ちょっとだけ水に入る、という具合ですが。

JK:でも、それが当たり前で育ったんなら、どんな過酷なことも平気ですね!

松田:まあ、タフには育ってきたかなという気がしますね。

JK:そこで素晴らしいコーチと出会ったというのも運命のはじまりですよね。

松田:そうですね、久世由美子コーチとあそこで出会って、その出会いが僕の人生を大きく変えたと思います。子供心に、この人はすごく信頼できる人だなというのは肌で感じていました。一生懸命コーチしてくれる感じだとか、かけてくれる言葉だとか。コーチのほうは、子供の僕が何かにつけて寄ってきて、「コーチ、速く泳ぐにはどうしたらいいの?」って聞いていたと、良く言っています。

出水:そもそも水泳を始めたきっかけは?

松田:姉がやっていたので自分もやってみたいと思ったんですが、オリンピックを意識するようになったのは1992年のバルセロナオリンピックの時ですね。僕は8歳だったんですけど、岩﨑京子さんが金メダルを取るのを見て、「岩崎さんに勝ちたい!」と思ったんです。14歳の最年少記録を超えたい!と。でもオリンピックは4年に1回なので、計算したら小学校6年生で金メダルを取らないと勝てないことがわかって(笑)。だから、「俺は小6で金メダルを取る!」と周りに豪語してました。さらに「小6で金メダルを取って、そのあとは水球をやります」みたいなことまで言ってました(笑)

出水:久世さんのトレーニングは厳しいそうですが、とくに厳しかったな~と思いだすことはありますか?

松田:ずっと厳しかったですよ! わかりやすく数字をあげるなら、過去最高で1日30kmを泳いだことがあります。10kmを3回にわけて、各回3時間ずつ、合計9時間。朝昼晩と、ずーっと泳いでいたという……。

JK:走るだけでも大変なのに! 肌とかオカシクならない? 魚みたいね?

松田:9時間も水の中にいるんで、水から上がると、陸に立っているのも辛い。重力が辛いという感じでしたね。

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出水:オリンピックに4大会連続で出場されていますが、海外の選手と比べると日本の競泳選手は小柄ですよね。競泳において日本人選手が活躍している理由はどこにあるんでしょう?

松田:他のスポーツでもいえることかもしれませんが、ひとつには技術の高さでしょうね。水泳は技術が占める要素が多いので。日本人の勤勉さというか、やっぱりよく練習しますから。それによって身につく技術で勝負できるというのはあります。あとは、今の日本の競泳界でいうと、チームワークが良いというのがあると思います。

JK:話は変わりますが、私、開会式には行ったことがあるんですけど、皆さんが出るのは開会式? それとも閉会式?

松田:残念ながら、競泳はどっちも出られないんです。開会式の次の日からもう競技が始まって、そこから8日間ぐらい続いて、終わったらすぐ帰国するので。オリンピック自体はまだ開催していても、自分たちは帰ってしまうので、閉会式も出られません。

出水:じゃあ、松田さんはどのあたりで「夢の舞台、オリンピックに来た!」と実感しました?

松田:やっぱり、アテネの最初の種目、400m自由形で泳いだ時に「あ、いよいよオリンピックのスタート台に立ったな」という思いはしましたね。あのときは決勝まで行ったんですが、初めてのオリンピックでメダルには届かなくて。

JK:やっぱりメダルの重みっていうのかなぁ。私も持たせてもらったことがあるけど、実際の重さと、背負う立場の重みって似てると思うんです。

松田:そうですね、メダルがあるのとないのとの差、悔しさというか、惨めさというか、それはありますね。メダルを取った選手は、帰りの飛行機はビジネスクラスで、取れなかったらエコノミー。成田に着いたら、メダリストは都内で会見があるので用意されたバスに乗り込むんですが、取れなかった選手はその場で現地解散ですし。

JK:そういう悔しさって、ずーっと残りますよね。

松田:残りますし、モチベーションになります。だから次の北京では絶対メダルを取りたい、こんな悔しい思いはしたくない、というのが強かったですね。

出水:「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」という、あの言葉がすごく印象に残っています。あれはどんな思いだったんですか?

松田:ロンドンのメドレーリレーでのことですね。僕自身は個人で銅メダルを取った後だったんですが、康介さんは個人種目ではメダルが取れなくて。僕自身がアテネでメダルを取れない悔しさを味わっていたので、やっぱり先輩にああいう思いをしてほしくないという気持ちがありました。あの言葉は僕だけじゃなくて、全員がそういう気持ちだったと思います。帰国したらみんながその言葉を注目していたので、びっくりしたんですけどね。

出水:そしてジュンコさん、去年のリオ覚えてらっしゃいます? 男子800mフリーリレーの種目で、なんと52年ぶりの銅メダルを獲得したんですよ?!

松田:そのときのメダル、今日持ってきましたよ。

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JK・出水: あ~っ! 重たーい!

松田:500gあるみたいで、今までのオリンピックで一番思いメダルだそうです。

JK:ずっしり。これ、かけてパーティに出たら、首が大変そうじゃない? ちょっとかけてみる?

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(ジュンコ先生ったら、自分でメダルかけちゃってます・・・)

出水:ある意味、競技人生の集大成ですよね。この4つ目のメダルはほかの3つとは違いますか?

松田:僕自身、これが最後のオリンピックだと明確に思って挑んだ大会でしたし、実際、今までと比べて決してベストパフォーマンスではなかったんです。やっぱり力が落ちてきているというのは感じていましたし。それでも後輩たちと協力して、リレーでこうして形になったというのはすごく思い出深いし、自分だけでなく周りに助けられて取れたメダルだという思いは強くあります。

JK:個人よりもリレーのほうが力が入りますか?

松田:力が出ますね。一人のときはある意味、すごく燃えてても冷静にいかなきゃいけない部分があるんですけど、リレーの時は燃えたら燃えたままいける。チームの力はすごく大きいですね。このリレーも、後輩たちと自分がお互いが刺激し合って、勝ち取れたと思います。

=OA楽曲=
M1.  I Got You (I Feel Good) / James Brown
M1.  Papa’s Got A Brand New Bag / James Brown