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日光東照宮の陽明門を支える漆塗りの技術

森本毅郎 スタンバイ!

今年に入り、栃木県日光市を訪れる観光客が増えているようです。3月に、世界遺産・日光東照宮の国宝「陽明門」が44年ぶりの大修理を終え、色鮮やかに生まれ変わった姿をひとめ見ようと、多くの観光客で賑わっています。そこで5月22日TBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」(月~金、6:30~8:30)の「現場にアタック」で取材報告しました。

★観光客は前年比43%増!いま注目される「日光東照宮」

まずは観光客数の増加について、詳しいお話を、日光市観光交流課・課長の佐藤正人さんにお聞きしました。

日光市観光交流課 課長 佐藤正人さん
本年度、GW期間中に『日光東照宮』『日光山輪王寺』『二荒山神社』の3つを訪れた観光客は約17万4840人に上り、昨年同期比で35%増加しました。日光東照宮の国宝『陽明門』が修理完成したので、それに伴って増えているという部分はあるようです。市としてもそれによって観光客が増えることはありがたいと思っています。
森本毅郎スタンバイ!

「日光東照宮」。お天気も良く、多くの観光客で賑わっていました!

日光東照宮・日光山輪王寺・二荒山神社の「二社一寺」は世界遺産として登録されており、その三つをGW期間中に訪れた人は、去年と比べて35%増加。日光東照宮については43%も増えたということです。

森本毅郎スタンバイ!

世界遺産「日光の社寺」案内図(世界遺産「日光の社寺」公式HPより)

その要因の1つが、東照宮のシンボルである「陽明門」が修理されお披露目された事。陽明門は、およそ400年前に東照宮の社殿郡とともに作られ、故事をかたどった500以上の彫刻が施されています。陽明門の修理は約4年の歳月をかけて行われ、今年の3月にようやく完成しました。

★蘇った極彩色。「陽明門」が4年ぶりに公開

そんな陽明門をひとめ見ようと、多くの人が日光東照宮を訪れているということですが、陽明門を見た観光客に感想を伺ってみました。

●「埼玉から来ました。艶があって、細かく細部まで金も鮮やか。あんなに鮮やかなのはほかになく、綺麗になった。
●「埼玉から来ました。幼いころにも来ましたがそれと比べて色味がきれいで、特に竜の部分が、“金”と“白”の色使いでメリハリがあった。全体的なシルエットがバランスよくて華やか。
●「神奈川から来ました。金箔と漆が重なっている部分が、重厚感があって感激しました。
●「茨城から来ました。近代の絵ではあんな色はないのでは。漆に気付かない人も多いと思いますが、漆を使っていないと、なかなか絵の具じゃ出ないと思う。
森本毅郎スタンバイ!

修理を終え、今年3月にお披露目された「陽明門」。極彩色の彫刻や、白木の柱、黒漆塗りの屋根が見事に蘇りました

色彩や金箔が綺麗になったという声や、白木の柱の浮き立つような白さに驚いた、という声がありました。

そんな中で、漆について指摘する人も多くいましたが、実は陽明門は、屋根や彫刻などの、ほとんど部分に漆が使われているそうです。木割れや腐敗などから木を守るために漆を塗り、その上から金箔や絵の具を重ねていくので、門全体に漆を塗る必要があるということで、多くの漆塗り職人の手がかかっているといいます。

★漆塗り職人「江戸時代の職人ができたなら俺達もやろう!」

今回、漆塗り作業で主任を務めた方に、陽明門の修復について話しを聞くことができました。日光社寺文化財保存会の佐藤則武さんのお話です。
日光社寺文化財保存会 漆塗り職人 佐藤則武さん
1日30人ぐらいずつで、毎日入ってやっていました。朝8時から夕方の5時まで。休憩とかあまりしないでやっていて、お昼食べたらすぐやるぐらいの気合の入れ方だった。江戸時代の職人に負けないように、江戸時代の人がやったんだったら俺らもやりましょうか、という考えでやっていた。
仕上がってみると、それが表には表れない。でも、元々こういう仕事を始めたのも、自分の仕事を100年後の世界に残したいという、大それたことを考えていたので、漆を使って残したいなぁという気持ちはある。
森本毅郎スタンバイ!

漆塗り職人の佐藤さん。仕上げまでに、17回も漆を塗るそうです

佐藤さんは前回の修理の時、漆塗り職人になりたてで、当時は修理現場にはいたものの、漆塗りの作業には携わってなかったそうなんです。その時から、「自分もいつかは陽明門の漆塗りをしたい」と思っていたらしいのですが・・・。

実は何年ごとに修理をするという決まりはないため、そのまま定年を迎えてしまうかもと感じていたそうです。しかし、定年間際の64歳の時、陽明門修理の話が持ち上がり、今回主任に指名されたということでした。

★見えない部分も手を抜かない、漆塗り職人の覚悟

主任の仕事は思った以上に大変だったということですが、再び佐藤さんのお話です。

日光社寺文化財保存会 漆塗り職人 佐藤則武さん
作業を進めていて、ここ傷みが酷いからどうしようかとかいう時に、どうするか決めるのが主任の仕事だった。自分がこれで良いと思ったらそれで進めるしかないが、間違っていたらどうしようという思いもずっとあった。
日光の場合、だいたい20年に1回修理をしているので、20回修理を重ねているが、それが年輪みたいに層になって残っている。だから自分がやったことも塗り重ねられ、あるときに誰かが調べた時に、『平成もちゃんとやった』という事がわかるんだろうなぁと思うと、やはり手が抜けない。

陽明門の修理は文献で確認作業はできますが、漆塗りの技術はほぼ“口伝え”だそうです。そんな状況の中、修理をするというのはかなりのプレッシャーがあったそうですが、年輪の様に重ねられた漆が過去と同じように仕上がると、「間違ってなかった」と安心できるとお話していました。

★東照宮を次世代に残すためにも、漆文化を存続させたい

最後に、佐藤さんは、漆の大切さについてこのように話してくれました。

日光社寺文化財保存会 漆塗り職人 佐藤則武さん
漆がなくなって他の塗料が出来たとして、それで塗っても本来の陽明門ではなくなってしまう。今ですらレプリカと言われているようなものが、本当のレプリカになる可能性もある。
塗り直してるからレプリカと言われるが、技法も材料も江戸時代と同じものを使ってやっているので、全然違うものにしているわけではない。建物だけじゃなくて、建物を直すための技術、道具、材料、すべてを残していかなくては、と思っています。

現在、漆塗り職人は少ないながらも増えてきたそうですが、漆を使う場面が少なくなり、漆自体を作る人が減っているそうです。そうなると、漆塗りの道具を作る人も減り、最終的には漆がなくなり、陽明門も当初の姿を再現することができなくなる可能性もあります。

陽明門を含めた東照宮全体を次の世代に残すためにも、漆を残していきたいと話していました。 

田中ひとみ

田中ひとみが「現場にアタック」でリポートしました!