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金魚と文鳥はどこへいった?~愛知県弥富市

森本毅郎 スタンバイ!

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先日の新聞に、ちょっと不思議な記事がありました。全国有数の金魚の産地、愛知県弥富市で、養殖池から大量の金魚が忽然と消えた!それも、同じようなことが相次いでいるというのです。夏祭りシーズンに向けてこれから忙しくなるというのに、いったい何が起きているのか?そこで・・・。「森本毅郎・スタンバイ!」(TBSラジオ、月~金、6:30-8:30)7時35分からは素朴な疑問、気になる現場にせまる「現場にアタック」!!今日5月23日(火)は、レポーター近堂かおりが『金魚と文鳥はどこへいった?』をテーマに取材しました!

何が起きているのか、地元の業者の方にお聞きしました。弥富金魚漁業協同組合の組合長・伊藤恵造さんのお話です。

★鳥が食べちゃうんですわ!

伊藤恵造さん
「鳥獣保護区になっている藤前干潟という干潟と、愛知県営の弥富野鳥園があるんです。特に冬は鳥のエサになるようなものがいなくなるんだわね。そうすると金魚池にエサを求めて飛来してくる。ですから釣り糸の”てぐす”を10センチとか20センチ間隔で張る。サギはそれで防げたんですけど、最近、カモが来るようになった。小さなカモが結構、金魚池に飛来するようになって、それが”てぐす”の糸にバウンドして、ぴゅっと羽を閉じてスッと入るもんね。抜けていきますよ。ここは入れるぞと鳥に思われたら、もうどんどん入られるから。」
弥富の金魚

弥富の金魚

弥富の周辺は、ラムサール条約に登録されている藤前干潟という湿地はあるし、野鳥が保護されている公園はあるし、金魚の養殖池まである!鳥にとってはまさに楽園。でも生産者はたまらない。養殖池の上に釣り糸を何本も渡して鳥除けにしているが、体の小さなカモはうまく間をすり抜けて食べたい放題。たまにカワウまでが横入り。中には5千匹いたはずの金魚が全部食べられてしまった養殖池もあるという。それで新聞には”5千匹絶滅””被害が続けば廃業”というショッキングな見出しとなり、おかげで組合長の伊藤さんのところにはメディアの取材や、『夏祭りの金魚は大丈夫?』という問い合わせが殺到したそうです。ただし、この報道について伊藤さんは・・・。

●「ちょっとオーバーですよ。夏祭りは大丈夫」

確かに被害が大きい池もあるけれど、多くの池はそこまでの被害はないとのこと。

どうやら、新聞報道がやや勇み足だったようで、少し安心。ところが・・・。

★後継者不足、高齢化。金魚生産者は減少傾向!!

でも、よくよくお話を伺ってみると、弥富の金魚には鳥の被害よりももっと心配な問題があるそうなんです。再び伊藤さんのお話です。

伊藤恵造さん
「昭和50年に弥富の組合員が321軒で、養殖池の面積が約250ヘクタールあったんです。尾数としては、平成に入って8千万匹ぐらいなので、いちばん多い時は1億匹を越えていたと思うんですけど、平成28年末の調査では組合員数91人、養殖池面積64ヘクタールですから約4分の1ですね。生産尾数は約1200万匹。だからうんと少なくなっちゃいました。」

弥富は元々コメ作農家が多かったが、昭和40年代の減反政策で、田んぼの一部を養殖池に変えて金魚の生産を始めた人が多かった。だから兼業が多い。金魚の養殖が高収入なら後継者もできるが、金魚の売上はそこまで多くないという。一方、弥富は名古屋までとても近く、若い人たちは都心に就職。こうして金魚生産者は後継者不足と高齢化で平成に入って急速に減っているのです。これだけ養殖池が減ってしまったら、鳥に狙われる率も高まってしまいますよね。だから弥富の金魚は、鳥の被害よりもそちらのほうが大きな課題だということなのです。

★弥富は文鳥の街でもあった!!

実は弥富では、同じようなケースがあったのです。実はこの弥富には、金魚と並んでもうひとつの特産がありました。それは文鳥!!弥富の文鳥は、金魚とほぼ同じ時期、江戸後期に飼育が始まりました。明治に入って、全身が真っ白い白文鳥(はくぶんちょう)が突然変異で生まれ、これも増やしたことで、弥富は文鳥でも全国随一の産地となったのです。それが今、どうなったか。弥富の文鳥に詳しい、愛知県立佐屋高校の3年生、長島由利香さんと人見満里奈さんのお話です。

長島由利香さん
「弥富市は白文鳥がすごく盛んで、文鳥農家も
昔は200軒ぐらいあったんですよ。文鳥組合という組合があったんですけど、高齢化が進んでしまって、2009年8月には
解散してしまって、今では2軒しかないんですよ。」
人見満里奈さん
「白文鳥の文化を絶やしたくないという意見があって、佐屋高校では繁殖と、文鳥についての発信をしています。繁殖に成功したのが数回しかなくて、なかなか難しいですね。」

全国に名高い”金魚と文鳥の街”といわれ、今もそうだと思われているんですが、実は街のシンボルのひとつだった文鳥は、生産者がもう2軒だけになってしまった。その背景は金魚とまさに同じで、後継者不足と高齢化、そして若者の都心流出・・・。金魚の伊藤さんが心配するのは、この文鳥農家のことがあるからなのかな~、と思ってしまいました。

★文鳥が街から消えていく・・・。

現在残る2軒の文鳥農家のひとつ、青木玉子さんにお話をお聞きすることができました。

青木玉子さん
「前は弥富市で毎月出る広報にも必ず文鳥の絵が描いてあったの。だけどもう今は載ってないと思います。金魚は載ってると思いますけど。もう今は文鳥はだめ。だってもう2軒だから。あれはテレビゲームが流行りだして、子供たちがゲームの方へ走ったと思うんですよね。うちの子供もたまごっちかなにかを…。でもね、この間うちに手乗り文鳥を買いにいらした奥様が『ご主人との会話が少ないんだけど、文鳥をはさんで会話ができるからすごくいいです、ありがとうございました』ってお電話いただいたの。だからもう、頑張れるだけ頑張ろうと思ってますけど。」

広報誌のほかにも、あちこちにまちのシンボル的に使われていた文鳥がひとつ、またひとつ消えているそうで、ちょっと寂しい気もしますね。

しかし、先ほどの佐屋高校の生徒さんたちが、弥富の文鳥を復活しようと5年前から取り組んでいる、というのは光明。頼もしいです。

佐屋高校の生徒さんたちが飼育している文鳥

佐屋高校の生徒さんたちが飼育している文鳥

一方の金魚も、弥富市のシンボルが消えないように、取り組んでいくとのこと・・・応援してます!!

「現場にアタック」近堂かおり

近堂かおりが「現場にアタック」で取材リポートしました。