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【映画評書き起こし】宇多丸、『ライフ』を語る!(2017.7.15放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

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↓↓実際の放送音声はこちらから↓↓

宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーでございます。今週扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して、『メアリと魔女の花』が出て、「すいません!」と1万円出して回避して、かわりにリスナー枠で当たったこの映画……『ライフ』

(BGMが流れる)

ああ、この音楽ね。「ドーン……!」っていうね。これ、最後のところでも流れますね。火星で採取した未知の生命体が進化し、宇宙ステーション内で働く6人の宇宙飛行士たちに次々と襲いかかる恐怖を描いたSFスリラー。主演はジェイク・ギレンホール、『デッドプール』のライアン・レイノルズ、レベッカ・ファーガソン、そして真田広之など。監督は『デンジャラス・ラン』『チャイルド44 森に消えた子供たち』のスウェーデン人監督ダニエル・エスピノーサということでございます。


ということで、『ライフ』を見たよというリスナーのみなさまから、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、普通よりちょい多めかも。ああ、そうですか。よかったよかった。賛否の比率は「賛」が7割。「面白い!」「最悪で最高!」「どこかで見たような話だけど、ところどころでフレッシュで最後までダレない」「意外な掘り出し物」など快哉を叫ぶ声が目立った。「午後のロードショー(通称:午後ロー)っぽくて好き!」という人もちらほら。たしかにね。非常に金のかかった午後ロームービーですけどね。一方、「新鮮味がない」「マンネリ」と批判する人もいたということで、代表的なところをご紹介いたしましょう。

「ペイケル・マーニャ」さん。「『ライフ』、見てきました。久しぶりにお目にかかる閉鎖空間型SFスリラーのニューカマーといった感じで面白く拝見しました。毎回きちんと人間の死角から登場し、毎回、間一髪閉まるドアに体当たりしてから退場する空飛ぶ塩辛ことカルヴィン(地球外生命体の名前)の教科書通りなスペースモンスターぶりと、どんな危機的状況でもうっかりミスを欠かさないクルーたちの模範的被害者ぶりにはじめは“『エイリアン』や『アビス』の単純なアップデート版か”とやや低いテンションで鑑賞していたものの、チョロチョロと出てくる工夫でラストに大興奮した僕はスクリーンに大きく親指を立て、『午後ローでまた会おう!』とこの映画との再会を誓い、劇場を後にしたのでした。最高の夏休み映画だと思います」というね。午後ロー担当者の方、いまから買い付けよろしくお願いします。

一方、ダメだったという方。「鍼師アミバ」さん。「正直なところ、今年いちばんの駄作でした。良いところといえば、地球外生命体カルヴィンがキノコレベルの大きさで透明だった時の美しい造形ぐらいで、カルヴィンがある大きさになったところにはその透明感が消失してしまいます。そこからのカルヴィンは見た目上の目新しさは全消します。それ以外は物語も映像も全てどこかで見たことがあるものの寄せ集めでしかなく、特にラストは……がんばって最後まで見た私に対してあまりにもひどい仕打ちで鑑賞後は強い脱力感に包まれました」ということでございます。

はい。ということでみなさん、メールありがとうございます。私も『ライフ』、まずは渋谷シネパレスで1回見て。で、その渋谷シネパレスで、中1、2ぐらいかな? まあ小学生に限りなく近い中学ぐらいの男の子たちが、4人ぐらい連れ立って来ていて、すっごく楽しそうにしていてですね。おじさん、それを見ているだけでちょっと泣きそうになってしまいました。「あの頃のオレたちだ……」っていうね。グッと来ちゃった。さらに、実はこれIMAXでも上映していてですね。1回見たら、後ほど言いますけども、特に『ゼロ・グラビティ』的な宇宙空間、無重力描写のあたり。「これ、IMAXでも見てみたいな」と思ったので、T・ジョイPRINCE品川のIMAXでももう1回、見てまいりました。

ということで、まずは端的に言い切ってしまえば、先ほど「午後ロー」とかね、そういう表現で言うのも、こういうことですね。「ものすごくお金と手間をかけて、しっかりと丁寧に作られた、B級SFホラー」です。ジャンル映画です!ということですね。言うまでもなく、「地球外生命体が人を襲う」、で、「いずれ人類を滅ぼしかねない強力なそいつを、どう撃退するか?」というようなスペースモンスター物というのは、1950年代からもうずーっと、何度も何度も、繰り返し繰り返し、無数に、もう全部挙げるのはもちろん不可能なぐらい作られてきた、定番中の定番ジャンル。なのでもちろん、言うまでもなく、それ自体に新鮮味はないですよ。「どっかで見たような」っていうのは、それはそうだと思います。ジャンル映画ですからね。

ただまあ、ジャンル映画っていうのはですね。ジャンルとして押さえるべき勘所は押さえて……要するにね、「次々と登場人物が殺される」とかさ。で、ある種決まりきった、お約束的な設定とかお話、ジャンル的枠組みっていうのを、でもちょっとした独自のアイデアとか、ちょっとした語り口であるとか、あるいは技術革新でもいいですけどね。それらによって、いかにフレッシュに語り直すか。要するに、わかりきった話をいかに新鮮に語り直すかというのが、これはSFモンスターホラーに限らず、あらゆるジャンル映画の勝負どころ、というところですよね。

で、そんなことは百も承知で……「宇宙で見つけた生命体にみんな襲われて」って、みんなそこがわかりきっているのは、わかりきった上で(笑)行くわけですよ。「さあ、どんな新しい手、入れてくれてんの? はい、お手並み拝見!」って行くわけですけども。その意味で今回のこの『ライフ』。事前の、こういう話でこんな感じだろう、というような期待のハードルは、軽く上回ってくれるような諸々が盛り込まれて。それでいて最終的には、むしろ高らかに……非常にお金もかかっていて、一流キャストも揃っているんだけど……演出がすごく丁寧なところもあるんだけど……要するに、A級ムービーというか、そういう演出もあるんだけど、最終的にはむしろ高らかに、改めてB級SFホラーというジャンル賛歌、「B級SFホラー上等! 最高!」っていうのを高らかに謳い上げるような、そういう心意気にも満ちた……僕はもう、ジャンル映画として、申し分なく楽しい一本だと思いましたけどね。はい。

まず今回の『ライフ』。特色として、先週のリスナーメールにもありましたけど、ほぼ全編が国際宇宙ステーション(ISS)という限定空間で、無重力状態で繰り広げられるという、言っちゃえばモロに『ゼロ・グラビティ』ですね。2013年、アルフォンソ・キュアロン『ゼロ・グラビティ』的な、「リアル」な宇宙サバイバル物……もちろん、大量に映画的な誇張や嘘が含まれているっていうのは当然として……「リアル」な宇宙サバイバル物要素、っていうのが加わっている。つまり、昔からあるSFモンスターホラーと、『ゼロ・グラビティ』的な「リアル」な宇宙サバイバル物、っていうこの2つの、ジャンル・ミックスがされている。ここがまず特色のひとつであると。

冒頭、これは『ゼロ・グラビティ』もそうでしたけども、ド頭のところで、映画館の大きなスクリーンで見ないとわからないというやつですけども、画面全体に、ドーンと広がった星空の中、ポツーンと……要するに、ちっちゃいモニターじゃあ絶対にわからないぐらいの、ポツーンと小さい白い点が、スーッと移動していくのが見える。それは要するに、火星で採取した土壌を持ち帰る途中の、ピリグリムという無人探査機が、スーッと動いている。そこから今度は、地球の軌道上に浮かぶ、さっきから言っているISS(国際宇宙ステーション)。これが地球の軌道上で太陽光に照らされて、次第にその姿が浮かび上がるショット。それのもう、幾何学的なまでに……僕はここで「あっ、『ライフ』っていうタイトルが出るのかな?」って(予想したと)いうぐらい、そのISSのパネルが、縦に、幾何学的になった、非常にグラフィカルな美しさが素晴らしいショットなんですけども。

それでISSが出て、カメラがその内部に入ってですね、それこそ『ゼロ・グラビティ』ばりの長い長いワンショット——おそらくワンショット「風」ですけどね。もちろん擬似的に、デジタル的につないだものでしょうけど——長い長いワンショットで、無重力状態の中、クルーたちが縦横無尽に動き回る様を追っていく、という描写がある。これ、しかも技術的には『ゼロ・グラビティ』の頃よりもさらに進んで、『ゼロ・グラビティ』は結構グリーンバックというか、CGをいっぱい使ってやっていますけども、今回の『ライフ』は、実際に組んだISS的なセットの中を、ワイヤーワークで俳優たちを実際に吊って動かしているところが多い、ということで、さらに技術的には進んでいる。ちなみにその、ワイヤーワークでやっているからこそ、他の出演者たちのインタビューによれば、やっぱりそもそもアクション俳優である真田広之のワイヤーワークでの身のこなしはもう圧倒的で、「みんなヒロ(真田広之)をお手本にした」ということらしいですけどね。

で、とにかくこの、冒頭のワンショット風のくだり。最初観客は、クルーたちがいろんなことを準備している風なんだけど、なにが進行しているのか、彼らがなにをしようとしているのか、最初はよくわかんない状態で、その状況のど真ん中に——まあ、カメラと同様にですね——状況のど真ん中に放り込まれて、右往左往している、というような感じなんだけど。だんだんそれがね、ライアン・レイノルズ演じるローリーっていうのが船外に出て、ロボットアームを操作するっていうのを、そのステーションの内側から窓越しに見守る頃になると、次第に「ああ、そうか。最初にあの宇宙空間をシャーッと走っていた、あの猛スピードで宇宙を駆け抜けていった小さなあの衛星、あれをあのアームでキャッチしようっていうのか……っていうか、めちゃくちゃ難しいだろ!? めちゃくちゃ危ねえだろ、それ! マジか!?」っていう感じがだんだん気づいてくるという、そんな感じになっている。

で、いまですね、「窓越しに見守る」って言いましたけど、この『ライフ』という映画は、要所要所にこの、「窓越しに見守るしかない」っていう展開が用意されている。しかもその、「窓越しに見守るしかない」ところで起こる事故……特に最初の1個目の展開、まあバイオレントな描写があるんだけど、非常にフレッシュですね。「痛い! 痛い痛い痛い〜!」っていう描写がありますけどね。前もこのコーナーの何かの映画評で言いましたけど、そういう風に、「為す術もなく、事態の進行を、離れたところから見ているだけしかできない」っていうのは、まさに映画というメディアが持つ特性を、最大限に活かしたシチュエーションなわけです。つまり、映画を見ている我々観客自身がそうだからですよね。スクリーンで起こる事態を「見守るしかない」。しかも、ビデオなどと違って、いくら気に入らなくても止めたり、先送りなどできない、ということね。つまり、「時間をコントロールできない」ということも含めたものが、特に僕が考える映画性っていうか、映画特有のなにか、というのの、重要な要素だと言っている部分なんですけども。

まあとにかくその、「為す術もなく事態の進行を見ているだけしかできない」という、映画というメディアが持つ特性を、最大限に活かしたシチュエーション。これを要所要所に配して……作り手たちはやっぱり勘所がわかっているな、映画の何が面白いのか、っていうのをわかっているな、非常に上手く利用しているなと。ともあれ、この冒頭の……すごくもう冒頭の、まだド頭のド頭ですよ。衛星のキャッチシーンね。先ほどの「いや、それ難しくない? 衛星キャッチって、それってすごい難しいし、危なくない?」っていうのが、さっきから言っているようにワンカット風のひとつながりの画で見せられるがために、要はリアルな「カウントダウン感」というか、要するに、いままさにものすごい勢いで衛星が迫っていて、しかも、間もなくそこに来たその瞬間……要するに、カットとかを割っていないから、「この瞬間にガッ!って取らなきゃダメだ!」っていう……で、それを逃したらアウト!っていうこの危機感が、ものすごく切実に迫ってくる作りになっていて。この冒頭の衛星キャッチシーンだけでも、結構盛り上がるんですよね。

ということで、十分にもうここで、「ああ、もう最初から大サービスしてくれるな!」っていう感じで見れるわけですけど。そこから、火星から持ち帰った土の中に生き物がいるわけですね。まずね、この「火星」っていうのがまあ、いいね。もちろんかつてのSFね、火星は花形的な惑星でしたよね? でもまあそれがちょっと、火星人なんてのは時代遅れになったかなと思いきや、いまやNASAの探索が進んだら、「火星に水がある!」っていうところまで進んだからこそ、再びそれがまたリアルさを持つというような話になっているあたりね。「ああ、そうだよね。いま、また火星で(こういうスペースモンスター話がまた)行けるんだよね。しかも、火星の(土壌の)中に、(水が存在する惑星なら)この程度のものならいてもおかしくないかも」っていう、いいところに目をつけたな、という風に思うんですけどね。

とにかく、火星から持ち帰った土の中に生物がいて、それを生き返らせる、という密閉されたラボでの実験と、そのISS(国際宇宙ステーション)の中での生活。6人のクルー各人のキャラクターの描写が、非常に手際よく、それでいてジャンル映画としては十分以上の厚みと深みを持って描かれていく。たとえば、その動かない火星探査機の中にいた、ゾウリムシみたいなやつですよ。ゾウリムシみたいなやつに、いろいろと刺激を与えて動かそうとする実験を、それを見ていたライアン・レイノルズ演じる、さっき言ったローリーがですね、「『死霊のしたたり(Re-Animator)』だな」っていう風に茶化すわけです。『Re-Animator』っていうのは『ZOMBIO/死霊のしたたり』っていう1985年の映画の原題。(ハワード・フィリップス・)ラヴクラフトが原作ですけども。要するに、「Re-Animator」は「命を再び与える」っていう意味ですから。

ちなみにこれ、今回の『ライフ』は、レット・リースさんとポール・ワーニックさんという……この同じコンビが脚本といえば、傑作『デッドプール』。これもやっぱりライアン・レイノルズが主演ですけど、その『デッドプール』でもそうだったけど、これはたぶん、ライアン・レイノルズのアドリブじゃないかなって思うんですよね。「『死霊のしたたり』だな」っていうツッコミは。っていうのは、監督のダニエル・エスピノーサさんも『デンジャラス・ラン』でライアン・レイノルズとはすでに組んでいて。で、今回も、ライアン・レイノルズに関しては、結構自由にアドリブを許していたみたいなので、おそらくはそうじゃないかなと。

で、そのアドリブに対して、ローリーのオタク的な冗談、「『Re-Animator』だな」っていう冗談を、アリヨン・バカレさんという方が演じるヒュー・デリーというキャラクター。要するに、彼が直接はその火星から持ち帰った生き物をいじっているわけですけど、そのキャラクターが(ローリーの冗談を)サクッと受けるあたりで、この2人の親友ぶりっていうのを自然に示したりとか……だからこそ、後の展開がちょっと切なくなったりもするんですけど。で、いま言ったヒューという人物、この『ライフ』に出てくる主要登場人物は6人ですけど、6人のクルーのうち、特にこのヒューという登場人物。彼がその火星から持ち帰った生き物に注ぐ、一種ちょっと倒錯した愛情というか執着が……たとえば中盤、彼が他の人には見せない、観客にしか見せない、ひそかに見せる表情の、なんか不気味なニュアンスみたいなのが……物語全体に不思議な味わい深さ、言っちゃえばちょっと色気っていうか、を増しているのも、大きな魅力だという風に思いますね。

途中ね、彼はなんであんな表情をするんだろう? そんなにあの生き物に恋い焦がれているのか? 命の危険があるのに……っていう、ここにちょっとした「艶っぽさ」があるというあたりが。面白いなと思いますね。で、そう考えて僕、2度見たんで。もう1回見ると、序盤も序盤、彼があるミスをしでかすというくだりでも、また違ったニュアンスで見えてきたりするんですよね。「あれ? このミスっていうのも、ひょっとしたら彼が、無意識にやってしまったことなのか?」みたいな。と、同時にですね、そのミスをしたことに関して、それを責める、レベッカ・ファーガソン演じる検疫官ミランダ・ノースというキャラクター。唯一このキャラクターは、ナレーションがあるキャラクターなので、一応事実上の主人公って言っていいと思うけど、そのレベッカ・ファーガソンの叱責によって、要は「地球外生物の“隔離”こそが、最も守らなければならないラインですよ」という、この映画全体を貫く「ルール」……この生物をいかに、基本的にはクルーから、そしてもっと言えば人類から“隔離”するかという、これがこの映画の「ルール」ですよっていうのを、まず序盤で叩き込む。このあたりも非常に上手いですし。

あと、もちろんキャラクターの描き込みという意味では、大変記憶に残る名ゼリフを残す、ジェイク・ギレンホール演じるデビッドっていうのの、世捨て人感。このね、デビッドの名ゼリフ一発だけでもう……絶対に忘れない名ゼリフが1個、あるんですよ。「80億人のバカがいるところに……」っていう(笑)、最高の名ゼリフ。このセリフがあるだけでもう、OK!っていう感じの一作だと思いますけども。まあその世捨て人感がすごくいいですし。青白い顔をしてね。あと、まあ真田広之演じる、その日本人のシステムエンジニア、ショウっていうのの、内に秘めた人間味。彼が、要はすごい葛藤しているある場面とかね。「でも、でも……家族に会いたい!」っていうこの人間味とかも、序盤のごくわずかな時間でしっかりと布石として印象づけているというあたり、非常に上手いなと思います。

だからこそ、当然のごとく後ほど起こる惨劇の数々も、観客に切実に感じられるという、非常に正統派の作りということですね。たとえば、『ハクソー・リッジ』の時にも言いましたけど、(前半で主要キャラに感情移入しやすい描き込みをきっちりやっておくという)非常に正統派な作り。これ、まあ先ほども言った『デッドプール』の脚本チーム、レット・リースさんとポール・ワーニックさんが、ジャンル映画的なツボっていうのを押さえたフレッシュさ、たとえばどうやって登場人物が攻撃されるかとか、あるいは死んでいくかっていう、そういうのに凝らされたアイデアの数々、そこを担っているんだとしたら……おそらくですけど今回、監督のダニエル・エスピノーサさん、スウェーデンの方ですけども。

この方は、さっき言った『デンジャラス・ラン』というデンゼル・ワシントン主演の映画であるとか、前作にあたる『チャイルド44 森に消えた子供たち』。これは要は、旧ソ連のチカチーロ事件を元にした映画であるとか。あるいは、スウェーデン時代の出世作で『イージーマネー』。これ、ジョエル・キナマンっていう──後に『スーサイド・スクワッド』でも、『ロボコップ』のリブートでもいいですけど、それらに出てくる──ジョエル・キナマンの出世作でもあって。これ(『イージーマネー』)のジョエル・キナマンは、たしかにめちゃめちゃいいんですよね。本当はドラッグディーリングでちょっとお金を稼いでいる貧しい出の青年なのに、上流階級に金持ちのふりをして入り込もうとする青年の役で、とっても味わい深いんですけど。まあ、とにかくその、ダニエル・エスピノーサさんの過去作全体に言えるんですけど、お話の進行以上に、それぞれのキャラクターの心情的な描き込みを、時にはちょっと、作品としてのバランスを崩しかねないくらいにっていうか……。

たとえばその『チャイルド44』だったら、チカチーロ事件の猟奇性とか謎解きとか、そういうところよりも、トム・ハーディ演じる主人公の心情と描写の方にむしろ重きがグッと置かれているような、そういう描き込みを非常に厚くやっていくタイプの監督なんですよね。なので今回、その(レット・リース&ポール・ワーニックによる)脚本段階で十二分に用意された“面白さ”っていうのに対して、しっかり登場人物のリアルな存在感、背景っていうのを感じさせる、そういう人物描写っていうところで、ちゃんとこのダニエル・エスピノーサさんの資質というのが、非常にベストなバランスで発揮されているな、という風に思いました。やり過ぎもせずにという感じで。

特にさっき言ったヒューという、火星の生物に特に個人的な思い入れがある人物に、時折フッと走る奇妙にいびつな表情。そのちょっと怪しい色気……「色気」って本当に言っていいと思うんだけど、色気とか。ちょっとエロティックなものさえ感じさせるというか……ちょっと彼は、恍惚としているようにも感じるというか。その感じとか、なによりも、超一流キャストなわけですよ。レベッカ・ファーガソン、ジェイク・ギレンホール、ライアン・レイノルズ。これが揃って、それにしっかり厚みをもって演出されて、描かれた人物たちのおかげで、こういうことですよね。「誰がいつ、どの順番で死ぬか、全くわかんねえ。油断できねえ!」っていう。つまり、ジャンル映画としても、非常に丁寧な演出がプラスの効果をあげている、ということだと思いますね。特に、最初の犠牲者が出た時点で、「ああ、じゃあもう何が起こってもおかしくない!」っていう感じがするというあたりね。

ということで、まあ割と使い古された題材を、技術的、時世的にもタイムリーなジャンルミックスと、シーンごとに凝らされたフレッシュなアイデアと……たとえばですね、「宇宙で窒息死」。これはよくある描写ですけど、「“宇宙で窒息死”に、このパターンがあったのか!」っていうあたりであるとか。あるいは、前半で出てきた小道具が、後半でまた違った形で役に立つ、という使い方のあたりとか、非常に上手い、フレッシュなアイデアがいっぱい凝らされていて。そこに、さっきから言っているような、俳優陣に対する一級の演出、そして俳優陣の一級の演技によって、十分以上に「いま」の面白さに満ちた作品にできるという……要するに、題材は古くても、いくらでもフレッシュにできるよという、非常に好例じゃないでしょうか。

あえて言えば、終盤。宇宙ステーションから脱出する、しないのくだりになるにしたがって、ちょっと既視感のあるドッタンバッタンが増えてくるかな?という気もしなくもない。でもまあ、全てをフレッシュにしろというのはちょっと酷かなという気もするし。あと、モンスターの造形。先ほどちょっと「否」のメールにもありましたけど、モンスターの造形を、もうちょっとかっこよくできなかったかな?っていう気もしなくはないけども……けども、ただね、これやっぱり、火星のバケモノ、火星にいるモンスターっていうのがあの形、というのはむしろ、痛快なところもあるなと。要するに、50年代のパルプSFの精神を受け継ぐ、「B級SFホラー上等ですよ! 火星の生き物はこうでしょう?」っていう風にやってみせる、その心意気を感じさせる、という風に解釈すると、いや、これはこれでアリか?っていう風にも思えるし。

なにしろやっぱりね、ラスト。「これがB級SFホラーじゃ〜〜〜い! ジャンル映画、サイコーッ!」っていうラストのヌケの良さ(笑)。ジャーン! ドカジャーン!っていうね、あのヌケの良さで、やっぱりそういう映画を好んで見てきた側とすると、「そうそうそう、やっぱりこういう映画はキレが良くないと、ヌケが良くないとねえ!」っていうね、ラストの切れ味。要はね、終わってみるとね、出だしこそ『ゼロ・グラビティ』風に始まるんだけど、終わってみると、全然偉そうな映画じゃないところ。そこがすごくいいんですよ。『ゼロ・グラビティ』はさ、別にそこもいいところだけど、ちょっとほら、高尚ぶっているところがあるじゃん? 『インターステラー』でもいいけど、ちょっとなんかさ、「偉い映画」っぽく見せようとしてんじゃん? でもこっちは、最後のところで、「あ、全く偉そうに見せる気ゼロ!(笑) お前、いいやつだな!」っていう感じで、バーン!っていう感じの気持ちよさがあると思います。

もちろんね、映画史に残る名作とか、そんなことは言わないよ。でも、このジャンルが好きな人だったら……ジャンル史と、記憶に残る映画なのは間違いない。さっき言った、もう絶対に忘れない名ゼリフが1個あるとかね。と、いうことだと思います。この季節ね、真夏の炎天下に、冷房の効いた劇場で、それこそちょっと時間が余った時に「ちょっと見て行こうか」って、ポッて入って。「ああ、面白かった!」っていうんでもう、十二分でしょう。しかも、映画館で見ないとわからないところもいっぱいありますので、ぜひぜひ劇場でウォッチしていただきたいと思います。

(ガチャ回しパート中略 〜 来週の課題映画は『セールスマン』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

<以下、ガチャ回しパート 起こし>

あの『ライフ』についてひとつ、メールを追加させてください。ラジオネーム「ノーカントリー」さん。「私は現在、生物系の研究者として働いております。細胞は生物の基本単位であり、世間ではバカで単純な人の揶揄として『単細胞』がよく使われますが、実際に研究をしていると、それほど単純ではないことがわかり、あいつらが生き残るために取る行動のしたたかさや貪欲さには日々驚かされています。今回の映画『ライフ』ではまさにそれらを視覚的に突きつけられた気がして、正直見ていて薄ら寒くなりました。ぶっちゃけ明日、職場で顕微鏡を覗き込むのが怖いです。もしもの時のためにここにメッセージを残しておきます」というね、こんな意見もあって面白いですね。『ライフ』ね。ということでございました。

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