お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • コラム
  • 放送ログ

憎たらしいほど強いと言われた 相撲ブームを支えたヒール

檀れい 今日の1ページ

女優の檀れいが毎回、その日にまつわる話題や風物詩などを交えてお届けする「檀れい 今日の1ページ」

稀勢の里の横綱昇進、さらに高安が大関になって、ますます盛り上がる大相撲。相撲が好きな女性「スー女(じょ)」も増えていますよね!この相撲ブームの立役者と言えば、誰か?人気力士の遠藤、横綱になった稀勢の里もその一人ですが、忘れてはならないのが、日本相撲協会の理事長のまま、2015年11月20日に亡くなった北の湖親方。理事長として、組織の改革やファンサービスの充実に務めた事が相撲人気復活の要因と言われています。

そこで、けさは、理事長としても高い功績を残された、北の湖の人生を振り返ります。

1953年5月16日、昭和新山や、有珠山といった火山のある町、北海道・南部の壮瞥町に生まれた、北の湖。実は北の湖が生まれた、1953年の5月16日に、テレビの相撲中継が始まったそうなんです。不思議な縁ですよね。

子供の時からスポーツ万能で、特に柔道は強く、中学1年生の時に、高校生を破って、街の柔道大会で優勝。そして、中学に入学した直後。数多くの相撲部屋から、勧誘を受け、
入門を決意。たくさんの相撲部屋の中から北の湖が選んだのは、三保ケ関部屋でした。理由は、「おかみさんが手編みの靴下をプレゼントしてくれたから」だそうです。かわいいですよね。
     
中学卒業前は、義務教育のまっただ中という事もあって、本格的な稽古は日曜日や夏休みぐらいしか出来なかったそうですが「北海道の怪物」は、グングン成長していきます。その後も、次々とスピード出世の記録を打ち立て、今から43年前のきょう、1974年7月24日、当時史上最年少の21歳2ヶ月で横綱に昇進しました。

現役時代、「憎たらしいほど、強い」と言われて、ヒール的な存在になっていた北の湖。当時は他の力士が北の湖を破ると、盛り上がったそうで、大相撲の歴代最高視聴率の1位から4位までは、全て、北の湖が敗れた波乱の一番だったそうです。

あまりにも強かった北の湖。何がそんなに凄かったのか?安定した下半身、圧倒的な攻撃力、怪力に加えた器用さ。この3つに加えて、驚異の記憶力の持ち主だったそうです。何と、現役時代18年間の1301番に及ぶ全ての取り組みを記憶していたとか。
     
引退後も、頭の良さを活かして、日本相撲協会の理事として、様々な改革に挑んだ北の湖。しかし、ただ一つ、変えなかった事があります。それは、「大相撲の命は、土俵の充実」という事でした。

TBSラジオ「檀れい 今日の1ページ」
月~金曜日 朝6時20分頃~放送中です。

ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。
パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。