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【映画評書き起こし】宇多丸、『パワーレンジャー』を語る!(2017.7.29放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

実際の放送音声はこちらから↓

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宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング、その<監視結果>を報告しつつ……先週のオープニングトーク中に(ジョージ・A・)ロメロの訃報に触れたところで、ちょっと誤解を与えちゃった人が一部にいるらしいんですけど。僕としてはあの、「ジョージ・A・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』以前にもゾンビ映画はありましたよ」ということを言ったつもりなんだけど、なんか僕の言い方が悪かったのか、まるで「『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』はロメロ監督作でない」と僕が思っているかのように受け取ってしまったクチがあるらしいんですけど……。

もちろん、言うまでもなく、ジョージ・A・ロメロの長編デビュー作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』、モダンゾンビの開祖。そんなことはわかった上で話しています。もし、誤解を与える余地があるしゃべり方をしてしまったのなら、あれですけど、そんな間違いはするわけがないぐらいは信用して聞いて(笑)、大丈夫だから。はい……という私が、監視結果を報告するという映画評論コーナーでございます。今週扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『パワーレンジャー』

(『パワーレンジャー』テーマ曲が流れる)

すごいな。自然に知能指数がガッてこう下がる(笑)みたいな感じがいいですよね。『パワーレンジャー』でございます。日本のスーパー戦隊シリーズをアメリカ版にローカライズしたドラマシリーズ『パワーレンジャー』の、映画リブート版。平凡な毎日を送っていたジェイソンら5人の高校生は偶然、不思議なコインを手にしたことから超人的なパワーを得て、新たなパワーレンジャーとなる。監督は今作が映画二作目となるディーン・イズラライト、ということでございます。ということで『パワーレンジャー』をもう見たよ、というリスナーのみなさん、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。

『パワーレンジャー』、メールの量は、いつもよりちょっと多め。やっぱりね、こうね、戦隊だ、特撮だってなるとね。結構なことです(笑)。多いということでございます。賛否の比率は半分が「賛」。そして残り半分が「まあまあ」、そして「否」です。つまり結構ぱっくりと分かれているということですね。「ナメて見に行ったら案外よかった」「ヒーローに変身してからのお約束連発シーンに思わず泣いた」「前半のドラマパートが『ブレックファスト・クラブ』っぽくてよかった」などが主な褒める意見。一方、批判的意見のほとんどが「ドラマパートが長すぎるんだよ!」ということでした。まあ、たしかにね、(賛側も否側も本質として)同じことを言っているんだと思いますけどね。

褒めている方。代表的なところをご紹介しましょう。「HK」さん。「雑で見苦しいSUSHIかと思っていたら、思いの外よくできたカリフォルニアロールでした。よくも悪くも、鮮烈な前評判が耳に入ってこなかったため、見る前から半笑いでクソ映画認定し鑑賞に臨みました。結果、下げすぎたハードルを全力で蹴っ飛ばされたような清々しさを覚えることになりました。思い入れがなかったのが逆によかったのかもしれません。『パシフィック・リム』が長い長い最終回だとすれば、今回は長い長い第一話でした。偶然、力を持つことになってしまったティーンたちが成長することで変身する。いや、成長しなければ変身することができなかったという設定がいいです。度を越して長い溜めを一気に開放する負け犬たちによるスローモーション横並びで僕は大満足。全然変身しないし、戦わないという不満もわかりますが、僕はあの一点集約を評価したいです。5点満点で75点。クリスピー・クリーム(ドーナッツ)を食べたくなりました」という。劇中でね、(クリスピークリームというのが)あるキーワードとして出てきます。

一方、ダメだったという方。「トミオシゲキ」さんという方。「『パワーレンジャー』、ジャパンプレミアで鑑賞しました。この映画は『パワーレンジャー』の映画化としても、スーパー戦隊のハリウッド・リメイクとしても最低の映画だと思いました。まず、アクションが短い。日本とアメリカという文化の違いから、『変身!』といったようなかけ声がないことは百も承知で見に行きました……」。「It’s Morphin’ Time!」っていうのがありますけどね。「……それにしてもドラマパートが長すぎて、途中で何度もあくびが出ました。また肝心のアクションパートも出し惜しみがすぎるし、メガゾードが出てくるシーンも、そこに至るまでの合体シーンを全然見せてくれず、正直がっかりしました。たしかに学園ヒーロー物として見れば面白いのでしょうが、あくまでスーパーヒーロー映画として見に行った自分としては物足りなかったです。もし続編を作るなら、ぜひ坂本浩一さんに監督してもらいたいと思いました」というね。坂本浩一さん、後ほどお話、出ますが。この番組とも非常に縁が深い坂本浩一さんでございます。感想、みなさんありがとうございました。

私も、丸の内TOEIで吹替版と、あと輸入ブルーレイ、もうブルーレイが向こうで発売されていますので、輸入ブルーレイで何度か見ております。ただ、正直丸の内TOEI、場所柄もあるのか、夏休みの昼間にしてはちょっと入りは寂しいかなと。子供は1人もいませんでしたね。ただ、もっとも今回の『パワーレンジャー』リブートは、後ほども言いますけど、純然たる子供向けとはちょっと言い難い部分もある作品なのはたしかだと思いますけどね。ともあれ、日本のスーパー戦隊シリーズの英語版ローカライズとして、まあ色々と細かい経緯はありつつも――いろいろと、会社が移ったりとかありますけど――現在に至るまで続いている人気テレビドラマシリーズ、という。特に90年代は社会現象になるほど大人気で、シュワルツェネッガーの『ジングル・オール・ザ・ウェイ』という映画は、クリスマスで品薄になった『パワーレンジャー・ターボ』の人形を(父親が子供のために必死に探して)買うという件を映画化したものでございますけども。

まあ、北米で最も成功した日本発のコンテンツ、とも言われているそうでございます。で、以前に番組にお招きした坂本浩一さんが、アクション監督から始まって、最終的には本編監督。で、共同プロデューサー、製作総指揮というところまで手がけられているというシリーズとしても知られています。まあでも、とはいえこの『パワーレンジャー』とかスーパー戦隊云々に関しては、これはもう専門誌でも見てください。(例えば専門家である)ガイガン山崎さんがいらっしゃいますのでね。うちのディレクターの箕和田くんの悪友で。先週放送が終わった後にね、箕和田くんが「おい、山崎! 『パワーレンジャー』当たったんだけど、なんか教えろよ!」ていう、ものすごい雑な電話をガイガンさんにかけるという(笑)。その節はガイガンさん、失礼いたしました。いずれ番組にもお招きしていろいろお話をうかがいたいと思っておりますが。

まあ、専門の方がいらっしゃるので、詳しい話はそちらを聞いてください。で、今回の劇場用長編。一応最初の93年の『Mighty Morphin Power Rangers』……元になったのは日本でいう『恐竜戦隊ジュウレンジャー』(92年)、のリブートっていうことなんですけども、当然のことながら、諸々のパワーレンジャーとしてのお約束事、たとえば、わかりやすいところで言うと、オリジナル・キャストのジェイソン・デビッド・フランクさん、これは要するにトミー・オリバーというキャラクター、グリーンレンジャーからホワイトになるっていうね。と、エイミー・ジョー・ジョンソンさん。この人はピンクですね。キンバーという役。(という旧キャスト2名)が、最後の方で一瞬だけカメオ出演していたりとか。そういうわかりやすい目配せがあったりとか。

あと、諸々のオマージュがあったりとか、そういうのも要所に配しつつ、この作品単体で見ても、要するにここから見始めても一応全く問題がないように……と、言っても、やっぱり戦隊物、『パワーレンジャー』としてのお約束事の特殊性っていうのも確実にあるため、たとえばね、全く戦隊物とかの存在を知らない国からやってきた人がね、耐性ゼロの人がこれを見たら、「はあ? なんで?」ってなるところはいっぱいあると思うんですけど(笑)。まあ、とにかく基本的には、予備知識が限りなくゼロでも大丈夫なつくりになっている。むしろ、こここそが評価が分かれるところだと思うんですけど、普通に戦隊物、パワーレンジャー「らしさ」を期待して行くと、ちょっと最初「えっ?」ってなるところも多いかもしれないつくりにはなっていますね。なにしろ上映時間は約2時間、124分もあるんですけど、そのうちにパワーレンジャーに変身するのは最後の30分だけ。いわゆる三幕目だけ、ということになっておりますね。

まあヒーローになって活躍する場面が遅い。で、それまでヒーロー誕生譚ばっかり延々とやっているっていうのは、一般的にははっきり言って、ヒーロー映画としてはかなりマイナスな要素です。(作品にとってのマイナス要因)として語られることが多いつくりですね。なんですが、今回はどうか? じゃあ、その変身するまでの90分間は何をやっているか?っていうと、先ほどのメールにもありましたけど、ズバリ言って『ブレックファスト・クラブ』×『クロニクル』っていうことですね。『クロニクル』は、この番組では2013年10月6日にウォッチいたしました。ジョシュ・トランクの出世作でございましたが。『ブレックファスト・クラブ』は、1985年のジョン・ヒューズ監督、アメリカ学園物の、もう金字塔的名作ですね。

何度見返しても、もうこればっかりは素晴らしい『ブレックファスト・クラブ』。いわゆるスクールカーストにおいて……運動選手のスターの男の子がいて、チアリーダーの輝かしい女の子がいて、一方では勉強ばっかりしているガリ勉がいて、オタクがいて、ゴスがいてっていう、いろんなスクールカースト。いじめられっ子がいて、みたいな。そういう学園(スクール)におけるヒエラルキーの中において異なる階層に属する、要は本来なら絶対に接点がないはずの5人。友達であるはずがない5人のティーンエイジャーが、居残り授業に集められたことで、次第にお互いへの理解を深め、また自分たちが抱えているそれぞれのフラストレーションとかコンプレックスとかトラウマを吐き出していくという。まあ、素晴らしいディスカッション劇でもあるんですけど。まあ、そんな名作『ブレックファスト・クラブ』の人物配置を、今回のリブート版『パワーレンジャー』は、ほぼそのまま継承している。

人物配置をほぼそのまま継承しつつ、と同時にですね、現代アメリカエンターテインメントらしい、言ってみれば「『glee/グリー』以降的な」っていうんですかね? 多様性描写というか、多様性設定。たとえば、1人が自閉症スペクトラム症という、ちょっとハンディキャップを背負っているキャラクターであるとか、あるいは1人の女の子はLGBT、そういうラインであるとか。そういうのを盛り込んで……なんだけど、プラス、その過去のパワーレンジャーのキャラの、ちょっとした要素とかもちょいちょいつまんでは入れているっていう感じらしいんだけど。そこにですね、『クロニクル』とか、サム・ライミ監督版『スパイダーマン』の特に一作目がそうですけど、要は、ティーンエイジャーの自意識とか、成長に向けた葛藤の「メタファーとしての超能力」というのを絡めていく、ということですね。

要はティーンエイジャーっていうのは、自分の能力が増していくのに対して、それをコントロールする内面とか自意識というのが追いつかなくて、それに悩むわけだけど、ついにその自分の力をコントロールして「成長」するという……超能力をコントロールする、ヒーローになる、というのがそのまま、青春物語になるというつくり、『クロニクル』とか『スパイダーマン』一作目、ということですけど。で、今回監督に抜擢されたディーン・イズラライトさん。前作、長編デビュー作にあたる『プロジェクト・アルマナック』。これ、2015年の作品があるんですけど、これを見ると異常にわかりやすいです。ああ、今回と全く同じことをやっている、と。これがまさに、言ってみればタイムリープ版『クロニクル』なんですよ、この『プロジェクト・アルマナック』が。

要は『クロニクル』的な、いわゆるPOV形式。みんなそれぞれがスマホで撮った映像とか、そういうのを組み合わせて作る……とはいえ、ちょいちょい「ええと、これは誰が何の意図で撮った画なわけ?」みたいなのがちょいちょい入ってくる(笑)、そういうユルめなやつですけど。まあ、でもPOV形式で。タイムリープ装置を作っちゃったギーク(オタク)チームに、スクールカースト的には本来、もう高嶺の花であるはずのあこがれの女の子が加わってきて、いわば「特殊能力を介した特別な絆」が生まれていくという。もう完全に今回の『パワーレンジャー』前半の3/4、二幕目いっぱいまでと、完全に重なる作品です。『プロジェクト・アルマナック』を見ると本当に、だから抜擢されたんだ、というのもまったくよくわかる感じだと思います。

ということで、ディーン・イズラライト監督、今回の『パワーレンジャー』のリブートでも、たとえば冒頭ね。いちばん最初は新生代に……要するに、かつて大昔、人間がまだ地上に出る前に、パワーレンジャーとリタの戦いがあった、というあたりね、ちょっと『プロメテウス』チックなというかね……人間が来るはるか前に種は蒔かれていた、っていう感じで。あの体の、灰だらけのあの感じとか、ちょっと『プロメテウス』チックな、その古代の場面から現代にジャンプして。後にレッドレンジャーになっていく主人公のジェイソン・スコットが、悪友と騒ぎを起こす……この友人が、後で全く絡まなくなるっていうのはちょっと僕、つくりとしていびつだと思うけど……まあ、悪友と一緒に騒動を起こすくだり。

ここでですね、逃げていくんですけど。車で逃げる。で、パトカーが追いかけてくるんだけど、その車での逃走から事故を起こして横転するまでを、車内からの視点でずーっと通したショットがあるんですね。ここなんか、もうさながら、派手めな『ドライヴ』。ニコラス・ウィンディング・レフンの『ドライヴ』はカーチェイスをするけど、カメラが外に出ないっていう撮り方が売りだったんですけど、まあそれの派手め版といったところで。たぶんこのイズラライトさん、新鋭監督ね、要は、「おい、パワーレンジャー映画だからってナメんなよ! 俺はこういうキレキレの、エッジーなショットもちゃんと撮れる作家なんだぞ!」という、そういうアピールが透けて見える(笑)、非常に微笑ましくみずみずしくも……まあでも、ちゃんとかっこいいショットだった、という風に思いますね。はい。

だって、話的にはあそこ、あんなボリュームであんな凝った撮り方する必要、全くないよね?(笑) 『ブレックファスト・クラブ』と同じで、居残り授業に来るところから始めることも全然できるよね?っていうことなのに、あんなに気合いを入れて撮るあたり、ちょっと微笑ましくもあるんですが。実際にさっき言ったように、現代的多様性描写を盛り込んだ『ブレックファスト・クラブ』的なキャラ配置……つまり、全員がある意味、社会に対して疎外感を抱えている。一見、街の人気者とか学園の人気者みたいな人でも、実は疎外感を抱えているという点で、これはちょっと『パワーレンジャー』らしからぬ新しさというか現代性の部分……(オリジナルのテレビシリーズの)『パワーレンジャー』はティーンエイジャーが主人公だけど、もうちょっとちゃんと明るいジョックスたちだったという感じなので。

というキャラ配置で、『クロニクル』的な、ティーンの成長の葛藤のメタファーとしての超能力物語を、非常にテンポよく……たとえば途中の訓練モンタージュシーンなんか、すごくいいですよね。途中で、ちょっと香港のカンフー映画を思わせる、女の子2人のカフェでのキャッキャッ!っていうあのじゃれ合いとか、めちゃめちゃいいですよね。ああいうのとかね。テンポよく、しかし、過不足なくというか、あくまで『パワーレンジャー』として、ポップなヒーロー物としてのバランスを崩さない範囲でではあるけど、各キャラクターの背負った複雑な事情、そしてそこからの解放っていうのを、最小限の的確な描写、演出で積み重ねていく手際は、なかなかのもんだと思います。もちろんこの、「この枠の中にしては」っていうことで……もちろん、もっと掘り下げようと思えば、物足りないところはあるけど、でもそこを掘り下げていくと、もう『パワーレンジャー』じゃなくなっちゃうので(笑)。この枠の中では、なかなかよくやっている方だと思う。

特に、僕は印象的だったのはやっぱり、後にピンクレンジャーになるキンバリーという女の子。ナオミ・スコットさんが演じているキンバリーのドラマは、すごく名ゼリフ……「この小さな街が私をみじめにさせる」っていうすごい名ゼリフとか、あと後半の、すごく重要な場面で、懺悔、告白をしますよね。「実は私はロクな人間じゃないんだ」みたいなことを。すごく、とてもグッときますし。これ、ちなみにこのキンバリー、ピンクと、後にレッドになるジェイソンのキスシーンが、実は本当は撮ってあったんだけど、最終的にこれをカットした、というのも大正解。安易に恋愛を絡めることをしなかったことで、青春物としての成長というテーマ性……要は、「なんだよ、男女がくっつけばいいのかよ?」っていうところに安易に落とさなかったことで、むしろ『ブレックファスト・クラブ』よりよくなりかけているところすらある、と僕は思うんですね。

ということで、これ脚本のジョン・ゲイティンズさん。『キングコング: 髑髏島の巨神』の脚本を手がけている方ですが、なかなかそこの手腕もあるんじゃないでしょうか。で、そういうある意味リアルなタッチの青春物、ティーンエイジャー物っていうところに、特に後半からだんだんとこの、エリザベス・バンクスが曽我町子の魂を継承したかのようなですね(笑)、非常にケレン味たっぷりで演じる、女王型の悪役リタ・レパルサっていうのが絡んでくる。要は、元(となった『ジュウレンジャー)では曽我町子のパンドーラっていうのがいましたけども、それが絡んできて……要は「児童向けヒーロー物としての『パワーレンジャー』」の要素が、さっき言ったリアルなタッチのティーンエイジャー物にちょっと絡んできて。そういう、ちょっとしたいびつなバランスがだんだん増えてくるんですけど。

なんだけど、それが極に達する、さっきから言っているラスト30分。三幕目で、ついに5人がパワーレンジャーに変身して以降、いきなり舞台がね、それまでそれなりにリアルな、それこそちょっとダークな、暗がりが舞台だったようなところが、いきなり、エンジェルグローブという街の地域の中にあるらしい、金の採掘場に行くわけです。しかも、陽光がさんさんと輝く金の採掘場。つまり、戦隊物をはじめ東映特撮ヒーロー物クライマックスの舞台として、もう日本人には非常におなじみな、いわゆる採石場的な……これ、ディーン・イズラライト監督、完全に意識的で。「もちろん日本の特撮物のクライマックスは、こういう場所だろ?」っていうのを踏まえてのことだ、とインタビューとかで言っているんですけど。

とにかく、しっかり陽光がさんさんと……いきなり陽光輝く採石場が舞台になるわけですよ。さっきまでとは全然トーンが変わるわけですよ。「えっ?」ってなってる。で、そこでほとんど唐突なまでに、戦隊物的な戦闘シーンが始まるわけですよ。雑魚キャラたちがいっぱい出てきて、それをさっきまで訓練していたとはいえ……「えっ、ビリー、そんなに動く?」みたいな(笑)。そんな感じで動き出した時にですね、でも、「それまでどんなドラマが進行していようとも、最後のクライマックスだけは、お約束的な戦いのシーンが、半ば自動的に進行しだしてしまう」というこの感じ。このいびつなバランスこそが実は……これが戦隊物っぽいところかも?って、僕は逆に思ったんですよね。それに、2時間の中の30分をクライマックスに当てて、そうやって自動的にトーンが変わるって、その30分とか25分のテレビの尺に圧縮してみたら、実際のテレビの1話もこのバランスなんですよ。だから、「ああ、これでいいんじゃね?」っていう風に僕はここで思ったんですよね。はい。

で、レンジャーたちが、ゾードという恐竜の形をしたメカに乗り込んで「出撃!」のくだりで、「Go Go! パワーレンジャー♪」っていうあのテーマ曲が流れ出す。これ、当初音楽のブライアン・タイラーさんが、オーケストラでアレンジしたものが本当は流される予定だったのが、これもやっぱりディーン・イズラライト監督が、「いやいや、ここはオリジナルの主題歌でしょう」ってオリジナルに差し替えた、っていうだけあって、要は決してこのディーン・イズラライトさん、たしかに変身するまではめちゃめちゃ引っ張っているし、その青春ドラマを非常に力を入れて、気合いを入れて作っているけど、だからといって二幕目までのリアルな青春映画パート「だけ」がやりたい人では全くなくて。むしろ、パワーレンジャーとしてのツボっていうものにも、ちゃんとリスペクトがあるからこそのこのつくりなんだ、っていうのを僕はね、このクライマックスを見るに至って……たしかに(変身までが)長いとは思ったけど、「これはこれでいいんだ。愛がある構成なんだ」っていう風に僕は思って見ていました。

ただね、あえて言えば、それでも……主人公たちをなかなかパワーレンジャーに本格変身させないつくりにするとしてもですよ。せめて中盤に1ヶ所ぐらいは、変身できてない状態でもいいから、彼らがヒロイックに活躍する……それこそ僕が「ヒーロー物には絶対に入れろ」と言っている人命救助みたいな、そういう場面を入れていれば、間違いなくもっと、文句なしの1本になっていたはずだろう、とも思います。たとえばですね、ブライアン・クランストン演じるゾードン……ブライアン・クランストンは実は昔、パワーレンジャーでモンスターの声を当てていたことがある、という縁があるらしいですけど。(そのゾードンに)「お前ら、プロミスだ!」じゃなくて「お前ら、パワーレンジャーだ!」って言われた5人が、「んなもん、急に言われてもやってられっか!」って外に出ていきますよね?

っていうくだりで、実際のいまの映画だと、そのゾードンがレッドになるジェイソンを「言葉」で説得して。で、ジェイソンが残りの4人を「言葉」で説得して引き戻す。つまり、セリフ to セリフでしかこの件が解決できていなくて、あんまり現状はスマートじゃないわけです。たとえばここで、いったんは「いや、そんなヒーローとかやってられない。なんの話だよ?」って表に出ていった5人が、なにかのっぴきならない目前の人助けの必要性にかられて。で、たとえばその場にあったものをパッと身につけて顔を隠して――それが、後々のカラーを暗示するような色でもいいんですけど――それをつけて、人命救助して。それを成功させてはじめて、街や社会からの疎外感を克服できた感が出るっていう。その方がテーマ的にも一致するし、真ん中にも見せ場ができて。これさえ入っていれば、もっとはっきり傑作だったのに、というね。イズラ! イズラちょっと電話くれよ、おい!(笑)

あともうひとつ。これは全く違った方向の不満なんですが、クライマックス。ゴールダーというあのデカい金色のやつと戦って、絶体絶命の危機。からの、ゾードが5体合体して巨大ロボットになる、戦隊物のお約束。巨大ロボットになる。メガゾード。これ、最後に名前をビリーがつけて、「ママゾード……いや、これはダサいな。メガゾード!」って、結構いいですけど。ここね、さっきのメールにあった通りです。僕もそこ、不満でした。もっとちゃんと合体のプロセスを見せんかい!っていうね。

劇中パロられていたマイケル・ベイ版『トランスフォーマー』も一応ね、かなりインチキはしているけど、車がガチャガチャ変わるプロセスを一応見せていたわけだし、あれよりもっと物理的整合性がちゃんとある合体変形を、この機会だからこそ、いまの技術できっちりと見せたら、そこだけでも「うわっ、すげーな、これ!」っていう風になったはずなのにね。これは惜しいですね。ここでがんばらないで、なんでいま『パワーレンジャー』をやる意味がある?っていうね。「チィッ!」っていう感じでした(笑)。ここはね。現状は煙の中からモワーッと出てくるだけという、非常に惜しい出方になっちゃっていましたけど。結果として、だからその『トランスフォーマー』の焼き直し、みたいな部分しか目立たなくなっちゃっているのが、本当にもったいないんだけど。

ただですね、元のスーパー戦隊シリーズのように同一コクピットに5人がいるんじゃなくて、それぞれメガゾードの違う場所に5人いて……それはどこにいるんだかよくわかんないんだけど(笑)。で、レッドが中心で指示を出しつつ、手足にいるそれぞれのメンバーがタイミングよくその手足を、タイミングを合わせて動かす、という本作のその巨大ロボ、メガゾードの操縦描写は、『パシフィック・リム』の、2人同時に動かすというのが、「非常に力を合わせるというか、動かしている感じが出ていて、非常にこれが発明だ」って、『パシフィック・リム』評の時に言いましたけど、あれと似ていて。息があってはじめて動く、というカタルシスがもたらす、本当に大きなものを……普通だったら動かせない大きなものを動かしている、という件。そして、本作においてはテーマ性とも非常に深くかかわる、チームプレー、チームワークの大切さという件。

これがとてもわかりやすく、そのロボットの、しかもあの速すぎない……『トランスフォーマー』と違うのはやっぱり速すぎない、ゆっくりとした、ドーッ!っとした動きで「体感」できるつくりで。しかも、訓練をみんなで活かすあの必殺技。あんなバカな技を巨大ロボでやらかすとか、はっきり言ってこれは『パワレン』ぐらいじゃないとできないことですよね。あんだけのバカ技は。ということで、かけ声まできっちり合わせる。あのあたり、やっぱり監督わかってらっしゃる。ちゃんとやっぱりツボはわかっている人だな、という風に思いました。熱い!って思いましたね。そこはね。いいと思いました。

ということで、言いたいことはゼロというわけではないです。もうちょっとよくなったろうなというところもあります。けど、僕は全然面白かったです。期待値よりははるかに上を行く出来でした。少なくとも、MCUとかDCのダメな方のやつ――どれとは言いませんけども――よりは全然いいんじゃね?っていう風に思いました。あと、最後に吹替版ね。見てきたんですけど、山里(亮太)さんのアルファ5、全然よかったですよ。あのね、アルファ5のちょっとウザかわいい感じというか。あと、慇懃無礼な感じ。オリジナルだとビル・ヘイダーがやっているんですけど。ビル・ヘイダーが日本版になると山里さんになるっていうのはちょっとわかる気もするというか。ちょっと、なんていうの? バカ丁寧にしゃべってても、「えっ、なに? バカにしてんの?」っていう(笑)。なんかその、慇懃無礼、ウザかわいい感じ、見事に出ていたんで。吹替版も素晴らしかったと思います。

ということで、なかなかな拾い物ですよ。『パワーレンジャー』。ナメている人はぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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