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「自由と混沌」が社訓です~ 為末大さん

コシノジュンコ MASACA

2017年8月6日(日)放送

ゲスト:為末 大さん(part 2)
1978年広島県生まれ。2001年世界陸上エドモントン大会・2005年世界陸上ヘルシンキ大会の男子400mハードルで銅メダルを獲得。オリンピックでは、2000年シドニー・2004年アテネ・2008年北京と、3大会連続で出場。400mハードルの日本記録保持者で、現在はスポーツコメンテーターとして活動しています。

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出水:為末さんは2010年に引退されたあと、様々な分野の専門家と活動していらっしゃって、去年12月にオープンした新豊洲ブリリア・ランニングスタジアムの館長も務めていらっしゃいます。なかなかカッコいい施設ですね!

JK:このダイナミックな建物・・・建設の計画から携わっていらっしゃるんでしょ?

為末:そうなんです。60m直線の陸上トラックがあって、床はリオオリンピックの時と同じ素材。新国立競技場でも同じ素材が使われるといいんですけれどね。この施設の斜め向かいが選手村になる予定です。

JK:そうですか! ここ取り合いになりますね。

為末:上を覆っているのは、長野の木を使ったドーム。カラマツを使ってアーチ状に組んでいます。その上に幕みたいなもの、風船みたいな幕が張ってあって、その技術が世界で初めてらしいです。

JK:なんかすごく、まっすぐで明るい感覚。ここで走ったら気持ちいいだろうな~!これは選手じゃなきゃ使えないんですよね?

為末:いや、ここは一般にも開放されています。

出水:新豊洲に、コースが6つもある施設を作ろうと思ったのは、どういう理由から?

為末:施設を作ることからスタートしたんじゃなくて、先週お話ししたように、2020年の後に何が残るといいかなと1年前ぐらいから議論をしていて。世の中の意識が変わるのがいいなというときに、コミュニティができればいいんじゃないか、と。年齢も性別も国籍も、障害のあるなしも関係なく、みんながある目的のために集まってきて、それを好き好きにやっている「風景」を作ろうと思ったところからスタートしたんです。なので、ここは義足のラボも併設しています。

JK:ってことは、義足を調節できるの?

為末:義足には、ソケットと足をつなぐ部分に角度を調整できる装置があって、「右に傾いてるな」と思ったら調整できるんです。普通の競技場だとそれができないので、このラボに持ち込めば膝にあたっているところを削ったりもできる。世界中でも、義足の工房と競技場がくっついているところは他にないんですね。いまも利用者の2割ぐらいは障害を持っている方。面白いですよ、義足の選手が「足がなくて大変です」って言って、隣の選手が「耳が聞こえないのも大変ですよ」とか言って・・・。

JK:そうやって、コミュニケーションが始まるのね!

為末:とくに子供は早いですね、ぎょっとするのは最初だけで、あっという間になじむ。義足で遊んだりしたりとかね。高いんですよ、義足って。今はまだ出来ないですが、これから先はいろんなサイズの義足を用意して、貸し出しもできるようにします。全国の子供で病気で足を切らなきゃいけない子も、ここに来れば無料で借りられるとかね。

JK:全国の病院と直結するといいわね。よかった、新豊洲に明るい話題!

出水:為末さんは義足の開発にも携わっていますが、その辺に興味を持たれたのはいつごろから?

為末:オスカー・ピストリウスっていう選手が出てきたんですよ、南アフリカの選手で。彼が最初に走ったのを見たとき、「30年後、世界最速の選手は障害者かもしれない」って思ったんです。なんとなくそんなアイデアを持っているときに、遠藤っていうエンジニアと出会って。彼はもともとロボットを作っていた人間なんですけど、自分の友人が病気で足を切ることになったときに、ロボットの足をはめたら歩けるんじゃないか、と思って、MITで義足の研究を始めたんです。僕は、開発と言うより選手の側のサポートをやっているんですけど、じゃあ一緒に組んで最速の選手のための義足を開発してみようか、ということでスタートしました。だから彼に誘われなかったら、自分では始めてなかったと思います。

出水:いま研究成果はどのあたりまで出ているんですか?

為末:もう義足自体は完成しています。市場で販売していないと選手は使えないルールになっているので、一般にも販売していて、日本のトップ2の選手が使っています。今度は全米No.1だった選手も使うことになっています。

JK:義足の戦いですね。

為末:ですけど、結局は選手の能力なんだなとわかってきた。というのは、まず販売しなくちゃいけないので、どんな義足を開発しても、同じ義足を世界中の人が履けるんですよね。仮にトップ選手に合わせて義足を開発すると、一般の人はうまく曲げられないんです。筋力が必要で。だから、結局は選手の能力によるんだなというのが分かってきました。

JK:それを使って相当練習して、自分のものにしなくちゃいけないからね。その時間が必要ですものね。

為末:はい。義足はあくまでも脇役なので、選手たちが大事なんだなというのが良くわかってきました。

JK:ここブリリアは賑やかになりそうですね。

為末:そうですね。ごちゃっと、いろんな人が混ざっているといいなと思います。かけっこ教室とかもやって、子供たちが参加したりしています。

JK:なにしろ行ってみて、他の方を見るというのもいいですよね。自分もやりたいっていう刺激になる。

為末:こないだも、トップのサッカー選手が走っている横で、オリンピックに出た陸上選手が走ってて。子供はわかってないから、「お兄ちゃん競争しようよ」と言い出したり(笑)。お前誰だかわかってんのかよ、とかね。

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出水:2005年に株式会社サムライを立ち上げてらっしゃいますね。

為末:なんとなく、将来こういうことをやってみたいなと思って立ち上げて。でも結局社員は自分1人だったので、会社というよりは個人事務所みたいな感じだったんですが、引退してからは社員を雇用して、いまは社員5人ですね。子供のかけっこの事業とか、スポーツに関して企業から「こんなメッセージを伝えたい」と依頼を受けることが多いですね。

出水:スポーツを通じて社会にメッセージを送るにはどうすればいいか、という?

為末:そうです。例えば、うちの社員がスポーツを通して一帯感をもちつつ、それを世の中でもやりたいんだけど? というような依頼に対して、じゃあリレーをやりましょう!とか・・・

JK:スポーツって今、社会的な意味が多いというのかな、すごく重要な役割ですよね。

為末:だから会社のミッションとしては、スポーツ事業というよりも、社会の課題をスポーツで解決しよう、という感じ。直接スポーツをするというよりは、人材の会社が抱えている問題をスポーツで解決できないか、地域のコミュニティをスポーツでできないか、とか。他のスポーツ事業会社とはベクトルが別の方向を向いている感じです。

JK:スポーツは英語だけど、日本語では「運動」。運動って「運が動く」って書くでしょ。やっぱりかっこいいですよね。日本の漢字ってよくできてるわね。

為末:なるほどね! 英語の語源でいうと、デポルターレdeportareというラテン語が語源と言われていて。意味合いは「遊ぶ、表現する、ウサをはらす」というらしくて、当時は歌を歌うのもデポルターレに入っていたみたいです。僕はこの世界観が好きで。いろんなものが解放されたり自由になったり。

JK:そういう言葉がふつうに使えるといいですね。スポーツにこだわらないで、もっと文化的に。

為末:たぶん、オリンピック・パラリンピックが言いたいことはデポルターレなんじゃないかなと思います。文化事業とかフェスティバルとか。デポルターレの中にオリンピックも入っているんだと思いますね。

出水:株式会社サムライには社訓みたいなものはあるんですか?

為末:「自由と混沌」。僕はとにかく規律とかルールが嫌いなんで、自由に行こうという。そしてつい固まりがちなのを崩して、新しいことをやっていこうという。企業に入ってすぐに独立した、むしろはみ出ちゃった人間なので(笑)

出水:最近、為末さんはお子さんの教育にもいろいろ考えてらっしゃっていますが、ご自身にお子さんができたことが関係していますか?

JK:お子さんはおいくつ?

為末:いま2歳10か月ぐらい。何にもスポーツのことを教えてないんですが、爆竹みたいな破裂音が鳴ると、なぜか走り出す!

出水:えー! すごい! それは遺伝子レベル?!

為末:いや、知らず知らずのうちに、いろんな映像を見ているからだと思うんですけどね。

JK:やっぱり子供がいるときの考え方と、そうじゃない時の考え方って全然違いますよね。見方が全然変わるでしょ。子供に目を向けるというか。よその子供も突然かわいく思えて。あれ不思議ですよね。

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JK:為末さんのMASACAって何でしょうね?

為末:まさか、陸上以外のことをやるとは思ってなかった。高校の時、人生について書いたりするじゃないですか。陸上選手になる、オリンピックになる、陸上のコーチになる、陸上をみんなに広める、みたいな感じだったんですけど、どこからか広がりが出てきて・・・しかも、それができると思ってなかったので。実際できてるかどうかわからないですが、始まりつつあるというのは、僕にとってMASACAですね。

JK:スポーツの経験から新しい経験を生み出すという。やっぱり経験って間違いなく次につながりますよね。その経験を次の人に伝えて。

出水:陸上って、辞めた後のセカンドキャリアを悩む方も多いと思うんですよね。プロのチームがたくさんあるわけでもないので。そういう意味では、為末さんは希望の星というか、いろんな生き方をしめしていますよね。

為末:僕の運が良かったのは、たまたま陸上以外の知り合いがいたので、他の世界はどうなっているんだろうと覗く機会があったんですよね。

JK:それが重要。いろんな方と、自分の世界だけじゃなくて、異業種の方とたくさん付き合わないと、新しいことって生まれてこないと思うんですよね。業界の中だけでなくて。

出水:漠然とでもいいですが、今後やりたいことはなんですか?

為末:競技で一番学んだ大きなことは、結局ほとんどのことはマインドセット、思い込みだったんだなと思うんです。今メジャーリーグに行く日本人選手はいっぱいいますけど、野茂さんが行くまでは、メジャーリーグは日本人は通用しないってみんな思い込んでたわけですよね。でも、ひとつ事例ができたら思い込みが変わって。こないだアフリカにいってガーナの選手と話したんですが、彼らは日本人の話をめちゃくちゃ聞いてくれるんです。こんなちいちゃな身体で、どうやってスポーツで勝ったんだ? って。他の強豪国の選手が来るよりも、よほど僕らの話を聞いてくれる。多くのことはみんなが無理だと思い込んでいるだけだと思うので、制限を取り払っていくというか、みんなが可能性を見えるような社会が良いなと思っていて。それをどうやっていこうかなあ、と。僕は制限を整えるよりも外す側の人間なので、それをやりたいなと思うんです。

JK:どの世界でも先入観というかね、しっかり持ちすぎると前に行かない。まっさらで開拓しないと。こだわりすぎると自分で小さくなっていきますものね。

為末:無邪気って大事かもしれないですね。

=OA楽曲=
M1.  Mother And Child Reunion / Paul Simon