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人生、青リンゴがちょうどいい ~安藤忠雄さん

コシノジュンコ MASACA

2017年8月27日(日)放送

ゲスト:安藤 忠雄さん(part 1)
1941年大阪市生まれ。大阪府立城東工業高等学校卒業。建築の専門教育を受けずに独学で建築を学び、建築設計事務所でのアルバイトを経て、建築士試験に合格します。1969年に安藤忠雄建築研究所を設立。1976年に日本建築学会賞を、1995年には建築界最高の栄誉、プリツカー賞を受賞。日本はもちろん海外で活躍していらっしゃいます。主な建築作品に「水の教会(北海道)」「表参道ヒルズ(東京)」「地中美術館(香川)」「フォートワース現代美術館(アメリカ)」など。東京大学名誉教授。高校時代には、プロボクサーとして活動していた経歴の持ち主でもあります。

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JK:ようこそ来てくれはったわ!

出水:ジュンコさんと安藤さんは、もう長いことお知り合いですか?

安藤:1968年に赤坂にディスコができたでしょう? MUGENとか・・・三島由紀夫とかが毎晩来てたような、そういうところにおられたのは知ってたんですが、なんか怖いな~、近寄ったらアブないなと(笑)

JK:私はあそこの主だったから(笑)

安藤:これぐらいインパクトがないと世界には行けないなと思いました。

JK:なにせ20代の時は「サイケの女王」とか言われてましたからね、私。

安藤:これ、テレビにしたほうがいいんちゃう? 顔が出たほうが(笑)

出水:そうですね、昔のお写真見てみたい気がします(笑) 安藤さんは、小さい頃はどんなお子さんだったんですか?

安藤:私は大阪の下町生まれで、家庭が貧しかったというのもあったり、勉強ができなかったというのもあったりで、大学も建築の専門学校も行けずに、独学で建築をやり始めたんです。なんで建築を始めたかというと、大工さんが一心不乱に働いていて、昼飯も食わない。すごいなーこれは面白いんだろうなと思って。でも、建築おもしろいなーと思ったけど学校にいけない。小中学校の成績はだいたいいつも3~5番目ぐらい。

JK:上から?

安藤:下から(笑)それをキープするのも難しいよ! ずーっと下から3番か5番。親が言うてましたよ、「お前はケンカが強いから、それだけでいい」と。

JK:ケンカが強いからボクサーになりたかった?

安藤:なりたかったというか、家の近所にボクシングのジムがあって、当時は試合で4回戦まで出ると4000円くれたんです。あれ、お金くれるんかい!と思って。当時のサラリーマンの給料が1万円ですから、今でいうと10万円ぐらいくれたんじゃないかな。ケンカしてお金もらえるなんて、これはイイ!と(笑)

JK:得意や!

安藤:さすがに4回戦ぐらいまでは進む才能があって、1か月で対戦させてもらえたんですが、当時たまたま、ファイティング原田という世界チャンピオンが練習に来たんです。「これはアカン、あまりにも才能が違う」と思って。人生って見分けが大事やね! これで辞めた(笑)

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JK:建築とボクシングってマインドは一緒ですか?

安藤:建築は、本当は私1人でやってるわけじゃなくて、チームでやっているわけです。が、ボクシングはやっぱり1人ですよね。トレーナーとかいてチームだけど、戦うのは1人。四角いリングの中でともかく戦わなくてはならない、というのを覚えました。最後は1人や、というのをボクシングで覚えたんです。

出水:そもそも安藤さんが建築を始めたとき、影響を受けた建物ってあるんですか?masaca_170827b

安藤:いっぱいありますよ。一番はやっぱり日本人ですから、フランク・ロイド・ライトの帝国ホテル。あれが完成したのが1923年9月1日、関東大震災の日だったんです。それでもほとんど潰れなかった。初めて東京に来た時に恐る恐る見に行って、「やっぱりすごいなー」と思った。次は代々木体育館。丹下健三さんの建築は香川県にもたくさんあって、それを見て「こんなスゴイことを考えたヤツがいた。こんなスゴイことを共に作った人がいた。そして、こんなにスゴイものをみんなで押し上げて作った国民がいたのがスゴイ」と思った。初めて見たのは20代で、丹下さんの建築を見るたびにあのころをいつも思いながら、生涯青春で行きたいと思ってんねん。いまも時々代々木体育館をみると、あのころの元気がなくなったときは引退したい、と思ってます。

JK:最初は住吉の長屋で有名になったでしょ? でも安藤さん、住まいとか生活感とか全然ないんだけど。
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安藤:あれは「15坪ぐらいの土地の中に1000万円で作りたい」と言ったんですが、解体も補強も家具も全部入れて、総額1000万円しかない。建築には建蔽率というのがあって、敷地全部には建てられないんですよ。で、三間長屋の真ん中を切って中庭を作って、空間を稼いでるわけですけれど、住み手が言うんですよ、「安藤さん、暖房どうしよ? 1000万やから暖房ない。冷房もない。どうすんねん?」って。だから「そりゃ考えなあかん!住むいうことは考えることですから、寒かったら1枚余分にシャツを着る! もうちょい寒かったらもう1枚着る! もうちょい寒かったらあきらめる」(笑)あきらめる言うことが人生で大事やねん!

JK・出水:(爆笑)

安藤: そいで親戚が来るでしょ、そうすると「なんで床暖房してもらわへんかった?」でも、金がない言われへんで、「いや、建築家が床暖房はいらん言うて」。何を考えとるんや!でも、その方はそのまま40年住んでおられますよ。スゴイ。

出水:1965年、24歳の時に4年間海外に放浪の旅に出ていますけれども・・・。

安藤:4年間ちゃいますよ、時々です。当時は今みたいに飛行機で12時間にパリで行くというわけじゃない。そういう人もいたけどね。

JK:アンカレッジ経由よね。

安藤:いや、私たちはシベリア鉄道で行った。ナホトカに行って、シベリア鉄道に乗って8日間かかったから、やっと着いたときは感動しましたね。今はなんでもサッと着くから感動しないやろ? 帰りしなはマルセイユまで行って、ここまで来たんだからと、アフリカも1周しましたよ。マダガスカルまで行って、インド洋渡って、ムンバイまで行って。この時は10か月かけて戻ってきました。

出水:放浪されていた時は、行く先々で何をしてらしたんですか?

安藤:いやまぁ、建築見たいと思ってるでしょ。私は先ほど言うたように、教育を受けてないから分からないわけですよ。知り合いで、京大の建築学科に行った2~3年先輩の人たちが、ローマに行ったらパンテオン見て、ギリシャに行ったらパルテノン神殿、それが建築の原点だ、と言われたので見に行きました。あちこち行きましたけれども・・・知識がないのは良いな!全然わからないわ(笑)パルテノン神殿なんか柱が建ってるだけやろ! 何やこれ!(笑)それでも、何回も行っているうちに少しわかってきますよね、当たり前やけど。何回も行っているうちにわかってきて、わからないと言うのも仕方ないな、と思いました。

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JK:バルセロナのガウディとかも行ったでしょ?

安藤:行きましたよ。行きましたが、ガウディのサグラダファミリアっていまでも造ってるじゃないですか。青いリンゴってあるでしょ、人生って青くなかったらいかんと思うねん。「あいつは青いな」と言うじゃないですか? 青いまま人生終わったほうがいいですよね。

JK:っていうことは、常にフレッシュっていうことね。

安藤:最後まで。サグラダファミリアいうのは、日本の建築技術やったら1年半ぐらいでできますよ。でも青い。最後まで建てんところが良い!

JK:いつもいつも建築中で、最後がない(笑)

安藤:最後がないほうがいいやん。だから、作ってるそばからまた潰しとるよ(笑)

出水:完成しない美学、というのがあるんですね。

安藤:だから、人間も完成しないほうがいい。最後まで講演しなくても、講演したつもりになってればいいがな(笑)いつまでもリンゴは青いほうがいいと思う。

JK:だから、面白い発想をへっちゃらでやるんですよね。怖いもの知らず。

出水:非常にお忙しいと思いますけれど、お休みの日は何をしていらっしゃるんですか?

安藤:本を読んでますよ。1960年代ぐらいだったと思うんですが、大井健三郎さんが芥川賞をもらったころ。あのころ周りで、芥川賞をもらった大井健三郎が面白いという人もいるし、阿部公房が面白いという人もいる。読んでみたけど、3ページぐらいしか進まなかったのが思い出です(笑)

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安藤:2009年に大手術したんですよ。胆嚢と胆管、それから十二指腸にガンがあるというので、取りました。これで終わりかなと思ったら、2014年に「安藤さん、またガンがある。今度は膵臓も脾臓も全部とらなきゃアカン」と言われまして、これは困ったなーと。で、先生に聞いたんですよ。「膵臓ぜんぶ取って生きていけるんですか?」「いや、1年に1人か2人、膵臓全摘はあるけれども、いままで生きてる人はいるけど、元気になった人はいませんなぁ」(笑)しゃあないから、12時間の手術を受けたんです。胆嚢、胆管、十二指腸、膵臓、脾臓、ぜんぶ取ったから、それからは何にもないで! 食事が進まん、下痢が・・・便秘が・・・おなかが痛いってこともない。で、前と同じように仕事してる。

出水:すごいですね!!!

JK:奇跡の人ですね!!!

安藤:そいで良いこともあって、今までみたいに10時から8時まで働くんじゃなしに昼の1時間休憩しよう、ということで、食事を摂ったあと、昔わからんかった本を読んでますねん。それでちょっとだけ大井健三郎の本もわかるようになってきた。なるほどーって。そういう良いこともあって、今はけっこう楽しくやってますよ! 今日も東京へ来て、ここで仕事やって、表参道でインタビューして、大阪へ帰って、また木曜日に東京来て、三宅一生さんと食事して、新美術館で打ち合わせして、また帰る。全然問題ないですよ! なんやかんや行っても生きてますわ。

JK:でも、いつもおんなじ状態。ガーッとしてるから、いつの間に病気になって・・・言わなきゃわかんないですよ。

出水:いや、大病のことをこれだけ朗らかにお話になる方も珍しい!

安藤:最近一番多いのは講演会。外科学会、心臓外科学会、糖尿病学会・・・そこで私、「もう内臓はいりませんよ」と言う講義をしてます(笑)

=OA楽曲=
M1.  Desire / U2