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放送中

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福島原発事故は本当に「想定外」だったのか?

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
3月26日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、『福島原発、裁かれないでいいのか』という本をお書きになった日本大学法学部教授・船山泰範さんをお迎えしました。

船山泰範さん

これまで福島第一原発事故については、被災者らでつくる福島原発訴訟団が東京電力側を告訴したことに対して検察は二度にわたって不起訴処分としていました。つまり「あれは想定外の大事故だったので刑事責任を問うことはできない」と判断したのです。でも一般の市民感覚としては違和感を覚えた人も少なくなかったのではないでしょうか。本当にあの事故は想定外だったのか? 複数の事故調査委員会で「人災」とされたあの事故を「想定外」ということで責任を問わないままでいいのか? この検察の不起訴処分に対して「NO」をつきつけたのが検察審査会。有権者の中からくじでえらばれた11人の検察審査員(一般市民の代表です)は「東電は起訴相当である」としたのです。

久米宏さん

検察審査会の起訴議決を受けて、検察官役の指定弁護士が今年2月29日、東電の旧経営陣を業務上過失致死傷の罪で東京地裁に強制起訴しました。ここで問題になるのが、東日本大震災のような大災害による原発事故が事前にどこまで具体的に予見できたかということ。「具体的な予見可能性」というのがポイントです。この点について東電は、大地震による大津波が具体的にどの程度のものになるかは予見できなかったとしています。

法律の世界では、事故の刑事責任(福島原発事故の場合は東電の業務上過失致死罪)を問えるのは、過去にすでに起きたことがあって具体的に、確実に予測することができる危険についてだけであるという考え方があります。これを「具体的予見可能説」といいます。一方で、たとえ過去に起こったことのないような「未知の危険」であっても起きる可能性が合理的に予測できる危険については、事故の責任を問えるという考えもあります。これを「危惧感説」あるいは「合理的危険説」といいます。東日本大震災による大津波は決して「想定外」ではなく、起こりうる可能性は十分あると考えて、その万一の事態に備えておくべきなのに、東電はその適切に対応を怠った。その結果、引き起こされたのが福島原発事故だと船山さんは言います。

スタジオ風景

今の社会は原発をはじめとして、とても「便利」なものがたくさんあります。でもそれは、ひとたび事故が起これば大変な被害を引き起こし、社会にとても大きな影響を与えるおそろしいものでもあります。福島原発事故は「想定外」ということでその真相もうやむやなままです。それなのに東電も政府も原発再稼動を進めようとしています。それでまた同じことが繰り返されはしないでしょうか? 今回、東電の旧経営陣が強制起訴されたことによって、今まで分からないままにしていた(もしかしたら東電が隠していた)事故の真相が明らかになることが期待されます。船山さんは、今回の強制起訴の一番大きな意義はそこにあると強調しました。

船山泰範さんのご感想

船山泰範さん

この話は30分間では足りない感じでしたね。でも久米さんの対応が素晴らしいと思いました。福島原発事故をめぐる東電の強制起訴にいたるまでの動きを背景にして、司法や検察が変わりつつあります。今回の強制起訴によってその流れがさらに出てくるかもしれません。そこに大きな意味があります。原発だけでなく、過失による大事故の真相究明とその事故をどうしたら防ぐことができるかということを考えることが大事なことです。福島原発事故の刑事責任を問う裁判はこれが初めてです。今後いろいろなことが分かってくるでしょう。今日はお話しする機会をくださってありがとうございました。