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85歳にしてついにブレイク?!闘うアーティスト篠原 有司男さん a.k.a. ギューチャン

コシノジュンコ MASACA

201710月8日(日)放送

ゲスト:篠原 有司男さん(part 1)

篠原 有司男さん
1932年東京・麹町生まれ。芸術家の両親のもとに生まれ、自らも東京芸術大学美術学部油絵科に入学するも、5年後に中退。1969年にロックフェラー三世基金の奨学金で渡米し、以後現在までNYを拠点に精力的に活動しています。代表作は、グローブに絵の具をつけてキャンバスを殴りつける「ボクシングペインティング」や、ダンボールの彫刻「モーターサイクル・ブルックリン」。2007年、毎日芸術賞を受賞。2013年には妻・乃り子さんとの日常をつづったドキュメンタリー「キューティー&ボクサー」がサンダンス映画祭で監督賞を受賞。翌年のアカデミー賞にもノミネートされ、日本でも注目を浴びました。
アート界での愛称は「ギューチャン」。

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JK:今日のゲストは“ギューチャン”です!

篠原:何年ぶり? 50年ぶりだね。

JK:私が20歳ごろの話なんだけどね・・・

篠原:19ぐらいじゃない? 銀座にコマツギャラリーっていう画廊があったのよ。そこを俺がのっとった、っていうか、金がないのに申し込んで展覧会をやって、最終日に「お金はありません」って言ってさ。その時にコシノさんが展覧会をやってたわけ。

JK:そう。それも廊下でばったり会って。初対面なのに「ちょっと時間ある?コーヒーおごるよ」って言われて、ついていったのね。そしたら作品をドサーッと、紙芝居みたいに見せられて、ずっとしゃべりっぱなし。それえで店を出るときに、「悪いんだけどさ、300円貸してくんない?必ず返すから」って言われて。あの時、私がコーヒー代払ったのよ!

篠原:ははは(^^;)

JK:でもね、1年ぐらいして300円返してくれたの!それは間違いない。

篠原:おおー やっぱり江戸っ子だぁね。育ちもいいし。

JK:自分でいうかしらねぇ? 銀座通りの向かいにあったヤマハホールで「パフォーマンスやるから見に来て」って言うから一番前で見たんです。そしたらモヒカン刈りを刷毛にして、墨でガーッて描いて・・・

出水:えっ、髪の毛で?

篠原:筆替わりだよ。真っ黒け。

JK:テレビで僕のこと褒めてくれっていうんだけど、でも褒めるも何も、びっくりするだけだから褒め方が難しいのよね(笑)衝撃的だった! 60年代のポップアーティストって、みんな本気でポップ。でも一番典型的じゃないですか?

篠原:そうだね、俺が一番長続きしてるよね。個性は変えようもないし、性格も変えようがないし。しょうがない。

JK:NYに行って、よく生きてるなーと思ってたけど、いまもバリバリ現役でカッコいいですね。

篠原:NYはジャングルみたいなところだから、僕みたいのがウケるのよ。、文部省の奨学金と違って、ロックフェラー三世奨学金は優等生が対象じゃないの。ダメダメで、めちゃくちゃで、身体が強くて、ノイローゼになんかならないようなヤツが対象なんだよ。

出水:37歳のときでしたっけ?

篠原:そのころだと思うよ。前衛画廊に評論家が集まって、そこへポーター・マックレイっていう代表が来て、1人で決めるんだよね。自分の趣味で。「誰かいいのいないか?」「じゃあ篠原が一番いいよ、丈夫で、長持ちして、メチャクチャなヤツ」って感じで(笑)

出水:NYでも段ボールでオートバイを作ったり、ボクシングペインティングっていう手法だったり・・・

篠原:コシノさんもよく知ってると思うけど、1950年代って材料が全然ないから、ゴミ溜めにいって拾ってくるんだよ。それを「ジャンクアート」って言って、ちゃんとアートのカテゴリーに入るんだよね。それで鍛えてるから、NYに行って一銭もなくても、ジャンクアートで何とかやっていける。道にいっくらでも落っこちてるんだよ、材料が。

JK:フランスだったらセザールですよね。その辺のものをアートにする。いっぱいお金があって文房具屋で材料を買ってきて、じゃなくて、目の前のものをへっちゃらでアートにしちゃう。

篠原:そうだね。それが僕たちの生きる一番大事なキーワードだね。

JK:ギューチャンもアクションペインティングでバチャーッとかグワーッとかさ。全然お金かかってないわよね。

篠原:いや、本当はお金かけたくてしょうがないんだって! いつもそうやって探してるんだよ! 神宮プールに行って身体鍛えてるんだけど、行きの電車賃がないから帰りは歩いてかえったりね。その時に何を考えるかというと、「100万円入ったらどういうものを作ろうか」っていうこと。

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JK:でも、NYでちゃんと生活できてるっていうのはうれしいんだよね。だって心配してたのよ! グチャグチャの汚い恰好だったのが、けっこうキレイにしてるもん。

出水:(苦笑)

篠原:いやね、こないだ絵が売れたばっかりなのよ! ボクシングペインティングの。

出水:えっ、初めて??

篠原:85で初めて大作が売れる、しかもLAの大コレクターが気に入ってんだよね。金と銀を塗った上に、ボクシンググローブで黒で描いて。これは最低だなと思ってたら、コレクターが見て「これはKYOTOだ」とか言って。それがアメリカのインテリジェンスよ! それが早くくるか、遅くくるか。コシノさんはスタートが早いからダダダーッてきてるけど、俺なんか85でやっと来たんだもの(笑)

JK:よくまあ(笑)頑張ったね!

出水:篠原さんは1932年生まれ、麹町のご出身だそうですね。

篠原:番町小学校から麻布中学校、芸術大学。すごいでしょ! でもね、生まれたところは泉鏡花とかが住んでたいわゆる「文化長屋」。オヤジが詩人で、おふくろが日本画家でしょ、純粋な貧乏アーティスト。

JK:そういうところから反逆児になっちゃったわけ?

篠原:いや、別に俺は反逆児じゃないんだよね。だけど芸術大学に入ったときに、戦後の海外の文学とかヌーベルヴァーグとか、そういうものに影響されちゃうんだよね。芸術学校は静かなんだけど、外の嵐がすごいからメチャクチャになっちゃう。ある日、林武(はやし・たけし)大先生に「絵をもってきなさい」って呼びつけられて。教授・助教授がみんながズラーッと並んでるところで、「篠原君、絵を見せなさい」。

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篠原:俺もちゃんと描けばよかったんだけど、ペネロス・クロスの「マンボ」を聞きながら、そのエネルギーのままダダダーッてスケッチブックに描いたのを持っていっちゃったんだよね! 林先生はそれを開いて・・・1ページ目からぐちゃぐちゃだから、何だと思っただろうね。2ページ目を見て、3ページ目・・・全部同じだとわかったら、スケッチブックを閉じて、じっと俺の顔を見てなんていったと思う?「君の絵には嘘がない」。

JK:まぁ。ちょっと鳥肌ねえ。

篠原:その次がすごいんだよ。「学校は辞めなさい」。

出水:えっ、辞めなさいって先生から言われたんですか?! エーッ?!

篠原:さすがだねえ、林武!

JK:ここには向かない、自分の生き方を貫きなさい、こんなところでやるよりも自分の世界で行ったほうがいいよ! ってことかしらね?

篠原:いや、その「君の絵には嘘がない」は、キョンシーじゃないけど、俺の人生にくっついて回ってるね。アメリカに行っても。嘘がない、ストレートに行くっていう。そんなもんだよ。

JK:素敵な話! 先生すごいね!

篠原:教授・助教授は僕を助けようと思ってたんだよね。だけどいきなり「学校を辞めなさい」だからさ。あ、これで良かったとホッとしてただろうね(笑)

出水:代表作のボクシングペインティングは、いつごろ始めたんですか?

篠原:あれは戦後、50年代ごろ。ヨーロッパのアートが全部変わったんだよ。戦争っていうのは残酷だし、みんな無茶苦茶になっちゃったからね。サルトルの自然主義とかが出てきたり、アクションペインティングっていうのが流行ったわけよ。

出水:身体を使って、ということですか?

JK:気持ちをアートに表す、っていうこと。

篠原:いろんなスタイルがあるわけ。身体に色を塗って倒れるとか、絵の具のビンを撃つとかぶつけるとか、脚で描くとか。もっとカッコイイのないかなーと思った時に、ボクシングのグローブでやればいいと思ったわけ。そしたら、「毎日グラフ」が“若者たちの訪問”っていうルポで大江健三郎を連れてきたんだよ。農家で頑張ってる人とかを取り上げてたんだけど、イカれてるのはいないかっていうんで俺のところに来たわけ。そしたら、「篠原さん、絵描きなら絵はないの?」って言われて、何もないから、それでボクシングペインティングをやろうかと思ってね。それで紙を20枚、糊がないからメリケン粉を練って貼り付けてさ! 墨汁を買って、水で薄めて、グローブの代わりにオヤジの下着をグルグル巻いて・・・

出水:お、お父様の下着を使っちゃったんですか??

篠原:で、右から左へブンブン、ブンブンやったわけ。それで大江健三郎がインタビューでなんていったと思う?「この人には伝統も何もない、めちゃくちゃな男だ」って(笑)俺自身が分かんないのに、大江大先生が分かるわけないんだよ!

出水:ぱっと降りてきたんですもんね(笑)

JK:何もない、という伝説を作ったわけね。でも、何もないのに作品を目の前で作れるっていうのは・・・時間かけて突き詰めて作るっていうんじゃなくて、瞬間的判断で出来るわけでしょう?

篠原:それは人に言えない、自分が持って生まれた才能。「出たとこ勝負」っていうんだけど。自分の中に、そうなるエネルギーを最初から持ってんだよ。DNAの中にね。

JK:私も以前、セザールが目の前で作品を作ってくれて、何もないのに「今から作る」って言って、やるのよ! そういう“ひらめきアート”って、無計画じゃなくて、蓄積された何かが突然出てくるよね。

篠原:蓄積が問題だよね。蓄積されないで、かたっぱしから忘れていっちゃうヤツもいるしさ。

JK:でも、忘れるっていうのも美学だと思うよ。忘れるから新しいものに夢中になるわけでしょ? 忘れなかったらいつまでも尾を引くというか、昔はよかったのに、ってなるじゃない。

篠原:でも、自分を切り替えるのは難しいよ。やっぱりどうしても、年取ったら昔のほうが懐かしいからね。それを切り替えるには、自分の中に意志がないと。

JK:でも誰もやってないから、ある種のオリジナルでしょ。オリジナルは強みなのよ。世界中どこへ行ってもへっちゃらでしょ。「君の絵に嘘はない」もそこから始まってるわけだから!

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次週は、ギューチャンを陰で支える奥様・乃り子さんも登場!
過激トークはさらにエスカレート! こうご期待!

=OA楽曲=

M1.  Mambo No.5 / Pérez Prado