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【映画評書き起こし】宇多丸、『アトミック・ブロンド』を語る!(2017.10.21放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

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実際の放送音声はこちらから↓

宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。今夜扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『アトミック・ブロンド』

(New Order『Blue Monday 1988』が流れる)

はい。(いま流れている)ニュー・オーダーの「Blue Monday」、その88年版ミックスとか、こんな感じの曲がずっと全編に流れる映画でございます。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』や『ワイルド・スピード ICE BREAK』などアクション映画でも活躍が続くシャーリーズ・セロンが、ひときわ激しい肉弾アクションに挑んだスパイサスペンス。1989年、東西冷戦末期のベルリンで秘密のリストと二重スパイを巡る激しい攻防が描かれる。監督は『ジョン・ウィック』シリーズの製作や『デッドプール』続編の監督も務める……『ジョン・ウィック』一作目の共同監督でもあります、デビッド・リーチさん。そして共演は『X-MEN』シリーズや『スプリット』のジェームズ・マカヴォイ、『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』のソフィア・ブテラなどということでございます。

■「シャーリーズ・セロンのアクションがすごい!」

リスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、多め。そうですか。ありがとうございます。賛否の比率は、全面的な褒めが6割。ダメが1割。残り3割がその中間というバランスでございます。賛否どちらの人でも「シャーリーズ・セロンのアクションがすごい」という点では一致。また評価しない意見は「話がわかりづらい」という点にほぼ集約されているという。これはある種、冷戦下スパイ物……たとえば『裏切りのサーカス』とかでもいいんですけど、あれは話がわからないところがキモ、っていうところもありますからね。そのへんで分かれたということでございます。

代表的なところをご紹介いたしましょう。「村井」さん。「『アトミック・ブロンド』は気になっていたんですが、『タマフル』で選ばれたこともあって喜んで見てきました。私個人の感想としては、『これだ! これを待っていた!』と大満足。いい子ちゃんすぎるワンダーウーマンには決して真似ができない毒のある女主人公がダニエル・クレイグ版の『007』のようにクールでタフに暴れるものの、荒唐無稽なスパイメカに頼ることなく己の頭脳と肉体でのみ修羅場に挑み、トム・クルーズの『ミッション:インポッシブル』とは違い、ちゃんと痛みの蓄積する体で戦う。屈強な男たちとの格闘では体格差によって一方的に不利な立場でありながら、まるでその男たちが作り出した東西冷戦というクソな状況への怒りを表出するかのように遠慮容赦なくポスティオンを何度も蹴り上げる女主人公、最高でした」というね。ちょっとこう、間合いが開くとボン!っと下から(男性の急所である金的を)狙って(蹴りを入れるシーンが何度か出てくる)。

これはDJ JINの奥さんが格闘をやっていてですね、結婚式の時に旦那とエキシビションマッチをして。で、「本気で旦那を倒すとしたら、どう?」って聞いたら、「まあ最初に金的いけるかどうかが勝負ですね」って(笑)、ガチな答えを返していましたけどね。まあ、そういうことですかね。一方、ラジオネーム「アチヤ・リュウ」さん。イマイチだったという方。「『アトミック・ブロンド』、見てきました。感想はイマイチ。派手な出で立ちから『ジョン・ウィック』的な頭の悪いアクションを期待していたんですが、思いの外地味なエスピオナージ(諜報)物でした。『いつ面白くなってくるんだろう』と思いながら辛抱強く見ていたのですが、そのうちに話が見えなくなってきて、飽きてしまいました。

その飲み込みにくさや入り組んだ人間関係で『裏切りのサーカス』を連想する人も多いでしょう。まさに女性版『裏切りのサーカス』。しかしなんか、全体のストーリーテリング能力不足というか、アクション監督出身だからですかね? スタイルから入りすぎ。ゴキゲンな80’sナンバーを次々とブチ込んでくるんですが、無理くりすぎてノイズになることしきり。寒々かつ淡々としたシーンに熱いハードロックがかかっても、『おっ、そう来たか』とミスマッチを楽しむ以前に違和感が覆い尽くしてしまいました」という。雑だという風に感じた、ということでございます。

■恐るべしスタントアクション会社「87Eleven」

ということで『アトミック・ブロンド』、みなさんメールありがとうございました。私も今回、TOHOシネマズ日本橋と、あとちょっと今回はツアー中で忙しくてなかなか2回目が行けなくて、つい先ほどTOHOシネマズみゆき座で……このさっきのみゆき座がめちゃめちゃ混んでいて。なんだ?っていうぐらいめちゃめちゃ混んでいたんですけどね。ということで、『アトミック・ブロンド』の評論に行ってみましょう!

今年の8月12日、『ジョン・ウィック:チャプター2』を評しましたけど、その中で私、こんな話をしましたよね。一作目でチャド・スタエルスキさんと共同監督をしていた、デビッド・リーチさん……要はチャド・スタエルスキさんとデビッド・リーチさんの2人が作った、「87Eleven(エイティーセブン・イレブン)」というスタントアクション会社があるわけです。様々な、いろんな映画に、スタントアクションの技術というか、コーディネーターで参加している。

たとえば、今回の車のアクションをする地下道のところ、ありますよね。あそこは、『シビルウォー(/キャプテン・アメリカ)』とかと同じ場所で撮っているらしいんですけど……その『シビルウォー』のアクション監督も、87Elevenが入っていたりするんです。で、とにかくその87Elevenというスタントアクション会社の最新技術、アイデア。それがあればこそ、たとえばあの『ジョン・ウィック』、あそこまでアクション映画として革新的な出来になっていた、というのがあるんですけども。とにかくその87Elevenの、チャド・スタエルスキの相棒、デビッド・リーチさん。『ジョン・ウィック:チャプター2』は、監督はチャド・スタエルスキさん単独にまかせて、デビッド・リーチさんは製作総指揮に回って、自らは──その評の中でも言いました──「シャーリーズ・セロンがやはり超絶アクションを見せるという、今度公開される『アトミック・ブロンド』。そしてその次は『デッドプール2』の監督に抜擢された」なんていう話をしました。『ジョン・ウィック:チャプター2』評の中に、そんな情報を入れたわけです。

で、まさにそのデビッド・リーチさん、単独では初監督作となる……シャーリーズ・セロンが、ちょうど『ジョン・ウィック:チャプター2』を準備中、トレーニング中のキアヌ・リーブスと一緒に87Elevenでトレーニングをしていた、というね。2人はちょっと恋仲になったなんて噂もあったぐらいなんですけど、非常に仲がいいキアヌ・リーブスと一緒にトレーニングをしていた、という。「キアヌ・リーブスが横でトレーニングをしていると、自分も頑張ろうっていう気になった」みたいなことを(シャーリーズ・セロン自身もインタビューなどで)言ったりしているんですけどね。その、87Eleven仕込みの最先端超絶アクションにシャーリーズ・セロンが挑戦!というね、まあそんなもん、面白くならないわけがないだろ!っていう。まさにアクション映画ファン待望の一作が、この『アトミック・ブロンド』、ということなんですよね。

■アクション映画に革新を起こすシャーリーズ・セロン

で、実際に僕、今年はもう、『ジョン・ウィック:チャプター2』以上のアクション映画は出てこないだろうと。そんなの無理だろう、という風に思っていたんですよね。あれがもう非常に、アクション映画という意味では、非常に歴史に残る一作だと僕は思っていますんで。なんだけど……いやいやいや! その『ジョン・ウィック2』と全く同じ血脈から、これまたとんでもない、革新的な一作が出てきてしまった、という感じでございます。87Elevenは本当に恐るべし、という感じですね。と、同時に、本作を見た誰もが……まああんまり評価しないという方もここはもう異論がなかったというあたりだそうですけども、なによりもまず、やはりシャーリーズ・セロン恐るべし!っていうことですよね。改めて、シャーリーズ・セロン恐るべし!と戦慄するんじゃないかと思います。

なにしろこれね、シャーリーズ・セロン自身が見つけてきて、脚本のカート・ジョンスタッドさんと、何年もかけてデベロップしてきたという企画なんですよね。原作は、2012年に出た『The Coldest City』っていうグラフィック・ノベルなんですね。これは日本版は出ていないんだけど、Kindleでも読めますし、別に輸入本とかでも読めるんですけども。で、シャーリーズ・セロンはこの『The Coldest City』のグラフィック・ノベルを、出版前に、パイロット版を読んで、もうすでに映画化を思いついた、ということなんですね。で、この『The Coldest City』という作品、僕もこの機会に読んでみたんですけど、今回の映画になった『アトミック・ブロンド』と比べてみると、たしかに基本的なストーリー、プロット、あるいはキャラクターの感じなんかは土台になっているんですけども、実はこの『The Coldest City』という元のグラフィック・ノベルは、絵柄も白黒で、かなり抽象的に、簡略化されたタッチ。

だからその、今回の『アトミック・ブロンド』を見て、こういう絵面が元のグラフィック・ノベルにあるのかな?って思うと、こういう映画版に出てくるような絵面は、ないんですよ。そうじゃなくて、もっと白黒で、ものすごい抽象的な、簡略化されたタッチ。で、相当渋め。まあ、地味です、はっきり言って。かなり地味めな絵柄なんですよね。で、意外なことに元のこのグラフィック・ノベルは、アクションシーンもほとんどないです。たとえば、今回の映画版『アトミック・ブロンド』の最大の見せ場である、ほぼ約7分間ひとつながりのアクションシーン、ありますよね? あの場面、原作だと、ほとんど一瞬でカタがついてしまう場面だったりするわけです。

■80年代末ならではのベルリンのヒリヒリした空気

つまりですね、こういうこと。ベルリンの壁崩壊という――1989年11月9日の出来事ですよね――まさに冷戦の終焉。もっと大きく言えば、「20世紀的な歴史の終わり」というのに立ち会ったスパイたち。つまりスパイたちは、この冷戦が終わり、20世紀的な歴史の終わりっていうのが来るっていうことは、この戦いが終わればひとまず、一旦存在意義を失う存在であるスパイたちが、最後の戦い、最後のせめぎ合いをする。しかもそれを、女性主人公の視点から……しかもちょっと『ユージュアル・サスペクツ』的なというかですね、取り調べへの回答(を通してストーリーを語る)っていう、つまり真実に対してちょっと膜が1枚かかったようなストーリーテリング。

その形で見せていくという、原作グラフィック・ノベル『The Coldest City』の基本的骨格というのを土台として……つまり、先ほど出てきましたけど、ちょっとジョン・ル・カレ的なというか、わりと本格スパイ物、エスピオナージ(諜報)物なんてメールでも書かれていましたけども、その部分っていうのは、基本的には元のグラフィック・ノベルのストーリーとかプロットがそうなんですよね。で、これがやっぱり、本格スパイ物、エスピオナージ物は、どんどんどんどん真実というものがなんだかよくわからなくなってくる。誰が味方かもわからないし、何が本当かもよくわからなくなってくる。その、「よくわからなくなってくる」ところがポイントだったりするので、そこを心地よいと思えるかどうかは、結構分かれ目だとは思います。

僕はやっぱりこの、クラクラする感じというか、なんかずっと悪夢の中を生きている、みたいな感じは、全然プラスだという風に捉えるんですけどね。僕の場合はね。で、ですね、その原作のグラフィック・ノベル『The Coldest City』の、基本的なスパイ物としての骨格を土台としつつも、今回映画化するにあたって、大きく言って2つの要素を(含んだ)、映画用のアレンジをしている、まずひとつは、80年代末期ベルリンというその舞台ならではの……もう格好の舞台なんです。なんの格好の舞台かと言うと、要はポップカルチャーの空気として、80年代末期のベルリンっていう……要は、現在から見れば過去なので懐かしいんだけど、同時に、非常に尖っている。時代の境目ならではのヒリヒリした感じというか……その80年代末期ベルリンならではの、非常にヒリヒリしたポップカルチャーの空気感、というのがまずひとつ、封じ込められている。

そしてもうひとつはもちろん、先ほどから言っている87Elevenチームならではの、最先端スタントアクションの技術とアイデアを存分に詰め込んで……結果として、まさしく2017年の「いま」作られるに相応しいエンターテイメント映画に仕上がったのが、今回の『アトミック・ブロンド』だな、と思います。これは要するに、ちょっと前だったら、こういう映画は作られようがなかったんだろうな、と思うわけです。ちなみにですね、映画の方は、原作のグラフィック・ノベルの結末よりも、さらにひとひねり増した作りになっているんですけど……これは明らかにちょっとネタバレになっちゃうんで、これは置いておきますけどもね。

■絶妙な選曲センス

まあ、順を追って改めて行きますけども。まずなにしろ印象的なのは、いまさっき言ったようにですね、80年代末期ベルリンという舞台ならではの、懐かしくも尖った、ヒリヒリしたポップカルチャーの空気感。具体的には劇中流れるポップミュージックのチョイスが、僕はこれ実に絶妙……先ほど、「あまり納得できない」という方がいましたけど、僕はこれ、80年代末期ベルリンが舞台でこの選曲は、めちゃめちゃ絶妙だ、という風に思いましたけどね。たとえば先ほど、チラッとかかりましたけども、オープニングではニュー・オーダーの「Blue Monday」。それも88年に出た、ちょっとハイエナジー調というのかな? 派手めのリミックスバージョンがかかったりとか。

あと、僕が「おっ!」っと思ったあたり、要は僕の好みのあたり(笑)ですけど、スージー・アンド・ザ・バンシーズの「Cities In Dust」という曲とかがかかったりとかね。あ、いまちょっと(BGMで)かかっていますけども。あと、デペッシュ・モードの「Behind The Wheel」とか……とにかく要は、いわゆる80’s選曲の中でも、ポストパンク、ニュー・ウェーブなメンツですよね。で、しかも、ポストパンク、ニュー・ウェーブなメンツの中でも、主に、後の90年代以降の、ハウスとかテクノの時代の予感を、ちょっとはらんだようなポストパンク、ニュー・ウェーブ……っていうことですよね。そのメンツとか選曲が、絶妙に上手く選曲されていたりとかですね。(BGMを聴きながら)かっこいいな、スージー・アンド・ザ・バンシーズ! 「80’sナイト」で今度かけよう! (笑)みたいなね、感じですけどね。

あと、こういうちょっと渋めなポストパンク、ニュー・ウェーブ、尖ったあたりじゃなくて、もっと普通に80’sヒット曲の中でも、やっぱりわりと、他のそういう80’s選曲の時には、あんまりこの曲は選ばないよな、っていうような、ちょっと斜め上を行くチョイスがされている。たとえば、ティル・チューズデイの 「Voices Carry」っていう曲が、非常に印象的に2回ぐらいかかりますよね。これ、ちなみにパンフレットに、宇野維正さんが例によって素晴らしい曲解説込みで、非常に詳しい解説を書かれているので、そのパンフを読んでいただくと、なぜこのティル・チューズデイの「Voices Carry」がこの場面で流れるのか? の意味も、ちゃんと宇野さんが書かれていたりするので。こちらのパンフを……要はちょっとですね、女性2人があんな感じになりますよね? それをちょっと踏まえた選曲だ、ってことなんですけどね。

とか、あとあの激しいアクションに合わせての、ジョージ・マイケル(笑)。ジョージ・マイケルでも、「Father Figure」っていう曲、あれとかがかかるっていうね。他ではなかなか選曲しないあたりなんで、渋いな!とか。あと、先ほど「90年代への予感をはらんだ」なんてことを言いましたけど、その意味ではまさに、89年の曲ですよね、パブリック・エナミーの「Fight The Power」。「Nineteen Eighty-NNE!」なんつってね。それが一瞬流れたり、っていうあたりで、もう次の時代の予感が、80年代末なんだけどある、という選曲がされている。そしてまさに終盤。ベルリンの壁が崩壊する。で、冷戦、および20世紀的な歴史の終焉、っていうのを伝えるニュースの映像が流れる。(当時の)MTVニュース(の映像)が流れるわけです。それで「ベルリンの壁が崩壊しました。続いてのニュースです」って伝えるのが……要は音楽、ポップカルチャーにおいても、80年代までのそういうポップカルチャーの歴史が一旦終わり、90年代、2000年代以降への潮流――つまり、サンプリング文化の本格化、ということなんですけども――が、すでに始まっているよ、という事実を伝える報道が、ベルリンの壁崩壊の報道の次に来るわけですね。

なので、それを踏まえると、エンディングに――これはあえて言いませんけども――エンディングに、ある超有名な80年代の曲が流れるんですね、この映画ね。エンドロールまで流れるんですけど。曲そのものは、1981年の曲なんです。エンディングに流れるのは。で、その歌詞も、そこはかとなく、非常に厳しい状況を生き抜いてきたスパイたちの心情と、シンクロするような歌詞の内容でも、たしかにあるんですね。なんだけど、同時に、その最後に流れる曲は、1990年……つまり、この映画の物語が終わった直後ですよね。1989年11月にベルリンの壁が崩壊して、もうちょっとすると1990年代がやってくる。その1990年に、世界的大ヒットとなる「ある曲」の、まさにサンプリングの元ネタとしても、超有名な曲でもあるわけですよ。

つまり、エンドロールにかかるこの曲は、80年代の曲なんだけど、同時に80年代、そして20世紀の終わり、そしてポップミュージックの新しい時代への予感、っていうのを、示唆するような選曲になっているわけです。こんな感じで、たとえばポップカルチャー、ポップミュージックの扱いひとつで、非常にスマートに、この「時代の境目感」っていうのを表現しているのが、この『アトミック・ブロンド』という映画作品だったりするわけです。これ、見事なところですよね。そしてですね、その旧い時代の終わり、そして新しい時代への予感、という意味では、先ほども言いました、本作の映画的特長のもう1個の方、「87Elevenチームならではの最先端スタントアクションの技術、アイデアが詰まっている」と言いましたけど、それが要は、アクション映画における旧い時代の終わり、そして新しい時代の始まりを、まさにこの『アトミック・ブロンド』という作品が告げている、ということも言えると思うんです。

■女性のハード本格アクションを決定的に押し広げた一作!

もう『ジョン・ウィック:チャプター2』も十分に、たとえばガンアクションの歴史に完全にニューチャプターを開いていたんですけど……これはね、『アトミック・ブロンド』もまた、アクション映画の新しいページを開いた。具体的にはやっぱり、こういうことですね。「女性による、ハードな本格アクション」という領域を、はっきり、決定的に押し広げた一作ですよね。この『アトミック・ブロンド』以前と以降では、パックリと分かれる一作となった、と思いますよね。この『アトミック・ブロンド』、とにかく全編に渡って、シャーリーズ・セロンが、ほぼ自分で本当に格闘アクションなどをこなしている。法律上、やむなくスタントに代わってもらわなければならなかった数ヶ所を除いて、ほぼほぼ自分でやっている。

ちなみに彼女、この撮影のために歯を2本折ったっていうんですね。しかもこれ、折ったのは、どこかにぶつけたとか殴られたからとかじゃなくて、トレーニング中に歯を食いしばりすぎて2本折った、っていうんですよ(笑)。怖い、シャーリーズ・セロン! で、たとえばね、これまでももちろん、女性による格闘アクションはあります。たとえば、蹴り姿が美しくてかっこいい、なんていうのはいくらでもあります。ありますけど、やっぱりある程度フィクショナルな、様式性、様式美込みの……つまり「画になる」パンチや蹴りっていうのが、女性アクション(の基本的な作り)だったわけです。いままではね。すごく美しい女性が、バーン!って蹴って、男どもがボーン!って倒れる、その美しい画作りっていうの込み……そこがもちろんありきの、「画になる」パンチやキックっていうのがありきのアクションだったんだけど、むしろ今回の『アトミック・ブロンド』は、そういうキメ画的な画を作るためのアクションは、ほとんどなくて。

先ほどのメールにもあった通り、男性との体力差をシビアに計算に入れているからこそ、たとえば急所を……それも、一発では倒れたりしないんですよ。やっぱり何度も、何発も同じところを攻撃したり。あと、当然、できるだけ物を使ったりする。たとえば、フライパンでゴーン!って頭をやるとか、冷蔵庫のフタでドーン!っとやるとか。あと、ホットプレートで、まず向こう脛をガキーン!とやってから、頭をゴーン!とかですね。そんな感じ。とにかく要は、女性が屈強な男性を倒すために必要なダメージっていうのを、「リアルに」計算、考慮したファイティングスタイル、っていうものが、全編に取られているわけです。当然、パンチとか蹴りをやる時も、しっかり体重を乗せてやっていますよね。もう、シャーリーズ・セロンがね、車の中にいるやつを殴る時も、ものすごく腰を入れてドーン!ってやってますよね。

なので、当然やられる時も、ガチでバチコーン!って。もうガチですよ。バチコーン!と、男が渾身の力でシャーリーズ・セロンを殴って。もうフラッフラの、血がダラッダラ、になっているわけですね。つまり要は、「しっかり重く、しっかり痛い」アクション、格闘というのをやっているわけです。たとえばね、序盤の車内での格闘。それもさ、ハイヒールという、ある意味女性性の象徴みたいなところを、上手く武器として使っての車内格闘。これがまた粋じゃないですか。とか、アパート内での、たとえばホースを使った、斬新な(格闘術を見せるシーン)……ホースの使い方、斬新でした。ホースって、こんなにいろんな風に使えるのか!(と感心してしまうような)斬新な、複数相手の格闘であるとか。あるいはね、あれは本当に実在する映画館らしいですけど、タルコフスキーの『ストーカー』がかかっている映画館での、ちょっと白いところ(スクリーンの裏側)をバックにした……あれはちょっと『スカイフォール』の(似たような画調の)格闘とかを思わせますけども、その格闘シーン。

そして、なんと言っても極めつけは、先ほども言った約7分間の――あくまでも擬似的なんですけどね。実際は別個に撮ったショットをつなげているんですけど――擬似的なワンショット、ひとつながりの長回し風ショットでの格闘、からのガンアクション、からの、そのまま車内にカメラが入り込んでのカーチェイス、っていう、一連の、非常に驚異的アクション、アイデアに満ちた、逃走劇のところとかですね。とにかく全てが、すごくアイデアが凝らされている。で、恐ろしいことに、非常にリアルだしアイデアが凝らされていて……主人公ロレーン・ブロートンさんは、ボロボロになるわけです。冒頭の、非常にクールな全裸シーンでも見せているけど、本当に全身痣だらけ。最終的にはボロッボロになるまで戦うんだけど、同時に、全ての瞬間に、美しく凛として、かっこいいんですよね。かっこいいんだよ、どの瞬間も!という。

■フュリオサの達成のその先にあるのが今作

で、このキャラクターは終始、ほどんど内面をさらけ出さない。まさにハードボイルドそのものな主人公なわけですけど、しかし、背景にある何らかの事情込みで、しっかり人間的なドラマ感というかね、ドラマ的な厚みを持って演じてみせるあたり。さすがこれね、やっぱりシャーリーズ・セロン、本来は超演技派ですからね。名優中の名優であるシャーリーズ・セロン……これ、やっぱり『マッドマックス 怒りのデス・ロード』、実質主役であるフュリオサね。もうアカデミー主演女優賞にノミネートさえされていないのはおかしいだろ!っていうあのフュリオサ。物を言わず、アクションとか、ちょっとした表情で厚みを持たせて物語る、あのフュリオサ役の見事な達成を、さらにその先に推し進めたのが、今回のロレーン・ブロートン役じゃないかな、という風に思いますね。

なので、この超ハードボイルドで強くてかっこいいロレーン・ブロートンさんの前では、ソフィア・ブテラさんね。まあ『キングスマン』とか、あと『ザ・マミー』とかではさ、要はどっちかって言うと捕食者側、「私、肉食よ! 男でもなんでも食っちゃうわよ! 全然目じゃないわよ!」みたいな役だったソフィア・ブテラさんが、やはりシャーリーズ・セロン演じるロレーンさんの前では、かわいい子猫ちゃんにしか見えないっていうね(笑)。っていうか、ロレーンさんの前では、大抵のやつは小物にしか見えない(笑)っていうね。全員小物にしか見えない。ジェームズ・マカヴォイがですよ、ねえ、あんなにワイルドに演じているジェームズ・マカヴォイでさえ、全く色っぽいムードの、対象にすらならない(笑)というあたりですよね。

ちなみにあのジェームズ・マカヴォイのさ、スパイなんだけどちょっとストリート感、というかさ。あれはちょっと、『XXX』のヴィン・ディーゼルの感じもするんですよね。ヴィン・ディーゼルが、古いジェームズ・ボンドのあれ(スパイのスタイル)に対して、「いまはこういうストリートな感じなんだぜ」ってやっているんだけど、それすらも、(ロレーン・ブロートンの前では)「はいはい、あんた、要はただのチンピラじゃない」ってさ、そんな感じがする。それすら過去のものにする、っていう感じというか。だから、『ワイルド・スピード』シリーズで、ヴィン・ディーゼルとシャーリーズ・セロンが、いま対決する役同士になっているのとかを考えると、『アトミック・ブロンド』の後だと、「いや、もうヴィン・ディーゼルは敵じゃねえだろ?」っていう感じがしちゃうくらい(笑)。(『ワイルド・スピード』でのシャーリーズ・セロンは)サイファーっていう役ですけど。

■見た目のイメージ以上に志が高い映画

ということで、締めに行きますけども。もう、見たこともないようなアイデアとか技術が存分に投入され……そして、先ほども言った、選曲とかも含めた作品全体の「デザイン」の、センスの素晴らしさ。そして、そのデザインのセンスが、物語のテーマ、深みと……たとえば、(20世紀的なるものの終焉という)歴史の境目、その歴史の境目で退場していく人々、そして、その中で生き残っていくある女性、というテーマの深みと、ちゃんとこの映画のデザインが一致している、というあたりとかも含めて、なんか見た目のイメージ以上に、僕はすごく志が高い、立派な映画だな!という風に思っています。今年ね、はっきり言ってベスト候補がいっぱいあって困るなって思っていたんですけど、また困るのが来たな!(笑)っていうのが正直僕の感想です。最っ高です! 『アトミック・ブロンド』、ぜひぜひ劇場で……同時代に見るべき作品ですから。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ブレードランナー2049』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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