お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ

小六禮次郎さんの「ヒコーキ健康法」~MASACAのお庭に滑走路?!

コシノジュンコ MASACA

2017年11月12日(日)放送

ゲスト:小六禮次郎さん(part 2)
1949年、岡山市生まれ。東京芸術大学音楽学部作曲家を卒業後、映画「激動の1750日」で日本アカデミー賞優秀音楽賞、「オーロラの下で」ではアジア太平洋国際映画祭の最優秀音楽賞を受賞。映画・テレビ・ミュージカルから、オペラ・交響詩まで、第一線で活躍する作曲家、編曲家です。現在は北海道を拠点に活動中。奥様は女優の賠償千恵子さん。

出水:小六さんのご出身は岡山のどのあたり?

小六:岡山市のど真ん中、岡山駅から歩いて5分ぐらいのところです。でもその当時は終戦から4年しか経ってなかったので、町の中心といっても焼け野原みたいなところでした。どこの日本の街もそうだったんでしょうけどね。

JK:岡山には小中高?

小六:高校まで。そのあとは東京へ出てきました。田舎から東京へ行くって大変でした!新幹線はないし、もう時間がかかりましたよ。一応急行に乗ったんですけれども、寝台列車で、夕方に乗って翌朝に東京に着くという。18時間。なきの涙で。

JK:外国に行くみたいよね。それで芸大を受けるなんて、気合が入ってるよね。

小六:我々の世代は「団塊の世代」、人口が多い世代でしたからね。周りも一緒に頑張っていた。小学校なんか1クラス60人ぐらいいて、10クラスとか。その通ってた小学校がいまは廃校になっちゃって、子供が全然いなくなっちゃった。

JK:いまは少子化だからねぇ。音楽をやろうと思ったきっかけは何?

小六:もちろんうちの父も母も音楽は大好きでしたが、父親は戦後に福音してきてから、農業機械の販売、お百姓さん相手の商売をしていたんです。周りには音楽的な環境はないし、SPレコードでおとみさんがかかっているような時代ですよね。でもどういうわけか、小学校のときに音楽が好きになったんです。きっかけは、うちの兄貴が買ってきた1枚のレコードで、ドボルザークの「新世界」。父親が兄のためにステレオを買ったんですが、聞くものがない。それで、兄貴が中学校で習ったドボルザークを買ってきたんです。それを小学校4年生のときに初めて聞いて、本当に好きになっちゃって。朝から晩まで聞いてました。

JK:たった1枚のレコードを。

小六:たった1枚。その1枚で、クラシックという音楽があるんだというのがわかって。その当時レコード1枚でも高かったですからね。子供ではなかなか買えないので、ねだってちょっとずつ、ベートーベンの「運命」とか・・・

JK:クラシックから入るって、レベルが高いですよね!小学校から「運命」だとか「新世界」だとか。

小六:なんでかわからないですけど、好きになっちゃった。学校の縦笛の授業でも、わりと上手だと言われて。ほめられると人間って伸びるじゃないですか(笑)なんでもそうですよね。さらに運動は全然できなかったので、音楽が好きになったんでしょうね。

JK:プロになるきっかけっていうのもあるでしょ? これだ!この道だ!っていう。

小六:高校2年の時に、ベルリンフィルハーモニーっていうオーケストラが来たんです。小さいですけれども、ちょうど復興が進んで町にホールができ始めたころで。

JK:カラヤンに会ったってこと? すごいわね!

小六:カラヤンの全盛時代です。私たちの世代にとっては、カラヤンは世界一でしたから。そのカラヤンを高校2年の時に聞いて、この世のものとは思えないような感じで。それで勝手に「よし、これだ! 音楽しかない」って思っちゃった。

JK:本物に触れたっていうことね。勝手な思いっていうのは、結構実現するものなのよね。

小六:そこから苦難の道が始まるんですけれども(笑)芸大で作曲やるぞって決めたものですから、親を説得して。次男坊でしたから、「お前は勝手にすればいい」と父も許してくれて、なんとか1年浪人をして、芸大の作曲家に入れた。でも入ったらいろんなことが起きてきて、現代音楽、つまりわからない音がキャーンと鳴るような音楽をやるわけです。数学でいえば、だれも理解できないような数式を見るようなのと同じで、経理をやるような音楽。僕自身そういう音楽は嫌いではないんですが、やっぱりふつうの人が聞いてもらえるような曲を書きたいなと思いまして。それで今の仕事を選んだというわけです。

JK:小学校4年生のときから基本ができてたからね。私も小学校三年の時、自分で縫った服を勝手にお店においちゃったもん(笑)好きこそモノの上手なれ。好きっていうのはずっとブレないわね。

出水:小六さんは現在、東京音楽大学の映画・放送コースの教授をしていらっしゃいますが、生徒さんにはどんなアドバイスを送っているんですか?

小六:やっぱり自分がどんな音楽が好きか、というのがバロメーターになってくる。自分が好きじゃないものを書いても、仕方がない。そして、自分が好きなものを書くということは、自分が認めるものを書かなきゃいけない。どうしても商業音楽というのは、人から見て売れるものを考えるので、どこかで売れてるものを書こうとする傾向が出てくるんです。

JK:コピーじゃないけどね。どこかで聞いたことのあるようなメロディを書いてしまう。

小六:その問題が一番難しくて。まずは自分がどう考えているか? そのためには技術の裏付けがなくてはいけない。音楽は非常に緻密にできていて、数学みたいなところもあって、その理屈をきちんと勉強してほしい。その上に立って、自分の感性を確かめながら作る・・・なんてエラそうなことを言ってます(笑)

JK:それをわかってないと、ノリでついつい、聞いたことのあるようなことをやっちゃう。オリジナリティがあれば、ずっと残るじゃないですか。

小六:難しい問題なんですけれども、作るという仕事には一番重要なことじゃないかなと思います。

JK:長い音楽人生で、MASACAという感動は?

小六:音楽人生じゃないんですけど・・・僕の人生でいうと、「飛行機」。

JK:なんで飛行機??

小六:これがねぇ・・・僕、運動がすごく苦手で、アウトドアもどちらかというと苦手。ゴルフはやったことがありますけれど、そんなに上手くもない。ただ、今から25年前のある日、初めて飛行機が飛んでるのを北海道で見たんですよ。ちっちゃい飛行機だったんですけれど。その時にふと「ああ、子供のときに飛行機好きだったんだ」というのを思い出した。こんなちっちゃい飛行機だったら自分でもできるかもしれない、と思って。そのちっちゃい飛行機がぶんぶん飛んでいる場所にいって、なんと、そこに今の別荘を建てました!もともとちっちゃい滑走路があったんですが、それを大きくして、自分の滑走路も作っちゃいました。

出水:別荘の敷地内に滑走路があるってことですか?!

小六:それが僕のMASACAで。あの時に飛行機をやってなかったら、今ごろは肝硬変か肺ガンで死んでたんじゃないか(笑)つまり、飛行機って健康じゃないと乗れないんですよ。毎年身体検査をするし。ですから、飛行機に出会わずにあのまま音楽人生を送っていたら、お酒飲みますよね?煙草ガバガバ吸いますよね? それでずいぶん変わりました。

JK:北海道だから空気もいいしね~! 別荘が自宅でしょ?北海道から東京に通ってくるっていうのがすごい(笑)

出水:小六さんの別荘は、北海道野付郡というところ。どんなところですか?

小六:隣の町が中標津で、その隣に別海町。うちはその境目ぐらいにあるんですけれど、人口よりも牛の数のほうが多いんですよ。香川県よりも広いんですけど、そこに人口が1万ちょっと、牛は何十万頭って言ってたかな?(笑)

出水:酪農がさかんなところなんですね(^^)

JK:海も近いのよね。その海がすごいの、樺太が見えて、サーフィンで行けるんじゃないかってぐらい。

小六:サーフィンじゃ無理でしょ(笑)

JK:でね、私も1回飛行機に乗せてもらったの。「エイヤッ、乗るわよ!」って。

小六:でも、最初は怖がってたけど、そのあとは平気でしたね。

JK:1回乗っちゃえば安心。4人乗り。ちょっとしたところに行けますよね。

小六:北海道内でしたらあちこち行ってますね。

JK:でも雪の時はどうするの?

小六:ふつうは雪の時は乗れないんですが、うちは日本全国で唯一、雪の上に滑走路を作っています。ちゃんと許可を取って、乗れるようになっています。

JK:それがね、1機じゃなくていっぱいあるの。ビックリ!

小六:種類がいろいろありまして。グライダーとか、ちっちゃいのがいくつか。

JK:目の前はもう家だけど、やっぱり広いところだから遠くにあるのよね。お庭に滑走路。どこまでが家の敷地だかわからない。

出水:うらやましい環境ですね~! 飛行機で健康になるとは・・・・

小六:それが僕のMASACAですね。

============================

倍賞千恵子コンサート[深呼吸したら思い出した]

日時|2017年12月2日(土)
CAST|賠償千恵子、小六禮次郎
会場|ハーモニーホール座間 大ホール
開演|16:00
入場料|前売り指定・・・3,500円(税込)

コンサート情報やチケットのお取り扱い等はこちらから。

============================

=OA楽曲=
M1. かえらない夏 / 倍賞千恵子