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【映画評書き起こし】宇多丸、『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』を語る!(2017.12.2放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

実際の放送音声はこちらから↓

宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。今夜扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』

(テーマ曲が流れる)

『コララインとボタンの魔女』『パラノーマン ブライス・ホローの謎』などで知られるアニメーションスタジオ、ライカによる最新ストップモーションアニメーション。中世の日本――でも、あれは中世っていうか、(時代性は)いろいろと混ざっていると思いますけどもね――を舞台に、魔法の三味線と折り紙を操る片目の少年クボの旅を描く。声の出演はシャーリーズ・セロン、マシュー・マコノヒー、ルーニー・マーラら。監督はライカスタジオでアニメーターと製作を務めていた、あと現CEOでもあるんですよね、たぶん。の、トラヴィス・ナイトさんでございます。

■「語るべき物語がない、あるいはその物語を語り終えることができない状態は、悲劇的な結末よりずっと不幸なんだ」

ということで、この映画を見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、少し多め。ああ、そうですか。『KUBO/クボ』は決してね、公開規模はめちゃめちゃ大きいわけじゃないのに、少し多め。これはなかなか、作品の評判の高さをうかがわせるんじゃないでしょうか。賛否の比率でいうと「賛」が7割。逆に否定的な感想は1割ぐらい。あとは中間ぐらいという。「日本の描き方とテーマがとても深い」「映像がどうなっているかわからないほど、すごい」「やさしいストーリーにラストは号泣」などが主な褒めの意見。また、「ここまで日本を描いてくれているんだから、日本人は絶対に見るべき!」という熱いメールも多かった。

否定的な意見としては「映像はすごいけど、ストーリーはイマイチ」というものでした。代表的なところをご紹介しましょう。「阿波パトリック徹」さん。「先週ははじめて出したメールがまさかのリスナー推薦枠で紹介され、さらに倍率8倍のガチャで選ばれてものすごく驚きました」。先週、リスナーメールを出していただいた方。当てさせていただきました。で、まあもちろんね、リスナーメールを送ってくれるぐらいですから、もう熱い絶賛メールをいっぱい書いていただいております。「『KUBO/クボ』がどれだけ素晴らしい作品かは、たとえばストップモーションならではの現実の光と影によって作り出される実在感と虚構の境界が地続きな感じとか……」と、いろいろと演出のあたりを書いていただいて。

「……全編を通じての圧倒的なイマジネーションの豊かさ。ある巨大な手が上昇しながら暗闇へ消えていくシーン、その暗闇の影が本当に濃くて怖いです」という。非常にその(場面における)黒の、画面の中で黒が占める割合がめっちゃ大きいんで、映画感で見るとかなり恐怖を感じるレベル、というのがありましたよね。「……でもこの作品から非凡なところを一点に絞って言及するならば、『物語ってなんだろう? なぜ僕らは物語を必要とするのだろう?』という問いに、『語るべき物語がない、あるいはその物語を語り終えることができない状態は、悲劇的な結末よりずっと不幸なんだ。それは救いのない煉獄のようなものなのだ』という見解を示している点です。あらゆる物語には”はじまり”と”終わり”があって、その狭間のみにて光輝く生の価値を知っているから、僕らは物語を愛するのだと思います」。終わるから、物語は愛おしいんだと。

「……『KUBO/クボ』は僕にとって心の中にいつも居場所があって、折に触れて思い出す大切な作品です。こんな『パシフィック・リム』以来の日本への本気ラブレターをもらってしまっていいんでしょうか、僕らは? という気持ちですよ」と。すごいね。その、物語には終わりがないと煉獄、ってね、だからいまの『スター・ウォーズ』サーガが陥っている(状態にも通じる)、もう絶対に終わらない煉獄っていう感じがしちゃうという(笑)。「終わりがないと煉獄」って、面白いですね。

一方、ダメだったという方。「パエリャでたまごかけご飯」さん。まず、日本の描き方に関してこの方は、「良かれ悪かれ、記号的表現にたよらなければならないアニメにおいて、アジア系の登場人物の目を細くするのはやむを得ないのですが、村人が1人残らず細い目をしているのはどう考えてもやりすぎ」と。まあ、その描き方、特に村人の描写とかが気になったとか。「……あと、クワガタ虫のキャラクターが自分で発見しなくてはいけないサルのキャラクターの秘密を敵に教えてもらって気がつくところからの展開がひどすぎます」とかね、展開に関する疑問を書いていただいてますね。あと、『パンズ・ラビリンス』なんかも比較に出しつつ、「……あまりにも単純な話に収束する『KUBO/クボ』は僕にとって2本の弦をめぐる映画というより、一筋縄な映画になってしまいました」と。ただ、作品としての質が高いことはわかったので、ライカの他の作品も見てみようと思っています、次回作もかならず劇場で見ます、という(ようなこともおっしゃっているという)ね。まあだから、質の高さは評価しつつも、というあたりでしょうかね。

■またまた超弩級のやつが来ちゃいました!

はい。ということで、みなさんありがとうございます。『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』、私もバルト9で字幕2D、あと吹き替えをピエール瀧さんが……これがまた(クワガタ役の)ピエール瀧さん、すごいよかったんですけども。吹き替えにも非常に力が入っているということで、こちらをT・ジョイPRINCE品川で、計2回、見てまいりました。さあ、どこから話を始めたらよいものか……と、ちょっと迷ってしまうほど、非常に重層的な構造を持つ作品なので。まずはもう、私としての結論、というか結論のその先、みたいなところから言ってしまいますけども。年間ベスト級が今年は多すぎ!って、先ほどのオープニングでも(話した通り)「年末のシネマランキング、本当に困っちゃう!」なんて話を、ここのところよくしていますけども、そこにさらにまた、こんなのが来ちゃって……困りますねえ(笑)。またまた超弩級のやつが来ちゃいました。

そのぐらい、これは僕がここでああだこうだと講釈をたれるよりも、本当にいますぐ見に行ってください!と、それで終わりにしたいくらい、私的には、これは文句なしの大傑作でございます! なんですが、そういうわけにもいかないので……(風邪をひいて)喉も痛いし、ここで終わらせたいのは山々なんですが(笑)。まずこれをつくったライカというスタジオ。そのライカスタジオ自体が、とにかく毎度毎度年間ベスト級というか、僕、毎回……この番組ではガチャがいままで当たっていないだけで、『映画秘宝』のベストの方には入れたりしているんですけど。毎度毎度、年間ベスト級を連発している、非常にすごい会社です。

いわゆるストップモーションアニメーション。たとえば、いま有名なあたりだと、クレイアニメ(粘土アニメ)がメインですけど、アードマンというイギリスの会社がありますよね。『ウォレスとグルミット』とか『ひつじのショーン』とかのアードマンとかが有名ですけども、このライカは、「パペットアニメーション」。人形をちょっとずつ動かすという。まあ、(レイ・)ハリーハウゼンとかね、そういうような伝統ですよね。しかも、このライカは、パペットアニメーションだけで全部つくる作品ばかり量産しているわけです。

ちなみに今回の『KUBO/クボ』の監督のトラヴィス・ナイトさんは、ライカのCEOでもあるんですけども。なんと、このトラヴィス・ナイトさんは、来歴がめちゃくちゃ面白くて。すいませんね、ちょっと作品から脇道に行っちゃうんだけども……お父さんがなんと、ナイキ創業者のフィル・ナイトさんという方。で、もともとトラヴィスさんは、アニメーターとして、ポートランドにあったウィル・ヴィントン・スタジオ(Will Vinton Studios)というストップモーションアニメをつくっている会社に勤めていた。ところが、その会社が経営難に陥ってしまったため、2005年に、お父さんが会社ごと買い取って……で、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』とか『ジャイアント・ピーチ』などでおなじみヘンリー・セリックさんという方をアドバイザーに呼んできて、社名をライカに変更して、いまに至る、という。そういうウィキペディア情報がございます(笑)。

でもこれ、すごいですよね。「マジか!」っていうね。とにかく、そのヘンリー・セリックさんを招いてきての長編第一作目『コララインとボタンの魔女』。この2009年の作品以来、もちろんストップモーションアニメですから、少しずつ少しずつ動かして撮るという昔ながらの技術、気が遠くなるような労力と……加えて、最新の技術ですね、このライカの特徴は。特に二作目の『パラノーマン ブライス・ホローの謎』。これ、2012年の作品でございます。それ以降、いろんな新技術が投入されていて。

たとえば、「ライブアクションリファレンス」、これはまあ新技術というか、要はアニメーター自らが動いた実際の映像を撮って、それの動きを反映させてつくるという。ロトスコープとは違って……ロトスコープは完全に(人の動きを下地にして)写し取っています(から、それとは違う)けども、ちゃんと自分の、生の動きを参考にしてつくると、非常に、格段に動きが自然に変わりました、とか。あと、非常に多彩な表情を作り出す、3Dプリンター。3Dプリンターで、何千万通り(4800万通り)もの、ものすごい種類の表情をつくり出したりとか。そういう新技術を投入して、完全にネクストレベルに行ったストップモーションアニメーション、パペットアニメーションの傑作を連発しているライカという会社。いま、賞レースでも常連になっていますね。

■「ライカ作品らしさ」のつながりにある本作

で、実は私、正直に告白しますと、長編第三作目。要するに、これの1個前ですね。実はもう1個あって、『The Boxtrolls』という2014年の作品があるんですけど、これを僕、ツアーに出たりしてボケッとしているうちに、全然輸入盤とかをチェックすることもできたんですけど、見損なってしまいまして。すいません! その1個前のは見ていないです、申し訳ない! なんだけど、ただとにかく、今回の『KUBO/クボ』でも脚本を手がけるクリス・バトラーさんが脚本・監督を務めた、『パラノーマン』という、2個前にあたる――日本公開作品の中では前作にあたりますけども――『パラノーマン ブライス・ホローの謎』。これ、残念ながらシネマハスラー時代にはサイコロが当たらなかったんですけど、僕は『映画秘宝』のベストには入れさせていただきましたけども。

とにかくもう、目がもげるかと思うほど泣きました(笑)。僕はこれ、大傑作だと思っていますけどね。で、その『パラノーマン』は、脚本を手がけている人が同じだっていうのもあって、多くの点で今回の『KUBO/クボ』と共通点を持つ作品だと言えると思いますね。たとえば、「死者を弔う」物語であると。まあ、三宅隆太監督的な意味合いで言う、広義の「心霊映画」ですね。心の、スピリットの映画ですね。「人の心が見えない人には死者も見えない」っていうね、三宅さんの理論に従ったような「心霊映画」でもあるし。最終的に、一種の「物語論」というところに着地していくというか、決着していく、というあたりなんかも共通しますし。

あと、ファンタジー的な世界での出来事が、現実の、特に親との関係の鏡像関係になっているというあたりは、『コララインとボタンの魔女』の――まあ、あれはヘンリー・セリックさんの作品ですけど――とも通じていたり。で、要は最終的に、これは『パラノーマン』もそうですけど、子供たちが、通過儀礼なんだけど、「大人の過ちを赦す」ことで成長する、という着地なんかも共通していたりして。とにかく、つくり手は違うんだけど、どの作品もはっきりと「ライカ作品らしさ」というのが一貫してある会社だ、ということは言えるんじゃないかと思います。繰り返しますが、すいません。1個前の『The Boxtrolls』は見ていないので、1個前はどうか知りませんけども。

■一見類型的な英雄譚の中に何重にも複雑なメタ構造が入っている

で、特にその、現実で起こっていることと鏡像関係の……つまり、現実のメタファーとしてのファンタジー。すなわち、フィクションとか、物語。で、逆にその物語によって現実側が救われることもある、というような……ある意味ライカ作品が繰り返し語ってきたテーマというのが、完全にメインに置かれたのが今回の『KUBO/クボ』である、という点は非常に重要だと思いますね。先ほどのメールにもあった通りです。『KUBO/クボ』にとっていちばんなにが重要か?って言ったら、その部分、物語論的な部分だと。

根本の、メインのプロットはこういうことですよね。家族であるとか、自分の体の一部を奪われた主人公が、立ちはだかる様々な刺客とかモンスターを次々と倒しながら、旅の仲間とともに、ほうぼうに散らばったお宝を探し集めて……で、最終的に宿敵と対決する、という。プロットそのものは、これ以上ないほど、ちょっとバカみたいと言ってもいいぐらい、ストレートな英雄譚ですよね。もう、英雄譚の原型的な形と言ってもいいかもしれません。で、その意味では、要するにメインプロットはこれ以上ないぐらいにシンプルでもあるし。まあ、わかりやすいし、よくある話といえば、よくある話なので。年代関係なく楽しめるファミリームービー、ファミリーエンターテイメントとしても、最高に楽しめる作品にはなっているんですよね。ユーモアもいっぱい入っていますし、愉快な格好のキャラクターがいっぱい出てきますから、子供が見ても全然楽しい。

なんだけど……同時に、さっきも言いましたけども、この『KUBO/クボ』という作品は、実はそれ(一見類型的な英雄譚)が、非常に重層的な構造を持っている。つまり、表面的なストーリーの中に、何個も何個も(メタ構造が)入っていると。で、構造として近いところで言うと、僕は『パンズ・ラビリンス』みたいに話の中にメタ構造が入っているというよりは、むしろいちばん近いのはこのへんだと思う。『ライフ・オブ・パイ』……この番組では2013年3月3日に(時評を)やりました。とか、『エンジェルウォーズ(原題:Sucker Punch)』、この2つが非常に近いと思います。要するに、見た目はファンタジックな、非常にエンタメ感の強い絵面。なんだけど、それの向こう側、映画で描かれていることの外側に、本当は非常にハードな現実が……要するに『パンズ・ラビリンス』は、その「ハードな現実」が劇中でも描かれていましたけども。(そうではなく)映画の中ではそれ(ハードな現実)は描かれないんだけど、どうもこの話の外にはそれがある……という構造を持っている『ライフ・オブ・パイ』とか『エンジェルウォーズ』は、それ(『KUBO/クボ』のつくり)に近い。

ただ、今回の『KUBO/クボ』は、その二作ほど「劇中の物語の外側に、“現実”の語り手がいますよ。物語の元となったハードな“現実”がありますよ」というのは、そこまでわかりやすく明示はされていないんですけど……ただそれでも、やっぱり劇中で本当に繰り返し、「ストーリー」「物語」をめぐる会話とか議論が、繰り返し出てきますし。そもそも劇中自体に何層にも、物語的構造……「劇中の人物が語っているフィクション」の話っていうのが、何層にも折り重なっている、というつくりになっていますし。なによりも、やっぱりエンディングですよね。エンディングは、先ほどのメールにあった通りです。

「人はなぜ、フィクション・物語を必要とするのか?」。そして、この『KUBO/クボ』という物語を、「現実に必要としていた誰か」がきっといるんだ、というその存在……そしてその、「なぜこの物語を彼は必要としていたのか?」ということに思いを馳せると、その切実さみたいなもの、「物語が人を救う」というその構造が、一気にこちら側、観客席側に、ラストのラストで押し寄せるというか、こちらに向かってくるつくりになっていて。これはもう……ウワ~ン! 泣き死にされられるかと思うぐらいのね。最後に、一気に構造が明快に浮上する、という感じになっていると思います。

■「ストップモーションアニメでこの物語を語る意味」に満ちている

しかもそれが、ライカ作品の恒例……エンドロールで毎回、ミニメイキング映像が付くわけですね。「実はあなたがいままで見ていたのは人形ですよ」っていうのを最後に出すわけですけど。これはもちろん、1シーン1シーンどころか、1コマ1コマ、もう本当に「バカじゃないの?」っていうぐらいの労力と工夫を重ねてはじめて(成り立つ)、その命なきものに命を吹き込むストップモーションアニメーションという、ある意味究極の「つくり物」というか。つくり物の映像として、ある意味究極形態であるという事実(を最後の最後で突きつけてくる)。つまり本作は、さっき言ったようにライカ恒例のタネ明かしをするんだけど、「これはつくり物ですよ」っていうのを最後に見せるんだけど、その「つくり物ですよ」っていうのを最後に見せるのが、作品テーマとものすごい一致していて、非常に意味を増している、という。そういう意味でも素晴らしい、という風に思います。

要するに、「ストップモーションアニメでこの物語を語る意味」っていうのがものすごくある、ということですよね。で、そのフィクション論、物語論。「どうして我々はお話という、“つくられたもうひとつの世界”というものを必要とするのか?」というテーマが、この『KUBO/クボ』では、「お盆」とか「灯篭流し」という、我々日本の観客が非常に慣れ親しんだ習俗を通じて語られるんだから……これはもう、我々がいちばんドスンと来るのは当たり前、ということですよね。要するに、(劇中で描かれる)死生観みたいなのが、すごく身近にわかるわけですから。全体にね、日本文化をモチーフにしたアメリカの大予算エンターテイメントとしては、みなさんがおっしゃっている通り、リサーチも、そしてそれに対する理解も、はっきり言って驚異的なレベルで行き届いた作品なのは間違いないと思います。

■高畑勲監督『かぐや姫の物語』の影響を感じさせる世界観

まあ、盆踊りの場面で流れるメロディーが『炭坑節』だったりするのとかはありますけども……ただ、実際にいまの日本人だって、昔の日本とか、昔ながらの日本の習俗のことを、そんなにわかっているわけじゃないんで。「ほら、外人だからわかってない!」とか指差すほど、俺たちわかってる?っていうところもあるので。で、たとえばどれだけ行き届いているか? リサーチができているなと思うかというと、たとえば今回の敵役である、映画の呼び名だと「ムーンキング(Moon King)」って言われてましたけども……それをまた「月の帝(みかど)」って訳しているのがね、この日本語訳はさすがと思いましたけども。

要は、その月の帝(ムーンキング)と主人公の母親の関係が、明らかに、かぐや姫の物語を連想させるわけです。特に、月の世界は非常に完璧で、永遠に続くものだけど、だが冷たい、っていうのに対して、地上の世界というのは苦しみに満ちていて、まるで地獄のようだけど、やっぱり暖かく豊かである、というようなこの対比構図。これはですね、完全に高畑勲さんの『かぐや姫の物語』、私は2013年12月13日にムービーウォッチメンで(時評を)やりました……この評もなかなかよかったと思うんですけどね(笑)。まあとにかく、『かぐや姫の物語』そのもののような月と地上の対比ですよ。別に(元の)かぐや姫の話ってそういうものを強調した話じゃないから、明らかにこれ、高畑さんの『かぐや姫の物語』を見たんじゃないかな? 影響を受けていないかな?

作り手のみなさん、宮崎駿さんの影響を非常に公言されていますので、だとしたら当然同じジブリの近作ですから、『かぐや姫の物語』を見ていても全然おかしくないと思いますね。で、ですね、言ってみれば今回の『KUBO/クボ』はですね、かぐや姫が月に戻らずに、地上で人間の男と子をもうけていたら……っていう話とも言えるわけで。なので、「ああ、ちゃんとそういうの(日本でポピュラーな伝承としてのかぐや姫という文脈)を踏まえているな」と。それで、月の帝という、要するに、ある意味より強大な世界というか、「あっちの世界」の帝の服が、日本の人たちが着ている着物とは違って、ちょっと大陸風だったりとか……あと、クボが集める、三種の神器ならぬ武器と防具がありますけども、それがちゃんと縄文時代チックっていうか、日本のさらに古代だったらこういうデザインだなという、非常に的確なデザインに落とし込んでいたりとか。

■見どころの多いキャラクターデザインとアニメーション

あと、個人的にはですね、月の帝が変身するラスボスモンスターの、特に顔面部のデザイン。体全体はちょっと龍とかムカデを混ぜたようなデザインになっていますけど、顔面部のデザインが、「ダンクルオステウス」っていう古代魚を明らかにモチーフにしていると思うんですよ。これが非常にツボで。っていうのは、監督のトラヴィス・ナイトさん、少年時代に、さっき言ったナイキの創業者のフィル・ナイトさんが仕事で日本に行く時について行って、日本文化に魅了された、という1973年生まれの男性なわけですよ。ということは、ひょっとしたら日本に来た時に、国立科学博物館に行ったんじゃないか?

国立科学博物館にはいまでも、ダンクルオステウスの顔の骨は置いてありますけども、昭和の、改装する前の国立科学博物館は、1階のいちばん最初に(展示室に)入ってドーン! と来るのが、このダンクルオステウスの巨大な骨と、実際はこんだけデカかったんですよっていうドーン!っていう(巨大な画だった)。1階の、最初に来る展示がそれなんですよ。トラヴィス、あれ見てたんじゃねえかな? という(笑)。私のちょっと個人的な少年時代の記憶もグルッとして、「おっ!」みたいなのもありましたよね。はい。あと、それこそ月の帝に象徴されるような、「強大な父権」的な感じ。非常に強大な父権があるというのは、ひょっとしたらナイキ創業者であるお父様の影なんかも、ちょっとは投影していたりするのかな? なんてね、そういう個人的な読みもあったりしますね。

あと、キャラクターデザインで言うと、主人公を追ってくる闇の姉妹というのがいるわけですけど。これはストーリーを発案したシャノン・ティンドルさんがTwitterなどで公言している通り、『子連れ狼』の弁天来三兄弟。『子連れ狼 三途の川の乳母車』で映像化されたものにも出てきますけども、弁天来三兄弟を思わせるようなスタイリッシュな格好……と、ちょっと辻村ジュザブローさんとか、川本喜八郎さんの人形劇とかを彷彿とさせるような感じ、っていうね。これもトラヴィスさん、少年時代に来日した時に、(ホテルのテレビなどで)NHK人形劇を見ていた可能性、あるぞ!とかね。いろいろと想像力が広がる。

とにかくこの闇の姉妹の、たとえば登場シーン。画面の右下の方、森の前の、遠くの方に黒い影がフッと現れて……って、完全にJホラー!っていうね。怖い!っていう表現。本当に非常におっかない、素晴らしいキャラクターでしたけどね。もちろん、主人公クボとかサル……サルはもう、声だけでもやっぱりシャーリーズ・セロン、上手いですね。突き放しているようだけど、暖かい、やっぱりフュリオサ的なあの感じ、出てますよね。それとかクワガタなど、驚くべき豊かな感情表現は言うに及ばず。これは本当に、実際に見てもらうのがいちばんいいわけですけども。

細かいところで言うと、かなり最初の方。明け方前にクボが目覚めて、飛び散った折り紙を1個1個拾っている時に、クボが1枚、ちょっと拾い損ねて、もう一回拾うという仕草がある。これはあたかも、『この世界の片隅に』の冒頭で、すずさんが重い荷物を一旦壁に押し当てて、こうやって背負い直す。あれによって非常に(本当に)「生きている」感じがするっていう、あれを彷彿とさせるような、非常にきめ細かい、生きている感描写。これはアニメーション・スーパーバイザーのブラッド・シフさんという方が、さっき言ったライブアクションリファレンスを撮らせた時に、アニメーターが「あ、これちょっと僕、拾い損ねちゃって。ミスなんで……」「そこがいいんやないか!」(笑)って入れさせた、というところらしいですけどね。

■2週目は最初から泣けてしょうがない

まあ、少年期を奪われた少年が、保護者のもとで一旦子供に返る時期を過ごし、そしてそこからもう1回、独り立ちしていくという、要は物語の外側にいる真の語り部の人生を……真の語り部の物語はどんなものなのか? というのに思いを馳せてもう1周すると、もう最初からずっと泣けてしょうがない、という効果もございます。あえて言えば、ライカ作品のクライマックスはいつもこうなんですけども、ちょっと日本アニメの影響なのか、ビガーッ!っとなにかが光って、バーッと全部が白くなって、いきなり何かが解決している(笑)、みたいなのがちょっと多すぎないかな?っていうのを思わなくはないけど。

ダリオ・マリアネッリさんの音楽も素晴らしかったですね。本当にぜひ、万人に見ていただきたい、非常に高品質な、驚くべき大傑作が出てしまいました。今年もトップテン、困ってしまう作品。ぜひぜひいまのうちに劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『全員死刑』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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