お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ
  • 音声あり

【映画評書き起こし】宇多丸、『全員死刑』を語る!(2017.12.9放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

実際の放送音声はこちらから↓

宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。今夜扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『全員死刑』

(テーマ曲が流れる)

本物の不良を俳優に起用して話題になった自主制作作品『孤高の遠吠』で注目された小林勇貴監督の商業映画デビュー作。要するに、製作費をもらって作る作品ということね。2004年、福岡県で実際に起こった強盗殺人死体遺棄事件を題材にした手記『我が一家全員死刑』を原作に、エスカレートしていく暴力をスピーディーなタッチで描いていく。主人国の次男・タカノリ役を演じているのは『帝一の國』『トリガール!』などの間宮祥太朗さんということでございます。

■「まさに“見世物小屋的社会勉強映画”」!(byリスナー)

ということで、この映画を見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、普通よりちょい多め。まあ、ミニシアター的な公開規模としてはこれは多い方ではないでしょうか。非常に小林勇貴さん、注目度が高い。町山さんが絶賛したりとかね、そういうので注目を浴びているというのもあるんでしょうね。賛否の比率で言うと、褒めが9割。否定的な感想はごくわずかでした。「すごいものを見た。面白い! 興奮!」「パワフルなんだけど演出も小道具も画づくりもとても丁寧」「最高の後味の悪さ」などが主な褒める意見。

一方、否定的な意見としては「監督の前作『孤高の遠吠』に比べて物足りない」……まあ、自主制作のスタイルと違うからね。あとは「原作からの改変」。要するに、実際にあった事件に対して、こういう改変はどうなんだ?っていう、倫理的な疑問を呈される方もいらっしゃいました。代表的なところをご紹介しましょう。

「サタデーやんのくん」さん。「『全員死刑』、すでに7回鑑賞しました。自主時代から小林監督を応援していた身としては、ようやくこの小林勇貴が持つ画的センス、音楽に関する勘、絶妙なさじ加減のエンタメ性、あふれる狂気と情熱。それら全てを含めた才能を世に知らしめることができた超大満足な初商業作になったのではないかと、歓喜に沸いております。

内容としては相当ショッキングではありますが、限りなく原作に忠実な描写をしており、なおかつそこに笑いを加えることで楽しみながら事件の全貌を知ることができる、まさに見世物小屋的社会勉強映画なのではないでしょうか。計算され尽くしたカメラワークも見事です。あと、余談ですが映画に出てくるカラオケ店の名前が『うた丸』になっていたのは宇多丸師匠へのリスペクトが込められているのでは? と個人的には解釈いたしました」。

リスペクトっていうか……当てこすりですよね(笑)。例によってね、なんか知らないけど、しつこく当てこすってくるのは……なんなんだろうね? 「うた丸」って出るのはいいんだけど、そこでおじさんがバッて――やたらとゲロが多いのも小林さんの作品の特徴なんだけど――「うた丸」って出た瞬間におじさんが出てきてゲーッてやるんだから、あれは当てこすりですよね(笑)。本当にね、なんでそんなこと、されるのかね。全くそれは理解に苦しむところではあるんですが。ということで、褒めていた方ですね。

一方、「期待したほどではなかった」という方。「我が一家全員デブ」さん。この方も小林勇貴さん、ずっと作品は大ファンで。「『孤高の遠吠』は本当に衝撃だった」と。「僕は小林勇貴監督を心から尊敬しているので、無礼を承知で正直なことを言わせてもらうと、事前に想像していたよりもずっと面白くありませんでした。どの場面も最高にぶっ飛んでいて、狂っていて、爆笑できるはずなのに、あともうひとつ乗りきれなくて笑えないのです。それは監督の自主映画的演出手法と商業映画環境との齟齬と、題材と暴力描写とのミスマッチという2つの問題に集約されると思います」とのこと。

まあ、プロの俳優に置き換えた途端に、要は退屈なものになってしまったのではないか? というようなご意見。いろいろと不満というか、本当は期待していたのに……ということも書いていただきました。あと、実際の事件に対して、特に被害者側の描写をこういう風に面白おかしくアレンジするのは倫理的にどうなのか? というご意見もちょろっとありました。でもまあ概ね、好意的な意見が集まっておりました。はい。ということで『全員死刑』、私も実は「宣伝用の応援コメントをください」ということで、それを書く用に最初はサンプルDVDで1回拝見して。その後、今週ヒューマントラストシネマ渋谷で見てまいりました。その後、もう1回見返したりして、計3回はちゃんと通しで見ております。

■荒削りだが、確かな映画的教養を感じさせる手つき

ということで、これがいわゆる商業映画デビューとなる小林勇貴さん。1990年生まれ。非常にお若い方でございます。この番組では、2015年10月ぐらいですかね。カナザワ映画祭に僕が行った時に、そこでプレミア上映された……『映画秘宝』とかでもすでに田野辺さんとかがもう大プッシュをしていて。『映画秘宝』も異常な大プッシュで、鳴り物入りで上映された『孤高の遠吠』という作品。後にこれ、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で2016年グランプリ受賞ということで、本当に世間的にも高く評価されることになった作品ですけども。これを見て大変面白かった、という話を……小林勇貴監督ご本人にお会いして、みんなで飲みに行ったりなんかもして。そこでいろいろとうかがった撮影時のお話。

たとえば、非常に印象的な長回しとかも含めた、不良演出論というか……本物の不良をどうやって演出するか、という演出論とかも非常に面白かった、とかね。あと、実は2015年の24時間ラジオのときに、『孤高の遠吠』の宣伝をしようと思って乱入しようとして、TBSの、すぐそこ(エレベーターホール)まで潜入した話とかね。これは彼の自叙伝(『実録・不良映画術』)にも書いてありますけども。「あっ、そうなんだ。俺、(24時間ラジオの放送を)やってて全然知らなかった」みたいな、そんな話とかもうかがったり。まあ、その時の話も(当時、番組の)オープニングで話しましたよね。これ、いまムービーウォッチメンの公式書き起こしやっているみやーんさんの、公式じゃない方の書き起こしが(笑)、たぶんまだ読めると思いますので。それをいまから読んでいただいてもいいんですけども。

まあ、『孤高の遠吠』、本当にめちゃくちゃ面白いんですけども。ざっくり言えば、舞台となっている静岡県富士宮市、あるいは富士市、そこにいる本物の不良、アウトローのみなさんが大挙出演して。「いま」のヤンキー文化圏における……だから『クローズZERO』みたいな、そういうフィクショナルなヤンキーでもないし、まあ『ビー・バップ・ハイスクール』みたいな、ああいう格好をしたヤンキーでもなくて。たとえば、昔の感覚からすれば結構普通におしゃれな格好をしたような、いまのヤンキー文化圏における、暴力、ひいては暴力を生じさせるような権力構造、パワーゲームというのか、そのあり方というのを、ものすごくリアルに、だからすごく恐ろしく、でも同時に笑うしかないような身も蓋もなさと……これはやっぱり小林勇貴監督の作風、全部共通して言えると思うけど――まあ、ご本人が割とそういうキャラクターでもあるんだけど――「人を食ったような」っていう表現がふさわしい、図太いユーモア感覚というのですかね? そういうもの(を強く感じさせる)。

そして、もちろん技術的にも非常に荒削りそのものなんですけども……低予算っていうのもどうかというぐらい、自分たちだけで少しずつ撮りためて、本当に完全な自主制作映画なんだけど……実は結構、たとえばメールにもありましたけど、画づくりからなにから、たしかな映画的センスとか、なんなら映画的教養みたいなものもたしかに感じさせるような手つきで、そういうドンキホーテ的文化圏におけるヤンキー像、世界像みたいなものを切り取ってみせた。要は、とってもフレッシュで面白い作品でした、というようなことを(前述した通り2015年秋の当番組で)言いました。

で、その後、さかのぼって僕は、小林勇貴監督が最初にぴあフィルムフェスティバルで入選した2014年の『Super Tandem』という作品とか、同じく2014年、カナザワ映画祭でグランプリを取って、これが『孤高の遠吠』につながっていくんですけど、『NIGHT SAFARI』っていう作品であるとか。あるいは、その2015年秋に金沢で監督と直接お話をした時に、「不良チームがやる気になっているうちに、さっさと次を撮り始めようと思うんです」って言っていた、まさにその作品だと思われる、これはまだ劇場未公開のようなんですが、2016年の『逆徒』。やっぱりこれも完全自主作品であるとか。これ、『孤高の遠吠』に出ていた、わりと怖い側不良チームのトップグループがまた出演して。今度はそのチームが仲間割れしだすという、ちょっと『孤高の遠吠』とはまた違った、ドライで突き放したような、ドライでものすごくダークなトーンが非常に堪能できる、これもめちゃくちゃ面白い1本でしたね。

さらには、まさに今日公開。アップリンク渋谷で今日、公開されていますけども、商業作品の二作目となる最新作『へドローバ』という作品。これは全編携帯で撮影という(企画の一環として作られていて)……で、携帯で撮影しつつ、また全然違う引き出しなんですよね。団地を舞台に、もちろん不良たちが出てくるんだけど、たとえば、モザイク無し全裸乱闘シーンというね(笑)。これ、前の『Super Tandem』に出てきたサウナで、(今回は)もう全員全裸で、結構局部丸見えの乱闘シーンあり……あるいは、最終的にはこれまでになくフィクショナルな世界観、ちょっとファンタジー映画的な飛躍も見せるというような、ある意味全方位的に弾けまくってみせたような『へドローバ』。これも怪(快)作……奇っ怪であり、痛快な怪(快)作でございました。

■暴力を「ちゃんと怖いと思っている人」がつくった映画

ということでまあ、とにかくいまのところ全作品を拝見しているわけですけど。ひとつ言えるのは、もちろん不良が出てきて、バイオレントで、非常に……さっき「人を食ったような」と言いましたけども、非常に不謹慎なというか、露悪的に見えるような笑いであるとか映画のつくりをしているような人、作家なんだけども。ただ、ひとつ言えるのは、これはやっぱり小林勇貴さんの映画を見ていると、これはちゃんと……暴力、それからさっきから言っているような、暴力を生じさせるような権力構造とかパワーバランス、暴力が正当化されるような小さい社会みたいなもの、その磁場を、「ちゃんと怖いと思っている人」がつくっている映画だな、っていうことははっきり分かるし、しかもそれがちゃんと魅力になっているんだと思います。

これ、北野武さんが撮るバイオレンス映画でも思ったんですね。やっぱり。「ああ、これは本当にヤクザとか暴力とかが怖いと思っている人じゃないとつくれない作品だな」と。で、本当に怖いと思っているからこそ、恐ろしい恐ろしいと思っているからこそ、それを真正面から、フラットに見据えないと気がすまないというか。怖い怖いと思うから見たくなる。言い方を変えれば、こういうことですね。決してつくり手が、暴力、もしくは暴力的世界に、「耽溺」しているような作品ではないということですね。

これ以上ないほど対象には近づいているわけです。実際にいる不良のみなさんとたしかに仲良くなって、本当に言うことを聞かせて、演技をさせるわけだから、これは大変なことですよね。そこまで対象に近づきながら、同時に、その彼らが生きているその世界、その状況の理不尽さ、なんならあまりにも理不尽すぎて滑稽ですらある、そんなものも客観的に見つめている、という。で、その客観的に見つめる視線が演出に現れているのが、さっきから言っている独特な音楽の使い方ということだと思いますね。非常にバイオレントな場面にクラシックが流れだしたり、アイドルソングが流れだしたりする。なんだけど、監督がインタビューとかで言っているのは、「かならず文脈とかを踏まえた使い方をしています」っていう。それって言い方を変えると、要するにその状況っていうものを客観的に、批評的に見ている音楽使いをする、ということですよね。

なので、非常に生々しく、地に足の着いた描写なんだけど、同時に客観的に見て、怖いけど笑っちゃう、っていうようなバランス感覚を持った作品になっているということですね。たとえば、北野武作品もたぶんお好きでしょうから重なるところもあるんだけど、『アウトレイジ』評でも出した表現の繰り返しになっちゃうけど、アウトロー社会、不良たちならではの、一応彼らなりのロジックに則った「言質取りパワーゲーム」。「だって、お前がそう言ったんだよな?」みたいなね。「だって、スジとしてそうだよな?」みたいな。社会一般の常識で、客観的に見ると、「いや、それはおかしいですよ」っていうことなんだけど、その場ではそのロジックが正しく感じられるような、彼らなりのロジックに則った言質取りパワーゲーム。

その、非常に奇妙なスリリングさ、怖さ、そして面白さ、みたいなものであるとかね。このへんもね、『孤高の遠吠』でも出てきますけども、『逆徒』で結構全開で。「どうやって手打ちに持ち込むか?」みたいな話し合いとか、「なんだ、その理屈は!?」って思いながらもね(笑)、それが面白かったりもするんだけどね。なので、今回の『全員死刑』もまさにそうなんですけど、暴力シーン。今回であれば『全員死刑』は実際にあった強盗殺人なので、殺人シーンそのものは、実はこれ、決してこれみよがしに面白おかしくというか、コミカルに演出されているわけではないんですね。

むしろ、殺人シーンとか暴力シーンは当然のように非常に凄惨な、むごたらしいものとして描かれているし、実は意外と映画として、「何を見せて何を見せないか」の線引き、その配慮も、実はきっちりなされている。あんまりむごたらしい死体をじっくりと、そればっかり面白おかしく見せるっていうことは(せず)、むしろ意外と、「ああ、ここはちゃんと見せないような、いわゆる上品な演出もしているんだな」みたいなところがあったりするわけです。

■原作が持つ「小林勇貴作品的」な多層構造

なんだけど、同時にたとえば、殺人の真っ最中に交わされるこんな会話。殺人している最中ですよ? 「ジュースちょうだい」「タバコ、1本ちょうだい」というような会話の軽さ、深みのなさ、間抜けさ。ゆえの、やっぱり怖さ、みたいなものが最終的には印象付けられるため……トータルでは、『全員死刑』を見終わった人はやっぱり、「ああ、ダークコメディ的だったな」っていう鑑賞後の印象になると思うんですけど。特に今回の『全員死刑』の場合はですね、いま言ったような驚くべきディテール。殺人しているのに「ジュースちょうだい」とかね。そういう驚くべきディテール。あるいは、当然のようにズカズカと土足で人の家に上がり込むっていう描写だとか。

あるいは、ほぼ間違いなくこのまま殺されるとわかっている人間の、やはり驚くべきある行動とかですね。「あれっ、なんでこんな行動を取るの? 暴れたり、泣いたり騒いだりしないのかな?」って……でもですね、こういう驚くべきディテールの数々が、実はこの映画の元となった、鈴木智彦さんという方が書かれたノンフィクション『我が一家全員死刑』というこの本に、かなり忠実な描写だったりする。つまり、現実がすでに、ちょっと奇妙で理不尽で滑稽だったりするわけですね。今回の『全員死刑』の最後に出る「Good Luck」というあの言葉もね、小林勇貴さんが露悪で入れているんじゃなくて、本当に元の手記の最後が「Good Luck」で終わるんですよ。はい。

ということで、これは要は……現実の大牟田4人殺害事件という事件の加害者でもある一家の次男の手記と、その鈴木智彦さんの調査記事から、『我が一家全員死刑』という本はなっているんですけども。たとえば今回の映画『全員死刑』で途中で何度か挟み込まれる……主人公の心情が、字幕で出てくるわけです。その文章が、やけに芝居がかっているというか。「女を守るためにこの件を受けた!」みたいな。なんか独特の、バカっぽい言い回しの字幕が出るわけですよ。で、それは一見ね、単に露悪的な、ギミック的な演出のように見えるんだけど……実はこれは、元の手記の文体の感じを元にしているわけ。元の手記がこういう「○○することになった! 女を守るためだ!」みたいなことを言っているわけ。全然、客観的に見ると、「どこがだよ!」っていうことになっているんだけど。

つまり、こういう構造ですね。実際にあった凄惨な事件を、当事者が「解釈」した文章。それをさらに鈴木智彦さんがノンフィクションとして一旦客観的に対象化したもの。それが原作なわけです。要するに、現実に起こったことに対して、解釈と客観視の構造が何段階かあるわけですね。なので、さっきも言ったように、元の本の描写をわりと忠実に再現すると、それがそのまま、あまりにも理不尽で間抜けな現実に……まあ、心底怖いんだけど、同時につい笑ってしまうというような、まさに小林勇貴作品的なスタンスに、そのまま置き換えるだけでそういう風になるようなバランス、構造に、もともとなっているわけです。凄惨な事件を「解釈」する本人の、ちょっと「えっ、どうなの?」っていうような、間抜けなというか、ちょっと変わった文体と、それを客観視する鈴木さんの視点……というのを置き換えている。わかります? 僕の言っている説明。

■メジャーフィールドと実は相性がいい? 「華」のある映画

という意味で、若干の紆余曲折はあったようですけども、晴れの商業映画デビュー作にこの題材をチョイスするのは本当に……小林勇貴監督と鈴木智彦さんの親交というのは別にしても、結果として、非常にドンピシャな題材だったんじゃないでしょうかね。とはいえ、実際に見るまでは……なにしろ『孤高の遠吠』などは、本物のアウトローのみなさんの存在感、演技。そして、荒削りではあるけど、非常に自由闊達な演出。それによって小林勇貴さんは、これまでにないフレッシュさというのを醸し出してきた作家であるので。それが、プロの俳優、プロのスタッフに囲まれた状態の商業作品だと、ひょっとしたら、下手すると「普通の映画」になってしまうんじゃないか? 「整って」しまうんじゃないか? 魅力が薄まってしまうんじゃないか?って、先ほどメールにあったような不満に陥ってしまうんじゃないか?っていうような危惧も、当然、事前にはなくはなかったんですけども。

ただ僕、出来上がった作品を見てみると、これは僕はむしろ、小林勇貴作品独特の……要は描かれている世界はもう、本当に日本社会の、底辺と言ったら失礼ですけど、地を這うような、まさにストリートというか、そういう現実。ただしそういう、描かれている世界の底辺っぷりとは対照的に、言ってみれば妙に陽性の、「華」が毎回あるわけですよ。だからこそ、小林勇貴さんの作品はすごい人気があるわけです。ユーモアもあるし、笑えるし、なんか華があるっていう。で、その華感が、やっぱりメジャー的なフィールドと、実は相性がいいのかもなっていう感じがしました。もともとちょっとメジャーっぽい雰囲気があるのかもな、みたいに思いましたね。

まず、今回の『全員死刑』。もちろん商業映画で、本当にプロのスタッフとかが入っていますから、映画としてのルックとか、あとは基本的なことですけど……これ、他の『孤高の遠吠』とか『逆徒』もそうなんだけど、セリフがちゃんと聞き取れない録音状況だったりすることが結構あって……そういうレベルね。「今回はセリフがちゃんと聞き取れる」とかそういう、まあ言っちゃえば最低限の技術的な底上げ。これは間違いなく、もちろんプラスですよね。画としてちゃんと見やすいですし、音も聞きやすいという、これはもうプラス以外の何物でもないですし。

さらに、たとえば役者さんに関して言うならばですね、もともと、演技経験のない素人のみなさんに演出をつけるのが上手い人なわけですよ。要は、演技のできるレベルの違いによって、やり方も変えているようですしね。前に聞いた「不良の地位が高い人ほど演技が上手い」っていう話とか、めちゃめちゃ面白かったですけどもね。なんだけど、要はプロの俳優との仕事は、むしろ楽そうっていうか、それはもうお手の物、っていうぐらいの風格さえ漂わせていると思います。特に、実はこの『全員死刑』、これまでの小林勇貴作品と比べると決定的に違う点がひとつあって。それはやっぱり、間宮祥太朗さんっていう、「誰がどう見ても主役」な資質を持った役者が、中心にドーンといるということ。これがいちばん決定的な違いだと思います。

これによって、劇映画として格段に見やすくなった。要は、「話の中心」が見えやすくなって、飲み込みやすくなったっていうのは、これは間違いないと思いますね。「明らかにこの人が主人公」っていう。実際にですね、この間宮さんが演じている主人公は、元になった現実の加害者、その次男坊もそうなんだけど、実はひたすら受動的、状況に流されるだけの人……その状況っていうのは、『アニマル・キングダム』っていうオーストラリアの映画がありましたけども、その『アニマル・キングダム』的な、「“アウトロー家族に生まれた”という名の『悪の法則』」というか……「この家族に生まれたということがすでに、逃げ場がない」みたいな。そういう「アウトロー家族という名の『悪の法則』」に、主人公は、流されるだけの人なわけです。

なのでこれは、ぼんやりした人が演じていたら、「主人公に見えない」可能性があるような人なわけですよ。全然主体性もないし……なんだけど、間宮祥太朗さん。やっぱりもちろん超ハンサムでかっこいいですし……ですから、たとえば劇中の場面では、役柄上は格下でも、ちゃんと「画面を支配する」華があるわけです。やっぱりその、間宮さんに目が行く、という華があるし。あるいは、人の良さというのをちゃんとみなぎらせているから、こんな本当に最悪の殺人者だし、やっていることも最悪なんだけど、なんなら感情移入さえ容易にさせてしまう、というようなことも成り立たせていて。これは非常に大きいと思います。

ちなみに、この間宮さんが演じている人の、元になった人は、元相撲取りということなんで。これ、見た目とかは全然違うわけです。そこがいちばんのフィクション!っていうかね(笑)、いちばんのアレンジの部分だと思いますけどね。他のキャスティングも本当に完璧で……長男・サトシを演じている毎熊克哉さん。言うまでもなく『ケンとカズ』で、非常に鮮烈な印象を残しました。しかもこの毎熊さんは、奥田庸介監督の『ろくでなし』にも出ているわけで……つまり小路紘史、奥田庸介、そして小林勇貴という、若手監督のアウトロー~ノワール作品に引っ張りだこ、というね、本当に素晴らしい役者さんだと思いますし。

ちなみにこの長男のサトシが最初に登場する場面で、「どこでキレるかわからない」っていう描写。これはいちばん町山さんが反応していたところですね。まあ『グッドフェローズ』におけるジョー・ペシ的なあれですよ。「怖い人っていうのはどこでキレるかわからない」描写っていうのがね……コンビニの場面とかもそうですけどね。そこが非常に、あちこちに散りばめられていて、これがめちゃめちゃ面白い場面なんですけどね。とにかくそのね、毎熊さんも素晴らしかったですし。あとは、『ケンとカズ』といえば、その『ケンとカズ』にも出ていた藤原季節さん。『カルテット』でもおなじみ藤原季節さん。

今回の藤原さんの首絞められ表情っていうか、首絞められて目が飛び出すのにぴったりな表情、顔つきっていうかね。これなんかも本当にぴったりでしたね。あのYouTuberっぷりとか(笑)……ああっ! ちょっと時間がなくなってまいりました。あとは途中でひどい目にあってしまう、落合モトキさん演じる青年。『桐島、部活やめるってよ』のパーマの方ですけども、あの方の車内の場面。あの車内の場面の、グーッと頭をおとなしく差し出す、というあの一連のくだりが、非常にエグいんじゃないでしょうかね。全体に、その場面も含めて、特殊造形の西村喜廣さん。今回のプロデューサーでもありますけども、彼と小林監督の出会いというか、西村さんのバックアップを受けたことが、各場面のクオリティーアップに非常に大きく働いているんじゃないかと。『逆徒』もそうですし、『へドローバ』もそうなんですけど、非常に大きく働いているのかな、とも思いました。

■バイオレント描写を得意とする若手監督の躍動をぜひリアルタイムで!

あと、彼女役の清水葉月さん。篠崎誠監督の『SHARING』にも出てらっしゃいましたけども。非常に色っぽくて、この方もこれからブレイクするんじゃないかな、なんていう風に思います。彼女を含めて、主人公の周囲の男女関係……母親たちを含めて、微妙に乱脈っぷりをうかがわせるセリフなんか、このへんも非常に不穏な面白みをたたえていて、よかったんじゃないでしょうか。

はい。キャリアの積み方としていまのところ非常に理想的というか、順調な感じじゃないかと思います。本当に小林さんも含めて、さっき挙げた小路紘史監督、奥田庸介監督など、若手の、特にバイオレントなストリート描写みたいなのを得意とする監督の作品をリアルタイムで追いかけるのは、めちゃめちゃスリリングなので。ぜひぜひ、『へドローバ』も含めて……いま劇場でやっている時にリアルタイムで並走すると、いちばんそれがいまを生きる観客として、素晴らしいことなんじゃないでしょうか。私に関するよくわからない陰口的な当てこすりさえやめてくれれば(笑)、ぜひぜひ劇場でウォッチしていただきたい作品でございます!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

 

++++++++++++++++++++++++++++++

◆過去の宇多丸映画評書き起こしはこちらから!