お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ

男なら、黙って背中で太鼓を叩け。~林英哲さん

コシノジュンコ MASACA

2017年12月17(日)放送

ゲスト:林 英哲さん(part 1)
1952年広島県生まれ。11年間のグループ活動後、1982年、太鼓独奏者として活動をスタート。1984年、太鼓ソリストとしてカーネギーホール・デビュー。2000年にはベルリンフィルと共演し、2万人を超える観客を前に圧倒的なパフォーマンスを披露しました。その後ロック、ジャズなどジャンルの異なる演奏者との共演、美術館をモチーフにしたコンサートをするなど、太鼓音楽の創作者として国内外で活躍していらっしゃいます。
 

JK:11月に紀尾井ホールでやりましたでしょ?素晴らしかったですよ!あのときの感動で、さっそく出ていただきました。

英哲:ありがとうございます。昔からやっている曲なんですけれど、僕の太鼓のパートもあるし、後半には声明のお経も入るし、木遣り風に太鼓を打ちながら歌うシーンもあって・・・非常にバラエティ豊かな構成の曲です。

JK:オーケストラと太鼓って、ちょっと異質じゃない? 前にもやった方いますか?

英哲:僕が最初ですね。

JK:やっぱりそうですよね、聞いたことないですものね!西洋のものと日本のものって、波長が違うじゃないですか。

英哲:それに、仮にそういう曲があったとしても、弾きこなせるだけの音楽的経験が太鼓打ちにはない。郷土芸から派生した芸能なので、西洋音楽的な勉強をした人はほとんどいないから、譜面を読みながら指揮者に合わせてオーケストラと調和を取ることは技術的にほぼ不可能だ、ということもあります。

JK:邦楽って、テンとかウンとかアンとか・・・楽譜がないでしょ?

英哲:そうですね、たとえば江戸のお囃子は「楯節」といって、テンテンスケテン、スケテン、スケテンっていう風に言葉で書くんです。

出水:えー!言葉で書くんですか?

JK:それでもなんとなくわかるけどね(笑)

英哲:日本人だと、そういう書き方でわかりますよね。

JK:でも、外国人にはどうするの?

英哲:一応僕は、リズム譜なら読めるので。オーケストラ全部の譜面は読めませんが、自分のパートのために書かれた譜面は読めます。何分の何拍子で、おたまじゃくしがあって、それを「ドンドコドンドコドコ、ドコドンドンドン!ドコドン!」っていう風に、口で解釈するんです。

JK:それは、他の太鼓奏者にも通じます?

英哲:一般的な人はできないですね。うちの弟子はできます。

JK:じゃあ、英哲さんの譜面を世界に売っていくには、弟子をたくさん作らないと(笑)

出水:かつては、何かを見て覚えるのではなく、全部耳から覚えたんですか?

英哲:全部耳です。言葉で書けるものは、記憶のために書いておく。でも、覚えるときはたいてい具体的に説明されることもなく、見て覚えなさい、です。

JK:それも太鼓打ちは一人だから。独創的にここはこうしよう、ってやっても誰もわからないですよね。オーケストラの人はわかるのかしらね?

英哲:きちっとオーケストラと合わないといけないので、完全に太鼓のパートも譜面で書いてある。でも途中で「カデンツ」というソロのパートがあるんですが、そこは「英哲におまかせ」。最初と終わり方だけが書いてあって、あとはお任せ。

JK:いいですね、自由な仕事!だってお任せなんだもの、思いっきりやって誰も文句言わない!

英哲:日本では上演機会が少ないのでね。海外のオーケストラは、1回やるとお客さんがほぼ総立ちになるんですよ。現代曲で、初めて聞いた曲でスタンディングオベーションになるっていうのは、ほぼないんです。だからオーケストラのスタッフや関係者はとても喜んで、「次はいつ来てくれるんだ?」と。海外では人気なので上演会などは結構あるんですが、日本のオーケストラは「太鼓と一緒にやってもねぇ」という空気があるような(^^;)

JK:他の太鼓奏者と一緒にやろう、ということはないんですか?ずっと一人?

英哲:弟子がいますのでね。太鼓は、他のチームとやるほうが意外と難しいんです。というのは、体にリズム感とかテンポ感をたたき込んで作っているので、少しでもチームが変わると、どっちが歩みよるかが難しいんです。

出水:戦ってしまう?

英哲:戦うというか、相手のテンポに合わせるのがすごく難しい。

JK:先日、自衛隊の音楽祭を見たんだけど、何百人かしらね、全国の音楽隊の人たちが集まって、そんなに一緒には練習していないと思うんですよ。指揮者もいない。それで最後にドンッと合わせるって、すごいことですよね。

英哲:自衛隊の音楽隊に僕のファンの方がいるので、僕も音楽祭を見に行くんです。あれは実に見事。どう練習するの?って聞いたら、全部テープとか映像がついてて、各音楽隊に送るんですって。それで練習する。音楽祭の時だけしか合わせられないから。それでも、あれだけザッと揃えられるというのは、自衛隊の訓練。1回でしかできないものを、自衛隊ならちゃんと合わせられる、というのをあそこで見せているんです。たぶん、同じような練習方法を各地域でやっておいて、いつでもぱたっと合わせられるようにする。なかなか難しいですよ。あれは見事だなあと思います。

JK:あの中に和太鼓がぽんっと入ったら面白いのに。いつかやってください。あの中にもスターがいたらいいな。

あしたの太鼓打ちへ

出水:現在、英哲さんの著書「あしたの太鼓打ちへ」新装版(羽鳥書店)が発売されています。奏者35周年を迎えた英哲さんの歩みを収めた1冊ということですね。

JK:文章が上手。なかなかよね!

英哲:ありがとうございます。「英哲の会報」というのがありまして、毎月ファンの皆さんにお送りするんですが、「誰が書いてるんですか?」と聞かれるので「全部僕が書いてるんですよ」っていうと、エーッと驚かれる(笑)こういうキャラクターで太鼓を打っていると、文章なんか書く人間じゃないだろうと漠然と思われるみたいです。ナントカライターという人を使っているわけではないです。

JK:太鼓だけじゃないんです! ペンも持ちます(笑)

出水:本を読んでいると、私たちが想像する和太鼓というと、太鼓に真正面から向き合ってドンドンたたく姿を思い浮かべるんですが、あれは英哲さんが作り出した打ち方だとお聞きしました。

英哲:太鼓を正面から打つ打ち方は、伝統芸能にはひとつもなかったんです。だいたいは、横から打つ。しかもあのような大きな太鼓を使うということ自体が、伝統芸能ではありえなかった。

JK:一番大きなのはどのぐらいですか?

英哲:僕が使っているのは三尺四寸、1m10cmぐらい。大きいのはもっと大きいです。青森県のねぶたの太鼓なんかは直径4mぐらい。

JK:えっ、4mの牛っているんです?

英哲:ええ。育てるんですって。

JK:太鼓の皮ために? お肉食べないで?

英哲:放牧して大きくしてやるんだけど、リスクもあって。あそこまで大きくなってくれるかどうかとか、大きくなっても傷があると使えないとか、いろいろ難しいそうです。

出水:そうですよね、1m10cmでも大きいのに。先ほどのお話に戻りますが、太鼓の正面に構える「正対構え」、あれはどうして生まれたんですか?

英哲:太鼓を始めたころは、おじいさんから昔ながらの横から打つ打ち方を習っていたんです。それがどうも上手くいかんくて。その時、舞台でもっと大きな太鼓を使うことがチームで決まりまして、お前がやれと言われた。僕は非常に小柄で、筋肉ムキムキでもないので、この体で打たなきゃいけない。なんとかしようというので、ちょうど槍投げのように、しかも右手と左手を均等に使うように打った。僕は本来右利きなんですけれど、バチが均等に動かせるように、左でご飯も食べています。それで完全に太鼓に向かって、お客さんに背中を見せるようにして打つようにしたら、打ち込んだりと多彩な表現ができるようになった。

JK:ずっと後ろ向いてるって不安じゃないですか?お客さんにずっと後ろを見られてるって。

英哲:だから最初はやろうとは思わなかったんですが、見てる方が、「あれはいいね、男らしく見える、日本男児らしく見える」というので。

JK:本に書いてあったんだけど、「右手を打つときに左手を思え」。全体を考えながらやってるんですね?

英哲:はい。2時間以上の舞台をもたせるためには体のバランスを考えないと、車で言えば、右の車輪だけ回して走ってる車はないわけです。右も左も回っているから、まっすぐ疲れないで走れる。体の使い方は意識してます。

JK:全身ですものね。

英哲:足腰が相当しっかりしてないと。2時間持ちません。みなさん、太鼓は手で打つものだと思ってらっしゃいますが、たとえば俳優さんに太鼓の役を指導するとき、同じ型をしてもまず足腰が持たない。辛いんですって。あれが体に身に着くまでは相当時間がかかります。

JK:英哲さんは裸足でしょ?

英哲:今の衣装では地下足袋を履いています。グループ時代はふんどし一丁でやってたので裸足でしたけれど。

JK:ああ、そうね、ふんどしで地下足袋はおかしいものね。

英哲:でも、裸足にしても地下足袋にしても、しっかり踏ん張れるんですよ。地下足袋は底が薄いですから。よく勘違いしている太鼓打ちの方がいて、スニーカーを履いてやるんです。でもスニーカーだと指が開かないので、逆に長くやってると腰に相当負担がくると思います。裸足っていうのは合理的で、お相撲だって空手だって柔道だって剣道だって、全部裸足です。お侍だって、果し合いのときは草履を脱ぐでしょう? 草履を履いたままでは果たし合いはできない。裸足になるっていうのは、日本人の技の基本ですね。

JK:足でつかむ!

出水:大地をとらえる、ということですね。

英哲:韓国のテコンドーや、モンゴル相撲なんかも全部靴を履きますからね。ブルース・リーだって、カンフーシューズを履いて、裸足じゃない。あれは日本人ならではの発想なんです。

出水:それだけ昔から古い記憶が太鼓に宿っているかと思いきや、打ち方は自由。とても柔軟性がありますね。和太鼓というと、伝統芸能のイメージがあったんですが。

英哲:皆さんそう思われるんですけれど、大勢で太鼓を打つという芸能は戦後にできたものなんです。ねぶたの太鼓だって、あれだけ大勢で打つようになったのは昭和30年代ぐらい。それまでは1人で、抱えて叩いていたんです。大勢で訓練して、ぴったり息をそろえるっていうのはいかにも日本人らしいといわれますが、あれは戦後の発想なんです。

JK:岸和田のだんじりでも太鼓がありますけど、みんな子供が上手ですよ! 昔から子供は当たり前のようにやってますね。

英哲:地域の芸能は、その土地でしか通用しないので、そこから僕らがやっているような演奏業にするのはとても難しいですね。僕も各地の太鼓の芸能を習ったんですが、そういうのを総合して、まったく新しい舞台の芸能を目指しています。そこに作曲家から作品を提供していただいて、オーケストラとできるようになったりと、太鼓音楽の可能性が広がった。だから、伝統芸能そのままではないんです。

=OA楽曲=

M1. 和太鼓協奏曲「飛天遊」:抜粋 / 林英哲