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【映画評書き起こし】宇多丸、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』を語る!(2017.12.16放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

実際の放送音声はこちらから↓

■まずは鑑賞直前、映画館での収録音声から

宇多丸:
(屋内での収録音声)……ということで現在、T・ジョイPRINCE品川、IMAXシアター入り口。『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』上映直前。あと15分以内ですかね。上映が始まるというところに来ております。そして私の向いには、すっかり正気に戻ったはずの男、高橋ヨシキさんがいらっしゃいます。

高橋ヨシキ:
はい。どうもこんにちは。

宇多丸:
2年前の『フォースの覚醒』と、去年の『ローグ・ワン』と。もう『ローグ・ワン』以降はすっかり平常心に、こっちの世界に帰ってこられたという。

高橋ヨシキ:
全く平常心で。今日はお誘いいただいたので、まあせっかくお誘いいただいたのを断るのも、あまりにも失礼だなということで。

宇多丸:
でも、ヨシキさんがむしろおかしいでしょ?っていうので言うと……意地になって『スタートレック』のTシャツ着て来ないでくださいよ(笑)。こじらせすぎですよ!

高橋ヨシキ:
まあ、そういうことはいいじゃないですか。細かいことはいいじゃないですか(笑)。

宇多丸:
なんかむしろ、腹に一物ありすぎな感じがね。

高橋ヨシキ:
あんまり細かいこととか気にしないようことにしたんです。本当に。

宇多丸:
ちょっと変な感じが出てきた(笑)。僕はちなみに、もう「無」です。「無」。

高橋ヨシキ:
でしょう? それが大人の態度っていうもんですよ。

宇多丸:
なんでもないですよ。もうフラットに。『フォースの覚醒』の支持派としては楽しみなラインでございますので。

高橋ヨシキ:
「間違いないと思いますよ」

宇多丸:
いままで聞いたことがないフレーズが……(笑)。

高橋ヨシキ:
フフフ(笑)。ちょっと言ってみました。「間違いない」。

宇多丸:
それでは、上映の方に向いたいと思います……。【収録音声終わり】

■スタジオに戻って、いよいよ宇多丸の映画評スタート!

宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。

いま、T・ジョイPRINCE品川の前で高橋ヨシキさんと上映前に話しているところをお送りしましたけども。メールで24才男、ラジオネーム「だかひー」さん。「初回、品川で自分の席の真後ろがヨシキさんだったのですが……」と。まあ、宇多丸も隣に見たという。「……『キャラメル、食べる?』と隣の方(宇多丸)に勧めていたり、大変落ち着いている様子だったので、安心したのと同時に、『スター・ウォーズ』シリーズで毎年死にかけていたあのヨシキさんはもういないんだ……と少し寂しくなりました」という、こういうメールもありました。

ということで、今夜扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』

(曲が流れる)

(メインテーマの)「ダーン、ダカダーン♪」じゃないんだ(笑)。世界的に大ヒットとなった2015年の前作『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』に続くシリーズ最新作。伝説のジェダイの騎士、ルーク・スカイウォーカーと出会った主人公レイや、ダース・ベイダーを受け継ぐカイロ・レンの新たな物語が描かれていく。主演はデイジー・リドリー、ジョン・ボイエガ、アダム・ドライバーら前作の主要キャストに加え、マーク・ハミル、2016年12月に急逝したキャリー・フィッシャーといった旧三部作のメインキャストも活躍する。監督・脚本は『LOOPER/ルーパー』のライアン・ジョンソン、ということでございます。

ということで、一足早くすいませんね。公開からまだ2日もたっていないという状況の中、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)を、メールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、超大量! この短時間で、まあしかもみんな長い長い! ドスンドスンと来る、来る、来る! ということで、今年最多クラスの投稿量、ありがとうございます。

そして、メールの量が多い時にはある傾向があるんですけど。つまり、メールの量が多い時っていうのは、基本的には絶賛メールが多いわけです。なんだけど……これは珍しい。いままでにないですね。今年最多クラスの投稿量にして、感想が真っ二つに割れております。珍しい。褒める意見がおよそ4割強。そして否定的な意見もおよそ4割強。まさに真っ二つ。残りの1割程度がその中間。ここまで大量の投稿で、意見が真っ二つに割れるのは非常に稀、ということでございます。

主な褒めの意見をまとめると、「これでようやく新しい『スター・ウォーズ』が始まった」「アクションシーン、特に中盤の剣戟シーンがよかった」というあたりでございます。逆に否定派の意見は「反乱軍がバカすぎる。というか、脚本がバカすぎる」「フォースってあんなこと、できるの? 興ざめ」「旧キャラの扱いがひどい」「とにかく長くて最後は飽きる」など多岐に渡るということです。全体の傾向としては、褒める人は多少の欠点は認めつつも評価するという人が多く、否定派は「シリーズワースト」「ダメすぎ!」と激怒している人が多かった、ということでございます。

■「『スター・ウォーズ』シリーズの中でも最高傑作だと思います」(b yリスナー)

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「ピッポ」さん。「鑑賞してからまだ1日もたっていないので、感想がまだまとまっていないんですが、今作は僕にとって『スター・ウォーズ』シリーズ史上最高傑作になってしまったかもしれません。ネタバレせずに説明するのは難しいのですが、今作は『007』シリーズにおける『スカイフォール』のような自己言及的な作品だなと感じました。つまり『スター・ウォーズ』とは何か? さらに『スター・ウォーズ』を語り継いでいくとはどういうことか? という、このリブートシリーズの存在意義そのものを、ジェダイを受け継いでいくという物語と重ねることで問い直し、さらにこの映画全体でその問いに答えるという離れ業をやってのけてしまった『スター・ウォーズ』シリーズにおける記念碑的な作品なのではないでしょうか?」。たしかに、そういう構造はありますよね。

「……今作は偉大なる過去シリーズを恐れず、勇気を出して新しい時代のエンターテイメントを創造していこうという創り手たちの勇気、そして去りゆく偉大なマスターたちに最高の花道を与えるというシリーズへの愛情が込められた、『スター・ウォーズ』シリーズの中でも最高傑作だと思います。このメールを打っている時も涙ぐんでおります。『ロッキー』シリーズにおける『クリード チャンプを継ぐ男』とつくりとしては近いかもしれません」という……まあちょっと、私のね、ある種のポイントにね、「あっ、そこ触る?」っていうね(笑)。あれですけどね。でも全体の構造としては、たしかにそういう面はありますよね。

あと、よかったという方。ラジオネーム「ミドリボールペン」さん。「待望の『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』を公開初日にTOHOシネマズ日劇で見てきました。結論から言うと、最高! ライアン・ジョンソン監督、お見事! となりました」と。で、とにかくカイロ・レンを非常に見事に表現している、というあたりをおっしゃっております。

あと、ダメだったという方。ラジオネーム「博多ぷんぷん丸」さん。個人的には今年ワーストの作品でした。いつものタイトルでテンションがマックスになって以降は下降する一方。全くワクワクしないどころか、気が滅入ってしまいました。

まず、脚本が好きになれません。一見すると衝撃的な展開のオンパレードなのですが、ただ単に『こっちと見せかけて、こっちでした』という話運びの連続なのです。観客の心をつかんで上下左右に揺さぶってやろうという魂胆が透けて見えてゲンナリしました。フォースの力のインフレも気になります。『実はこんなこともできます』というのは少年漫画でもよくある力のインフレ化ですが、『スター・ウォーズ』でそれをやってほしくはなかったです。だいたい画的にも陳腐に見えます」というね、ことでございますね。

「(ゲームの)『バトルフロント』の映像を見せられているようでした。今年は昨今のMCUをはじめとする作品のユニバース化が『スター・ウォーズ』にまで魔の手を伸ばしてきたということが完全に証明されました。絶賛多数な世評を見ていると、需要と供給が見事に一致しているようなので、これがまた暗澹とした気持ちにさせられます」という。これはでも実は、いまアメリカでも、たとえばインターネット・ムービー・データベース(IMDb)とかでも、最初の、事前の評判の高さに対して、実際に見てからのファンが、結構ドッスンドッスン、怒り系の評が逆巻いている感じでして。まさに向こうでもパックリと(評価が)割れている状態ができていると思いますね。

■実は、新世代の若者たちを立てるつくりに徹していた前作『フォースの覚醒』

ということで、行ってみよう! 『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』。みなさん、メールありがとうございます。私もT・ジョイPRINCE品川でIMAX字幕2D、3回見てまいりました。まあ、全回満席で。ただちょっと、パラパラと拍手が初回はありましたけども……特にエンドロールで、レイアのテーマが流れて、キャリー・フィッシャー追悼文が出たところで拍手が出た時には、僕もちょっと思わず目頭が熱くなっちゃいましたが……全体としては、それこそ2年前の『フォースの覚醒』の公開時とかと比べると、かなり温度は低めな感じはありましたけどね。

ということで、その前回の、エピソード7にあたる『フォースの覚醒』は、2015年12月19日、全世界公開日の翌日に評しましたけども。改めて前作の『フォースの覚醒』を、僕はどう考えているのか?っていうあたりを整理しておきたいと思います。まずはなにしろ、こういうことですね。新しいメインキャラクターたち……それも、旧シリーズの有名なキャラクターたちと、実はあんまり被らないというか、また全く違った個性のメインキャラクターたちが、事前の予想を大きく超えて、それぞれ魅力的に立っていた、という点。とにかくそこが素晴らしい。その一点が素晴らしいのが、『フォースの覚醒』だったと思います。

特にやっぱり、デイジー・リドリー演じる主人公のレイは、エピソード7『フォースの覚醒』の時点では、素性もほとんどわからないし、登場後しばらくはほとんどセリフもないようなキャラクターなんですけど、もう登場した途端に観客を一気に感情移入させてしまうチャームと華にあふれていて、本当に最高だったと思いますし。あとはもちろん、元ストームトルーパーという、旧シリーズだったら考えられなかった大胆設定を、非常にやはり、ボンクラ感という名のチャームで成り立たせてみせたジョン・ボイエガ演じるフィンとか。そのフィンと一発で意気投合してしまう、あのオスカー・アイザック、ポーとのあのくだりね。見直してみても、やっぱりあそこは本当にいいですよね。非常に爽やかな感じでね。

とにかくその、新しいメインキャラクターたちが非常に魅力的だった点がよかった。で、もちろんね、旧シリーズへの、いわゆる「オヤジ接待」的な目配せもたしかにあります。特にやっぱり、これは完全に意図的なものでもあるでしょうが、あえて第一作、エピソード4のプロットを表層的にはなぞりながら……非常に似ているわけです。砂漠から始まって、秘密の設計図があって。で、デス・スターを大きくしたようなところがあって。似ているわけですけど……やっぱりエピソード7というのは、たとえばジョン・ウィリアムズによる音楽の演出ひとつ取ってみても、旧シリーズのテーマは、実は「ここぞ!」というポイントで、しかも最小限に抑えられた使い方しかしていないわけです。

だからこそ、そこで最大限の効果を生むように演出されていたりして。実は、旧世代への目配せ、みたいなのは非常に抑制されていて……やっぱり、あくまでも新世代の若者たちを中心に立てるつくりに、実はちゃんと徹してもいた、ということだと思います。ただ同時に、前作『フォースの覚醒』はですね。旧シリーズを通して、多大な犠牲を払って、エピソード6『ジェダイの帰還』の最後でようやく回復されたはずの「フォースのバランス」、要は宇宙の平和みたいなものが、再びかき乱されてしまう、というのに値するほどの「敵」設定……つまり、旧シリーズを台無しにせず、要はルークやアナキンが払った犠牲は無駄ではなかった、と思わせてくれる範囲内で、なおかつちゃんと新シリーズを引っ張るに値する「敵」の設定……って、これは結構難しいんじゃない?っていうような、事前の懸念はあったわけですよね。

■エピソード8は新シリーズの真価が問われる正念場

……とか、そんなことも含め、様々な難題を、実はエピソード7の中では何ひとつ解消せず、「残された謎」設定にして、全部次作以降に丸投げした、ズル~い一本でもあるわけです(笑)。さすがね、風呂敷を広げるのは上手いJ・J・エイブラムス(笑)っていうのはあったわけですけどね。それもたしかですし。あと、これはもう個人的にははっきり言って、クリア不可能な命題だと思うんですけど……やっぱり旧三部作(4、5、6)級のデザイン的なフレッシュさ、これはやっぱり望むべくもないな、みたいなこととかね。それはありましたけども。でもまあとにかく、新たな主人公たちにしっかり肩入れできて、彼らの「その先の物語」をこそこれからは見ていきたい、という風に思わせてくれた時点で、『フォースの覚醒』、僕的には十二分に大満足な一作でした。

だから、(今回の『最後のジェダイ』に関して一部の評者が)「新しい時代の『スター・ウォーズ』が始まった!」って言うんだけど、僕は「もう『フォースの覚醒』で十分に始まっていたじゃん?」っていう風に思っているから。なので僕は、J・J・エイブラムスはよくがんばった!という風に思います。本当に勘違いしないでほしいのは、さっきから言っているように『フォースの覚醒』は、表層的には旧シリーズへの目配せがベースにはなっているけど、そこを僕は評価しているわけでは全くないですから。むしろその逆です、ということですよね。

で、その間にスピンオフというか、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』、この番組では2016年12月17日に(時評を)やりました。それがまあヒットし、評価された影響が……みたいなこともあるんですが、それはちょっと、そこに踏み込んでいると時間がないので、それは置いておきましょう。とにかく、魅力的な新キャラクターを、山積みの難問ごと(笑)、エピソード7のJ・J・エイブラムスからバトンタッチされた、ある意味新シリーズの真価が問われる正念場、非常に責任が重いこのエピソード8、ということですね。ねえ。投げられた方はたまったもんじゃないということですけども。

■「ムードで持っていく」資質のライアン・ジョンソン監督のお手並みは

もともとは、『フォースの覚醒』に引き続き、『帝国の逆襲』の脚本でもおなじみローレンス・カスダンが、ストーリーのベースから作っていく、という風になっていたのを、ちょっと『フォースの覚醒』を作るのにローレンス・カスダンが戻らなくちゃいけなくなって。結局、その(次作である今回のエピソード8の)監督に抜擢されたライアン・ジョンソンが……当コーナーでは、彼の長編三作目『LOOPER/ルーパー』という作品を2013年1月19日に評しましたが……このライアン・ジョンソンさんが、(本作の)監督として契約した際に、ローレンス・カスダンのストーリーをベースにするんじゃなくて、自分がイチから脚本も書く、という条件を出したというね。

で、なおかつ製作陣も、カスダンのつくっていたストーリーが、すでに実際に出来上がってきた『フォースの覚醒』とちょっと合わなくなってきているところもあるな、と判断して、ライアン・ジョンソンに任せることにした、という経緯がございまして。で、ライアン・ジョンソンさんは、今回さらに、撮影監督のスティーブ・イェドリンさんとか、編集のボブ・ダクセイさんとか、要するに自分がこれまでもともと仕事をしてきた面子……撮影監督のスティーブ・イェドリンさんとかは、長編デビュー作の『BRICK ブリック』っていう、非常に評判を呼んだ作品がありますけども、そこから組んでいる人ですから。とにかくそれを呼んできたりして、わりと自分の作家性というか、自分の城の確保にも努めているようにも見える、ライアン・ジョンソンさんですね。

ただそのライアン・ジョンソンの作家性なんですけど、さっき言った『LOOPER/ルーパー』の評の中でも言いましたけど、わりとケレン味たっぷりのカメラワークとか画づくり、要はスタイリッシュな「ムードで持っていく」タイプの、わりとインディー的な資質の作家ではあるので、その長編四作目がいきなり『スター・ウォーズ』っていうのは、かなり大胆な抜擢なのは間違いないなと思いますね。おそらくですけど、これは『LOOPER/ルーパー』評の中でも指摘しましたけども、このライアン・ジョンソンさんは、ちょっとクリストファー・ノーランに近い資質があるので……おそらく製作陣としては、「新三部作の間の、ダークな二作目」で、そのノーラン的な資質が「化ける」のを期待していたのではないかな?っていう風に推測するわけですが。

さあ、では実際に出来上がった、エピソード8こと『最後のジェダイ』はどのようなものだったか? と言いますと……ここから先、大きなどんでん返しなどについて具体的にバラすのはさすがにもちろん避けますけど、それでもお話の展開、どうなっていくか、についてはある程度は触れて……それでも、避けますけどね。概要については触れていかざるを得ないので、ネタバレオールシャットアウト!で臨みたいという方は、まあ(映画評が終わった)11時台にまた戻っていただくとか、そういうことをしていただければと。

加えて、これは僕なりの結論を言っちゃっているようなものですけど、今回の『最後のジェダイ』評は……先ほどのメールにもありましたけど、「最高!」っていう風に思ってらっしゃる方にとっては、不快になるような表現が多々出てくると思います。なので、そういう人も、また別の機会にこの番組を聞いていただければ……って、スペシャルウィークに言うことじゃねえ、っていうね(笑)。全然、裏もいろいろと面白い番組をやっているんで(笑)。アハハハハッ! はい。裏では褒めているかもしれないよ?(笑) ねえ。ということで、行きます。エピソード8『最後のジェダイ』を、僕はどういう風に見たのか?っていう話ね。

■俳優アダム・ドライバーの成長が「カイロ・レン」というキャラクターに説得力を与えた

まず、よかったところ。この「まず、よかったところ」っていう言い方がもう既にアレですけども(笑)。アダム・ドライバーが出ているところは軒並みいいです! で、たぶんそこをもって「素晴らしい」と言うことは全然できるな、という風に思いますね。彼が演じるカイロ・レン、まあ、ベン・ソロさんですよね。新シリーズにおけるアナキン的な立場というか、そういうことですけども。前作では、まさしく中2病的というか、青臭さ全開なキャラクターぶりが、非常に新鮮ではありました。「ああ、こいつが悪役なの? こんな中2が?」みたいな感じだったんですけど……ただ、「こいつがいちばんの敵で大丈夫?」的な頼りなさ感はまだ強かったキャラクターですよね、物語上は。

なんですけども、今回はもちろん、前作で起こったある強烈な経験を経てからの……ということもあって、役柄上、要するに深み、厚みが出ていて。非常に美味しいキャラクターになっている、というのもありますし。それに加えてなにより、この間のアダム・ドライバーの役者としての目覚ましい活躍と成長ぶりが、そのまま反映されている……今年のムービーウォッチメンで言っても、『沈黙』『パターソン』、全然違う傑作にそれぞれ出ていて。加えて、『ローガン・ラッキー』も出ていたりとか。あと、ジェフ・ニコルズ監督の『ミッドナイト・スペシャル』とかね。そういうのにも出ていたりとか。どれもいいわけです。素晴らしいわけです。

だからその、(アダム・ドライバーの)役者としての成長がそのまま反映されて、段違いに深み、厚みを増したカイロ・レンというキャラクターそれが圧倒的な説得力、なんなら切迫感、切実さ、みたいなものももたらしているという……だから、彼が出ているところはすごく見応えもあるし。実際、ライアン・ジョンソン監督的にもいちばん力が入っているというか、このカイロ・レンの変化をこそ、描きたかったんじゃないでしょうか。非常に、彼周りの描写は、画作りとか演出のテンションが、全く他のものと段違いですよね。全く違います。なので、非常に見応えがあるし。

フォースの能力としては賛否が分れるあたりらしいですけど、カイロ・レンと主人公レイの精神的交感、「フォースチャット」って言われている(笑)、フォースでチャットするかのように精神的に交感するのを、基本シンプルなショットの切り返しだけで、要するに特殊効果で目の前にボワーンといるとかじゃなくて、ショットの切り返しだけで表現するあたり……これ、ライアン・ジョンソンさんは、たとえば『LOOPER/ルーパー』で、(ある人物が)未来からやってくるというのを、ジャンプカット的な手法というか、ボンッ!ってそこにいるという、映画の特性を上手く活かした演出をやっていましたよね。

やっぱりそういうところで、わりと映画というものの乱暴な性質を上手く活かすというか……切り返しだけで同じ空間で話しているように見えるという、そういうこと(映画というメディアの特質を利用したある種乱暴な語り口)をやるのとかも、非常に面白いなと思いましたし。で、その切り返しの別ショットでずっと会話をしていた人(レイとカイロ・レン)が、満を持して同一ショットに収まった瞬間の、「はっ!」っていう、ほとんど恋愛映画的なドキッとする感じ。その語りの手つきなんかも、さすがだなという風に思わされましたし。もちろん、そのカイロ・レンとレイの関係性がひとつのピークを迎える、中盤の大見せ場。これ、みなさん「よかった」という人はみんな挙げています。全盛期のジェダイとかシスとはまた違った、非常に荒々しい、なんならバイオレントな戦いぶり。これも非常にフレッシュでしたし(※宇多丸補足:カイロ・レンなりにレイとのつながりを切実に求めているんだな、ということがわかるあるセリフなどにも、グッと来ました)

まあ、このカイロ・レン周りの話なんかはまさにそうですけども、これ、メールにあった通りですね。伝説――これはもちろん旧シリーズも含む――伝説のくびきから自由になって、いままでとは違う『スター・ウォーズ』をつくりたい、つくってやる! という志がそこここに表れている、という。それはもちろん僕も好ましく思いますよ。とか、もちろんクライマックスの対決シーンからの、結末。当然グッと来る。涙腺が刺激される。そういう部分はもちろんありますよ。それは万感の思いを込めて、ありますよ。ただですね……と、ここではい、「最高だ!」の人は(裏番組に)移るタイミングですよ!(笑)

■意外性を重んじる脚本が招いたある事態

映画作品として……「映画作品として」ですよ。あまりにも看過し難いグダグダが多すぎる。端的に言うと、いま僕が褒めたところ以外の、低クオリティーぶりが目に余る。まず、とにかくやたらとなんでもクドクドとセリフで説明するくだりが多いんですが……そのくせ、展開にツイストを効かせようとするあまり、さっきのメールにもありましたけども、意外な展開、意外な展開を重ねすぎたあまり、「……っていうことはさっきまでのあれ、全部無駄だったよね?」みたいな結論になることばっかりになっちゃっている、ということですね。

たとえば、「ファーストオーダーの追撃から逃げる反乱軍」という今回の基本の話の、背骨となる肝心のお話が、どう考えてもめちゃくちゃすぎでしょう? さっきの否定派のみなさんのメールにもある通りなんですが、本当にめちゃくちゃだと思います、ここの脚本とかお話は。はっきり言って今回の反乱軍チームは、やっていること、1から10までバカばっかり!……まずね、今回最初に、『スター・ウォーズ』恒例の、最初の説明字幕。「エピソード8」って出ますよね。なんだけど、今回は、エピソード7から時制がそれほど前に行っていない……というか、行けない終わり方をエピソード7がしちゃったため(笑)、この最初の字幕のところが、エピソード7と言っていること、なにも変わらない(笑)。スッカスカなんすよ!

「なんにも進んでねえじゃねえか! いらなくない、この字幕?」みたいなことしか言っていなくて。それもすごい笑うんですけど。で、そこからオープニング、つかみのバトルシーンになるんですけどね。最初、スター・デストロイヤーの艦橋に、ハックス将軍っていうのがいて。で、反乱軍のXウィングに乗ったポー・ダメロンと、無線を通じて、「ちょっと笑えるやり取り」みたいなのをするわけです。なんですけど……監督のライアン・ジョンソンさんは、全体的にその、ケレン味のあるカメラワーク、たとえば非常に印象的な素早いパンの使い方とか、そういう「鋭い画づくり」みたいなのは得意なんだけど、普通の会話シーンになると、途端に画づくりとか演出というのが、弛緩してしまう。それはもう単純に僕は、劇映画監督としてまだ力量不足なんだろう、と思うんですけど。

で、そこにさらに、これ見よがしのギャグ演出……『スター・ウォーズ』はもちろん、ユーモアはいっぱいあるシリーズだけど、「コメディ」じゃないので……あの、ちょっと一線を超えたギャグ演出、みたいなのを、そこ(画づくりや演出的には弛緩している会話シーン)に限って入れてくるので、なんかこう、『スター・ウォーズ』のパロディ映画を見ているような感じになっちゃう場面が多々見られる、という。それもちょっと「あーあ……」って思うあたりなんですけども……まあとにかく、ポー・ダメロンとハックス将軍のやり取りがあって。そこから、その反乱軍の名パイロットであるポー・ダメロンが、スター・デストロイヤーのキャノン砲を、集中的に攻撃してやっつける。

これ、なんでキャノン砲だけを集中して攻撃するのか?っていうと……非常に無謀な作戦だと言われながらも、飛び込んでやるわけです。なんでか?っていうと、その後から重爆撃機を呼び込むための作戦だ、というんですよね。「ああなるほど、キャノン砲をやっつけておいてから重爆撃機を呼び込んで、要は撃たれないようにしてからやるのか」と思ってたら……そこにタイ・ファイターが飛んできて、その重爆撃機がバッコンバッコンに落とされる。っていうか、タイ・ファイターどころか、タイ・ファイターの破片がぶつかって爆発とかしているんですよ。ええと、この乗り物……脆すぎません?(笑) こんなものにいっぱい爆弾とかを積んで……しかも、この乗り物だけ、なぜか異常に遅いんですよ(笑)。

いっぱい爆弾を積んでいるから? えっ、重力? だったら「宇宙空間とは?」って(笑)……「宇宙空間とは?」っていう意味では、爆弾を落とすために(重爆撃機の)下を開くんですよね。宇宙空間ですよ。下がバコッて蓋が開いて、覗いていたりするわけです。そこから爆弾を「落下」させるんですよ。ええと、もう1回言います。「宇宙空間って……?」(笑)っていうね。で、要は『ローグ・ワン』でも目立っていたけども、こういうことです。「ためにする見せ場づくり」っていうか……「あぶなーい!」「間に合わなーい!」っていうのをやる「ため」の、無理矢理につくった見せ場だから、こういう無理矢理なことが起こる。

で、その後に冒頭の作戦が終わって、いろいろと戦果も上げたけども、結果味方も大損害で……みたいな。で、そこから先、反乱軍がファーストオーダーに追いかけられながらも逃げる、というのがメインのストーリーになるんですけど。(そこでまず、主人公の一人である)ポー・ダメロンが主張するように、「いや、このままただ逃げるだけじゃあ、エネルギーがなくなってお終いじゃないですか! なんか手、あるんすか?」という(明らかな正論が提示される)。それに対して、ローラ・ダーンが新たに演じるホルド提督が、「いや、このままで行きます」って対立するんですよ。で、たしかに、エネルギーが切れるまでただ逃げるだけ、ってバカなの?っていう風に普通は……観客も、「いや、それはちょっと納得できないよ。ポー・ダメロンの言う通りじゃない?」って思いながら展開を見るわけです。

■無為無策な連中の後退戦にズルズルと付き合わされ……

で、実はそこには、(ホルド提督の)深慮遠謀がありましたっていう。「なるほど、そうだったのか!」ってなるわけですけど……そんなのはまず、ローラ・ダーンが、こっちも普通に味方なんだから、最初からサクッと真相を説明すればいいだけのことじゃん(笑)。
(それをちゃんとしなかったせいで)途中でモメた分のタイムロスとか(もあるし)……「実は深慮遠謀が」的なことを言われた時に、「おい、その程度だったら最初から説明すれば済むことだろ!」ってまず思うわけですよね。そしたらなんと、深慮遠謀で展開されたそっちの作戦も、やっぱり案の定、武器とか持たない船で逃げちゃっていたんで、一旦バレるともう超ダメダメ、っていう……だから全部ダメだった、っていう。「なにそれ?」みたいなことになっちゃう。

つまり、さっきから言っているように、展開にツイストを重ねすぎて、そこまでの展開が全部無駄だった、っていうことに、全てなっていってしまうということですよね。もっとひどいのは、前回から出てきた新キャラクターのフィンと、新しいキャラクターのローズさん……このローズっていうキャラクターも、もうちょっとなんとかならなかったのかな? とは思うけど、もうそこはいいや。そこに踏み込んでいったらキリがない。そのフィンとローズチーム側のエピソードがあるわけです。彼らは、敵から逃げるために、スター・デストロイヤーの中に侵入するために、必要なハッキングをできる人材を見つけるために、とある星に行って……っていう、もうこの時点で、見ていて「まだるっこしすぎるわ!」(笑)っていう感じですよね。イライラするー!っていう感じだし。

その、ハッキングできる人材探しのくだりもめちゃくちゃで、「胸に花のマークをつけたやつを探せ!」って。で、最初はそのカジノの中で、「探したけど、いない!」って言うんですよ。そしたら、しばらくしたらBB-8が「見つけた!」って言うんですよ。そのくだり、いる?(笑) 最初から「見つけた!」でいいじゃんっていう。で、いたけど、自分たちが宇宙船を雑に停めていたせいで警察に捕まるっていう(笑)、「なに、それ?」っていう展開があって。で、その警察に捕まったら、同じ牢屋の中にたまたまいたベニチオ・デル・トロが、「俺がやれるぜ」なんてことを言い出す。

これね、たとえばベニチオ・デル・トロが、実は服を脱いだら胸のところに花のタトゥーがあるとか、そういうお話的、キャラ的な必然性があって登場したのかと思いきや、特にない。ただ単に、本当に偶然にそこにいただけの、知らない怪しい人。で、知らない怪しい人だけど、一瞬「あれ? こいつ悪いやつじゃないのかな?」って思いきや、本当にやっぱり、知らない怪しい人なりの行動しか取らなかった。で、終わり、って……なにこの話?(笑) 結果、延々と1時間近くかけて語ったこのフィンたちのエピソード、冒険、全部無駄! どころか、さっき言った反乱軍の逃走作戦が根本から無に帰した直接の原因をつくっているのは、こいつらなんですよ。なに?

とにかく、反乱軍は行き当たりばったりに逃げては失敗し、失敗するから玉砕に走ったりして、最終的に異常なまでに少人数になってしまう。で、ある星に逃げるっていうんだけど、星に逃げるところをバレたらもうこの作戦は成り立たないのに、がんばってその星に行った挙句、籠城作戦っていう。で、今度はまた強力な兵器が来ました。そしたらまた、別に策がないまま、みんなでワーッてぶつかっていって、またどんどん数が減っちゃうんですよ。で、最後は「玉砕だー!」みたいなことをやるしかなくなっていっちゃって……なんか、いつからこんな『宇宙戦艦ヤマト』みたいな話になったの?って。

まあとにかく、『スター・ウォーズ』最長の上映時間の大半が、このように無為無策な連中の、自業自得としか思えないノロノロとした後退戦、仲間内の言い合いに費やされる。一方でルークとレイのエピソード。「ジェダイがいるからダークサイドが生まれてしまうんじゃないか?」というこの問題提起は、わかります。でも結局、その問題提起は、最終的にこの映画の中だと有耶無耶にされたまま……「ダークサイドにそそのかされてこうなっちゃいました」って、「うん、知ってるよ、そういう展開は! エピソード7から、だいたいそういう話だと思っていたよ!」っていう、それ以上の話はしないんですよ。で、それを延々、話を渋ってからやるわけですよ。

エピソード6でルークが成し遂げたことへのリスペクトが薄すぎる! 軽すぎる!

いちばんの問題はここですね。レイとルークが結局まともな師弟関係を結ばないまま、つまり何らかの「継承」が行われないまま、ある重大な結果を迎えてしまう、ということですね。なので、レッスン1、フォースとは何か?……この「フォースとは何か?」も、口にしただけですぐに理解できてしまうのもあれ(描写として安易)だし。レッスン2、ジェダイの愚痴。で、レッスン3は……「ワシの戦い方を見よ!」ってことなのかと思いきや、レイは見てねえし!っていう(笑)。で、結局、「師とは乗り越えられるものじゃ」とか、お前に言われたくねえわってやつからルークはすごく説教を食らうわけですけど。全体にエピソード6でルークが成し遂げたことに対するリスペクトが、劇中の人物も創り手も、薄すぎます! 軽すぎる!

これじゃあ単に、レイはやっぱり1人でも(大丈夫なほど)、「最初から強くていい人だった」っていうだけじゃないですか。つまり、キャラとして成長をちゃんとしないから、今回は全然レイは、美味しくないんですよ(※宇多丸補足:前のほうで褒めたカイロ・レンとの大見せ場も、最終的には、レイが単に“いつの間にか”その場を立ち去っていて、いきなりファルコンに乗り込んでいたりするので、シーンとしての感情的余韻が尻すぼみに終わってしまっていたり……いちいち雑で、もったいない)。で、しかも……だから「師」じゃねえじゃん。「師は乗り越えられるものだ」って言うけど、なんにも教えていないから、師じゃねえじゃん!っていうことになっちゃっていて(※宇多丸補足:すなわち、過去を乗り越えようというそれ自体は立派な志が、お話の作りとしては成立していなくて、単なるセリフ上のお題目に終わってしまっている、ということです。また、あのジェダイの本も木も、今回初めて出てきたものなので、それをまた本作の内部でどうこうされても、やはり“ためにする設定”でしかないように思います)。しかも、レイはダークサイドに転びやすいところにいる、っていうのも、ルークは見ているわけじゃないですか。なのに……って、おかしくないですか? この話は。だから、最後にいきなりあんな夕日とかを急に出されて「泣け」って言われてもね、納得できねえよ、こんなもん!

しかも、バカどもの尻拭いのためにこんな犠牲まで払ってさ……マーク・ハミルはライアン・ジョンソンさんに「君が書いたルークの話は1から10まで俺は納得できないけど、ベストは尽くすよ」って言ったって言うんですよ。ごもっともですよね。あとね、音楽。旧シリーズのメロ。エピソード7であれだけ抑制していた旧シリーズのメロが、今回は垂れ流し。ちょっとジョン・ウィリアムズが体調悪いのかな?って心配になるぐらい、新しい印象的なメロが1個もない、とか(※宇多丸補足:つまり、演出上はむしろ、さっきから言っている“旧シリーズに対するオヤジ接待的目配せ”が、実は大量に増えているのが今回のEP8だったりもすると僕は思います)。あと、ポーグっていうキャラクターが、物語的な必然性も何もないまま、ただかわいいだけで出している。イウォークにしろ、ジャー・ジャー・ビンクスでさえそんなことはないよ!とかね。

ラストのガキ……わかるよ。意図はわかるけど、演出上ニヤつかせるな!(笑)とかさ(※宇多丸補足:多くの方が溜飲を下げたらしいこの“キミもジェダイになれる!”な着地、たしかにディズニーのビジネス戦略とも大変相性がいい“市場開放政策”ではあって、だからこそ次の三部作もライアン・ジョンソンに任すという話になっているのかなと……それにしても顔のドアップがやたらと多い映画ですよね!)。ということでね、やりたいことの志はわかるけど、1個1個のクオリティーが低すぎる! エピソード9……J・Jたのむぞ、オイ!(泣)

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『DESTINY 鎌倉ものがたり』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

<以下、ガチャ回しパート 起こし>

すいません。あの、ダークサイドに飲み込まれてしまいました(笑)。ということで来週、最後のウォッチ候補作品、5作品を紹介します……。

(中略~CM明け)

あの、気分的には、『最後のジェダイ』のあるところで、ルークが、「はっ、オレはいったい何を?」っていう瞬間ありますよね? その感じね。「やってもうたー!」(笑)。「ダークサイドに飲み込まれてもうたー!」っていう感じですよね(笑)。

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