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【映画評書き起こし】宇多丸、『DESTINY 鎌倉ものがたり』を語る!(2017.12.23放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

実際の放送音声はこちらから↓

宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。今年最後に評論する映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『DESTINY 鎌倉ものがたり』

(宇多田ヒカル『あなた』が流れる)

ねえ。この宇多田ヒカルさんの曲も、非常にCMなどで印象的な作品です。『ALWAYS 三丁目の夕日』『STAND BY ME ドラえもん』スポーツマン山田(※各自で調べてみて下さい)』『BALLAD 名もなき恋のうた』などの山崎貴監督が、西岸良平のベストセラーコミックを実写映画化。堺雅人と高畑充希がミステリー作家とその妻という年の差夫婦となり、人間と一緒に魔物や妖怪も暮らす街、鎌倉で風変わりな日常を過ごす。他の出演者は堤真一、三浦友和、薬師丸ひろ子、安藤サクラ、中村玉緒らという豪華キャストでございます。

ということで、この『DESTINY 鎌倉ものがたり』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、普通。ああ、そうですか。でも普通っていうのはいいですよね。賛否の比率は、9対1。ねえ。どういう9対1かというと、申し訳ございません。否定的な感想が9でございます。

主な否定的な意見は「キャラクター描写やストーリー展開が雑で乗れない」「音楽と演技がウザい」……ひどい言い方だな(笑)。「この作品の死の扱い方に同意できない」「いつの時代の話?」などなど。逆に褒める人は「伏線がちゃんと回収されて気持ちいい」「主役の2人を見ているだけでほっこりする」などなどでございました。代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「前田直紀」さん。「夫婦愛が素晴らしい。90点。今作は鎌倉で新婚生活を始める一色夫妻の日常から、まさしくデスティニーが判明する後半部に向かう、面白くておかしくて時には泣かせる秀作だと思います。パートナーと見るといいでしょう」みたいなこととかを書いていただいております。

「……2回目以降は別の角度から見られるので面白かった」とかですね、「前作の『海賊とよばれた男』もそうですが、(山崎貴監督は)娯楽作をしっかり作れる監督だと思いました。2020年の東京オリンピック、開会式・閉会式の演出も楽しみです」というね。でもこの方は『スポーツマン山田』評を聞いてからムービーウォッチメンに本格的にハマッたという方なんでね。その上で、このテンションなわけですから、本当にいいと思ったということですよね。「黄泉の国の風景も素晴らしく、VFXが得意の山崎監督の感性が光り、ジブリ以上のファンタジー感がありました。お正月映画としても周りにおすすめできる1本です」という、大変に気に入られたということでございます。

一方、ダメだったという方。ラジオネーム「レイレイレイラ」さん。「私は鎌倉の由比ヶ浜で生まれ育ち、原作『鎌倉ものがたり』は小さい頃から家族みんなで回し読みしていた大好きで大切な漫画です。なので、山崎貴監督で映画化が決まった時は緊急家族会議が開かれ、みんなで事の行く末を案じていました。結論から言うと、とても受け入れがたい映画でした」。まあ、原作ファンとしてね。「基本的に全編に渡っていろいろとあるんだけど、特に集約すると1、登場人物。特に(奥さんの)亜紀子のキャラクターの改悪。2、生まれ育ったものとしてはとても許せない、愛情の欠片もない鎌倉の描写。3、脚本の雑さや人物の描き方の浅さ。死を軽々しく扱いすぎている点。4、世界観がグチャグチャすぎる点など」ということで、いっぱい書いていただいております。

あと、原作『鎌倉ものがたり』のいいところとして……みたいなところもいろいろと書いていて、ありがとうございます。ちゃんと読ませていただきました。

■膨大なエピソードから適切なもの選び取り、一本筋が通ったストーリーに

さあ、ということで行ってみましょう。『DESTINY 鎌倉ものがたり』を、私もTOHOシネマズ日劇とバルト9で計2回、見てまいりました。特にTOHOシネマズ日劇の方は、割と年配のお客さんが多い雰囲気でしたね。原作ファンでもあるのかな? ということで、山崎貴監督。日本映画界トップクラスのヒットメーカーであることは間違いなく、オリンピックの演出チームにも入ったということですけども。

ただし私ね、申し訳ございませんが、この映画時評コーナー、シネマハスラー時代、そしてムービーウォッチメンと、正直山崎さんの作品は、割と常に辛口の評価をしてまいりました。『BALLAD 名もなき恋のうた』『スポーツマン山田』『ALWAYS 三丁目の夕日’64』、そして『STAND BY ME ドラえもん』、ということですね。でね、なおかつなぜか高頻度で、田舎の喫茶店の名前みたいな雰囲気横文字メインタイトルが漏れなく付いてくるという、通称「山崎メソッド」に則って、「売れる! 映画タイトル会議」という、過去の名作をもっとヒット作にしてしまおうという失礼極まりない企画をやったりしてしまいましたね。『SMILE 輝く雪の中で』……これは『シャイニング』っていう(笑)。あったりしましたけどね。あと、これがひどいね。『THE EARTH 猿の惑星』(笑)。これは本当にひどい!っていうあれですよね。で、その点、今回の最新作は、またまた律儀に山崎メソッドのタイトルですよね、『DESTINY』って。(これまで通りの山崎メソッドに)則っているんだけど、映画を全部見ると、一応なるほど、たしかに「デスティニー」の話ではあるな、ということにはなっているので、ちょっとマシとも言えるというね。でも、やっぱり僕はシンプルに『鎌倉ものがたり』で、中身は結構ファンタジーですよ、っていう方が粋だなとは思いますよね。

事程左様に……というほど左様でもないんだけど、今回の『鎌倉ものがたり』は、少なくとも当番組で過去に取り上げた四作と比べるとですけど、比較的……比較的まだ、僕は心穏やかに見ていられた一本ではありました。原作は『三丁目の夕日』と同じく西岸良平さん。30年以上に渡って続いている、まだ連載中の作品ですけども。これもまあ、『三丁目の夕日』と同じく、一話完結型。で、ほんわかした生活描写とかウンチクとかと同時に、わりとしっかりガッツリ、ミステリー物っていう側面もあるという一話完結の話ですよね。だから、わりとほんわかしたタッチなんだけど、先ほど「原作が好きだ」という方がメールでも書いていましたけど、わりとほんわかしているようで実は、人間の業とか世界のダークさみたいなものを見つめるというような側面もある、という原作でした。

で、今回の脚本も手掛けられている山崎貴さんはですね、今回の映画化にあたり、非常に膨大な分量がある原作の中から、まさに「デスティニー」的な……主人公夫婦が実は前世からの運命的な絆で結ばれていて、という設定をストーリーの主軸にいったん置いて、膨大ないろんなエピソードの中から、今回の映画版用に、それぞれは断片的なエピソードから、その「夫婦が運命的な絆で結ばれている」というメインストーリーの肉付けに使えるようなものを選び取って、パッチワークして、必要ならばさらにアレンジを加えるなどして、劇場用映画のための一本筋が通ったストーリーに仕立て上げている、という。

このあたりは、『STAND BY ME ドラえもん』で、やはり原作の『ドラえもん』は細切れのエピソードですから、そのそれぞれ細切れのバラバラなエピソードを一本の話にまとめ上げた手腕、というのに近いあたりかと。まあ、その一本の話にまとめ上げた結果を、どう評価するか?っていうのはまた別問題なわけですけどね。まあ、詳しくは僕の『STAND BY ME ドラえもん』の評をね、まあどこかには転がっていると思うんで、そちらを見ていただければわかるかと思いますが。

■ウェットな場面もあるが、致命的にテンポを損なうほどではない

ともあれ、今回の実写映画化公開にあわせて、たとえばコミックの「原作エピソード集」という、要はさっき言った山崎貴さんが原作から拾い集めてきたエピソードの、元が集められたものが双葉社から上下巻で出ていて。これは本当に(今回の実写映画版と)対応して比べるのに非常に超便利なので、こちらを読むとさらによくわかりますけど、「なるほど、ああ原作のあのエピソードをここに持ってきたのか!」「こういう活かし方をするのか!」っていう、そのパッチワーク、アレンジぶりに、もともとがバラバラであることを知っていればいるほど、「ああ、なるほどね」っていう風に、素直に感心するところも今回はまあ、多かったです。

特に、原作だとあくまでも単発の……元の『鎌倉ものがたり』が基本そうなんだけど、非常にこじんまりした、淡々としたいい話っていうので単発的に終わっていたあるエピソードを、これは完全に今回の実写版独自のアレンジなんですけど、クライマックス、非常に追い詰められた主人公たちの問題を、最終的に解決するロジックとして、それを上手く持ってきて使っていて……この、最終的に主人公たちが直面していたすごく重大な問題、それまでは解決できなかった重大な問題を解決するというのに、ちゃんとした明快なロジックがない、いい加減なつくりのエンターテイメント作品も結構普通に多い中で、わりとちゃんと「ああ、なるほどね」というロジックとして使っていて。僕はこれ、この部分は特に、「ああ、これはなかなか上手いパッチワークとアレンジだな」という風に、わりと素直に感心しちゃった部分でもありました。

またですね、これもまあ原作のテイストに基本的には合わせようとした結果だと思うんですけど、これまでの山崎貴さんの作品、もちろん『三丁目の夕日』シリーズを含めてですけど、その中では比較的……あくまでも「比較的」ですけども、まあウェットに引きずられるシーンが少ない。あるはあるけど、致命的にテンポを損なったりするほどではないかな? という程度で、好ましいあたりかなと。特に、さっき言ったようにクライマックスがあって、クライマックス後はわりとサクッと、淡々とした日常に戻って、わりとサラッと終わる感じは、たしかに原作コミックス毎話の読後感……要するに、結構な事件が起きるんだけど、最終的には夫婦のほんわかしたところに、わりとサラッとした感じで終わる、という読後感にも近くて。まあ、これはいいんじゃないかな、という風にも思いました。

ちなみに、主人公夫婦のあのバカップルっぷり、というよりは、ちょっと……すいませんね、ちょっと気持ち悪い感じとかは、原作もわりとそういう感じがあるんで。それは引き続き、という感じだと思いますけども。ただですね、これはあくまでも、ポジティブに受け取れるポイントを抜き出して言っただけで。実際には、2時間9分もある上映時間中、正直思わず「えっ? これ、あとどのぐらい続くの?」と、時計をついつい見てしまったりですね。あと、これは本当によくありませんね。映画館の中でね、つい、やや大きめの舌打ちをしてしまった瞬間というのが(笑)、やはりというべきか、少なくはなかったということですよね。

■前半は話の推進力が弱く、かなり退屈な展開が続く

まず、さっきは一応ポジティブに評した、原作の断片的エピソードのパッチワーク&アレンジですね。なかなか上手くやっているところもある、という風に評しましたけども。先ほど言ったメインストーリー。主人公夫婦に運命的な絆がありました、という――原作からは設定そのものはだいぶ変えていますけども――運命的な絆がありました、というのがストーリー上に明白に浮上してくるのは、実は結構後の方なんですね。それこそ1時間以上たったあたりでようやく、そっちの方の話に傾きかけるわけですね。それによって話を転がしていく、という方に行くので。それまでは正直ですね、ストーリーの推進力は極端に弱い、ぼんやりした時間が続く、ということになっちゃっているわけです。

まあ原作コミックだと、これは一話完結ということもありますし、たとえば鎌倉の街をめぐるウンチクであるとか、あるいは妖怪をめぐるウンチクだとか、歴史のウンチクだとか、あるいは料理をめぐるウンチクだとか……要は、ウンチク漫画っていう側面があったり。それはつまり、先ほどのメールにもありましたけど、現実にも存在する鎌倉という街そのもののミステリアスなところ、含めての面白さ込みで……つまり、ちゃんと「生活感」込みでの面白さなのね。生活感込みのウンチク漫画、としての面白さというのがあるんだけど。

あるいは、意外とがっつりミステリーでもある、というような側面もあるんだけど、今回の実写版では、そのウンチク的な部分、生活感がある部分、そしてミステリー的な側面を、ほぼほぼ切り捨てているため……まあ、それはでも、現実的にそうせざるを得なかった、っていうのもあるとは思うんですよね。要するに実際の、現実の鎌倉にカメラを向けると、どうしてもそのファンタジー世界っていうのとフィットはよくなくなったりとか……できる範囲内で古い車を揃えて道を走らせたり、現代的光景の排除にはそれなりに努めている、というのはわかるんです。ただその結果、車は古いのに電車は新しいとか、100円ショップはあるんだ、とか、ちょっと(時代考証的に)イケてないところもあったりするんですけどね。

とにかく結果として、ものすごく限定的な、それもはっきりとつくりもの然とした空間の中で、どっちつかずのぼんやりした話だけが、フワフワと浮かんでは消えるみたいな、はっきり言えばかなり退屈な時間が長く続く、ということに、特に前半部はなってしまっているということだと思いますね。また、これも断片的エピソードをパッチワークした結果なんですけど、明らかに登場人物が勘違いをして、後にすぐそれは晴れるであろうこと(ふと抱いてしまった疑心暗鬼)を、延々とウェットな演出で見せちゃったりして。「どうせすぐこれ、晴れる件でしょ?」みたいなのも延々引っ張っちゃったりしていて。それで鈍くさい感じになっちゃったり、とかっていうのもありますし。

■“意志“の込められたVFX場面に対して、人物芝居の場面は無造作で緩すぎる

で、そういうそもそもの脚本というかつくりとしての締りのなさに拍車をかけているのが、これはもう山崎貴監督の資質に関わることなんですけど、役者陣の演技演出……役者さんたちが悪いわけじゃないんだけど、演技演出の、悪い意味でのゆるさ、というのがあると思います。まあ、主演のお二人から脇に至るまで、間違いなく大変な芸達者が揃っているはずではあるんです。他の作品では非常に名演を見せているようなみなさんばかりです。たとえば、高畑充希さん。一色亜紀子という奥さんを演じる、お若い方ですけども。それこそ、スクリーンを支配する華とチャームがあって、あと演技スキルも並々ならぬものがあるな、ということは本作からも伝わってくるし。「ああ、これは素晴らしい女優さんだな」というのはわかるんです。それは十分、伝わってくるからいいじゃないかって思うんだけど……なのに、この映画の画面、スクリーンの中で見た時の、明らかにこの非・映画的な演技のゆるさっていうのは、これは一体なんなのか?っていう。

おそらくですね、彼女を含めた役者陣の芸達者ぶりに、ちょっとある意味(作り手側が)乗っかっちゃっているだけというか。要は、「芸達者な演技」やらせっぱなしを、撮りっぱなし、みたいな感じだからじゃないかな?っていう風に思っちゃいます。もちろん、自然主義的な作品と言うか、自然主義的な演出を通す作品なら、そういう風に演者たちをずーっとやりたい放題にさせておいてそれを撮りっぱなしにする、っていうやり方が有効な時もあるかもしれませんけども……山崎貴映画は、これは残念ながらみなさん、ご存知の通りむしろ、非常にデフォルメされた、戯画化された演技というのがトレードマークなわけですよ。たとえば、原稿が書けないっていう時に、「うわーっ!」とかって言って頭をかきむしったりするという(笑)、戯画化された演技がトレードマークなので。

これがやはり、そこで役者陣の演技をやらせっぱなし・撮りっぱなしのやり方をやると結局……これは『スポーツマン山田』評の時にも僕が指摘したことですけども、VFX場面の、こういうことがやりたかったんだなっていう意志がすごく込められた画面に対して、普通の会話シーンとかになると途端に、人物の撮り方、動かし方などが非常に無造作、ゆるくなりすぎるという癖、これが結局まだ抜けてないな、という風に思ってしまいました。せっかくファンタジックな世界を作り込んでも、これだとな……っていうのもありますし。そうすると、さらに今度は原作がそもそも持つゆるさ……たとえば、ある作家の正体は? みたいなのは、これは原作でもそのオチって結構、「えっ? それってそんなことでいいんだ?」みたいな感じのゆるいオチなんですけど、その原作のゆるさも悪い意味で目立って来てしまったりする、ということで。あまりよろしくないな、という風に思いました。

とにかくこの、全編に渡る芝居の見せ方そのもののゆるさがあるから、根本的に全くファンタジー世界として、そこも乖離してしまっていますし、あまり評価しがたい、ということになってしまって。これは引き続き、山崎貴監督最大の課題だと思います。ちゃんと力が込もっているな、というところとの落差がありすぎる、っていうことですよね。この部分が残っている限り、僕はやっぱり、「日本を代表する映画監督」っていうフレーズに、どうしても違和感がある、という感じだと思いますね。で、予告などでも見せている通り、クライマックスであの世、黄泉の国へ行ってしまった妻の魂を連れ戻しに、堺雅人さん演じる一色さん自らが黄泉の国に乗り込んでいくという、この映画オリジナルの展開が、いわゆる三幕目、クライマックスに用意されているわけです。

■ファンタジー展開から現実側に着地する、原作のバランスとは異なる

で、このくだり、みなさんもご指摘の通り、ネットなどでもみなさん結構書かれているようですが、見ればもうはっきりとしているんですけど、このくだりを中心に、非常に今回の『DESTINY 鎌倉ものがたり』は、言わずと知れたあの国民的メガヒット作、『千と千尋の神隠し』に非常によく似たというか、ぶっちゃけパクりとしか言いようがないディテールが、非常に目立つ作品でございます。あと、まあ最後に主人公たちが乗るある乗り物的なものがあるんですけど、その『千と千尋の神隠し』に似ているところが非常に多い作品である、ということを合わせて考えると、「ああ、じゃあこれもナウシカで王蟲を吊り下げていたあの乗り物なのかな?」とか、いろいろとそういう(これはアレが元ネタかな?的な)ことを思い始めちゃう。

たとえば、安藤サクラさんが演じる死神っていうのが、この世界観からするとちょっと「あれっ?」っていう浮いた格好をしているんですけど、これは原恵一監督……言うまでもなく『BALLAD 名もなき恋のうた』の原作である『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』の監督である原恵一監督の、『カラフル』という作品に出てくる「プラプラ」という天使――まあでも、あの世との渡し役という意味では同じです。死神であり天使であり、というのですけども――これはきっとプラプラのあの感じ、だよね? とかですね。あるいはその、鎌倉の妖怪が集う夜市、という場面が出てきます。これは、まあ山崎さんのことですから、『スター・ウォーズ』のカンティーナ酒場だな、とか。ちょっと『パイレーツ・オブ・カリビアン』っぽい人が出てきたりとかですね。

とにかくこういう風に、はっきり言えばいわゆる「臆面もなく」、ああ、あれのあれがやりたかったのねっていうのが露骨に出ちゃっているとような、これはまあ山崎貴さんのもはや作家性、という感じですよね。で、そもそも原作コミックは……原作コミックに非常に忠実にエピソードを持ってきているようなところもあるんだけど、根本的な精神として、(原作コミックは)実はまあベースがミステリーなだけあって、意外といったんファンタジーな世界に振れつつ、最終的にはやっぱり現実側に着地していって、最後にちょっと不思議な余地も残す、ぐらいのバランスで……(それとは対照的に)やっぱり最終的にファンタジーな方にグッと寄っていっちゃう、ファンタジーの中に入っていっちゃうこの山崎さんのバランスは、やっぱりこっちがやりたいのであって、原作の感じとは全然違う、っていうのがね、あったりしますけどね。

■「いい話」に対する考え方が根本的に合わないのかも

で、本来はこのクライマックス……まあ、いいんです。それはそれでいいんです。全然変えちゃっていいんです。実写映画化なんだから。なんだけど、その肝心のクライマックス。異世界の見せ方。本当はここにこそ、クリエイティビティーとかオリジナリティーを、やっぱり観客としては期待したいじゃないですか。僕はやっぱり、あの世を見せてくれる映画はだいたい面白い、と思っています。今回もその意味では楽しみだったんですけど。ただ、そこにこそ本当はクリエイティビティー、オリジナリティーを込めるべきなのに……まあ、でも山崎貴作品にそのレベルの志を求めるのはもう、お門違いっていうことなのかな?っていう風に思っちゃうぐらい、今回はいくらなんでもちょっと『千と千尋』すぎるだろう?っていう。

ただまあ、それはそれとしても、このクライマックス。「黄泉の国は見る人によってその見え方が異なる」という設定なんですね。で、それはいいですよ。だとしたら、「他の人にはこう見えている」っていう、ワンカットぐらいは入れてほしいですよね。たとえば、お父さんと再会して、お父さんが「ふんっ!」とかなんかやって(息子が見ている黄泉の国の光景を共有するというくだり)……この「ふんっ!」もなんだかなと思うんだけど……「お前にはこう見えているのか」って言うんだったら、(もう一度)「ふんっ!」でもいいから、「ワシにはこう見えている」って(いうのを画として見せてほしい)。で、たとえばこっちにはすごくモダンに見えているとか。なんかそういう面白みも出せたのにな、とか思いますね。

あと、クライマックス。「作家ならではの想像力で戦う」という、それ自体はいくらでも面白くなりそうな展開っていうのが、ものすごーく表面的なというか、中途半端なレベルでしか活かされなかったのも、非常に残念だなと思います。そして、結局「デスティニー」っていう、要は代々運命づけられた愛というのが、しかもそのデスティニーの、始まりのエピソードっていうのが提示されないので、始まりもなく、終わりもなく永遠に続く……って、いわゆるそれは「煉獄」じゃね?っていう感じがしちゃうし。同時にその裏側には、「永遠に繰り返しフラれ続けるあいつ」っていうのもいるわけだから。やっぱり、「これって本当に“いい話”なの?」っていう後味が残っちゃう。これもやっぱり山崎貴さん節というか。これはひょっとしたら、僕と根本的ないろんな考えが合わない、というのもあるかもしれませんけどもね。

■いろいろと粗が目立つ。もうちょっと話のスケールを小さくしませんか?

あとはまあ、独特のいろんなセリフ回し。たとえば、「家賃が払えない」っていう人に対して、家賃を取り立てる大家さんが、「慈善事業じゃないんですよ!」っていうことを言う(笑)。ねえ。本当にもう、記号そのものというか。脚本を書く時に、その言い方だけはいちばん最初に排除しないかな?っていうことを普通に言う、とかですね。あと、子役の使い方っていうのは本当に監督の力量がすごく露骨に出るところだと思うんですけど、ねえ。あの、謎のキャベツ太郎を食べている少年の……目とかが泳ぎまくっているんだけど、なんかそういうハズし演出みたいなのを、なぜか急にそこだけ入れてきたりとか。

一方では別の場面で、子供が主人公に土下座する、っていうシーンがありますよね。で、そしたらね、たとえば子供が土下座をするのを見て、主人公がハッと我に返って、「いや、私もそんなつもりじゃ……」みたいになるのもないから。子供に土下座させて……ああ、あれか? 「倍返しだ、土下座しろ!」って言っている役の人(堺雅人主演ドラマ『半沢直樹』)だからっていうこと?(笑) それもちょっとね……っていうことになりますし。

あと、ディレクターの小荒井さんはこんなことを言っていましたね。堤真一さん演じるあるキャラクターが、魔物というか、ちょっと化物的な人に変身しちゃって。CGキャラクターと日常の暮らしというのが融合された画面は、非常に難しい場面だと思うんですけど。

「そこのCGが、実景と合っていないじゃないか」みたいなことを言うんだけど……もう、その程度は余裕っしょ!(笑) そういうCGのクオリティーがどうこうとか、そういうことを言うの止めようよ! みたいな。そのぐらいには、他のいろんなところのゆるさとか粗が本当に目立って。やっぱりトータルで、ファンタジー世界とかいうのをやるんだったら、もうちょっとベースのところから……それが無理なら、もうちょっと話のスケールを小さくするとか、もうちょっとやり方を考えないと。(山崎貴監督の演出に)オリンピックを任せるのが本当に不安なんですが、という結論になる。このあたり、私の言っていることが本当かどうか、ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 再来週2018年1月6日の課題映画は『オリエント急行殺人事件』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

<以下、ガチャ回しパート>

TBSラジオをキーステーションにお送りしている『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』、先ほど扱った『DESTINY 鎌倉ものがたり』は、シネマランキングトップ10には、すいません、入っていなかったということで。でも、まあ別に、ワーストとか、それぐらいの勢いでも別にないんで。先週のランキングには影響せず、ということでございます。

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◆過去の宇多丸映画評書き起こしはこちらから!