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【映画評書き起こし】宇多丸、『勝手にふるえてろ』を語る!(2018.1.20放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

実際の放送音声はこちらから↓

宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。今夜扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『勝手にふるえてろ』

(黒猫チェルシー『ベイビーユー』が流れる)

終わった瞬間にね、「ニ(に)」を演じている渡辺大知さんがボーカルの、この黒猫チェルシーの曲が流れ出して。ちょっとニ側の、男側の心情の歌詞っぽい感じで終わるのもなんか、そこで(本編から視点が)反転するのも、ちょっといいなと思いましたけどね。

ということで、芥川賞作家、綿矢りささんの同名小説を実写映画化。恋愛経験のないOL「ヨシカ」が10年間脳内恋愛を続けている中学時代の同級生「イチ」と、突然告白してきた職場の同僚、通称「ニ」ね──これね、ちゃんと名前がある人なんですよ!っていうあたりも最後に出てきますけどね──の間で悩み、暴走するさまを描くラブコメディー。

主人公のヨシカを演じるのは、今作が初主演作となる松岡茉優。イチを演じるのは若手俳優・北村匠海さん。そしてニを、ロックバンド黒猫チェルシーのボーカル、渡辺大知が演じている。監督は松岡茉優とは三度目のタッグとなる……いろいろと、オムニバスのやつとか、TUBEのミュージックビデオとか諸々でタッグを組んで。で、今回の作品が三度目のタッグとなる、大九明子さんでございます。

 

■「これは私だ!(顔面を除いて)」(byリスナー)

ということで、この『勝手にふるえてろ』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)を、メールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、多い! 先週の『バーフバリ』に引き続き、大量に到着しております。非常にハマッている人がめちゃめちゃ多い作品ということは聞いておりましたが、多い。

そして賛否の比率は、もちろん「賛」が9割。熱気があるということですね。

「これは、私だ! 顔面を除いて、ほぼ完全に私だ!」(ラジオネーム「マルバ」さん)というように、主人公ヨシカに自分を重ね、「これは私の映画だ!」とそのまま自分語りを始める長文メールが多数到着。「お前の話じゃねえか!」っていうね(笑)。まあ、それがいいんですけどね。そういうのね。

また、「松岡茉優をずっと眺めていられるのは幸せ。しかし、体験としては地獄」(ラジオネーム「イタ」さん)など、そのイタさ……ヨシカさんというキャラクターが、いろいろとイタい言動を取るという、そのイタさに悶絶している人も多かった。女性からの投稿が目立ったが、しかし男性からの共感メールも多数、ということでございます。一方、否定的意見は「キャラクターが嫌い」「前半と後半のギャップがなくてつまらない」などがちらほらございました。代表的なところをご紹介いたしましょう。

東京都の30代女性から。「やっと出てきた。よくいる普通の女性がちゃんと描けている邦画。こういう作品をずっと待っていたんです。最高の“ボンクラ処女”映画でした。イチへの感情や突発的な行動の数々は全く理解できないものの、愛好するものに対して果てしない執着を見せたり、上司に『フレディ』とあだ名をつけたり……」。あそこでね、ドンドンターン!ってね(クイーン『We Will Rock You』の有名なビートパターンをヨシカが机で叩いてみせる)。あそこ、笑っちゃいますけどね。

「……腹が立った時に『ファック! ファック! ファック!』と絶叫したり。『タモリ倶楽部があるから飲み会に行きたくない』とか、同性の女の子をかわいいと思う気持ちとか。これ! 私たちの日常、まさにこれ! 非リア充のオタ女子とくくられがちなヨシカというキャラクターですが、友達が多くても、彼氏と上手く行っていても、普通の女の人ってだいたいこんな感じなので血肉の通った人間がちゃんと描かれていると感動しました。いままで邦画を見てきて、せめて1人ぐらいリアリティーのある普通の女性キャラがいてもいいのにな……と不満に思っていたストレス全てを吹き飛ばしてくれました。大九監督も松岡さんもすごい! ありがとう! こういう映画が見たかったよ!」という感想でございます。

では、ちょっとダメだったという方。「ねこまた」さん。「『勝手にふるえてろ』を見てきました。正直、退屈に感じてしまいました。妄想と現実を行き来する話なのでそれが爆発してすごいものが見れるのでは? と期待したのですが、それがなかったのが残念です。たしかに松岡茉優さんの演技にハッとさせられる瞬間もあったのですが、正直テンポが悪いのでだんだんどうでもよくなってしまいました」というご意見でございました。ありがとうございます。

■「松岡茉優最強なんじゃねえか?」説

『勝手にふるえてろ』、私もヒューマントラストシネマ渋谷で2回、見てまいりました。非常に入っていましたね。これまで当コーナーでも、たとえば2016年5月14日に評しました『ちはやふる-下の句-』での大好演……これね、2016年度のこの番組のシネマランキングの途中でやる「ゴールデンタマデミー賞」のベストガール部門、こちらを勝手に捧げさせていただきましたし。そこから改めてさかのぼっての、2012年9月15日に評しました『桐島、部活やめるってよ』。大名作ですけども、あの『桐島、部活やめるってよ』全体のクオリティーアップ……あの緊張感ね。ちょっとイヤな感じが、ずーっと、ピーンと張っているという緊張感。あの全体のクオリティーアップにも、大きく貢献していたのではないか? という……とにかく松岡茉優さんはすごい! というのは、ちょいちょいこの番組でも言及してまいりました。

しかもそんな、若手実力派女優ナンバーワン!的な立場でありながら、同時に、ハードコアなモーニング娘。のファンであったり、バラエティー的なしゃべりのセンスも異常にバツグンだったり。そういう意味でも我々的にはもう、「松岡茉優最強なんじゃねえか?」説が定説となりつつあったのが昨今……と、言わねばならぬのが現状。こういう感じだったんですけど。そんな中での、満を持しての初主演映画という。まあ、意外にもと言うべきか、やっぱりちょっと脇を固める感じでいままでは(彼女もキャリアを重ねてきたので)……それでもすごく強烈に印象を残す、という感じでやってこられた松岡茉優さん。意外にも初主演映画。

■「宇多丸、マジ神!」って言ってほしい

そしてそれがまさに松岡茉優さんの実力と魅力全開! な、逆に言うともはや彼女主演以外はちょっと考えられない一本にしっかりなっている、というあたり。非常に素晴らしい初主演映画なんじゃないでしょうか。実際にね、主人公のヨシカというキャラクターはこれ、下手な人がキャスティングされていたら、まあそのこじらせ感とかイケてない感とか、そういうオタクな女の子感みたいなのを強調しようとするあまり、たとえばあざとさばかりが目立ってしまったり、あるいは本当にただ地味で共感しづらいだけのキャラクターになってしまったり、っていうことになってしまいかねないところを……これはやっぱり松岡茉優さんならではの、たとえばああいうさ、「は!?」「はあ?」みたいなさ、会話の中ににじみ出る絶妙に険悪な感じとか、とにかくちょっとしたセリフ回しの間とか表情で、豊かなニュアンスを表現できてしまう、あの技量とセンス。

と、同時に、やはり見るものを引きつけてやまない圧倒的なチャーム。まあ、要はストレートにしっかりかわいくもある、みたいな。それを両立させているという。まさに「今」の松岡茉優という優れた女優さんがいてこそのマジックが、今回の主人公ヨシカさんにはかかっているんじゃないか。だからこそ、強く観客の記憶に残る、本当に名キャラクターになっているんじゃないか、という風に思います。これ、元の綿矢りささんの原作小説……ちなみに綿矢りささんはね、この作中で「『タモリ倶楽部』、見るから」ってね(ヨシカが言うけども)。僕、奇しくも綿矢りささんと『タモリ倶楽部』の収録ではじめてお会いしているというね。同じ早稲田出身同士ということでね。そこにちょっとなんとなく勝手な、俺は個人的な因縁を感じてしまいますね。「オレ、『タモリ倶楽部』出てるけど!」みたいな。劇中のヨシカに自慢してみたくなってしまいましたけどね。「宇多丸、マジ神!」って言ってほしい、っていうね(笑)。

■ヨシカは「普通のいびつさ」を抱えた「普通の女性」

綿矢りささんのその原作小説の方は、基本は主人公の内面の独白でずっと進んでいくつくりなわけですね。で、ずっと主人公の内面で、思っていることが地の文で続いてくつくりだとよりはっきりするんですけど、この主人公のヨシカさん、たしかに自意識過剰で、いろいろとこじらせていて、物語の後半では、わりと言い訳不能の、まあちょっとした暴走っていうのをしてしまったりもするんですけど、僕は彼女を……これはさっきの30代女性の方のメールと同じで、僕も、別にそこまで変な人、極端に変な人っていうわけじゃなくて、ある意味誰でもこのぐらいの鬱屈や屈折、いびつさは抱えているものでもある、特に20代半ばぐらいならこれぐらいの右往左往、七転八倒はしていて当然、という風に思いました。だから「いや、これは普通の女性ですよ」っていう風に僕は思った。

むしろ先ほどのメールにもあった通りだけど、そういう「普通にいびつ」ぐらいの女性というか、「普通ぐらいのいびつさを抱えた普通の女性」みたいなものこそ、エンターテイメントの中で、特に日本映画の中ではなかなか描かれる機会がなかった、ということは、本当に確かにそうかもしれません。で、それをエンターテイメントに落とし込むことこそが難しいのかもしれませんけどね。まあとにかく、わりと実はヨシカさんは普通の人だという風に僕は思う。

ただ、今回の映画版では、脚本・監督の大九明子さんという方が、さっき言った原作小説の内面の独白というのを、映画でそのまま……たとえば、普通に内面のモノローグをナレーションで流す、そういうやり方も当然ありますよね。(ただそういう風に)思っていることをナレーションで流す、みたいにやってもオイシくない、それだと綿矢りささんの小説だと活きる言葉のキレみたいなのがちょっと軽くなる、安くなっちゃうんじゃないか、みたいに(大九さんは)判断して。それでどうしたかっていうと、小説でやっている内面の独白を、まとめてヨシカさんが……特に映画前半部における、「ヨシカが街の人たちにひっきりなしに話しかける会話」というのに置き換えているわけです。

で、さらに中盤には、あるどんでん返し的な仕掛けがあって。で、そこから始まる、やはりかなり大胆な映画的演出が用意されていたりして。要は、このヨシカさんというキャラクターが、原作よりも若干エキセントリックな人に見える、ということを含め、映画的にかなりハジけた、ポップなアレンジを施している、ということだと思います。そして、それによって後半、彼女が後生大事に守り続けてきた内面と、現実っていうのの否応なしの軋轢というのが、より痛々しく際立つような感じになっているという。僕はこれはやっぱり大九明子さん、その原作小説の見事な「映画化」、まさにアダプテーションの仕方として、見事に成し遂げているなという風に思いました。

■大九明子にとってぶれいくするーとなる一本

この大九さんの作品、僕は過去作すべてを拝見してるわけじゃないんですけども……ガッキーの『恋するマドリ』とかを撮ったりしていますけども、このタイミングで遅まきながらいくつか拝見した中では特に、長編映画としてはこの前作にあたる『でーれーガールズ』。2015年の作品『でーれーガールズ』っていうのが、言っちゃえばこれ、見てみたら完全に日本版『サニー 永遠の仲間たち』だなって思いました。『サニー 永遠の仲間たち』はこの番組では2012年7月7日に評させていただきましたけど、そんな話だった。まあ、過去の自分と現在の自分。で、その現在の自分が過去の、特に非常に仲がよかった友人との思い出にある意味、ケリをつけていくという。それが並行して語られていくという話。

あとですね、その「妄想に逃避してきた少女が、現実の異性とはじめて対峙することになって……」とか、その日常と妄想がシームレスに映像的に表現されている感じとか、あとはもちろん女の子同士のちょっとヒリヒリした友情のあり方とか、いろんな意味で今回の『勝手にふるえてろ』と、非常に通底するものが多く感じられる『でーれーガールズ』。非常に胸にしみる良作でございました。これ、機会があったらぜひ見ていただきたいと思います。この機会に見れてとてもよかったです。

ただ、今回の『勝手にふるえてろ』はですね、大九明子さんの監督デビュー作『意外と死なない』という1999年の作品。これ、ソフト化もされていなくて、僕、申し訳ない、すごく見たかったんだけど、見れてないんです。不勉強で申し訳ない。劇中、セリフでもね、「意外と死なない」ってセルフ引用的に出てきましたけど。その『意外と死なない』にも通じるものがある、とご本人がおっしゃっているぐらいなんですけどね。

ともかく、これまでのフィルモグラフィーの中でも本当に、いままでの商業作品の中でも好き放題、いきいきと暴れまわってる感が明らかで。本当に一皮むけた、ブレイクスルー的な一本になっているんじゃないでしょうか。なのでまあ、これだけいろいろと評判を呼んでいるんじゃないかと。

■ステレオタイプに陥っていないスタイリング演出

いろいろと語り口、切り口はある作品なんでしょうけども、僕がすごく印象に残って、素晴らしいなと思った部分。たとえばこの主人公のヨシカさんが着ている服ひとつを見ても……要はヨシカさんは、ちゃんとおしゃれでかわいくて。つまり、こじらせ女子、オタクっぽい女子だからって、「投げた人」ではない。わかります? 僕の表現で言う「投げた人」。格好に気を使ってないとか、そういう人ではなくて。要はちゃんと自分の世界、価値観を持っている人で、っていうのが描かれている。「オタク女子だからこういう感じでしょ?」っていう感じじゃなくて、ちゃんとかわいい、おしゃれとかもちゃんとしている人として描いている。これは好ましいと思ったし。

ただ同時に、たとえばそのヨシカさん、おしゃれはしているんですよ。しているんだけど、足元が何度か映されるんだけど、基本やる気ない時は、やっぱりちょっと靴をね、汚く、だらしなく履いている。このあたり……やっぱりそういうところで、おしゃれもしているし、投げているわけじゃないけど、なんか根本のところでゆるい、なにか自分に甘い感じがする、とかね。自分を律しきれてない感じのあたりとか。あと、そんな彼女がついに、さっきまでモカシンをだらしなくボヨーンと履いていた人が、ついにピカピカのパンプスをまさに「装備」して。意気揚々と出かけていく局面。それがついにだから、キターッ! と。ピカピカのパンプス……彼女にとっての、やっぱりお姫様なんでしょうね。ピシッとして出かけていく局面がキターッ! というその高揚感。

それをその靴の対比で示しているし。と同時に、なおかつ、あのピカピカのパンプスを履いて出かけて行ったその日。帰ってきた時の彼女の痛々しいこと……。あんなに意気揚々と出かけて行ったのに、っていうあたり。これ、でも誰でもあると思うんですよね。出かける時は「今日は人生の最良の1日になるぞ!」って出かけた日に、ドヨ~ンとして帰ってくる、とかね。

■ディテール全体を通した演出が非常にフレッシュ!

あともうひとつ、さっきの「そんなに異常だとは思わない」っていうのは、中学の時とかにさ、好きだった子をずーっと10年間想い続けて……それはもちろん褒められた精神状態じゃないんだけど……オレなんかあれですよ、中高6年間男子校だったから、小学校の時に好きだった子の、その(記憶にある)瞬間とかしかねえんだから! あと、予備校でちょっとすれ違った子に、プリントを渡した瞬間にニコッと……ニヤリかもしんねえけど。笑ったその瞬間(の記憶)を、膨らますしかねえんだから! しょうがねえだろ! だから、すごい分かるんですよ。

で、まあとにかくさ、そういうあたりとか。あと、デートなんだけど、「お前、部屋着の上にコートを羽織っただけだよな?」とか(笑)、そういう感じ。やる気がない時との差がすごい激しい感じとか……とにかくヨシカさんの、その着る服とか履く靴とか、そういうディテール全体、セリフとかストーリーだけじゃなくて、ディテール全体を通した演出が、とにかく細やかだし、楽しい。たとえば、ある文房具を使った、非常にフレッシュな心理描写であるとか。それもよかったですね。で、そういう周りの演出がきっちりできているからこそ、これはおそらく大九明子さん、もともとは人力舎でお笑いをプロとしてやられていた方なだけに、やはりセリフの応酬……ちょっとした間とか、ニュアンス豊かなセリフの応酬の醍醐味。これがやっぱりすごく生きてくるあたりですよね。

■笑える会話の応酬の中にテーマとリンクした仕掛けも

もちろん松岡茉優さん、さっき言った通り、言ってみればバラエティー、お笑い的なセンス、スキルもバツグンだから。ちょっとしたセリフ回しだけで、爆笑の名ゼリフが満載ですよね。「はい、出た。正直~!」(笑)。でも「はい、出た。正直~!」で爆笑しながら、「私、それ大嫌い!」っていう叫びに、なんか笑いながらも「あっ、イタい……わかるわかる」っていう感じもあって、たまらないあたりですけども。こんな感じで、実はそういう笑えるセリフの1個1個にも、ちゃんとお話と、もっと言えば作品のテーマとリンクした重みが1個1個仕掛けられているあたり。非常に見事な脚色だと思いますし。

たとえば最後の言い合いのシーン。言い合い a.k.a 「はじめての真正面からのコミュニケーション」シーンとかね。要は、二という、彼女がまあ、好かれてはいるけど、見下げてきた男が言う、意外と真っ当なコミュニケーション倫理の話とか。実はとっても大事な、いい話をしているっていう感じだと思うんですよね。で、ここから次第に浮き上がってくる、その「自分と話しているみたい」だから好き、っていう好きになり方と、「わからないことだらけ」だから好き、っていう好きになり方。この「好き」の2つの対比っていうのも、非常に鮮やかに、ここでまた浮かび上がってくるし。

で、ちゃんとね、ここに来てしっかりそれなりに(二が)かっこよく見え始める。それまでは、「悪いやつじゃないんだろうけど、まあね、好きじゃないものは無理ですよ」っていう感じが、ものすごい説得力で体現できている黒猫チェルシーのボーカルの渡辺大知さん。これ、本当にこれ以上ないほど、つまり「二」感っていうかね。「悪い人じゃないし、この人から好かれていることそのものはありがたく思いますが、でも恋愛はできない」っていう感じ。でも最後にちゃんと、非常に真っ当に向き合うことで、「あっ、こいつなら心の玄関に一歩入れても……?」って。しかもね、家に絶対に(他人を)入れなかった人が、家に人を入れることで「心の結界が崩れる」感覚。私ね、詳しくは言いませんけどもね、そういう感覚を味わったことありますから。まあ、主にピエール瀧さんに無理やり入られた(笑)っていうことなんですけども(※宇多丸註:『小島慶子キラキラ』時代に起こった“宇多丸邸襲撃事件”のこと。詳しくはWEBで!)。という感じですよね。

■過去を振り返って見てはじめて分かる「見え方のズレ」

まあ、あえて言えば、この二にまつわる描写で僕が1個だけ気になったのは、エレベーターに無理やり乗ってきちゃうところ。あそこだけは、彼がちょっと、現実離れしすぎちゃったコミカルさっていうか……たしかにでもね、あそこはイチと二とヨシカさんが唯一一堂に会する3ショットのところだから、ぜひその3ショットの面白さを見せたかった、っていうのもあるだろうから、わかるんだけど……っていうのはありますけどね。まあでも、シーンとしては爆笑でしたね。やおらリップクリームを塗りだすくだりとか、本当に最高なんですけど。そのね、イチくんを演じる北村匠海くんの、本当にミステリアスな感じ……なんだけど、そこからの残酷な逆転感とかも(良かった)。ちなみに彼のあの学生時代の感じ、僕はBase Ball Bearの小出祐介くんそっくりだ、という風に思いましたけどね。

だから小出くんみたいに、自意識としてはどっちかと言うとそういうこじらせ系の人も、こっちから見れば王子に見えるかもしれない。だからその、要は人それぞれ、人の見方っていうのがズレがあるというあたりね。「俺、だって学生時代、いじめられてたじゃん?」。そのあたりもすごいね、過去振り返りあるあるっていうか、過去を振り返ることによって、わからなかった何かが浮かび上がってくるとかの(描写)も、すごく見事だなという風に思いました。これは、やっぱり綿矢さんの小説にある部分ですけどもね。

■見終わった後、登場人物たちの人生を語り合いたくなる映画

あと、映画的な部分で言うと、女子社員たちが、昼食をとった後なんですかね? 仮眠を取る場面っていうのが2回ぐらい出てきますよね。その場面の、これは原作にも出てくる場面なんだけど、大九明子さんは、眠る女性社員たちっていうのをとても愛おしく、きれいに……会社という、言っちゃえば男社会だったりするんでしょうかね、そんな社会の中で、ちゃんとがんばっている女の子たちが、いっとき息を抜いて眠っている。静かな、静寂が訪れて。でもそこでそれぞれのスマホの目覚ましがブ~ン……ッて鳴り出して、起き上がって、また立ち上がって外に出ていく、っていう。あそこをすごく愛おしく撮っている感じとかが、とっても大九明子さんの、『でーれーガールズ』とかにも感じた、女性映画というか、女の子映画の撮り手としての素晴らしい目線というのを感じましたね。

いろいろとね、ヨシカの言動に言いたいことが出てくるところも含めて、最高。俺に言わせれば、「そんなお前、10年会ってないんだったらこのぐらいは覚悟しておけよ! チャンスじゃねえか! こっから積み上げていけばいいじゃないか!」とか文句を言いたくなる(※宇多丸補足:もちろん、ヨシカにとってイチはやはりあくまで理想のなかで輝いていてほしかった存在なのであって、実際には当然他のみんなと同じく、そういう現実的なコミュニケーションの積み重ねが必要な対象だった、というのが判明してしまったこと自体が、ヨシカにとっては文字通りの“幻滅”だったのでしょう……というようなフォローを入れる時間が放送中はなかったので、この場を借りて)。

(そうやって)見終わった後に、「あそこさ……」「いやいや、でもそこは……」とかいろいろと言いたくなる感じも含めて、本当に見終わった後に、実際の人物の人生を語り合うように語りたくなるような、たしかに「これは私の話だ!」といって大切な作品となる人がいっぱいいるのもわかる、大変に素晴らしい作品でした。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ガーディアンズ』 に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

<以下、ガチャ回しパート 起こし>

『勝手にふるえてろ』ね、あの音響のすごい繊細な演出……たとえばピンポンの音の使い方とか、音響が繊細なあたりとか、いろいろと触れることもしたかったんですけども。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください。

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