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卓球を愛するアートディレクター 浅葉克己さん

コシノジュンコ MASACA

2018年2月4日(日)放送

ゲスト:浅葉克己さん(part 2)

1940年、神奈川県横浜市金沢文庫生まれ。桑沢デザイン研究所でリビングデザインを学び、1964年ライトパブリシティに入社。1975年には浅葉克己デザイン室を設立し、広告史に残る数々のCMやポスターのアートディレクションを手がけました。東京TDC賞、毎日デザイン賞など、受賞歴多数。2002年に紫綬褒章、2013年に旭日小授章を受賞しています。
 

JK:浅葉さんといえば、卓球ですよね?!

浅葉:そうですね。なんてったって息子が「球(きゅう)ちゃん」ですから。

出水:息子さんが「球ちゃん」っていうんですか?!

浅葉:卓球選手になってほしくてね。「卓」のほうは佐藤卓がいるから、こっちは「球」。今日もラケット持ってきました。

出水:ええっ?!

JK:いつもMyラケットとピンポンを持ち歩いてるの。何かの会でも、話す前にまず卓球。浅葉さんが東京キングコングっていうクラブチームを持っていて、20周年の時に福原愛ちゃんを呼んで、「愛ちゃんVS文化人」戦をやろうってことになって。私は高校1年生の時にやっただけだったけど、出ることになったので、試合に向けて1日4時間!一生懸命練習したもんね!

浅葉:「1本とれるかしら??スコンクになったらどうしよう!」ってね(笑)

JK:でも1点取ったわよ(笑)

浅葉:東京キングコングは結成して43年かな。イラストレーターの山口はるみさんが、「ピンポンPing PongのPをKに変えたら強そうじゃない?」って提案してくれて。それでキングコングになった。一番有名な写真はこれかな。

JK:イスラエルの死海に卓球台を浮かべて卓球したのよね。人間も余裕で浮くところだけど、卓球台も浮くなんて!

浅葉:当時、イスラエルで展覧会をやってほしいって言われたんです。あそこはデザインがすごく盛んだから。小国なのでみんなに見てほしいっていうんで、大使館まで行ったんです。「ボウリングの球も浮きますよ」っていうから、その瞬間に卓球台のアイデアがひらめいた。

出水:卓球台も浮いていますが、選手たちも裸で浮きながら卓球をしているんですね!

JK:ちゃんと打てるの?

浅葉:いや、1球勝負。死海では泳げない。泳ぐとぐるぐる回っちゃうの(笑)

JK:浮くって怖くないですか?へっちゃら?

浅葉:怖くないよ。ちゃんと縛っておかないと、ヨルダン川に流れちゃうかもしれないけど(笑)

出水:文章も面白い。「1999年3月18日、死海にポツンと浮かぶ卓球台。水は冷たかったが、勝負は一瞬で決まった。サーブ権をとった浅葉克己が1球のサーブで決めた。1-0。オレンジボールは宙に浮き、コートではなく死海に落ちた」・・・。本当に試合をしたんですね!

浅葉:卓球台をブルーにしたのは僕なんですよ。

JK:あ、劉南奎の世界卓球の時? ザ・卓球でしょ?

出水:ちょ、ちょっと待ってください、浅葉さんが卓球台の色を変えたとおっしゃいましたか?

JK:前はグリーンだったのよね。

浅葉:ロンドングリーンでなかなか良かったんだけどね。試合で40台ぐらい並ぶとあんまりきれいじゃない。ブルーだとものすごくきれいなんですよ!

JK:それを提案して、採用された?

浅葉:そう。卓球協会に。日本卓球発展プロジェクトっていうのを作ったんですよね。

JK:荻村一郎さんっていう卓球協会の素敵な会長がいらして、「何でもやろう!」って方で、勢いがありましたね。当時のオリンピック協会のサラマンチ会長も「日本にこんな人がいるんだ」って言ってました。

出水:卓球といえばいま日本でも有力な選手が出てきていますし、2020年には東京オリンピック・パラリンピックに向けて注目されている競技です。浅葉さんご自身は長年卓球をやっている支視点から、どの選手に注目していますか?

浅葉:やっぱり女子は高校生3人、平野・伊藤・早田、男子だと張本君がいますからね。

JK:愛ちゃんから始まって、どんどん若返ってますね。そういえば、青森山田中学は愛ちゃんのために浅葉さんがね・・・

浅葉:理事長から電話がかかってきてね。「浅葉さん、卓球でいいアイデアないかな」って。だから、愛ちゃんのために中学作っちゃえよ、って言ったら、本当に作っちゃったんです!それで全国の1番2番3番4番の選手を呼んで。これなら全国1位になれちゃうじゃない! 1番2番8番9番ぐらいにしてよ、って電話したんだけどね(笑)でも、その選手たちがいま、チャンピオンですけどね。

JK:浅葉さんと「24時間卓球」っていって、2人で青森に行ったわね(笑)

浅葉:愛ちゃんも来てくれたね。24時間ずっと卓球をやらなきゃいけないんだけど。ひとつのコートでずーっとラリー戦を続けるんです。

出水:同じ選手ではないですよね??

浅葉:1時間交代。1時間やって5分休む。それはみちのく銀行の卓球部を雇ってやってもらいました。もうひとつのコートでは試合をずっと続ける。でも、朝の4時ごろは誰も来てくれないですよね(笑)

JK:観客も誰もいなくて、淡々とやるって感じ(笑)

浅葉:愛ちゃんは眠くて、8時ごろ寝ちゃうんだよね(笑)お休みーとか言って。

出水:それだけずっと卓球を続けられる、卓球の魅力ってなんですか??

浅葉:ねぇ? ただ来た球を打つだけなんですけどね(笑)それがいいんでしょうね。世界で210万人ぐらいが卓球やってる。

JK:一番多いのはどこかしら?やっぱり中国よね。

浅葉:こないだも上海の師範大学で35年ぶりの展覧会をやったんです。その時も途中で学生チャンピオンとやりましたよ、卓球! チャンピオンは強かったね~。2番目とはいい勝負で、デュースまで行ったんだけど。スマッシュ決めて勝った!・・・と思ったんだけど、ネットに引っ掛けちゃった。よくあるよね。

出水:浅葉さんがエネルギッシュなのも、卓球のおかげですか?

浅葉:それはありますね。考えてるのは卓球のことだけだからね。いつまでもボーイスカウトではいけないしね(笑)ボーイスカウトのテーマが「備えを常に Be prepared」だから、そのクセがついてる。いつも卓球に備えてないと!

JK:浅葉さんにとって、MASACAとは何ですか?!

浅葉:番組のタイトルを聞いて、いいタイトルだなって思ったんです。人生はマサカだらけだよね。チャンスが来るっていうのがマサカなんだよね。

JK:だけど、「継続は力」じゃないけど、そのチカラを持ってますよね。

浅葉:1回やるとずっと続けちゃう、っていう悪いクセなんだけどね(笑)

JK:大きくチェンジした、というか、「これはマサカな~」っていうのは?

浅葉:県立神奈川工業高校で。15歳でデザインを覚えた。そのころはデザインっていう言葉もなかったからね。「図案」から「デザイン」に変わっていった。人生の中ではそこが一番大きかったかな。

JK:卓球に出会ったのはいつ?

浅葉:それは中学の時・・・いや、もっと前ですね。金沢文庫に石渡さんっていう金持ちがいて、日曜日になると卓球台を外に出してくれるんですよ。負けると最後並ばなきゃいけないじゃない?並ぶのやだよね。どうしたらいいだろう?って。足はマメだらけになるし。

JK:でも、「浅葉といえば『文字』」っていうところへ「卓球」がもうひとつ付くのがすごいわよね(笑)

浅葉:卓球選手でときどきデザインしてる人、って思ってる人も多いらしいよ(笑)

JK:卓球をやってる人ってすごく文化人というか、アーティストが多いです。私も、もう忘れてたのに、浅葉さんのおかげで卓球熱が再燃してきました(笑)

出水:今後やってみたいこと、予定していることなどありますか?

浅葉:最後まで極めなきゃいけないからね。デザインを極めなきゃいけない。日本をデザイン立国にしたいです。

JK:デザイン立国って言っていて、なかなかならないんですよね。それはオリンピック委員会でも言ってます。すべてデザインだと思うんですよ。それが徹底してないの。文字とかはいいとしても、全体のトータルがね。そういう目が利く人がいない。トータルでデザインですから。

浅葉:それを目指しましょう! 2人で!最近コシノさんとはあんまり仕事してないからね。卓球ばっかりしてるけど(笑)

出水:浅葉さんのように、「デザイン立国」を担う若い世代がこれからたくさんいると思いますが、彼らにメッセージはありますか?

浅葉:桑沢デザイン研究所はグラフィックもあるけど、ファッションもある。コシノジュンコさんに一度来ていただいて、お話していただけたらいいな。

JK:桑沢ってやっぱりクリエイティブ。グラフィックとかデザインとか、美術学校になかなかファッションってないから、珍しいと思う。

浅葉:まさか桑沢の所長になるとは思ってなかったからねぇ。

JK:私も最初に聴いたときはビックリしたもん! でも、浅葉さんが所長で生徒も楽しいと思う。やっぱり卓球部もあるの?

浅葉:うん、台はある(^^)2台入れたんですよ、高級なやつ。コンピュータばっかり見てるから、たまには離れなさいって。

JK:そうね、手を動かして、身体を動かして、汗を流して。

出水:今日はどんな話題をしても、ぜんぶ卓球につながりましたね(笑)

=OA楽曲=

M1. Tequila / The Champs

M2. The Rubberband Man / The Spinners