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【映画評書き起こし】宇多丸、『羊の木』を語る!(2018.2.10放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

実際の放送音声はこちらから↓

宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。今夜扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『羊の木』

(曲が流れる)

そうね。本編の中で主に流れるのはこの、なんともしれん感じの音楽でしたね。山上たつひこ原作、いがらしみきお作画の同名コミックを実写映画化したミステリー。さびれた港町に移住してきた、元殺人犯の6人の男女。港で起きた死亡事故をきっかけに街の住人たちと6人の運命が交錯し始める。監督は、『桐島、部活やめるってよ』『紙の月』『美しい星』などの吉田大八監督。死刑囚を迎え入れる市役所職員・月末(つきすえ)を錦戸亮。その同級生を木村文乃。6人の元殺人犯を松田龍平、北村一輝、優香、市川実日子、MC TOMこと水澤紳吾、田中泯らが演じている、ということでございます。

 

■「役者が全員いい。特に優香がすごい」(byリスナー)

ということで、この『羊の木』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、多め。やはりね、吉田大八監督最新作となれば、これは基本的にはみんな行きますよ。賛否の比率は「褒め」が7割。「イマイチ」「ダメだった」という意見が3割ということでございます。「設定が面白い」「不穏なムードに終始ひきつけられた」「人を受け入れることの難しさを感じた」「役者が全員いい。特に優香がすごい」などの褒める意見が目立った。

一方、「受刑者6人の描き込みが浅くて消化不良」「ストーリーも演出も淡白で盛り上がらない」など、「食い足りない」という意見もありました。代表的なところをご紹介しましょう。「キハチロー」さん。「『羊の木』、いがらしみきおの漫画は『ぼのぼの』しか読んでおらず原作は未読です。的外れかもしれませんが、いがらし漫画のタッチを思わせる、”のろろ”の造形とのろろ祭りの丁寧な描写に引き込まれました。学生の頃、民俗学を専攻し、山形・秋田県境の街でフィールドワークをしていました。祭礼時の空気や、いまにして思うと作り物めいた祭礼の情景を否応なく連想させられました」。のろろ祭りっていうのは劇中に出てくる架空の祭りだけど、やっぱりこういうのはあるだろうなって感じはありますよね。奇祭というかね。

「……本作の白眉は松田龍平扮する元受刑者にあると思います。かつて罪に服した者に偏見を持って接してはならないという良識を揺さぶる圧倒的な異物感。彼を信じたいという主人公と一致する観客の思いと、その背後にある不信。そんな人間の葛藤を超越して暗躍する松田の姿に人ならぬ者の狂気を感じ、震えました。外部からの来訪者を受け入れるという大義と、そこに生じる葛藤を体現する主人公・錦戸亮のまとめ役としての抑えた演技もあって、松田の凄みが引き立てられていたように思います」という褒めメールでございます。

 

■『魚深はいいところですよ。人はいいし、魚も美味いし』

一方、ちょっとダメだったという方。「天ぷら坊や」さん。「こんにちは。はじめてメールします。映画『羊の木』を鑑賞。まあまあ楽しめました。役者さんの演技が思ったよりもよくて、見ごたえがありました。だけど、どこか消化不良で『もうちょっと行けたのでは?』というのが正直なところです。のろろ様の存在をいまいち全体の推進力に生かせていないような気がしました。良いところもたくさんあるだけに、惜しい、もったいないといった感じです。ちなみに私は以前、本作のロケ地である富山県魚津市の会社で働いていたことがあります」と。(作中では)魚深市という架空の街なんだけども、ロケは富山県魚津市でやっているという。「……主人公の錦戸亮さんが物語の序盤で『魚深はいいところですよ。人はいいし、魚も美味いし』という、同じことを何度も何度も言うくだり。これ、魚津の人は本当にこれしか言わないので、妙なリアリティーがありました」という。アハハハハッ! いいですねー。ということでございました。

■原作漫画はレジェンダリーな漫画家2人、奇跡のタッグ

ということで、みなさんメールありがとうございます。『羊の木』、私も今回はT・ジョイPRINCE品川で2回、見てまいりました。吉田大八監督作品、このコーナーでは前作の『美しい星』をですね、2017年の6月10日に評したばかりですから、1年たっていないということで。結構短めなスパンでの新作ということで。ただし、今回は脚本が……吉田大八監督の2009年の作品『クヒオ大佐』でも組まれていた、香川まさひとさんとの脚本を練り上げていく作業自体は、2年かかって、結構難航したということなんで。話自体は前からやっていた、っていうことらしいんですけどね。

で、その2年も難航した結果はどうなのかというあたりですけど。山上たつひこ原作、いがらしみきお作画。まずこれがすごいですよね。両者ともに、ギャグ漫画の世界でももちろん頂点を極め、なおかつわりとダークなストーリー漫画も描けるというか、そっちでもすごい、超クセのある、伝説的な漫画家というか、レジェンダリーな漫画家2人のコンビ。奇跡のタッグというか。こちらのその原作漫画、そこからは、ベースとなる設定……要するに、元受刑者がある村に秘密裏に住みますよ、と。そして、そこから起こる問題提起。そのベースとなる部分はもちろん原作から引き継ぎつつも、ほぼ映画オリジナルと言っていいような、大幅な改変が施された一作となっております。

 

■吉田大八監督の新境地でありながら、しっかりと作家性に引き寄せてもいる

まあ、吉田大八監督の原作映画化作品はだいたいいつもそうだとも言えるんですけども……登場人物たちを結構大胆に整理・統合したりして、よりシンプルにお話の本質を浮かび上がらせるような作りにしつつ、純映画的な見せ方、見せ場をしっかり盛り込んで、なおかつ最終的にはやっぱり、原作のテーマにちゃんと沿いながらも、最終的には吉田大八監督作に一貫する、明確な作家性……これは後ほど詳しく言いますけども、その方にグーッと引き寄せてみせる、というような感じ。ただ、特に今回の『羊の木』の場合は、ちょっと吉田大八監督、今回は新境地だなっていう要素も、たしかに多い作品ではあるんですよね。

まあ、基本的なお話として、普通の人である主人公が異常な事態に巻き込まれていくという、言ってみればわりとストレートなサスペンス構造っていう。これは吉田大八監督作には意外となかったものだと言えると思いますし。主人公自身が異常な行動をしてしまうとか、主人公自身が異常な精神状態になってしまったりっていうのはあるけど、主人公は普通なままで、その目を通して異常な事態に巻き込まれる、というのは意外となかったなと思いますし。あと、後ほど詳しく言いますけども、これまで僕が吉田監督作を評するたびに言ってきた、一貫したテーマ性のようなものとも、今回の『羊の木』は、やはりそこはその原作にそもそも込められた主張が非常に強烈である部分というのもあって、だからまあ、今までとは一線を画するものかな?っていう風に思いながら、最初は見ていたんですけど……。

ただ、結論を言えば、実はそれでもやっぱり本作もまた、吉田大八作品に一貫したテーマ、作品性の方に……要は、「(たとえそれが幻想だと)わかっていても、夢でも見ていないと、夢でも信じていないと、この世はやってられない」「そして時には、その夢がこの世の現実の方を食い破ってしまうこともある」というのを、「映画的な飛躍」とともに見せる、というような、そういう吉田大八監督の作家性の方に、しっかりと引き寄せた1本に結局なっているな、という風に私は思いました。

 

■絶妙なロケ地のチョイス=富山県

まあ、順を追って行きますけどね。まず舞台。これは架空の都市、魚深市というところなんですけども。原作だと、九州の方の都市という設定なんだけど、これ、ロケ地をいろいろと探した結果、富山県の魚津市に……富山県っていうところがこれ、ねえ。この番組でも『富山県特集』とかやっていますけども(笑)、やっぱり絶妙なあたりですよね。

要は日本である意味いちばん保守的な……「平和な」というところも含めて、穏やかな、まあ古い日本のあり方みたいなのをいちばん残していて。なんだけど、過疎化とかも進んでいたりして、いよいよ変化していかなきゃならない、というようなそういう土地として、富山というチョイスはまずすごく絶妙で。富山はすごくフィルム・コミッションが充実していて、映画を撮るのにやりやすい環境だというのもあったみたいですけども。後ほど言いますけども、やっぱりロケとかがすごい活きている作品なので。で、原作では元受刑者11人っていうのを、6人に大幅に整理して、この元受刑者たちが出てくる。まあ、これは2時間尺の映画にするのには賢明な判断ですよね。6人に整理して。とにかくこの6者6様、それぞれに一筋縄ではいかない過去と癖がある、その元受刑者たちという。

 

「普通の男スター」というジャンルに新星現る

それを主人公である市役所職員の、月末という彼が出迎える。これがオープニングなわけですね。で、この月末を演じているのが言わずと知れた関ジャニ∞の錦戸亮さん。これ、吉田監督も各インタビューで絶賛されている通り、この錦戸さんが、ごく普通の平凡な青年として本当に自然に……なんなら、若干のイケてない感まで込みで。たとえば、木村文乃さん演じる元同級生・文(あや)っていう女の子が、主人公・月末はちょっと惚れているんだけど、文側は全く相手にしていないっていう感じも、「まあ、こいつならしょうがねえな」っていう感じで、こっちも自然に納得させられちゃう程度には、若干のイケてない感まで込みで、本当にスッと自然に……「演じる」というよりは自然な感じで存在しつつ、主人公としてちゃんと観客の目を引きつける華もあるし。

あるいは、周りの個性が強い、今回であれば受刑者たちの癖が強い存在感を「受ける」芝居。受けの芝居の表現力や引き出しも非常に豊かという、実はなかなか、特に日本では結構得難いタイプの……要は、「普通の男スター」っていうか。これは吉田監督がインタビューで言っていたけど、だからトム・ハンクスが普通の男をいくら演じていてもトム・ハンクスを見てしまうように、スターなんだけど普通の男、なんだけどスター! っていうね。これ、なかなかいないし。この錦戸くんの力量をもってすれば、いろんな映画が作れちゃうんじゃないかな?って。たとえば、こういう人がいると、サスペンス映画とかめちゃめちゃ作りやすいよね、みたいに思って見ました。すごく私も感心しました。

で、彼の受けの芝居が本当に上手いので、さっき言った6者6様の元受刑者たちの強い癖も、先ほどのメールにもありましたけどね、逆に際立つ、ということになっていると思います。たとえば、さっき言った「いいところですよ。人はいいし、魚は美味いし」って、同じことを繰り返すんだけど、それの6者6様のリアクションが違って、それに対して錦戸くんがまた困ったリアクションを返したりするという、これによってそれぞれのキャラクターの違いを描いていくあたり。セリフや説明ではなく描いていくあたり、本当に上手いですし。

 

■それぞれの登場人物が実は全く異なる世界の見方をしている、その不穏さ

たとえばですね、最初にやってくる、(『SR サイタマノラッパー』シリーズでの役名)MC TOMこと、水澤紳吾さんが演じる福元という男がいるんですけども。ちなみに水澤紳吾さん、「普段は消え入りそうなぐらいおとなしいのに、酒が入るとタチが悪くなる」っていうのがこの福元っていうキャラクターなんですけど、これ、(同じく『SR サイタマノラッパー』シリーズでの役名)MC IKKUこと名優・駒木根(隆介)に話を聞いた水澤さん像そのままです(笑「あて書きなのか?」っていう感じなんですけど(笑)。まあ、その水澤さん演じる福元の、ラーメン、チャーハンのむさぼり方。それのちょっと異様さであるとか。あるいは、これ本当に、彼女のこんな使い方があったのか! と唸らされる、本当に見事なキャスティング……優香さん演じる太田という女性の、明らかにある種の危うさをはらんだ、モロ出しの色気(笑)。はっきり危険性をはらんだ色気っていうか。あのあたりとか、見事なもんでしたし。

とにかく、それぞれの受刑者たちの言動が醸す、なにか普通じゃない、「あれ? なんかカタギじゃないのか?」っていうような違和感から、だんだんと「ああ、みんなムショ帰りなんだ」っていうことをだんだん浮かび上がらせていく、この導入部。まず非常に、とてもワクワクさせられますよね。「これからどういうことになっていくんだろう?」ってワクワクさせられる。で、これはまさに僕がいつも言っている吉田監督の十八番の部分。「それぞれの登場人物が実は全く異なる世界の見方をしていて、その微妙な、イヤな感じ……その、見ている世界が実は違うということが醸し出す微妙なズレが、次第に不穏な緊張感を高めていく」というこれ、吉田大八監督作のもう、十八番の語り口そのもの、でもありますよね。

 

■絶えず観客の思考に揺さぶりをかけてくる

で、今回はその、「実はこの人、我々とは全く相容れないものの見方、考え方をしているんじゃないか?」という疑心暗鬼。これそのものが今回の作品のテーマでもありますよね。具体的にはここでは元受刑者、殺人犯たちということですけど、監督もインタビューなどで言っている通り、これは、社会を形成し維持していく上で嫌でも共存していかねばならない、「他者」全般のメタファーでもあるわけですよ。「他者」。とにかく、なにを考えているのか、なにをしでかすかわからない「他者」。なんだけど、社会の中にはいなければならない「他者」という。現代社会はこれを内包せざるを得ないわけですけども。それによって……要するに「『なにをしでかすかわらない者を内包せざるを得ない』ということによって生じるリスクや不安と、我々はどう折り合いをつけていけるのか?」という問いが、言っちゃえばこの作品のテーマなわけですね。それでお話が進んでいくわけですけども。

なので、この映画自体も、あの手この手で、観客の思考に揺さぶりをかけてくるわけです。で、これが楽しいわけですよ。揺さぶりをかけられるのが。「どう考えてもこいつ、ヤバいでしょう? またすぐになにか、どうせやらかすんじゃないのか?」っていう風にしか思えない……というようなバランスである人物を描いておいて、我々も当然、そういう風に見ているんだけど、(後から)そういうこちらの決めつけ思考をたしなめるような、思わずホロリとさせられるようないい話が、ヒュッと放り込まれてきたりする。そういうところで言えばたとえば、元受刑者たちを受け入れる、異物・他者たちを受け入れるコミュニティ側の反応、というのを演じる、中村有志さんだったり安藤玉恵さんだったりっていう芸達者たちの、本当に絶品の上手さ。これが際立つあたり。安藤玉恵さんのところとかちょっとね、本当に泣いちゃいましたけどね、僕ね。

なんだけど、かと思いきや……要するに、「こういう決めつけはよくない」っていう風に揺さぶりをかけられたと思いきや、そういう「元受刑者だからって色眼鏡で見るのはよくない!」「彼らにも、社会には居場所が必要じゃないか!」っていう、それ自体は文句なしの正論、だけに着地をさせて安心させてくれることもしない。もちろんそういうね、元受刑者が社会に居場所を見つけていく、というような「いい話」、そういう話も別にあったっていい。そういう映画だってぜひ作られるべきでしょう。でも、そういうところで安心させてもくれないんですよね、この作品は。「とはいえ、やっぱりヤバいやつはヤバいんじゃないか? 市民社会とは決して相容れない、絶対的な“悪”みたいなものはやっぱりあるんじゃないか?」と、そっち方向にもやっぱり揺さぶりを絶えずかけてくる。

 

■この世の邪悪さを体現する役者たち、それと共存してきた社会の象徴としての「のろろ様」

特にやっぱりね、メールにもあった通り、「日常の中の異物」っていうのを本当にまんま体現する役者と言ってよかろう、松田龍平。異物なんだけど、なんかね、「コワかわいい」んですよ。怖いんだけど、かわいいんだよね。もう松田龍平は常に「日常の中の異物」ですよね(笑)。まあ、その松田龍平が演じる宮腰というキャラクター。そして、これぞ本当に彼の本領発揮と言えるでしょう、要は根っからのワルっていうのを当たり前のように……もう笑顔一発で、「ああ、こいつはワルい、矯正不能!」っていうのを体現してしまう、北村一輝さん。このあたりがいるわけです。

とにかくそういう、世界にかならず存在する「邪悪さ」……なんなら、一般の生活をしている我々にはちょっと理解しがたいレベルまで行っている邪悪さ。言ってみれば、人智を超えたというか、社会からはみ出た邪悪さと、社会が共存していくための古くからの知恵……その象徴として、劇中に出てくる「のろろ」っていう神様と、のろろを祀る奇祭「のろろ祭り」っていうがあるわけです。あれはだから、この世にある邪悪さと社会が、共存してきたんだっていうことの象徴なわけですよね。で、こののろろ様の造形。原作よりも、縄文時代チックな呪術性、時代を超えた普遍性……つまり、「はるか昔からこういうものはあったんだ」というような感じがする造形に、また見事なバランスになっていて、これも素晴らしいですし。

 

■原作以上に攻めてくる「揺さぶり」

あと、のろろ祭りのその描写、その夜。おそらくこれは道路を全面封鎖して撮影しているんでしょう、かなり大がかりな……もちろんね、日本のとある地方、魚津市の普通の大通りで撮影をしているんだけど、なんかものすごい非日常性というか、ある種、この世ならぬスケール感をちゃんと感じさせるショットになっていて。これは本当に、実はすごいロケ撮影だな、という風に思ったりしましたけども。で、まあとにかくそういう「他者、異物と共存できるか?」という問いに、絶え間なく揺さぶりをかけてくるこの『羊の木』という作品。

で、映画オリジナルの展開、原作漫画にはない展開としてさらに、「その他者・異物との“友情”というのは成り立つのか?」という、もう1個さらに厄介な揺さぶりをかけてくるわけです。これ、主人公たちが趣味でやっているバンド活動……まあ監督はすごく音楽が好きで、インタビューによると、「(ジョン・ライドンの)P.I.L(パブリック・イメージ・リミテッド)みたいな感じで……」みたいに言っていましたけども。そういう監督のいろんな音楽志向(を反映したような)……わりと渋い感じの、ずっとミニマムな演奏が続いて、そこにノイジーなギターが絡んでっていう、すごいかっこいい演奏をしているんですけども。そこに松田龍平演じる宮腰が、なんか無邪気にくっついて、スッとそこにいちゃう感じとかも含めてね。だんだん友情めいたものが成立しかけるんだけど……というあたりで、どんどん揺さぶりをかけてくる。非常に厄介ですよね。

で、特にクライマックス。通常の娯楽映画であれば、まあとある決定的な描写があって、「こいつはやっぱり正真正銘のサイコパスだった! いいやつだったと思った瞬間もあるけど、やっぱり正真正銘のサイコパスだった。ダメだ、逃げろ!」っていう風に、完全に白黒ついたものとして描かれるであろうキャラクターにですね、この映画ではそれでも、主人公・月末との友情という人間的、社会的感情と、その自らの内にずーっと根深く巣食っている絶対的な邪悪という間で、できれば前者に勝利してほしい、と願わせてみせるわけですよ。どちらが勝つか、賭けてみたい、という風に願わせてみせるわけですよ。非常に複雑なキャラクターですよね。普通だったら「こいつ、アウト! 死んでお終い!」っていうところなのに、まだそのキャラクターの中の逡巡まで描こうとしている、という。

 

■最後の最後で浮上する吉田大八監督的テーマ。「キレッキレですね!」

つまり、ここに至って、僕が吉田大八監督作の一大テーマと言ってきた、「客観的にはどれだけ非合理に見えても、人はある種の夢を見ながらじゃないと生きられない。そうじゃないと、この世には救いがなさすぎる」。その「夢」に……ここではつまり、「他者・異物と共存しあう社会」「邪悪を飲み込んで、それでも維持されていく社会」、そういう「夢」。ひょっとしたらそれは幻想かもしれないけど、その夢とか幻想に、それでも賭けてみたいじゃないか、賭けてみるしかないじゃないかっていう、まさに吉田大八監督作品的なテーマに向かって、この『羊の木』という物語が、文字通り映画的に「飛躍」するわけですよ。ピョーンと。本当に文字通り「飛躍」していく。

そしてその飛躍に伴って、それまで劇中あんまり……さっきの(冒頭でBGMとして流した劇伴のように)「ポコン、ポコーン」っていう感じで、あんまり劇中では主張してこなかった音楽が、「ギャギャーン!」って鳴り響いて。ものすごく劇的に主張をし始めるこの音楽。ここがまた、飛躍をさらに際立てて。ここに……なんて言うんですかね? 「なんなんだ、これは?」という感動がワーッと湧いてくる。本当に吉田大八監督映画ならではの、「なんなんだ、これは?」という感動がワーッと湧いてくる。で、あまつさえ、その「夢」なり、「物語」……人が生きるために必要な物語、ここではたとえばそういった神話的な言い伝えっていうのが、現実を、世俗的社会を、一瞬食い破る。虚と実の劇的な反転という、まさに吉田大八映画のクライマックス的な、もう一飛躍までここではあるじゃないですか。

なのでもう、ここで畳み掛けるように、「うわっ、一気に来たな! キてますねー! キレッキレですねー!」って。『美しい星』の海辺のシーンに続いて、「キレッキレですね、吉田大八監督!」って。あれも金沢ですから、だいぶ北陸づいてますね(笑)。吉田大八監督ね。で、ここね、崖の上から見た水面を、最初に浮かんできた人……で、ある展開があって、海の上に立ったでっかい波紋、から、2人目に浮かんでくる人、というのを、同一画角でね、押さえてみせたショットなんか、めちゃめちゃかっこよかったりとかして。これも含めて、全体に撮影の芦澤明子さん……黒沢清作品とか、矢口史靖監督の『WOOD JOB!』などの撮影監督ですけども。その芦澤さんによる、非常に暗闇が鮮烈に……黒が非常に際立った画作りが印象的でしたね。非常に鮮烈だったと思いますね。

 

■吉田監督、また「変な映画」、撮りましたね!

とにかく、いろいろと言ってきましたけど。解釈そのものは万人に開かれた、各自各々が考えるべき物語であり作品なのは間違いないんですけども……たとえばこの『羊の木』という謎めいたタイトル。いろんな解釈の仕方があると思うんですけど、少なくともこの吉田大八監督による映画版では、僕はこういうことだと思う。

他者・異物と共存しあい……それが社会に根付き、いずれ実りをもたらす。要は、いくつかの実は枯れてしまったとしても……あの市川実日子さんが(劇中で)拾うあのお皿の(絵の)中で、羊の実がなっているところと、枯れてしまっているところとありますけども。いくつかは枯れてしまうとしても、どれかは実をなすという、そういう、監督の言葉を借りれば「ある希望の可能性」。その象徴としての「羊の木」、ということだという風に私は受け取りましたけどね。

ということで、とにかくもちろん、笑えてハラハラできて先が読めない、エンターテイメントとしても非常に楽しい作品であると同時に、見終われば、たとえばその羊の木という解釈であるとか、のろろ様の解釈も、私がさっき言ったのもひとつの私の解釈ですから、そういう諸々の解釈も含めて、話し合いたくなること必至。非常に含蓄に富んだ、さすが吉田大八と言うしかない……これは褒めてますよ……「変な映画」! フフフ(笑)。吉田さん、また変な映画、撮りましたね! キレッキレのね。めちゃめちゃ見ごたえがありました。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『スリー・ビルボード』 に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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