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ぽっちゃり女形、戸棚から出られず15kg減! ~中村雀右衛門さん

コシノジュンコ MASACA

2018年2月18日(日)放送

ゲスト:中村雀右衛門さん(part 2)

1955年生まれ。5歳で初舞台を踏み、1964年より七代目中村芝雀として活躍。2016年3月に五代目中村雀右衛門を襲名しました。国立劇場優秀賞、松竹会長賞、日本芸術院賞など受賞歴多数。2010年には紫綬褒章を授与されています。
 

出水:5歳で初舞台を踏んでいますが、当時のこと覚えてらっしゃいますか?

中村:お芝居には「初舞台」というのと「初お目見え」というのがあるんですが、初お目見えというのは本名で出るんです。初舞台では、ちゃんと芸名がついて襲名する。僕も5~6歳の時にちょうど時を同じくして「初舞台」と「初お目見え」が重なりました。今のお子さんは2歳とか3歳から舞台に立つようになりましたからね、自分の子供のころは結構みんなボーッとしてたので、何かあったかな~?という間に全部終わってしまった(笑)

JK:あら、そうですか!

中村:でも、子役のころって雰囲気につられるというか。お芝居に出ると褒められたり、場合によってはご褒美をいただけると思うと、一生懸命やるというか(笑)すごくゲンキンだったなーと思います。

JK:でもそんなものですよね、ちょっと褒められるとすぐソノ気になっちゃう。

出水:女形に導かれたのはどのようなタイミング?

中村:生まれた家が女形をやっている家だったり、そうでなかったり・・・それぞれいろんな状況があるんでしょうけど、また背が高かったり低かったり、力強かったり弱かったりと体型に依存するところとか、あとは自分の嗜好に合わせたり。たいていは10~12歳ごろ、自分の師匠の判断で、女形がいいか・立ち役がいいかが何となく決まってきます。

出水:資料を拝見すると、今では想像できないですが、少しぽっちゃりされていたようですね。

中村:いや、少しどころではなく(笑) 中学・高校・大学前まではもう大変な騒ぎ。その当時はあまり写真がないんですよ、写りたくなくて。19歳のときは70kgぐらいまでありましてね。お芝居で、それこそ松録のおじさまと一緒の舞台で、戸棚から出てこなきゃいけないシーンがあったんですが、出るのが精いっぱい(笑) 衣裳もこってり着ているのもあるんですが、それを見ていた叔父が、「お前なぁ、女形を志すならそれはまずいよ。ちょっと痩せなさい」と言って。それで、次の名古屋の御園座のときには15kgぐらい痩せました。

JK:そんなに簡単に痩せられるものですか??

中村:ともかく食べない。

JK:うわー!でもそれでは台詞とか出てこないんじゃ?

中村:いや、その辺は若いうちだったから大丈夫だったんですが、4か月ぐらいしてから貧血になりましてね。おすすめはできないんですけど(笑) ただ残念なことがあって、そうやって痩せましても、「痩せましたね」じゃなくて「やつれましたね」って言われる。痩せるっていうのは健康でなくちゃいけないですね。

JK:そう、きれいに痩せなきゃ。娘役ですから。今はちょうどいいですね。

中村:いや、本当はもうちょっと絞って、3月の追善公演で「道成寺」という重要なお役でもあるので、それなりに綺麗でなくちゃいけないのと同時に、身体もしなやかに動かなくちゃいけない。しっかり体調を整えていかないと。

出水:役によって、体重の増減を変えたりということは、今もやってらっしゃるんですか?

中村:お役によってというか、痩せていて着込むことはできても、太っているのは脱げないですからね。

JK:それに、重ね着というか、早変わりのために衣裳を重ねて着るでしょう? あの引き抜きって、上手に重ね着してますね!

中村:衣裳をうまく重ねて縫って、糸を引き抜きますと、パラっと取れて、早変わりする。あれはやはり重いです。2着分着てるわけですからね。そういう意味では、痩せてるに越したことはない。

出水:2着分ですと何キロぐらいになるんですか?

中村:でも、12~3kgぐらい。一番重いのは、「助六」という芝居の揚巻というお役ですと、全部で30~40kgぐらい。

JK:30kg!頭もいれて?

中村:頭も入れて。あれは掛けといって、コートを2枚着ているようなものです。もう1枚ドカンと着ていますから。でもユックリ歩きますから大丈夫なんですが。

JK:でも一番の見せ所ですもんね。大好きです。

中村:父も大好きでしたね。

JK:衣裳の柄はみんな違いますよね。あれは役者さんが意見を言うんですか?これを着たいわ、って。

中村:最初の場面は、ご節句にちなんだ衣裳があるんですが、一番最後の場面は、ご贔屓にしてくださってる画家の先生が描いてくださった掛けを着る。それはそれぞれの俳優によって違いますね。父の場合は、片岡球子先生の富士をあしらって。

JK:すごいですね! パリでも歌舞伎の衣裳展というがあって、その時は評判でしたね。お客さんがいっぱい入りました。必ず揚巻はありましたよ。飾り物もあるじゃないですか、あれもキョーレツですよね!七夕飾りみたいな(笑)

中村:そうですね、最初の場面はご節句ですから、催事に合わせて七夕もありますし、お正月のもありますし、5月になると鯉もあります。帯から垂れ下がっている「俎板(まないた)」という部分からぶら下げたり、衣裳に飾りとしてつけたり。あれが一番重いんですけどね。

JK:すごいですもん。オブジェみたいのがいろいろガチャガチャっとくっついてる(笑) 華やかですよ! 衣裳は見ごたえありますね。

JK:雀右衛門さんのMASACAはなんですか?

中村:やっぱり襲名できたことですよね。まさか自分が、父が名乗っている「雀右衛門」という名前を名乗れるとは思わなかった。

JK:お兄さんもいらっしゃいますからね。

中村:そうです。兄もおりますし、自分はすごく勉強はしているつもりですが他人と比べるとまだまだだなと思っているのに、まさか自分が「雀右衛門」という名跡を継ぐことになるとは・・・ありがたいことですね。

JK:最高の名前ですよね。やっぱりこの名前は永遠に残るわけですか?

中村:これはいろんな意見がありましてね。父は四世なんですが、あくまでも血縁であったり、師匠・弟子関係ではないところから継ぎましたので「世」というんですが、自分は父から継がせていただいたので、代名といって「五代目」。父はそのように説明していました。

JK:でも、お父様は嬉しいでしょうね。

中村:ハラハラしてるんじゃないですか? 「何をやってるんだ、あんなんじゃまずいよ!ダメダメ!」って、大きな声で(笑)

JK:声が大きいから、聞こえてくるわね(笑)

出水:2016年に襲名して、最初は少しなじみがない、とおっしゃっていたそうですが、どのようにしっくりくるようになったんですか?

中村:いや、しっくりくるのはこれから。芸がだんだん身についてきて初めて、周りの方々から「雀右衛門だな」と思われる。だから、「私が雀右衛門ですよ!」とプレゼンするんじゃなくて、みなさまから「雀右衛門なんだな」と言われるようになってから、名前が自分の身についてくるんだと思います。

JK:お父様は、歌舞伎役者は60代になってから、とよく言ってましたね。

中村:言ってましたね。そういった意味でも、父も先生と楽しく過ごしていたのも、60過ぎてからですもんね。

JK:でも年齢は関係なくて、全然若かった。

中村:旅に行っても寝ないんですよ。同じホテルで同室で、自分が執事の部屋で父がメインの部屋に泊まったときがありまして、「じゃあちょっと出かけてくる」といって父はお友達と夜中に出かけていって、僕は先に寝ている(笑)

JK:モテるんですよ!楽しいから。雀右衛門さんはふだんどんな楽しみをしているの?

中村:最近はワンちゃんですね。3匹買ってます。あとはワンちゃんを撮るためのカメラとか。

JK:ワンちゃん写真展しなきゃダメね(笑)

中村:でも、毎日毎日写真ばっかり撮っていると、ワンちゃんも嫌がりましてね。「ちょっと撮りますよー」というと、ソッポ向くんです!そこで対策として、オヤツをあげると「ハイ、お仕事!こっち向いてね!」っていうと、オヤツにつられてみんな動いてくれる。子供の時の自分とたいして変わらないですね(笑)

出水:これから活躍していくために、日ごろ健康面で気を使っていることはありますか?

中村:最近、やせなくちゃいけないというのもあるんですが、歌舞伎役者って足腰がすごく大切になってくる。膝ですとか腰ですとか。ですのでストレッチですとか、最近では体幹トレーニングを少しずつやりながら、筋伸ばしをしたり。

JK:どうしても正座しなくちゃいけないから、足は大切ですね。でも、一生揚巻をやってくださいね!

=OA楽曲=
M1. Bal Petit Bal / フランシス・レマルク

M2. Stop! In The Name Of Love / The Supremes