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東日本大震災から7年。避難者交流サロンの役割の変化▼人権TODAY(2018年3月10日放送分)

人権TODAY

毎週土曜日「蓮見孝之 まとめて!土曜日」内で放送している「人権トゥデイ」。様々な人権をめぐるホットな話題をお伝えしています。

今回のテーマは・・・『東日本大震災から7年。避難者交流サロンの役割の変化』

松戸市の避難者交流サロン「黄色いハンカチ」

東日本大震災の発生から明日で丸7年が経ちますが、福島、岩手、宮城の被災3県から関東に移住し、今でも自宅に帰れない方も多くいらっしゃいます。その中で、千葉県松戸市には、避難者の方も地元の方も自由に立ち寄れる「黄色いハンカチ」という常設の交流サロンがあります。

私が伺った日は、「歌の日」というイベントが行われていました。この日は高齢者を中心に10人ほどが集まり、「手のひらを太陽に」「うれしいひなまつり」「早春賦」などを歌いました。歌の合間のおしゃべりも楽しそうで、ここに来るとついつい地元の方言が出てしまうと話している方もいました。この歌の日以外にも、手芸の日、囲碁教室、健康講座といった催しが定期的に行われています。そんな中、「歌の日」の司会役の方が「この場所で行うのは今日が最後」と言っていたんです。詳しいお話を、黄色いハンカチ代表の小宮保子さんに伺いました。

黄色いハンカチ代表・小宮保子さん
1つには、ここが2階で、なかなか一見のお客様が入りづらい。避難者が作った作品がたくさん並べてありますけども、販売力も弱い。それと継続していくには、比較的経費を抑えたいということもあります。いつまで復興庁や福島県の助成金が頂けるかわからない中で、少しでも経費を抑えたところに移転をしたい。3年前位から考え始めていたんです。

国や福島県の助成金がいつまで続くか分からない中で自分たちで運営資金を確保すべく、手作りの小物の販売強化や、故郷の手料理をふるまうなど検討していました。そんな中、1階で比較的家賃も安い移転先が決まったため、現在の場所はこの3月末で閉めて、5月に移転することになりました。
黄色いハンカチは、震災から7年経った今も、毎月延べ200人程が訪れている、必要とされている場所です。福島県南相馬市から移住し、被災当時は小学校の校長先生だったという66歳の門馬正純(もんま・まさのり)さんは、なかなか故郷に帰れない事情についてこう話しています。

被災地は医療の体制が整っていないため、帰りたくても帰れない…

福島県南相馬市からの避難者、門馬正純さん
最初は南相馬に帰ろうと思ってたんですね。自分の家もありますし、友達もいっぱいいますからね。ところが、まだ医療面でもスタッフが少なくて、今までのように医療ができてないですし、黄色いハンカチにしょっちゅう来てた方でこの前帰ったばっかりの人もいるんだそうです。聞いたら、あっちに行っても治療してもらえないので、月1回こっちに来て治療してる方もいるそうです。

門馬さんが「手芸の日」に作成した、お地蔵さんの人形

門馬さんは奥さんがご病気をされ、治療のため病院に通う必要もあったことから、千葉県流山市に移り住みました。今でも毎月1回は南相馬の自宅に帰って、掃除や草刈りなど手入れをしてい、住める状態ではあるそうですが、南相馬は病院の数が少なく、待ち時間も長い。また今後歳をとって車に乗れなくなったらとても通える距離ではないため、今は、南相馬に帰る考えは無いということですそんな、帰りたくても帰れない人の居場所となっている、黄色いハンカチ。代表の小宮さんによると、震災から7年経って、サロンの役割も変わってきているそうです。

震災から7年、避難者の悩みも多様化

黄色いハンカチ代表・小宮保子さん
当初は、命があって良かったねとか、着る物がなくて困るとか、具体的なお話だったので、市民が集めて支援することもあったんですけど、やっぱり7年過ぎるうちにそれぞれ避難者の方のご苦労が個々に変わってきてしまっているんですね。経済の問題、病気の問題、就職の問題。なかなか手を差し伸べる条件が難しくなって、もしかしてお話を聞いてあげるだけしかできなくなってることもあるんではないかなっていう風に思い始めています。

原発事故による避難指示区域の外に自宅がある避難者については、2017年3月末で住宅の無償提供が打ち切りとなりました。でも帰るに帰れないという中で、こちらで仕事を見つけるなどして、生活している状況があります。そんな方達のため、黄色いハンカチでは毎週金曜日を「相談日」として、法律・仕事・年金などの専門家につなぐ活動も行っています。さらに古宮さんは、黄色いハンカチを移転した後の新たな展開として、松戸市民などが防災について学べる拠点とし、そこで避難者の雇用を生み出し、収入を得られる仕組みを作りたいと語っていました。南相馬市の門馬さんは既に、震災の教訓を伝える語り部としての活動を行っています。

語り部として、松戸市で震災の教訓を伝える

福島県南相馬市からの避難者、門馬正純さん
地元に帰ると先輩から「門馬、あんたは3・11の時に学校に勤務していて、そういう体験談を話すことができるのは門馬しかいないんだから、どこに行ったって門馬はその体験を話し続けろ」と言われた。松戸市の公立小中学校の事務職員の研修会に、職員の間の連絡調整の話をしてくださいと頼まれて、そういった情報を話したりしています。

門馬さんが校長先生をしていた学校では、児童3人が津波で亡くなりました。もし、再び同じような地震が起きた時に少しでも被害を減らすため、門馬さんは、千葉県内の小学校などでその教訓を語っています。そうした活動をサポートする意味でも国や自治体には今後も支援を続けてもらいたいと思います。

(担当:中村友美)