お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ
  • 音声あり

【映画評書き起こし】宇多丸、『シェイプ・オブ・ウォーター』を語る!(2018.3.17放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

 

実際の放送音声はこちらから↓

宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。今夜扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『シェイプ・オブ・ウォーター』

(曲が流れる)

『ヘルボーイ』シリーズ、『パシフィック・リム』、『クリムゾン・ピーク』などを手がけるギレルモ・デル・トロ監督が監督・脚本・製作を手がけ、ヴェネツィア映画祭の金獅子賞、そして第90回アカデミー賞の作品賞などを受賞したファンタジーラブストーリー。1962年、冷戦下のアメリカ政府で働く女性イライザと、水の中で生きる謎の生物との恋を描く。主演は『パディントン』シリーズや『ブルージャスミン』のサリー・ホーキンス。その他、オクタヴィア・スペンサーやリチャード・ジェンキンス、マイケル・シャノンなどといったところでございます。

■「最高の“怪獣映画”」(byリスナー)

ということで、この映画をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、多め! やはり、まずそもそもうちの番組のこのコーナー、みんなギレルモ・デル・トロ大好きですから。ギレルモ・デル・トロ作品といえば見に行くでしょうし、なおかつアカデミー作品賞ということで、メールの量は多めでございます。ありがとうございます。

賛否の比率は、褒める意見が8割。否定的意見が残り2割でした。褒める人の主な意見は「色や美術の美しさ、スイートな音楽。最高のおとぎ話」「様々な社会問題が織り込まれてていて、でもロマンチックなラブストーリーでもある」「ギレルモ・デル・トロ監督、ありがとう。そして、おめでとう!」という意見が多かった。かたや否定的意見としては、主に「主人公イライザが謎の生物に惹かれていく過程が描かれていない」といったところに集中していたということでございます。

ということで、代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「わいえむ」さん。「素晴らしくロマンチックな恋愛物として素晴らしい本作ですが、私はやはりこれは最高の怪獣映画なのだと思いました。それは半魚人が出てくるからというだけでなく、(マイケル・シャノン演じる悪役の)ストリックランドというアメリカ的成功を追い求める人物が次第に怪物味を帯びていく様子がとても丁寧に描写されているからです。手話で意思疎通するイライザとは対照的にストリックランドの手は暴力を行使し、そのために指を食いちぎられてしまう」。あるいはね、奥さんに「黙れ、黙れ、黙れ!」って口を押さえたり。そういうために使う。「……半魚人がイライザと愛を交わし、人に近づいていくのと対照的に、ストリックランドは人間性を失っていき、自分の指をちぎり捨て、周囲の人間を遠ざけていきます。その果てに最後の水門でのごく短い対決があります」と。まあ、ここから先はネタバレになるので省略しますが。

「……怪獣対怪獣の対決の時、どちらが倒れても切なさを感じる、そんな気持ちとよく似ていました。怪獣というのは、そういう風にしか生きられない不器用な生き物だからだと思います」。なるほどね。ストリックランドもたしかにね。彼は彼でね、がんばって生きていたのかもしれない。「……やっぱりギレルモ・デル・トロ監督の好きな怪獣映画というのは、ただ凝ったモンスターが登場して動き回るというものではなく、怪獣というフィクショナルな生き物を通して、人の中にある人間性や怪物性があぶり出されるものなのでは、と思いました。監督にはこれからもずっと怪獣映画を撮り続けてほしいです」という。非常にギレルモ・デル・トロ論としても素敵なメールじゃないですかね。

一方、ちょっと否定的な意見。「ユイ」さん。「『シェイプ・オブ・ウォーター』を見てきました。一言では言えない複雑な感想を持ったのですが、あえて賛否で言えば『否』の方にカウントしてください。美術がとても私好みで、どこを切り取っても画になる美しいシーンの連続だし、キャストの演技も素晴らしくて胸をえぐられるような瞬間が何度もありました。それでもこの映画を好きになれなかったのは、声を奪われた女性がグロテスクな外見でマッチョの世界から疎外されている、実は神のような秘められた力を持つ彼に惹かれ、愛し、無限に受容し、守り、彼のために全てを捨てるという設定に『オタクの理想』的な嫌なものを感じ、どうしても乗り切れなかったからです。

主人公を男性にして、彼を彼女に変えたらこういう風に美しいラブストーリーとしては受け入れられなかったのではないか? つまり、ここで賛美されている愛は性別を逆転しただけで成立しなくなる程度のいびつで欺瞞的なものでしかないと思えてなりません。監督が幼少時に見た映画の半魚人と美女が結ばれたらいいのに、という考えが元になっていると聞いて、さもありなんと思いました。子供の考えた話を才能あふれる大人たちが寄ってたかって外側を塗り固めて仕上げた結果、美しいけどいびつで芯の弱い映画になったという印象です」という。まあでもこれ、最後の「そっちの世界に行っちゃうのを彼と彼女に変える」ってこれ、『スプラッシュ』ですけどね。要するに、人魚姫の物語をひっくり返すというのは、まあやっている作品もありますけどね、ということです。

ちなみに、ラジオネーム「いせもん」さんからいただいたものだと、シネマサンシャイン衣山というところで見ていたら、スプリンクラーが壊れ場内水浸し。上映はそのまま中止になった、という最高の『シェイプ・オブ・ウォーター』体験(笑)。本当に、まさに劇中の映画館そのままの体験をしたというメールもいただきました。みなさん、ありがとうございます!

■デル・トロ監督による『大アマゾンの半魚人』の二次創作作品

ということで『シェイプ・オブ・ウォーター』、私もT・ジョイPRINCE品川でアカデミー賞の発表直後に見に行って。その時はすっげー空いていたんですけど、その後に今週、TOHOシネマズ新宿で……これはレディースデーだったこともあって、今回はほぼ満席でございました。プラス、もう輸入ブルーレイが実は発売されておりまして。それでも見直したりしました。

ということで、本作によってついにエンターテイメント映画界の頂点に登り詰めたギレルモ・デル・トロ。今回は原案、脚本、製作、監督を務めております。まさに全世界のオタクたちの希望の星! つっても彼の場合、その博覧強記ぶり、そして蒐集家としてのレベルがケタ違いなので……というあたりは、たとえば日本ではDU BOOKSから刊行されている『ギレルモ・デル・トロ 創作ノート 驚異の部屋』という本とかね、あるいは『ギレルモ・デル・トロの怪物の館 映画・創作ノート・コレクションの内なる世界』。こんなような本などで垣間見れる、彼の仕事場「荒涼館」……(チャールズ・)ディケンズの小説から(名前が)ついている、荒涼館という仕事場があって。これの様子からも、ギレルモ・デル・トロが半端じゃないっていうのが明らかになる。これ、デル・トロ作品を味わうにはぜひね、荒涼館の様子は絶対に一度見てほしいんですけどね。

とにかく常に、異形の存在への愛を……味気なく残酷な「こっち」の現実の世界よりも、「あっち」の、空想で作った世界の方がずっといいや!っていうような心の叫びと、異常なまでに細部にまで徹底されたフェティシズムで描き続けてきた、デル・トロ作品。で、その中でも今回の『シェイプ・オブ・ウォーター』は、先ほどのメールにもありましたね。デル・トロが6才の時にテレビで見た、『大アマゾンの半魚人』……1954年の、言わずとしれたユニバーサルモンスター映画の古典。まあ、誰もが「半魚人」といって思い浮かべるあの形……今回の『シェイプ・オブ・ウォーター』も含めて、イメージの原型となった『大アマゾンの半魚人』。そこから受けたショックと感動。そして、物語に感じた違和感とか不満。

要は、「なんで半魚人(ギルマン)がヒロインに受け入れられずに、殺されて終わりなんだ? なんてひどい話なんだ!」っていうね。これ、パンフレットに載っている町山智浩さんのデル・トロへのインタビューによれば、あまりにもその結末に納得がいかなかったので、幼き日のデル・トロは、半魚人とヒロインが幸せにすごしているという絵を描いたという。「二次創作」っていうことですよね(笑)。という、とにかくその幼き時の諸々に端を発した、いわば彼のクリエイター魂、創作衝動の、原点中の原点。根本のところに立ち返ったような、非常に実は、個人的な一作と言えるということですね。

なので実際に、フォックス・サーチライト製作で、比較的低予算というね。たとえば、先ほどから何度も名前が出ていますマイケル・シャノン演じるストリックランドというね、悪役のオフィスのシーンは、デル・トロがプロデュースしている『ストレイン』というテレビシリーズのセットを、まんま流用していたりするわけです。

ただまあ、もちろんその一方で、後ほど詳しく言いますが、ちょっとどうかしているんじゃないか?っていうレベルで、画面に映らないところまでの細部の細部に至るフェティッシュなこだわりという、これもあるんですが。とにかく、比較的低予算で。見た方ならまあ、場面とか舞台が非常に実は限定的だ、ということに気づかれたと思いますが。非常に低予算。要は、完全に自分の好きなようにコントロールした状態でつくれる体制でつくりたい1本だった、ということですね。なんだけど、それが結果として、デル・トロのフィルモグラフィー上でも、おそらく最も「広く」受け入れられる……つまり、ジャンル映画ファンとかだけではなく、広く受け入れられる一作になったという。まあ、その異形のものへの愛という、ギレルモ・デル・トロがずっと描いてきたメインテーマが、この時代、たとえばマイノリティーへの視線の問い直しみたいな、そういう問い直しがいろいろと著しいこの近年のエンタメ界の潮流というのと、完全に一致したという。これもまた非常に大きいわけですけども。

まあとにかくこれ、映画監督のキャリアというものの面白いところですよね。非常に個人的な1本を作ったら、それがいちばん普遍的に評価される1本になる、みたいなのがね、面白いところだと思いますけども。で、実際にこの『シェイプ・オブ・ウォーター』、お話の骨格そのものは、僕の表現で言う「このコは悪くないのに!」物というか(笑)、わりと定番的な展開で。まあ誰にでも大変にわかりやすい話。ある意味、何度も見たような話、というね。それこそ『E.T.』的、と言っていいと思いますけども。主人公の日常に異物、異形の者が紛れ込んできて、オトナ社会……もっと言えば男性的オトナ社会は、それを「実利として」追いかけてくる。つまり、冷酷に追いかけてくるんだけども。でも、その異物と交流を深めた主人公たちは、なんとかそれを無事に逃がそうとする。で、なんなら元いた場所に返そうとする、というような。これまでも何百本、何千本と作られてきたような、ある種の型というか、ジャンルと言っていいと思います。「このコは悪くないのに!」物というね。

■デル・トロ監督の「モンスターのままでなんで悪いとや!?」魂炸裂

それこそ『E.T.』……「実は人を癒やす超常的能力がありました」なんてね、完全に『E,T.』的と言っていいと思うんですけども。ただ、この『シェイプ・オブ・ウォーター』の場合、他のそういった類似ストーリーが踏み込もうとしなかった領域に、いまあえて踏み込んで、その一点に勝負をかけている、という作品でもあって……「その一点」というのはもちろん、すでにあちこちでも語られていることなんで、ここでももう話しちゃいますけども、人間である主人公とその異形の者が、その異形の姿のまま……つまり、たとえばジョン・カーペンターの『スターマン』みたいに宇宙人が人間の姿に擬態とかして、の状態じゃなくて、モンスターならモンスターの姿のまま、人間たる主人公と恋に落ち、さらにはその帰結として、具体的な性行為に至る、というね。

つまり、異種間恋愛、そして、その一環としてのセックス、というものを描いているというこの一点。で、これは、倫理観とか、それこそ宗教観などによっては、強い心理的、そして生理的嫌悪感を催しかねない展開なわけですけど。しかし、これこそがさっき言ったギレルモ・デル・トロの、つくり手としての動機の根本。一言でいえば、「モンスターのままでなんで悪いとや!?」(笑)っていうことですよね。そこに関わる部分であって……逆に言えばこの『シェイプ・オブ・ウォーター』という作品は、「人間の主人公とモンスターが恋に落ちても、そしてその当然の帰結として性的な交わりを持ったとしても、全然いいじゃないか!」っていう風に、つまりデル・トロと同じように観客にも思ってもらうということ、その一点に向けて、全ての細部が機能するようにつくられている1本だ、と言い切っていいと思うんですね。

なので、もちろんそのまま単体で見ても大変わかりやすく、面白く、感動的な作品なんですけども、もしみなさん万が一、さっきから言っている『大アマゾンの半魚人(Creature From The Black Lagoon)』をちゃんと見たことがないのなら、いまブルーレイで3D版付き出ていますから、ぜひ見ていただきたい。そうすると……さっき言ったように、そもそもこの『シェイプ・オブ・ウォーター』は、『大アマゾンの半魚人』の、言ってみれば二次創作的な作品なんですよ。そもそも『シェイプ・オブ・ウォーター』が、その二次創作的な発想から出発しているというところ。併せて見るとより、この『シェイプ・オブ・ウォーター』という作品を作ったギレルモ・デル・トロの気持ち……「とにかくモンスターとヒロインの恋愛を、真正面から成就させたい」という根本の動機の部分が、より正確に理解できるのは間違いないと思いますので、ぜひセットで見るのを……あまりにも基本的なことすぎて、(『大アマゾン〜』を改めてチェックし直したりは)していない人がいるかもしれませんけども。絶対にこれ、おすすめですね。

実際にこの『大アマゾンの半魚人』に出てくるギルマンって、これは本当に切なくてですね。特に、半端じゃなく美しい水中撮影。水面を、気づかずに泳いでいるヒロインの真下を、並行してひそかにギルマンが泳いで。で、ヒロインの足にこうやって触れようとして、フッと手を引っ込めるという場面。その本当に名場面があるんですけど。これはもう、明らかに『シェイプ・オブ・ウォーター』の原型というか、ここから発想してつくった映画なんだ、というのが明らかにわかる名場面なのでね。本当に映画史的名場面なんで、ぜひ見ていただきたいと思いますが。

ということで、とにかく観客に… …ヒロインとモンスターの、情交ですよね。性交も含め、情交というのを受け入れさせる。自然に納得をさせる。「これもあり」というより、「少なくとも彼らはこうあるべきだ!」とまで思わせる。その一点に向けて、全てのディテール、全ての工夫がされている、と言っても過言ではないこの本作。

もちろん、いちばんの勝負の分かれ目は、モンスターの造形ですよね。半魚人の造形、描き方ですよね。デザインの完成まで、本当に3年かかっている。これは、クリーチャーのデザインとしては最長じゃないか?ってデル・トロは言っていますけども。しかも、3年かかった挙げ句、その後も、カメラテストの結果、色を塗り直したりいろんなことをやっている。コスチューム担当のマイク・ヒルさんはこれ、「『色を塗り直せ』というその命令は、私の人生を破壊しようとしているんですけど、あなたそれをわかっていますか?」ってデル・トロに詰め寄ったぐらい。いろいろとこだわって、当然のように最もこだわり抜いて、現状のバランスに行き着いているという。

で、結果、ぶっちゃけ僕はですね、今回の小説だと「ギル神」って書かれていますけども、半魚人、「普通に超イケメンじゃん!」って思いますけどね(笑)。ただまさにその、「モンスターだけど、普通にイケメンじゃん」っていう風に観客に思わせるようなバランスを目指してつくられている、ということなんですよね。中に入って演じているのはもちろん、デル・トロの盟友、ダグ・ジョーンズですね。スーツ、マスクを着て……特にあの、頭の小ささ。非常に頭が小さくなるように、そういうつくりを目指しているとはいえ、あの頭の小ささですよ、マスクをかぶって。プラス、その造形が素晴らしいのと、スーツを着ながらの水中撮影が多数、という、非常に身体的、精神的負担の大きさ、諸々を考えれば、やっぱりこれはダグ・ジョーンズがいなければ絶対に成り立っていない役ですよね。CGでこれをやっていたら、絶対にこの感じは出ないですからね。

で、一方の主人公。サリー・ホーキンス演じるイライザのキャラクター造形も、とにかくさっきから言っている、「この美しい半魚人となら恋に落ちるのも当然!」というこの一点に向けて、キャラクター造形がされているわけです。要は普通の「このコは悪くないのに!」物だったら、たとえば最初は怖いと思ったけど、とか、最初はヒロインもちょっと怯えていたけど、いろいろとやるうちにいい人だとわかってきて……みたいな、そういう序盤の、何段階かの接近のプロセスの描写があるはずなんですけど。これはまさに不満のメールでもあった通りですね。今作はそこを、思っくそスッ飛ばします。イライザは、最初からいきなり半魚人に、グイグイです(笑)。グイグイっす! 1回も引いた顔をする瞬間はないぐらいのね。

■「水の人」イライザは最初から異形の相手にグイグイいく

まあ、「ギャーッ!」って言った瞬間に一瞬ワッと引くけど、怖がるというよりかは、「いや、大丈夫、大丈夫。うん、大丈夫」って。もうグイグイ。「やろう、やろう、やろう。止める? いける、いける、いける! いけるじゃん、ほら!」みたいに、グイグイ行くわけです。で、そこを唐突に感じる人も少なくはない。これも理解はできるんですが……そもそも彼女は、この映画だと最初から一貫して、彼女もまた「水の人」として描かれているわけですよ。まず、あのアレクサンドル・デスプラの曲。非常に美しい、さっきも流れていましたけど、あの曲とのマッチングも美しい、あのオープニング。海の中の部屋に、すーっとカメラが寄っていくという、あの美しいオープニング。あれ、実はどうやって撮っていると思います? あれ、CGじゃないですからね。エフェクトをCGで足してはいるけど、全体は照明と、あとは家具とか人の体とかをワイヤーで吊って撮っているというね、場面なんですけども。まあその、(擬似的に)水中感を表現している。

ちなみに、ラストのあの2人のツーショット……半魚人はCGなんだけど、あそこにいるイライザも、実物を吊っているわけです。オープニングとラストは、同じ撮り方をして。逆に中盤の水中ラブシーンは、リアルにセットの中に水を溜めて、本当に水中撮影をして撮っているというね、対照的な撮り方をしているんですけど。とにかく、そんなこんなでそもそもオープニングからして、水中生活を夢の中でも夢見ているような女性。で、その彼女が住んでいる部屋というのも、作品全体がもちろん青と緑、そして時々ちょっと情熱を示す赤……たとえば、一夜明けて彼女は、いままで青い服ばっかり着ていたのが、赤いヘアバンドをしたなと思ったら、さらに一夜明けたら、今度は全身赤っぽくなっているとかね。まあとにかく、全体は青と緑で統一された本作の中でも、特にこのイライザの部屋の中は、そもそも水の中風に演出をされているわけです。

■「シェイプ・オブ・ウォーター(水の形)」は「愛のメタファー」

で、事実、どういう風な仕掛けで水の中風にしているか?っていうと、壁には……これは見ただけでは絶対に気づかない部分です。葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』という有名な、波がドバーンと立っている浮世絵。これ、デル・トロ曰く、「もっとも著名なシェイプ・オブ・ウォーター(水の形)を描いた絵だ」っていうんですよ。それが、実は壁に、まずいったん北斎の絵を拡大したものを、北斎の色のまま全部描いて。その上から壁を塗り込めて——サブリミナル的にというんですかね?——という風になっているという。画面を見ているだけじゃあ絶対にわからないっていうか、どんな凝り方なんだよデル・トロ!?っていうね(笑)。このあたり、またまたDU BOOKSから出ている『ギレルモ・デル・トロのシェイプ・オブ・ウォーター 混沌の時代に贈るおとぎ話』というメイキング本に詳しく出ているので、これはぜひ写真を見ていただきたいんですが。

まあ、そんなことまでやっている。ちなみに『シェイプ・オブ・ウォーター』というタイトルそのもの。「水の形」。これはデル・トロ曰く、あっ!って僕は思ったんですけども、「愛の在り方そのもののメタファー」ということですね。愛には決まった形はない。でも、その人のことを優しく包み込んで……さらにうがった見方をすればね、水は怖いものでもあるじゃないですか。愛で窒息することもある、っていうことですよね。まさに、「シェイプ・オブ・ウォーター=愛」っていうことなんですけども。まあ、とにかくそういう、「水の人」としての描写がある。あるいは、主人公イライザ。幼少時の悲惨極まりない生育環境の証であるはずの、首に残った3本の傷。そして、声が出ないということ。これも全ては、この半魚人……「半魚神」ですよね。半魚神との出会いのためにあったのかも、とさえ思えるこのラスト。

■デル・トロ監督「だって普通にモンスター、良くないっスか!?」(想像)

このラストはまさに、僕が先ほど言いましたけど、人魚姫の裏返しである『スプラッシュ』のラスト。『スプラッシュ』というロン・ハワード監督の作品。トム・ハンクスが、ドーンと人魚のことを追いかけて海の中に入りました、というあのラスト。2人はこれからどうなるのか? 人間だから息ができないんじゃないか?って思うあのラストに、(『シェイプ・オブ・ウォーター』は)非常に即物的な理屈をつけた(笑)というラストにもなっていますね。ちなみにでも、この『シェイプ・オブ・ウォーター』のラストは、非常に美しいハッピーエンドなんだけど、同時にこの後、イライザがどういう風にメタモルフォーゼしていくのかっていうことを考えると、もちろん美しいしハッピーエンドなんだけど、同時にちょっとだけ恐ろしさも感じるようなラストでもありますよね。

とにかくこんな感じで、彼女もまた半魚人と同じく徹頭徹尾、「水の人」であって……という風に描かれていて。最初から半魚人に、警戒心、恐怖心を抱くどころか、ハナから「同類」を見る目で見ている人、として描かれているわけです。つまり、これはこういうことだと思う。

ギレルモ・デル・トロ的には、やっぱりさっきから言っているように『大アマゾンの半魚人』的な、そういうモンスターの描かれ方に対するアンチテーゼ二次創作としてやっているので、「今回の作品では、一瞬たりともヒロインがモンスターを色眼鏡で見るような場面は作りたくない!」「だって普通にモンスター、良くないっスか!? 一瞬でも怖がるようなやつとモンスター、付き合ってほしくないんすけど!」(笑)みたいな感じ。「『一瞬怖がらせる』? はぁ? 出た、モンスター差別。出た〜!」みたいな(笑)、そういう感じで、全てにおいて、ここに関してはポジティブなことしか描きたくないという、そういう一点だったんじゃないのかなと思います。まさにこれこそが本作で言いたいことだったのではないか、というあたりだと思いますね。

ということで、そのモンスターを異端視したり迫害する役割というのは、もっぱら先ほどから何度も名前が出ております、マイケル・シャノン演じるストリックランドという男性。これに託されているわけですね。このストリックランドという人は、昔ながらの男らしさ、もっと言えば昔ながらのアメリカ的男らしさ、マチズモにとらわれた……というか、それ以外の価値観、生き方を知らずにここまで来てしまったこの悪役の造形っていうのが、実は、ヒロインと同じぐらい丁寧にやられているからこそ……僕は個人的に非常に興味深かった。特に途中でね、彼が「いつまで“まともな男”というのを証明し続けなければ、”Decent man”でいなきゃいけないんですか!」って訴えるあの場面。本当に泣ける場面でしたね。

■ストーリー的に言いたいこともあるが、デル・トロの新たな代表作なのは間違いない

デル・トロとダニエル・クラウスの——ダニエル・クラウスさんはもともとの(掃除係が半魚人を救うという話の)原案を出した人ですが——そのノベライズ版では、彼の哀れさがより強調された内容になっておりますので、こちらもぜひ読んでいただきたいと思います。あと、パイ屋の兄ちゃん。一瞬前まで魅力的に見えていた人の、愚かなというか、醜い本質が見えてしまった時の(※宇多丸補足:ここ、念のため確認しておくと、彼は、実は同性愛者でなかったどころか、そこに理解や寛容さを示すようなタイプでもまったくなく、さらには人種差別主義者でもあったということが一気にわかってしまう=ジャイルズが彼に抱いていた幻想が一気に崩壊してしまう、という場面であって、ゆえにジャイルズの口の拭い方もあんなにイヤーな感じなわけです)、いろいろと悲しい感じとか諸々……ちょっとね(あえて苦言的なことを言っておくならば)、オクタビア・スペンサーと旦那の絡みのところに、もうひとひねりないとアレじゃないかな? とか(宇多丸補足:これは知人からの指摘で改めて気づかされたことでもあるのですが、要は『画面には登場しない人物の愚痴を延々言っている』のだとしたら、その人物が実際に登場した際には、『実は話と実物は違っていた』とか、とにかくなんらかの逆転なりが起こらないとつまらないだろうという……作劇として詰めの甘さがあるんじゃないかという話ですね)、イライザの遅刻癖とかが全く伏線として活かされていないとか、いろいろストーリー的には言いたいことはあるんだけど。

とにかく、さっき言った「この一点」に向けて、言いたいこと全てのディテールがつくられていますので。それを味わい尽くす、ということにおいて、まさにデル・トロ的1本。ギレルモ・デル・トロの新たな代表作の1本になったんじゃないでしょうか。私は非常に好きな作品となりました。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください。

(ガチャ回しパート中略 〜 来週の課題映画は『ちはやふる -結び-』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

<以下、ガチャ回しパート>

あ、『シェイプ・オブ・ウォーター』でちょっと1個言い忘れたのは、デル・トロもインタビューとかでずっと言っているんですけど、カメラがずーっと優雅に動き続けている映画でもあって。途中でミュージカルシーンみたいなのも出てきますけども、全体がこう、本当にずーっと音楽に乗って踊っているような、優雅なカメラワークで来るような映画でもあって。全体が心地よく見続けられるというか、そういうリズム感にあふれた作品でございました。

++++++++++++++++++++++++++++++

◆過去の宇多丸映画評書き起こしはこちらから!