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金の獅子、銀の獅子~ 三代目・花柳寿楽さん

コシノジュンコ MASACA

2018年3月25日(日)放送

ゲスト:三代目・花柳寿楽さん(part 1)

日本舞踊家。1967年生まれ。学習院大学経済学部卒。人間国宝・二世花柳壽楽に師事し、1990年に三代目花柳錦之輔、2009年に三代目花柳寿楽を襲名。蜷川幸雄作品や宝塚作品など、舞台やTV番組の振り付けや所作指導も行っています。芸術選奨文部科学大臣賞をはじめ、受賞歴多数。

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出水:2月に行われたジュンコさんの「文化功労章受賞を祝う会」では、花柳さんに鏡獅子を踊っていただきました。私も間近で見せていただきましたが・・・みなさん見惚れてましたよ!

JK:本当に見事! みなさんビックリされたんじゃないかしら。

花柳:ありがとうございます。曲は鏡獅子を使ったんですが、ふつうの鏡獅子とは違って、ジュンコさんの衣装を着させていただいて、後半の狂いのところを躍らせていただきました。

JK:よく鍛えてるなあと思って。そうとう走って跳んで・・・すごかったわね!

花柳:ふだん劇場でやるときは一方向にしかお客様がいらっしゃらないんですけど、2月のパーティのときは360°前にも後ろにも人がいたので、片方が前だと片方は後ろになってしまうので、なるべく公平になるように・・・しかもステージが縦長だったので、前に行ったり後ろに行ったり、いろいろ考えてやりました。

JK:真っ黒いところに白い髪がばぁぁって! お見事でした。美しい!あの鏡獅子はスペインでも、その前は日本とポーランド国交100周年でも踊っていただきましたよね。あれとはちょっと違うかな?

花柳:はい、僕の中で勝手に「金の獅子」「銀の獅子」と呼んでいるんですが、ポーランドのときは革の掛けに袖口が金になっているものを着させていただいて、その後スペインのときは、黒地に銀をあしらった長い掛けを羽織ってやらせていただいきました。だから、2月のときは「銀の獅子」、ポーランドのときは「金の獅子」。

JK:あぁ~そうだったの。

花柳:ポーランドでは、初めて先生とご一緒させていただくし、ファッションショーで踊らせていただくこともなかったので、自分の中では踊ることに一生懸命だった部分があるんです。でもそのあと先生とスペインに行って、先生がモデルに演出するとか指示を出しているのを見て、「もちろん僕は舞踊家だから踊らなきゃいけないんだけど、もう少し衣裳が見える形としてポーズをちょっとながめに取ろう」と。そのほうが、お客様が見た時に、先生の作品と僕の間に一体感がでるかな、と意識してみたんです。そしたら先生が、スペインのときかな、「とても素敵だったわよ!」って。

JK:いっちばんいいところに行って見てたんですよ、私! 人がすごいんで、後ろからじゃ見えないから、一番前で見ましたよ。ポーンッ!って飛ぶんですもん!あの跳び方が好き。まさにアスリートですよ!

出水:寿楽さんは、お父様が二世花柳錦之輔さん、おじいさんが人間国宝の二世花柳壽楽さんということで、日本舞踊の世界には生まれた時から導かれるものがあったんですか?

花柳:そうですね、僕は長男だったものですから、生まれてすぐ、だいたい4つぐらいの時には踊りを始めていたようですし、初舞台もそのぐらい。

JK:おうちで稽古をするんですか?

花柳:はい、うちには稽古場がありますから。場所はいまの神宮前。昔は神田の須田町というところに住んでいたものですから、「神田のお師匠さん」と呼ばれる形で稽古をしていたんですが、僕が生まれたころ、50年前にはそのまま今のところへ引っ越してしまって。それからはだいたいそこで稽古しています。

出水:寿楽さんはおじいさんから指導を受けられたそうですが、やはり肉親とはいえ稽古は厳しいものですか?

花柳:そうですね、基本的にはずっと父が稽古をつけてくれたんですが、仕上げに関しては祖父が見てくれるという形。うちは2階が実家で1階が稽古場なので、2階にいるときは優しいです。でも1階に降りてくると豹変するようなところはありました。

JK:やっぱりね~

でも初舞台の時までは、僕にどうやって踊らせるかというのを、父も母も迷ったみたいなんです。僕は記憶がないんですが、誰かお弟子さんの家に行ったときに、女物のかつらを僕にかぶせたみたいです。そしたら、まんざら嫌そうでもなかったんですって! 「似合う!」みたいなことを言われたらまんざらでもなかったらしくて、そのときにパッと「踊りでも始めてみる?」みたいなことを聞かれて「うん!」と言っちゃった(笑)

出水:踊りには「3つの柱がある」というように教えてもらったそうですが?

花柳:教えというよりは、祖父が言うには、舞踊家の側面として3つの柱があるよ、と。ひとつは先生として「教えること」。踊りを「作ること」。そして、舞踊家として踊りを「踊ること」。この三角形をバランスよく大きくしていかないと、ひとつにだけ特化してしまうと、教えるのが専門の先生になってしまうし、振り付けだけになってしまう。

JK:流派として、花柳流はどんなふうに違うんですか?

花柳:日本舞踊協会というのがありまして、そこに所属しているのが120強の流派があります。

JK:そんなに流派があるんですか! 勝手に作ってもいいんですか?

花柳:一応届け出は必要だと思いますし、どこどこから分かれて新しく流派を立てたというのもあります。世間的に五大流派と呼ばれているのが、花柳・藤間・西川・坂東・若柳。

JK:歌舞伎役者も、どこかの流派の踊りは習うんでしょう?

花柳:舞踊家の家元が、歌舞伎役者を兼ねてる流派があります。たとえば坂東流なら坂東三津五郎さんのところだったり、藤間流だと尾上松緑さんが藤間勘右衞門という名前でお家元です。花柳流は、歌舞伎役者ではなく、花柳壽輔という家元が束ねているので、ちょっと違う。江戸の終わりのころに、歌舞伎の振付師として出てきた。

JK:だから例えば、歌舞伎だけじゃなくて宝塚とか、邦楽舞踊というのかしら、和ものの舞台の振り付けなんかもやるのね?

花柳:多いですね。花柳流はもともと歌舞伎の振り付けから始まって進んでいって、その後二代目がいろんなことを広げていって、「創作する」という活動が花柳の中にずっとあったものですから、その中で宝塚の振り付けもやるようになった。そういった意味で、古典だけでなく創作の分野にも強いんだと思います。

JK:やっぱり日本の歌を歌うと、日本舞踊を習ったほうがいいなと思うんですよ。オペラっていうとヨーロッパのものだけど、「蝶々夫人」とか日本のオペラもあるわけじゃないですか。ちょっと日本舞踊の振りがあると、すごくしなやかで素敵ですよね! そういう方面も教えたらいいと思う。ちょっと習ってるだけでも、手の振りが違いますよね。

花柳:そうだと思います。ちょっとした所作やしぐさで全然違いますね。

=OA楽曲=
M1. The Happiest Day Of My Life / Miss Abrams And The Strawberry Point 4th Grade Class
M2. Dance, Dance, Dance (Yowsah, Yowsah, Yowsah) / CHIC