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アフリカを想い続けて10年~ MISIAさん

コシノジュンコ MASACA

2018年4月8日(日)放送

ゲスト:MISIAさん(part 1)
長崎県生まれ。子供のころから合唱団などで歌い、1998年にシングル「包み込むように」でデビュー。以来、実力派ジャパニーズR&Bシンガーとして活躍しています。生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)名誉大使。TICAD V(第5回アフリカ開発会議)名誉大使に任命。

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出水:今回TBSにお越しいただくのは初めてだそうですね。

JK:でも最初に会ったのはBlitzでしょ? 20年前・・・ってことはデビューしたころ?

MIS:そうなんです! 1998年にデビューして間もなく、ジュンコさんが見に来てくださって。

JK:私はキューバから戻ったばかりで、会ったこともないのに三つ編みのブレードをお土産に持って行って。それですっごい印象を受けて。あの当時Blitzは立って観たでしょう?それもキューバと同じ、ぴったりだと思って。私もそこでショウをやりたいなと思っていったのがきっかけ。

MIS:ええっ?! そうなんですか?? 光栄です。

出水:その出会いがご縁で、MISIAさんの「Soul Quest」というツアーでもご一緒に?

MIS: 2010年に生物多様性第10回締約国会議が名古屋で行われたんですけど、その名誉大使に国連事務総長から任命を受けて、その年の9月に行われる国連総会の記者会見でスピーチをすることになって。そのスピーチとアフターパーティに何を着ていこうかとなと思ったときに、ジュンコ先生の着物ドレスを着たいなと思って。お店にいったらジュンコさんがいらっしゃったんです!お久しぶり、ということになって、おうちにも呼んでいただいて、先生のこれまでのショウとかお洋服をいっぱい見せていただいて・・・覚えてらっしゃいます? 3つにつながったあの帽子?

JK:そうそう、3人がいっしょにかぶる、つながった帽子。さっそくライブでやろうってことになって。

MIS:その流れから、翌年2011年からのツアーで衣装をやっていただけないか、ということになって。

JK:バックコーラスの3人が、そのつながった帽子をかぶってね(笑)

MIS:そう、3人連なって(笑) 衣装とステージが一緒になってる。ジュンコさんの服ってステージみたいなんですよ!

JK:私の衣装ってよく「装置がいらないね」って言われる(笑)

MIS:一体になっていて、ステージ全体で世界観を表現していくっていう・・・それが衝撃的でした。

JK:そういわれると嬉しいわね。出会いって突然やってくるんだけど、初めて会った時にはわからなくて、まさか10年後に一緒にやるなんて思ってもみないですよね。考えてみたら、偉い大物とやってるんだなぁ~。

MIS:何をいってるんですか、逆です、私のほうです! ・・・あ、文化功労章おめでとうございます!2月のお祝いに行けなくて・・・ちょうどそのころ、アフリカに行ってたものですから。

出水:MISIAさんは2007年からアフリカの支援活動に携わっていらっしゃいます。mudef=Music Design Foundationという財団でどんな支援をなさっているんですか?

MIS:“支援”という言い方がずっと昔から自分のなかで違和感があって。何かほかに違う言葉がないかなと今も探しているんですが・・・私自身もいろんなことを学ばせてもらいますし。まずは教育というものを軸にした子供たちの教育サポート。小学校が無償化しているところは多いんですけれども、その後の高校や大学といった次のステップは有料化のところが多いので、そういったセカンダリースクールのサポートは10年以上続けています。

JK:じゃあ、最初に関わったお子さんは、今はもう大人に?

MIS:今年会う機会があったんですけど、本当に貧困の生活をしていた子供たちが、いまは学校の先生になっている子もいるし、太陽パネルの技術者になっている子もいるし・・・それこそアーティストになっている子もいれば、日本の大学に留学生として、障害者の子供の教育を学んでいる子供もいたり、幼稚園の先生になっている子も・・・本当にそれぞれに人生をつかんでいて、やっぱり教育は希望だったな、とすごく感じています。でも、そういう風に活動を続けてこれたのは、その場所に信頼できる友人がいて、その人が小学校だったり子供たちを直接サポートしているので、ダイレクトにわかるんですよね。だから、ただお金を渡してやっといて、ではなくて、ちゃんと皆さんからいただいた支援の結果が分かる。

JK:アフリカの子供たちは、MISIAのことは知ってるのかしら?歌を歌う人とか。

MIS:歌はねぇ、すごく面白いことに、アフリカのミュージシャンとも音楽を作る機会があって。1人はセネガルのYoussou N’Dourさん。世界中で活躍をしている方で、アフリカで知らない人はいないですね。セネガルの人なのに、アフリカの北から南までみんなが知ってる、みたいな。その人と一緒に音楽を作りたい、でもスケジュールも忙しくてなかなかつかまらない。で、たまたまセネガルの孤児院に行ったときに、子供たちにミルクを揚げたいと思って、スーパーに買いに行ったんです。そしたらそのスーパーで! 彼のご家族の方とお会いできて!

出水:ええーっ!奇遇ですねー!

MIS:「いまお父さん、近くにいるけど」っていう話になって、歌うことになったんです。それでYuoussou N’Dourさんや彼のお父さんと歌えたことで、アフリカの街を歩いていると「あれ、MISIAじゃない? 歌ってたよね」って。

JK:一気に有名人! すごい鳥肌!

MIS:だから、音楽って言葉も国境も超えていくんだなぁってすっごく感じました。音楽の素晴らしさってありますね。日本の教科書で見るだけの音楽じゃない、楽譜にかけるだけの音楽じゃない、ドレミファソラシドの音楽だけじゃない、音楽。

JK:それで、MISIAさんに憧れて、「MISIAさんみたいになりたい」って思って、目指している子もいるんじゃないですか?

MIS:どうなんでしょう・・・ただ、貧困地域だったり女性の地位が低い場所があるんですけど、「あなた、お父さんや旦那さんと一緒に来ていない女の子が、1人でアフリカに来たの? 1人で決断したの?」ってよく聞かれます。とくに女の子に。女性がこうやって仕事するのはあり得ないって。

JK:あり得ない・・・危険っていうこと?

MIS:いや、男性の許可がいる。そういう文化なので、そういう人がいるっていうのを見るだけでも、刺激になるみたいです。「私たちも勉強して、こういう風に仕事したいな」と可。見たことがないと思い描けないところもあるじゃないですか。

JK:すごいことを見ちゃったのね、あの子たちは。どんな風に育つかなあって楽しみ。

MIS:そういうところから、歌手でもなんでもいいんですけど、ヒーローが現れると多分また、子供たちの希望になるんでしょうね。スラムの中からとか、ケニヤから、セネガルから、アフリカのいろんな国から広がっていって、私たち自身も学び合っていくといいんだろうなと思いますね。

=OA楽曲=
M1. 来るぞスリリング / MISIA
M2. オルフェンスの涙 / MISIA