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宇多丸、『レディ・プレイヤー1』を語る!【映画評書き起こし 2018.5.4放送)

アフター6ジャンクション

実際の放送音声はこちらから↓

宇多丸:
さあ、ここからは土曜の夜から金曜夕方にお引越ししてきた週刊映画時評ムービーウォッチメン。このコーナーでは前の週にランダムに決まった映画を私、宇多丸が自腹で映画館にて鑑賞し、その感想を20分以上に渡って語り下ろすという映画評論コーナーです。それでは今夜評論する映画は、こちら! 『レディ・プレイヤー1』

(曲が流れる)

巨匠スティーブン・スピルバーグ監督がアーネスト・クラインの小説『ゲームウォーズ』を映画化したSFアドベンチャー。舞台は貧富の差が激しくなった近未来。世界中の人々がアクセスするバーチャルリアリティーの世界「OASIS(オアシス)」に隠された3つの謎を解明するため17才の青年ウェイドが活躍する。主人公を演じるのはタイ・シェリダン。共演はオリビア・クック、マーク・ライランス、サイモン・ペッグら。オアシスの中には、アメリカはもちろん、日本のアニメやゲームキャラが多数登場するという……キティちゃんなんかもね、ちょこちょこ歩いていたりしましたけどね。

はい。ということでこの『レディ・プレイヤー1』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、多めです。まあさすがにね、超話題作ですし、スピルバーグ最新作ですし、といったあたりで、メールの量は多め。賛否の比率は褒めのメールが6割。それ以外が4割。ラストに込められたメッセージに乗れたかどうかで評価がわかれやすかったということでございます。

主な褒める意見は、「アニメ、映画、ゲームへの愛があふれる1本で5億点連発」「オタクへの目配せばかりじゃなく、現実にも宝物はあるというメッセージに思わず感動」「スピルバーグ監督から全てのクリエイターへのエールともとれる作品」。また4DXで見た人から「この作品ほど4DXと相性がいい作品もない」という感想も。なるほどね。一方、否定的な意見としては「映像は満点。話は普通。メッセージ最悪」とかですね、「80年代ポップカルチャーやたくさんのキャラクターでいろいろごまかされている気がする」とか。「敵役に魅力がなさすぎてクライマックスで盛り上がれなかった」などなどがございました。

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「長門アドベンチャー」さん。「『レディ・プレイヤー1』最高でした。5億点です! 僕の中では現時点で今年ベストの映画です。アニメ、ゲーム、映画を愛する全ての人間はいますぐこの映画を見るべきだと思います。スピルバーグが作ったオタクのオタクによるオタクのための映画、それが『レディ・プレイヤー1』です。様々な作品のオマージュにあふれアニメ、ゲーム、映画に対する愛情が込められた素晴らしい作品です。最初から最後まで手を抜いたシーンは一つもなく、まさに全編クライマックス。また『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』のファンとしては主人公のウェイドくんの呼びかけで世界中の仲間が集結し、敵と戦う場面は鳥肌が立ちっぱなしでした」。

後ほどチラッと言いますけども、『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』……元の小説が(ジョン・バダム監督1983年の大ヒット映画)『ウォー・ゲーム』がよく出てくるモチーフになっていて。で、『ぼくらのウォーゲーム!』は、細田守監督がそれ(『ウォー・ゲーム』)をモチーフにした作品で、さらにそれを発展させた『サマーウォーズ』……ちょっと思わせるところがいっぱいある作品なのは間違いないと思いますね。ちょっと後ほど言いますね。これはダメだったという方、「パクチー畑」さん。「『レディプレ』、ウォッチしてきました。とても新鮮な体験だったし楽しかったんですが、賛否で言うならば否に入れさせてください。私がいちばん許せないのは、結局この映画はバーチャルよりも現実を大切にして生きようよ』というありふれた道徳の教科書みたいなメッセージの域を出ていないことです」と。

で、「まあファミリームービーとしてはそれで正しいのかもしれませんが……」というのがありつつ、「他にももっと深いテーマに触れた作品はあるだろう」という。あと、「『AKIRA』や『ガンダム』、『ゴジラ』のシーンも日本のサブカルチャーがいちばん輝いていた頃の夢をいつまでもVRで見せられているようでとても複雑な気持ちになりました」と。まあ、80年代日本のポップカルチャーはやっぱり強えな!って思いますよね、改めてね。他国でやっぱり、ここまでこういうポップアイコンになるようなものをボンボン出している(国)って考えると、アメリカ映画以外だとなかなか思いつかないっていうのもあって。「80年代(日本ポップカルチャー)は強かった」っていう感じはちょっとありますよね。

■映画館に2本が同時上映中。スピルバーグの創作スピードがおかしい

はい。ということで『レディ・プレイヤー1』。みなさん、メールありがとうございました。私も、ひょっとしたらスピルバーグにインタビューできるかもしれないという淡い期待を抱いて(笑)、なかなかあまり行かない試写に1回行って。その後にT・ジョイPRINCE品川でIMAX字幕3D、その後にバルト9で字幕2Dで見てまいりました。ということで、先に公開された『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』、原題『The Post』という、この作品とほぼ同時に、非常に要するに対照的なトーンの、しかもそれぞれにやっぱり半端じゃない凄さを持つ二作が劇場にかかっているという……個人的には僕、『ペンタゴン・ペーパーズ』は今年ベスト級に好きなんですけども。過去で言えばちょうど『ジュラシック・パーク』と『シンドラーのリスト』が同じ1993年に公開されたという、本当に信じられない振り幅っていう、これを思い起こさせる構図ですけども。

ただ、それでいて今回の『レディ・プレイヤー1』も、『ペンタゴン・ペーパーズ』と並べてみると、こういうテーマ……「民主的で、自由な、人間らしい社会システムを保持していくためには、時には我々自身が立ち上がって、戦って、守っていかなければならない、重大な一線というものがあるんだ」というような。このところのスピルバーグ監督作に、僕は通底すると思っている社会的テーマ、メッセージもしっかりと、並べてみると浮かび上がってくる。というようなあたりも含めて、とにかく要は、いまだにスピルバーグはすごすぎる!と言わざるをえないこの二作。ねえ。しかもこの『ペンタゴン・ペーパーズ』の方は、『レディ・プレイヤー1』のポストプロダクションに時間がかかりすぎるなというその合間に、埋もれかけていた脚本を見つけて、即映画化して。

しかも、音楽をジョン・ウィリアムズに、『ペンタゴン・ペーパーズ』の方を頼んだら、そのジョン・ウィリアムズがそっちを作っている間に(忙しくて)『レディプレ』はちょっとできないんで……つって、『レディプレ』の音楽は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とかロバート・ゼメキス作品の(音楽で知られる)アラン・シルヴェストリが担当することになり、っていう。つまり、スピルバーグ1人の創作スピードがおかしいわけです(笑)。スピルバーグだけがおかしいんだよ。なんか時間軸がおかしいっていうね。「マジでどうなってんの、あんた?」って言わざるをえない異常なペース。このままスピルバーグは、40年間来ているわけですから。ちょっと、本当にバケモンですよね。

■映画版より何倍も濃い原作小説のオタク濃度

で、今回の『レディ・プレイヤー1』ですけども。まず、今回の映画版の脚本も手がけている、アーネスト・クラインさんという方による原作小説。いわゆるヤングアダルト小説っていうのが元にあるわけですね。日本では『ゲームウォーズ』というタイトルで、SB文庫から上下巻が発売されておりますが。このアーネスト・クラインさん、そもそもこの『レディ・プレイヤー1』にもネタのひとつとして出てきますけど、80年代、84年のカルト映画、『バカルー・バンザイの8次元ギャラクシー』という、ピーター・ウェラーが出ている作品があって、それの勝手に書いた続編用脚本……要するにまあ、二次創作ですね。二次創作脚本をネットに上げて名前を売った、というような人で。

なおかつ、『ファンボーイズ』という、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』公開直前のスター・ウォーズファンたちのああだこうだを描いた……オチが最高な一作なんですけども、あれの脚本を書いたりっていうような人で。要は、アメリカのゴリゴリのオタクですね。1972年生まれ。ほぼ僕と同世代と言っていいと思いますけども。なので、それこそ今回の『レディ・プレイヤー1』にしろなんにしろ、出てくるネタはほぼほぼ、「ああ、まあまあわかります。ああ、わかります」みたいな感じなんですけど。で、その『ゲームウォーズ』、2011年の小説は、言っちゃえばこの、ヤングアダルトSF小説のある種……まあ、映画化もされた『ハンガー・ゲーム』だとか『ダイバージェント』だとか『メイズ・ランナー』とか、なんでもいいですけども。

ヤングアダルトSF小説のある種定型的な型っていうかさ……要は、「ゲーム要素を多分に含んだディストピア的社会を、主人公の若者たちが、革命的戦いで変革していく」というかね、そういうような話。まあその、いまどきの流行りのヤングアダルト小説の型に、このアーネスト・クラインさんならではの、80年代アメリカ人オタク的気質……ここで言う「80年代」は、70年代後半から80年代前半だと思ってください。音楽でいえば、やっぱりヒップホップとかグランジとかクラブミュージックとかが台頭する前、ですね。だから「80年代」って言っても、(主に)80年代中盤までです。逆に言えば70年代後半も含む「80年代」です。とにかく、その80年代のアメリカ人オタク的な知識を、ほとんど無節操なまでにブチ込んだ一作、これが『ゲームウォーズ』という小説なんですね。

ぶっちゃけオタク濃度は、この小説版の方が今回の映画よりも、何倍も濃いです、はっきり言って。特にアメリカ製レトロゲームと、あと、日本特撮ですね。日本の特撮に対する造詣がめちゃめちゃ深くて。まあ、『マグマ大使』やら東映版『スパイダーマン』……クライマックスでレオパルドンが登場して活躍したりとか。とにかくそのへんの知識とか思い入れが、非常に小説版は大変強いので。ぜひ今回の映画を見て「おもちろーい!」って思った大きな子供たちは、小説版を読むとさらにおもちろいんでね、読んでみてはいかがでちょうか? フフフ(笑)。

■過去にもあった「究極のクロスオーバー」的挑戦

で、ですね、これを映画化するって、普通に考えたらやっぱり、「そんなこと、できるの?」って誰もが思うような企画なんですけど……異なる作品の有名キャラクターたちが一堂に会してって、まあいわゆる「究極のクロスオーバー」的な試み、当然権利クリアが気が遠くなるほど大変だろうなっていう、こういう作品。映像作品で言えば、クラシックアニメ縛りではありますけど、やっぱり『ロジャー・ラビット』とかね、あれはやっぱりそういう試みですよね。1988年。あるいは『グレムリン2』とか、あとは『ルーニー・テューンズ:バック・イン・アクション』……まあ、ジョー・ダンテの映画はそもそもそのケが強い、とかありますよね。

あとはまあ『キャビン』とかもね、ホラー映画においてそれをやっている感じはありますけどね。なんにせよ、『グレムリン2』とか『ロジャー・ラビット』には、すでにスピルバーグの影がちょっと見え始めているわけですけども。あとはやっぱり何しろ、『ラスト・アクション・ヒーロー』ですよね。僕、最初にこれを映画化するって聞いた時、「ああ、要はそれ『ラスト・アクション・ヒーロー』っぽくなるんじゃね?」って。1993年のシュワルツェネッガーの作品。と、思っていたら、今回の『レディ・プレイヤー1』は、まさにその『ラスト・アクション・ヒーロー』で脚本家デビューしたザック・ペンさんが、アーネスト・クラインさんと共同脚本を手がけているという。

で、そのアーネスト・クラインさん、元の小説『ゲームウォーズ』自体に出てくる、「ムービーシンク」っていう映画の中に入り込んじゃうっていう設定、まあ今回の映画でも出てきますけども。それの設定は、その『ラスト・アクション・ヒーロー』から着想を得たという風に言っているし。あまつさえ、そのアーネスト・クラインさん制作、ザック・ペンさん監督で、今回の『レディ・プレイヤー1』でも大きな役割を果たしている、「アタリ」というアメリカのもう倒産してしまったゲームメイカー。そのアタリをめぐるドキュメンタリー……しかも、アタリ製のゲーム版『E.T.』を巡る都市伝説を検証するというドキュメンタリー、『ATARI GAME OVER アタリ ゲームオーバー』っていうのもこの2人で作っていたりして。

要は、まあ仲良し80年代オタクコンビなわけですよ。まあ言ってみれば、アメリカにコンバットRECが2人いたら、みたいな(笑)。そんな感じだと思ってください。80年代のテレビの中に生きている男、コンバットRECっていうね(笑)。で、とにかくその原作小説と、そのコンビによる脚本が先にあって、スピルバーグはそれを振られた立場なわけですね。で、スピルバーグ自身は、同じオタクと言っても、彼らよりも一世代上のオタクなんで。まあ映画オタクなのは違いないし、あとはミリタリーオタクとかそういうのはあるんだけど……どちらかと言えば、これは多くの方が当然のように指摘するあたりですけども、この『レディ・プレイヤー1』で言えばマーク・ライランス演じるハリデー側、つまり、80年代から現在に至るまでのポップカルチャーの礎、基礎を作り上げた張本人のひとりなわけですね。スピルバーグは、遊び場を提供してきた側なんですよ。

■ポップカルチャーに耽溺しない、スピルバーグの抑制

なので、その脚本コンビの世代のように、もしくは僕とかのように、80年代ポップカルチャーにただただ「耽溺」しているような立場じゃない。無邪気に耽溺するだけの立場じゃないし、あとはいまのエンターテインメント全体が二次創作化というか、キャラクターをそれぞれパーツ化して、好きなように順列組み合わせで楽しむ、二次創作化しているその傾向とも、少なくともスピルバーグ自身の監督作では、これまではわりとしっかり距離を取ってきた、という風に僕は思っているんですね。なので、スピルバーグが『ゲームウォーズ』を自ら監督するっていうのは、個人的にはちょっと意外な気がしたんです。「えっ、スピルバーグ、それやっちゃうんだ?」って。

で、あえてやるとしたら、じゃあスピルバーグはそういうポストモダン的な文化状況に対して、実は痛烈な批評を下すような、批評的な作品になるのかな? と事前には予想していたんですね。スピルバーグがやるならば。ただ、実際に出来上がった『レディ・プレイヤー1』、この作品を見てみると……まさにその、80年代ポップカルチャーの創造主でもあるスピルバーグの俯瞰視点があるからゆえの抑制が、適度に効いているというか。要するに「80年代文化サイコー! ウエーイ!」っていうんじゃない、ちょっと抑制が効いた俯瞰視点を持った「神」だからこそ、意外なまでに見やすい、割と普通のジュヴナイル物、普通のヤングアダルトSFになっているなと思ったんですね。見やすいなと思ったんですね、僕ね。

まあ、ちょうどしかもタイミング的に、『ストレンジャー・シングス』とか、あとこの間の『IT』のリメイク(『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』)であるとか、あとはもちろんJ・J・エイブラムスの『SUPER8/スーパーエイト』とかもそうでしょうけども、要はいまね、80年代ジュヴナイル物っていうのが、ちょっとリバイバルしているタイミング。要するに『グーニーズ』や『スタンド・バイ・ミー』チックなそういうのが、リバイバルしているタイミングでもあるし。もっと言えば、そもそも80年代リバイバル、80’sリバイバルっていうのも、もはやすっかりいまの現在のポップカルチャーの中で定番化している。80年代感みたいなものは。

というこのタイミングだから、諸々が割とすんなりと行くというか。前だったら80年代リバイバルは、「ちょっとこれはダサいよね」っていうエクスキューズが必要だったのが、もうそのエクスキューズが取れちゃったんで、ますますやりやすくなった、っていうのはあると思うんですけどね。まあ冒頭、いきなりこの曲ですね。ヴァン・ヘイレンの『Jump』という、みなさんもご存知の曲が流れ出す。で、2045年の現実世界というのが映し出されていく。個人的には、原作小説でも実は僕、いちばんここが感心したところなんですよ。2045年の現実世界の設定。現在のアメリカの貧困層みたいなのの象徴ですよね、要するにトレイラー・ハウスで暮らしている貧乏な白人、ホワイトトラッシュみたいなのって……貧乏の象徴じゃないですか、トレイラー・ハウスって。

それを未来世界では、縦にどんどんどんどん積み上げていく。しかも、建築の安全性とかを考えずに積み上げていく、「スタック住宅」っていうこの設定。まさに、僕も大好きな『Idiocracy』という素晴らしい作品ありましたね。日本タイトル『26世紀青年(Idiocracy)』的なディストピアの、ちょっとリアル版、っていう感じですよね。で、そこの実際に組んだスタック住宅のセットを、主人公がスルスルと降りていく。その過程で人々が、現実にはそういう、スタック住宅なんてもう下の下の住宅ですよ。そういうところに住みながらも、現実の貧困やらなにやらから目を背けながら、VR世界に耽溺している。

しかも主人公もまた、その現実からまさに「ジャンプ」せずにはいられないんだっていう様子が、いま聞いているようなまさに80’s的な楽観性、楽天性にあふれたヴァン・ヘイレンの『Jump』と対比されつつ、でも歌詞の中で「俺はジャンプしたいんだ!」っていうその気持ちとシンクロしつつ……で、まあ端的に設定と、諸々が伝えられていくという。非常にもう、さすがスピルバーグ! こんなものはもう、「上手いねえ!」っていう。オープニングだけで「パチパチパチーッ!」っていう上手さでしたね。はい。

■登場するアバターのキャラにスピルバーグの思い入れは……?

で、さらにこの現実世界の描写。スピルバーグおなじみの撮影監督ヤヌス・カミンスキーさんが、こっちの現実世界の方は35ミリフィルムの、ザラついた質感で撮っていて。それも含めて要は、現実シーンはすごく80年代映画っぽい。もっと言えば80年代スピルバーグ映画っぽい撮り方をしている。これは『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』でもやっていた試みですけどね。とか、あとオープニングタイトルの出方とか。いまどきの映画はあんな素っ気ない出方しないでしょう? だからあれもやっぱり80年代映画っぽかったりとか。

もっといえば、この『レディ・プレイヤー1』のポスターアート。これ、以前『ウィークエンド・シャッフル』の推薦図書特集でも推しました、ドリュー・ストルーザンという80年代名作ポスターをいっぱい手がけた方。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とか……あれのポスターアートへの、明白に完全オマージュなこのポスター。今回は、ポール・シッパーさんという『最後のジェダイ』とかのポスターを手がけられた方がやっていますけども。ドリュー・ストルーザンがもう引退しちゃったんでね。もう完全にドリュー・ストルーザンオマージュのポスターアートとかも含めて、とにかく全体が80年代、つまりスピルバーグ時代のエンターテインメント映画、全体のシミュレーションみたいな撮り方をしているという。これ自体がもうバーチャル、この映画自体がバーチャルな感じなんですよね。

で、まあそのオアシスという仮想現実の中に入り込んでからは……人々がそれぞれアバターで生活をしていて、キャラクターが入り乱れて。これは僕、すごく2009年の細田守監督作品、『サマーウォーズ』の仮想空間の描き方にすごい近いなと思っていて。アーネスト・クラインさんは日本のアニメにすごく詳しいし、『ゲームウォーズ』は2011年の小説ですから、『サマーウォーズ』は見ていないわけないだろうなっていう風に思ったりはしますけども。まあとにかく、ここでいろんな有名キャラクターの数々が、大洪水のように出てきて。はっきり言って、まあ間違いなく一度で肉眼で認識するのは絶対に不可能なほどっていうね。これはたぶん、ソフトでみんな(映像を)止めて、いろいろとチェックしたりするのが楽しいっていうやつでしょうけど。

ただ、おそらくその1個1個のキャラクター。「あそこに何がいる、あそこにロボコップがいる、スポーンがいる……」って、その1個1個それぞれには、別にスピルバーグ、思い入れがあるわけじゃないと思いますよ、間違いなく。っていうかたぶん、全てを把握しているわけじゃないです。グレムリンが入っているのに自分で驚いたりしていた、っていうことらしいですから。おそらく、『映画秘宝』で多田遠志さんが指摘している通りで、たとえばゲームキャラがいっぱい出てきますけど、キャラとしては最新ゲームのキャラクターとかがいっぱい出てくるんだけど、それはたぶん、直接グラフィックを担当している比較的若いアーティストたちの仕事で。だから『HALO』が出てきたりとか『Gears of War』が出てきたりっていうのは、若いアーティストたちがそれを入れている。

で、ストーリーと直接絡んでくるゲームの仕掛けみたいなのは、さっき言ったように脚本コンビの、もう完全に80’sアメリカ製レトロゲームの世界であり、っていう感じで。つまり、画面のディテールのオタク性と、脚本コンビの80年代的なオタク性と、そしてスピルバーグ本人が思い入れがある部分っていうこのそれぞれが、実はこの『レディ・プレイヤー1』という映画では、微妙な乖離があるんですよ。なので、僕は全部が全部、「スピルバーグの贈り物」っていうわけじゃないと思うんですね。スピルバーグがそんなにガンダムに思い入れがあるとは、僕は思えない。

だけど、そのそれぞれの思い入れの乖離が、気にならない世界観でもあるじゃないですか。別に、全員バラバラなんだから。そして、なおかつそれを、割とサラリとシンプルなエンターテインメントのストーリーの中にまとめ上げる、スピルバーグの手腕っていうのもあるわけです。これ、もっとオタクオタクした監督だったら、収拾がつかなくなっていますから。と、いうことだと思います。「オタクオタク」っていうのは、いまどきのオタクっぽい感じね。全体に、メインストーリーに絡む80年代トリビアや、あとは特に音楽のチョイスとかは、そこまでマニアックっていうものでもないです、はっきり言って。いまどき80’sネタだったら、もっと突っ込んだことをやっている映画はいくらでもありますから。知らないとわからないとか楽しくないとか、そういう作りでは全然ないですね。

■気合いの入り方が違う「あの場面」

なんだけど、唯一例外と言っていいのが、中盤の見せ場にして本作最大のぶっ飛びポイント。あ、これあれだな。サントラを用意しておいてもらえば良かったかもしれないな。明らかにスピルバーグ、この場面だけ気合いの入り方が違うでしょ!っていう場面が、中盤にあるわけです。一応僕、この評の中では伏せておきます、どの作品かは。80年代の、ある超有名な作品の中に、主人公たちのアバターが入り込んでいく、ということで。原作小説だと『ウォー・ゲーム』というジョン・バダム監督の作品に入り込んでいくというくだりが、よりスピルバーグと関係の深い監督の作品になっている、というあたり。

あともうひとつ、ここが非常に重要。ある「場所」にまつわる話というか、その「場所」のイメージが強い映画であること。このチョイスが(その世界に入り込んでしまうという展開に合っていて)、非常に見事なんですけど。とにかくその、80年代のある有名な映画の、画面の質感から美術からなにから、本当に「あの映画の中に入ってしまった」感覚というのをやっている。オリジナルフィルムをスキャンして、空間のデジタルバージョンを作って……とか、これはメイキング本がスペースシャワーから出ていて、『メイキング・オブ・レディ・プレイヤー1』っていうこの本に詳しく書いてありますけども。オリジナルのデータをスキャンして、デジタルバージョンを作って。なんだけど、あの出てくる双子は、新しい子たちを用意して衣装を着せて……とか。

いろいろと工夫をしつつ、とにかくここは、映画としての質感とかルックは1980年のあのフィルム……80年代映画(という大きな括り)じゃないですよ、「あのフィルムそのもの」を再現しているのに、デジタルのアバターキャラがそこら中をウロウロしているっていう、本当にVR感というか、クラックラするようなミックスを成し遂げていて。ここだけは、元の映画を見ていないと真には驚けないし。そして、どの映画が元ネタなのか知った上で、予習した上で見ると驚きが半減してしまうため……要はスピルバーグ的には、この部分だけは、「ああ、そのぐらいは言われんでも勉強しとけよ」(笑)っていう感じがうかがわれる、というあたりでございます。

■スピルバーグが忠誠を誓っているのはポップカルチャーではなく映画史

ちなみにあのオアシスの中のシーンは、VRメガネをつけて仮想のVR空間を見ながらスピルバーグは演出をつけていたという、非常に変わった、新しいやり方をしている作品でございます。他にもね、フランク・キャプラの非常に有名な映画の、ある有名なセリフとか、オーソン・ウェルズの、あの映画史に残るあの作品の、有名なあるキーワードとか、あとは三船敏郎の顔であるとか……とにかくスピルバーグが本当に忠誠を誓っているのはやっぱり、80年代ポップカルチャーじゃなくて、やっぱり「映画史そのもの」なんですよ。スピルバーグが本当に思い入れがあるのは。そういうのがやっぱり……80年代ポップカルチャーの洪水のような作品の中で、逆説的に、「スピルバーグはやっぱり、映画にのみ忠誠を誓っている」っていう風なことが浮かび上がってきましたけどね。

ここででもスピルバーグが大人なのは……僕はこう取りました。「現実も大事だよ」っていう、もちろんごくごく穏当な着地をしつつも、かと言って仮想現実を楽しむことそのものを否定しているわけでもないところだと思います。むしろ、本作の悪役は過剰に現実主義的な大人じゃないですか。であって、その彼でさえ、仮想現実の中に込められた黄金の魂に触れた一瞬、ちょっと人間性を取り戻してしまうという。つまり、その感動のリアルさ、現実性こそが生きる宝なんだっていう風に、やんわりと結論づけてみせるところにこそ――まあ玉虫色とも言いますけど(笑)――そこにこそ、着地の大人さがあるという。

個人的にはでも、ハリデーはちゃんと「物を作った」人であって、単に細かい情報を詳しく知っているだけの、本質的には消費者である人とは、僕は一線は引かなきゃいけないと思うし、スピルバーグも実はそこになんとなく一線を引いた作りだな、という風にも思っております。そんな感じで、ごめん! 全然言い足りない。ガンダムの出方、あれはどうなんだ? とかいろいろあるんだけど。いろんな側面からいろんなテンションで、いろんな考え方で解釈し語ることができるという意味で、絶対に楽しい映画なのは間違いないですし、「いま」見るべき作品なのは間違いないです。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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