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中国帰国者を主に対象にしたデイサービス▼人権TODAY(2018年5月12日放送分)

人権TODAY

毎週土曜日「蓮見孝之 まとめて!土曜日」内で8時15分頃から放送している「人権トゥデイ」。様々な人権をめぐるホットな話題をお伝えしています。

今回のテーマは…2018年5月12日放送「中国帰国者を主に対象にしたデイサービス」

担当:崎山敏也

崎山記者が取材したのは、東京・板橋区にある「長寿楽園」。通所介護、訪問介護の施設として去年の10月に開所しました。「長寿楽園」は、いわゆる元残留孤児、元残留婦人、つまり「中国からの帰国者」を主に対象にした施設なんです。午前9時過ぎ、送迎の車でデイサービスの利用者が次々と到着しました。「おはようございまう」「ニイハオ」という言葉と一緒に、スタッフが手をたたきながら「ファイユン(歓迎)、ファイユン(歓迎)」、よくいらっしゃいました、と出迎えます。

中国帰国者は、戦後の混乱の中、中国、旧満洲に取り残され、子供は養父母に育てられ、長年の苦労の末、1980年代以降、帰国してきた人たちです。厚生労働省によるとおよそ6,700人、平均年齢は76歳です。介護が必要な人も多いのですが、言葉の壁や生活習慣の違いなどから地域で孤立しているうえに、介護制度を利用していても、例えば、自分の健康状態を日本語ではうまく伝えられない、といったことがあり、十分な介護が受けられていないんです。「長寿楽園」はそうした帰国者に、楽しくも穏やかな暮らしをと、帰国者の二世、三世、つまり子供、孫の世代が発案して始まったんです。

崎山記者が取材した日の午前中は、ボランティアで来た、元「中学の体操の先生」が日本語で指導するのをスタッフが中国語で補足しながら、体操をしたりしました。そして、お昼ご飯は、栄養に気をつかいながら、あっさりした中国の家庭料理です。お昼ご飯の時も中国語、そして時に日本語が混じるおしゃべりは絶えません。二人の利用者に話を聴くと、一人の女性は「ここは楽しい、面白いですよ。みんなで中国語で会話ですから。日本語難しいですよね。私は、実はこっちに来て30年なりましたけど、まだまだ覚えられないんですよ」と話します。一方、もう一人の女性は「楽しいです。私は中国語だけでなく、日本語も好きです。両方の言葉でおしゃべりしてます」と話します。

中国帰国者の日本語能力は、帰国した時の年齢や、帰国後の仕事の環境などで異なります。日本語が十分話せる人もいます。でも、「長寿楽園」の利用を希望する人はいます。施設の管理者で、帰国者三世の三上貴世さんは「日本語ができても、日本の施設に行くと、やっぱり中国が長いから、中国行ったことない利用者さんと話があわないんです。ここに来たら、自分が日本語できるぶん、みんなに日本語教えられるというのもあるし。中国語ができないスタッフと利用者の通訳をかって出る利用者もいます。あと、みんなやっぱり、戦争の時に、どうやって自分が孤児になったとか、養父母の話とか、若いときの仕事の話とか話したいんです。利用者さんはみんな境遇が一緒で、孤児になった時から、不安なことがたくさん積み重なっていますが、ここに来ると、みんな一緒だって安心感があるんですよ」と話します。高齢者の介護に共通することですが、安心できる環境を整えると、いろんなことをする意欲、病気の後遺症がある人はリハビリの意欲も出てくるし、まだ元気な利用者は病気を抱えている利用者を手伝ったり、日本語で通訳をする利用者もいて、「自分がまだ誰かの役に立てるんだ」という意識も持てることになります。

三上さんたちは、中国語ができる親戚、知人や、中国語はできないけど、介護施設で働いた経験のある人たちがボランティアで手伝ってくれているので、その人たちの意見を取り入れながら、工夫を積み重ねています。この日の午後は輪になって、風船を打ち合って、風船を落とした人は歌を歌う、というゲームをしましたが、中国語の歌がほとんどの中、戦前、旧満洲で歌われていた「満洲娘」という歌も利用者の女性が歌い上げました。女性のお母さんは中国に残った、いわゆる「残留婦人」で、よく歌っていたので、懐かしいんだそうです。崎山記者も風船を落としたので、中国でも知られている、テレサ・テンの歌を日本語で歌いました。三上さんは「ここに来たら、あっ、自分だけじゃないんだってなる。そうすると、どんどん声が出てきて、声が出るようになると、ますます自信になってきて、昔のように、歌えるようになりたいとか、もう、自分から歌いだすんですよね。そういうところが、すごくやりがいを感じます」と話します。

三上さんたちは、同じように、デイサービスや訪問介護の試みをしている、埼玉、横浜、長野、大阪などの人たちとグループを作って、情報交換をしたり、研修会を開いたりして、よりよい介護を行なえるよう、利用者が普通の暮らしを行なえるよう協力し合っている。中には、中国語は話せない、施設の地元の住民の利用があるところもあるそうです。

一方で、利用者が中国に取り残され、帰国が遅れたのは国の戦後の対応の失敗、遅れからでもあります。国や自治体によって、こういう試みを支えることももちろん必要です。また、ここには、帰国者二世で高齢になった利用者もすでにいますし、インドシナ難民や日系人など定住外国人の高齢化も始まっています。
多様な文化を持つ人たちが自分らしい老後を過ごせるための試みはますます必要になってきます。

(担当:崎山敏也)