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サハリン残留日本人をルポした写真文集「サハリンを忘れない」▼人権TODAY(2018年6月2日放送分)

人権TODAY

毎週土曜日「蓮見孝之 まとめて!土曜日」内で、8:20頃に放送している「人権トゥデイ」。様々な人権をめぐるホットな話題をお伝えしています。

「樺太」と呼ばれた島の残留日本人

北海道の北にサハリンという南北に長い島があります。かつては樺太と呼ばれ、南部地域はかつて日本の領土でした。日本はサンフランシスコ講和条約で樺太の統治権などを放棄し、国際的な枠組みにゆだねたままの状況ですが、戦後から現在までソ連そしてロシアが実効的に統治しています。そこに戦後の混乱で引揚げできず残された日本人が住んでいます。


    
残留日本人、または残留邦人と呼ばれる人々です。今回は、サハリンまで残留日本人に会いに行った写真家がその方たちとの交流を記録した「サハリンを忘れない日本人残留者たちの見果てぬ故郷(ふるさと)、永い記憶」という本を紹介します。著者の後藤悠樹さんは32歳、太平洋戦争や戦後の混乱とはあまり接点のない若い世代です。そんな後藤さんがなぜこの本を書いたのか。きっかけを聞きました。

後藤祐希さん

「2006年からサハリンに行くようになって、どこか外国に行こうと思ってて、地図を見てたら真っ白な地域というのがあって、それはどこの国にも属さない国ということになってるんですけど、統治する国が変わった地域は現在どうなっているのか興味があって見に行ったわけです。その頃たまたま目にした吉武輝子さんの「置き去り」というサハリン残留日本人についての本があるんですけれど、行く前にその本を読んで、自分も会ってみたいなと思って、通い始めたのが最初です」

 

世界地図で白く塗られた島

サハリン南部は領有国が明確でないため日本製の世界地図では白く塗られています。後藤さんははじめ、その空白地帯に興味を持ったそうです。最初の渡航から約10年間、写真関係の仕事をしながら旅費を貯めては渡航して、残留日本人と接してこの本を書きあげました。内容は後藤さんが撮影した写真と、11人の在留日本人女性へのインタビューで構成されています。サハリンは北海道の北ですから冬が厳しいですし、残留日本人が住んでいる町はバスや電車が1日1便しかなかったり、移動に丸一日かかったりと苦労しながらの取材だったそうです。

後藤祐希さん

「会った人はもちろんたくさんいて、世帯としては30世帯か40世帯ぐらいは聞いて話したくない人には、強引に教えてくれよみたいなことはやらなかったんですけど、話してくれる人はぜんぶ話してくれて。それはどこかで話す相手を探していたような、待っていたような感じなんですね」

残留日本人は戦前・戦中に生まれた高齢の女性がほとんどで、戦後、親を失ったり、子供の頃から労働したり、つらく厳しい人生を送っています。子供の時に親と離れたため、ロシア語教育しか受けておらず日本語を記憶していないこともあるそうです。とはいっても、この本の内容は重苦しくなく、日常的で優しい写真や文章から戦後の歴史や残留日本人の人生の重みがじわじわ伝わってきます

なぜ、戦後に日本人がサハリンに残ることになったのか

    
1945年8月15日の終戦直前、8月9日にソ連軍が、当時は南樺太と呼ばれていたサハリンの日本領に侵攻して地上戦の後に占領しました。その後宗谷海峡を封鎖したため、北海道などに脱出できなかった日本人が当初は30万人いました。その後、1949年頃までに約28万人が日本に戻ってきます。ただ、戦時中に現地の労働力としてサハリンに渡っていた朝鮮半島出身の人々は国籍の違いから日本の引き揚げ船に乗船できませんでした。そして戦後の混乱の中、韓国籍・朝鮮籍の男性と結婚したり、ソ連の男性と結婚して家族を作った日本人女性は子育てや現地での仕事のために帰国できない状況がありました。その後日本政府が帰らなかった人、未帰還者の戸籍を抹消したため、残された人たちは無戸籍者としてサハリンで生きることになりました。
    
後藤祐希さん

「この本にも出てくる松崎節子さんは1945年の夏にお兄さんとお父さんが冤罪でソ連当局に逮捕されてしまって、実のお母さんも亡くなって、朝鮮系の家に嫁にいかされたんですけど、そうなると日本人であることの責任を13才のこの子がぜんぶ背負って生きていかないとならなかったんですね。気の遠くなるような歳月を生きてきた存在なので言葉にできないような衝撃を私はもらいましたね」

    
1990年頃から残留日本人の帰国を支援する運動が始まりました。支援活動を続けているNPO法人日本サハリン協会によれば、現在まで1200名以上の残留日本人が一時帰国し、135世帯305名が永住帰国して日本に住んでいます。6月2日までシベリアとサハリンからの一時帰国者が来日していました。ただ、後藤さんの本にあるように、まだサハリンに暮らしている日本人がいます。正式な調査はされていませんが、100名以上の残留者がいると考えられ、その中には、自分が日本人と判らないまま暮らしている方も含まれます。

課題も残る帰国事業

    
また、帰国にも課題があります。たとえば、現在の制度で永住帰国が認められているのは残留者一世と、その家族1組だけなので、たとえば子供が複数いて、それぞれに家族がある場合、みんなが一緒に帰国できずに、一部の家族がロシアに残されてしまう家族離散の問題が起きます。それから残留日本人は高齢の方が多いので残された人生をどんな場所で暮らすのか、支援者側も単純に永住帰国を薦められないと。また永住帰国した方の中には、ロシア語しかできない方もいて、介護が必要になった時に言葉の問題が生じやすいなど、残留者、帰国者ともに高齢化の問題は多岐にわたっています終戦時に子供だった人たちも70年以上が経っています。              

限られた時間の中で残留日本人に対して私たちは何ができるか、後藤さんの本は問いかけています。後藤さんは、今後もサハリンの取材を続け、残留日本人の子供たちや孫なども取材していきたいと語っていました。「サハリンを忘れない」を多くの人に読んでもらって、サハリンの歴史や残留日本人に興味を持つきっかけになればいいと思います。後藤悠樹(ごとう・はるき)さんの「サハリンを忘れない 日本人残留者たちの見果てぬ故郷(ふるさと)、永い記憶」はDU BOOKS(ディー・ユー・ブックス)から税込み2700円で発売されています。
    

■後藤祐希さんホームページ
 https://www.goto-haruki2.com/

■日本サハリン協会ホームページ
 http://sakhalin-kyoukai.com/

(担当:藤木TDC)