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宇多丸、『万引き家族』を語る!【映画評書き起こし 2018.6.15放送】

アフター6ジャンクション

宇多丸:
さあ、ここからは週刊映画時評ムービーウォッチメン。このコーナーでは前の週にランダムに決まった課題映画を、私宇多丸が自腹で、映画館にて鑑賞し、その感想を20分以上に渡って語り下ろすという映画評論コーナーです。今夜評論する映画は、こちら! 『万引き家族』

(曲が流れる)

……細野(晴臣)さんの音楽がまた独特の温度感というか、ちょっとクールな感じもありつつね。『誰も知らない』『そして父になる』などの是枝裕和監督最新作。カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞した人間ドラマ。生活用品を万引きして賄わなければならないほど貧しくも、明るく仲良く暮らす――まあ、そんな簡単なもんでもないけどね――家族。しかし、その家族には秘密があった。出演はリリー・フランキー、樹木希林、安藤サクラ、松岡茉優に加え、オーディションで選出された子役の城桧吏くん、あとは佐々木みゆちゃん、ということでございます。

ということで、この『万引き家族』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、多め。まあ、やはりそうでしょうね。単純に是枝裕和監督作、新作ならみなさん見ると思いますし。やはりパルム・ドール受賞という歴史的快挙がありましたからね。

賛否の比率は、最近多いですね、褒めが9割、否が1割。ただまあ、これに関しては、是枝作品ともなるとこれぐらいのバランスっていうのは妥当かな、という気もしますけども。主な褒める意見は「圧倒的な今年ベスト」「是枝監督の集大成。子役も含めたキャスト陣の自然すぎる演技に脱帽」「正しさとは何か? 家族とは何か? 見終わった後に考えずにはいられない」というご意見。一方否定的な意見としては「貧困、虐待、年金など現代日本の社会問題をひとつの家族に集約した結果、物語が非常に作り物っぽく荒唐無稽に見えてしまった」「物語よりも制作者のメッセージ性が前に出てきて冷めた」などがございました。

■「主人公たちを『理想化された弱者』として描かず、愛着を感じさせてくれる誠実な映画」(byリスナー)

代表的なところをご紹介いたしましょう。「ソラファーレ」さんのメール。「『万引き家族』、最高でしたね。こうした題材で主人公たちを『理想化された弱者』として描かず、それでいて愛着を感じさせてくれる誠実な映画でした。日常描写のそこかしこに愛すべき欠点と、道徳的に許されないであろう行為をシームレスにサラリと入れることで、理由があれば犯罪が許される、その線を引くことの危うさという、『三度目の殺人』からのテーマを私たち観客に改めて問いかけること。彼らが一線を踏み越え慣れていることの悲しさを表すこと。見る側の緊張感を持続させることなど、言葉にすれば野暮ですが、様々な効果のある表現だと思いました」という。

で、この方は福祉医療系の仕事をやっており、友人にも児童相談所の職員や福祉の仕事をしている人も多いことから、要は「社会派映画では、虐待をする保護者や行政等の支援者側の人間がステレオタイプ的に描かれることが多く、名作と呼ばれるものであっても楽しめないことが多くありました」。そこに対してフェアな作品は非常に株が上がる、という。この方は、この作品は非常にバランスが取れているという風に見たということですね。「是枝監督、ありがとうございます」というメールでした。

一方、ちょっとダメだったという方。「アクトル」さん。この方は「どちらかと言えば賛否で言えば否にカウントしてください」という、そのぐらいのバランスですね。「カンヌでのパルム・ドール受賞も納得の素晴らしい出来であることはわかりますし、全日本人がいますぐ見るべき映画であることは間違いないのですが、正直自分には飲み込めない部分もありました」と。で、よかった部分も挙げていただきつつ、「……これはあくまでも私の好みの問題なのですが、自分には優等生すぎる教科書のような映画だと思いました。見終わった後に真っ先に出てきた感想は『是枝監督は本当に真面目な人なんだろうな』です。

貧困、万引き、日雇い、年金、虐待、少女売春といった現代日本の社会問題を真面目に全部盛り込んだ結果、演技はリアルなのに物語は非常に作り物っぽく感じてしまいました。個々の要素自体はリアルなのですが、全てをこの家族のみに集約したためその不自然さ、作り物っぽさが際立ってしまったように思えます。物語よりも制作者の伝えたい強い思いがせり出してしまっているようで、ちょっと冷めてしまいました」というようなご意見でした。

■是枝監督の追求するテーマは「家族は自明ではない」(by中条省平)ということ

といったあたりで『万引き家族』、私もバルト9で2回、見てまいりました。いっぱい回数やっていますからね。ただまあ、結構休日の回とかはすげー混んでいたりして。さすがパルム・ドール効果っていう感じですかね。まあ、結論的なことを言ってしまいますけども、メールでそれを書かれている方も多かったですし、多くの識者の方も指摘されている通りですね、原案、脚本、監督、編集の是枝裕和さんの、まさしく集大成的な一作であると同時に、僕はさらに、いままでのとまた違う表現の感じというか、またちょっとネクストレベルに行った、とんでもない一作だと……毎回見るたびに打ちのめされるんですけど。うーん。是枝さんの映画は毎回いいし。いろんな細部とか、考えれば考えるほどいいし(笑)。結局、「いいし、行けばいいし!」みたいなところでもう止めたいのは山々なんですけどね(笑)。

劇場パンフレットに載っている中条省平さん(※宇多丸註:ここ、放送では迂闊にも“なかじょう”さんと連呼してしまったのですが、正しくは“ちゅうじょう”さんです。大変失礼いたしました! 訂正してお詫びいたします)のコラムの表現が、非常に、あまりにも見事なので、そのまんま引用させていただきたいんですけども。これは中条さんの表現ね……是枝さんはこれまでも、「家族は自明ではない」というテーマ、命題を投げかけてくる家族映画、ホームドラマを作ってきた、という。この「家族は自明ではない」という切り取り方、中条さん、さすがですね。感心してしまいました。たとえば、血の繋がり、血縁、生物上のつながりが、イコール「家族」的な心のつながりと言えるのか? とか。じゃあ、それだけじゃないというのなら、なにが「家族」というものを成り立たせているのか? とか。あるいは、それぞれ実は人間として孤立していても、それでも「家族」的な形態を求めてしまう我々とは何か? とかですね。まあ、そんなような問いかけをしてくる、「家族は自明ではない」というテーマの映画を作ってきた。

特に今回の『万引き家族』は、その本当は自明ではないはずの家族というものを、しかし自明のものとして、ある意味押し付けてくる……この「家族」というものを、もっと大きく「正しさ」っていう風に置き換えてもいいと思いますけども。家族は自明ではない、正しさは自明ではないはずなのに、自明のものとして、無意識的にせよ善意にせよ押し付けてくる、社会の無意識の抑圧性というものに対する、割とはっきり怒りとか、異議申し立てというのが、作品全体に通奏低音として流れているような作品ですよね。特に終盤、クライマックスと言ってよかろうある場面でそれが噴出する、というような、そういう押しの強さ……是枝作品の中で、淡めの作品と強めの作品があるなら、これは押しの強さを結構持った作品、ということですね。

■子役もベテランも最高のポテンシャルを引き出す演出手腕の冴え

さらに言えば、是枝監督十八番の、これも私が言わずもがななんですけども、まさにその人が、そこでそのように生きてきた、生きている、ようにしか見えないような演技、演出。実際に、ドキュメンタリー畑出身ならではの、その場、その人でしか起こりえない何かを、ガンガン作中に取り込んでいくスタイル。ゆえの、超絶自然な演技、作品世界。しかも、要はこの演出法というのは、是枝さんにとっては、そういう風に、撮っている時に起こる役者の想定外の、想定しなかったような反応をも作品に取り込んでいくというのは……想定外の何かも、世界のあり方の一部だ、ということで受け入れていくという。つまり、この撮り方と、作品テーマが一致している、というか。そんなような作家なわけですね。

で、わけてもこれは本当に世界トップレベルの技量と言っても大げさではない、子供に対する演出。これはもちろん今回の『万引き家族』でも全開に炸裂しているし。だからまあ、集大成という言い方ももちろん当然ですし。あと、是枝さんが、特にここ数作かな? どんどんどんどんそこがすごくなっているのは、というものすごく自然主義的な子役演出と同じレベルで、すごい手練れの、あるいはスター的、アイドル的華を持ったプロ中のプロの俳優からも、同じようにキャリア最高のポテンシャルを引き出してしまう、というその手腕。こちらも遺憾なく発揮されているし。

そして、ただそれだけじゃない。自然主義的なだけではなく、その自然主義的な演技・演出が、実は劇映画として緻密に周到に構築されたストーリー運びとも、見事に一致している、ということですね。だから、登場人物の、ちょっとした仕草、本当にごくごく自然にそこを撮っているだけに見えた仕草、目線、あるいはいる位置とか、何気ない一言。一個一個を取ったら、ただそのまま撮っただけに見えるような諸々が、何よりも雄弁にストーリーとか、あるいはその人物の背景であるとかを語っていく、という。まさに「映画的」語り口というね。これも今回の『万引き家族』、本当に遺憾なく発揮されていますし。

■ばっちり楽要素もバッチリ

特に今回の『万引き家族』という作品はですね、主人公家族の成り立ちというのが、一種ミステリー的に、小出しに、段階的に観客に謎解きされていく作りなわけですね。で、その謎解きをされればされるほど、この家族の正しくなさ、みたいなのが露呈していくんですけども。見ていくうちに、「思ったよりダメだな」みたいな(笑)。「思っていたよりも全然ダメだな、こいつら……っていうか、積極的にダメ!」みたいな感じがどんどん出てくるんですけど。というのが小出しに、ミステリー的に観客に謎解きされていく作りになっているので、言ってみれば、わかりやすくエンターテイメント的なお話の推進力、これがやっぱり強めなつくりともなっているし。

あと、これはそれこそ5月25日にこのコーナーで評しました『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』というアメリカ映画……これね、非常に自然主義的な子供の演技・演出と、あとは貧困層というのを扱っている意味でも重なるし。あと、『フロリダ・プロジェクト』評の中でも言いましたけど、「生活力を欠いた親的な存在と、いっとき貧しくても楽しく暮らしていたんだけど、やはりやむなく社会に引き離される子供」っていう、ある意味それこそチャップリンの『キッド』から連綿と続く、普遍的な涙腺刺激要素っていうのも、今回ばっちりあるわけですよ。要するに、普通にそういうエンターテイメントとしても、めちゃめちゃ「泣ける」要素があったりして。

で、着地も割と、是枝映画の中では明快です。っていうのは、この家族があまりにもはっきりダメなので。やっぱり社会的には。「着地はここしかない」っていうところにちゃんと行くので。要は、平たく言えば、娯楽要素も今回は満点!っていうことなんですね。で、加えて今回、是枝組初参加の近藤龍人さんという、様々な作品をやられていますけどもね。『桐島、部活やめるってよ』とかね、入江悠さんの『太陽』なんかもやっていますけどもね、近藤龍人さんの撮影。あと藤井勇さんの照明の、このコンビが……ここ三作、瀧本幹也さんという方がカメラを務められていましたけども(※宇多丸註:山崎祐さん撮影の『海よりもまだ深く』を失念しておりました! こちらも大変失礼いたしました。訂正してお詫びいたします)。その瀧本さんのカメラとはまた違った、ちょっと一種ファンタジックでもあるような……これ、近藤龍人さんご自身は「寓話性みたいなものを持ち込みたかった」というようなことをおっしゃってますけども、ちょっとだけ現実から乖離したような空間の切り取り方とか、色の強調の仕方みたいなのをしていて。

わかりやすいところで言うと、中盤、空き地でリリーさんと男の子がじゃれ合うところがあるんですね。それを上のところからずっと俯瞰で見ている、という長回しのショットがあるんですけども。なんかそこだけ、照明の感じとかも相まって、そこだけ社会から切り離された、なんか夢のような空間に見える、とか。あるいは、終盤のあの、雪が降っているアパートの空間であるとか。ちょっと是枝作品にはいままでなかったような、ちょっとだけ現実から乖離したような、それこそ寓話的な絵作りみたいなものもあったりとか。で、これがさっき言った本作『万引き家族』の実は強い社会的テーマ性に、もう1個、ちょっとレイヤーを重ねていて。作品に、ある意味その「現代日本の社会問題です!」っていうところを超えた広がりをもたらすような効果を出しているな、という風に思ったりしますね。

■家、衣装、食事。ディテールの見事さは語り尽くせない

あと、空間の切り取り方といえば、まずあの「家」ですよね。舞台となる家。よくあんな場所に、あんな物件を見つけたなと。まさに都会の、東京の隙間に、みんなが忘れ去っていたこの隙間のところに、真っ黒な感じで、古いこびりついた暮らしの記憶みたいなのがあるような、あの家。そしてその内部をきっちり再現したというセット。これ、美術の三ツ松けいこさんがすごい仕事をしていますけども。あと、あれはセットなのかロケで見つけたのかわからないけど、家の中のあの風呂。なに、あの風呂? 汚っ!(笑) 汚すぎてファンタジックっていう感じ。とにかくその凄さであるとか。あるいは、各キャラに合わせてサイズ、色感など全部計算しつくされた、黒澤和子さんの衣装であるとか。

あとは、もうとにかくひっきりなしに何かを食っている映画なんですけど、その食っているものがまあ、どれも貧乏くさくて、異常に美味そうなこと!(笑)っていうね。いますぐインスタントのカレーうどんにコロッケをつけて食いたい!っていう感じであるとか。あとはもちろん、細野晴臣さんの、やっぱりいままでの是枝作品とは違う、ちょっと皮肉が混じって、ちょっとだけ不穏さが混じって、でもあったかみもある、という絶妙な距離を保った音楽であるとか。などなど……例によってこの是枝作品は、ディテールを言っていくとキリがないので。これはもうみなさんが映画館に行って、直接画面から1個1個味わい尽くしていただくのがいちばんなんですよ。だから、映画館でウォッチしてください! おすすめです! で終わりなんですけども。

■「正しさ」の抑圧にさらされていく「家族」たち

ただまあ、いまクドクドと言ってきたような、その技術的にこういうところが優れていますよとか、そういうことはまあもちろん、考えて見なくてもよくて。やっぱり見終わって忘れられないのは、あの画面の中、あの家の中、このフィルムの中にたしかに生きていた、全く褒められたもんじゃない、というか、問題ありすぎ、浅はかすぎなのは間違いない「あいつら」の人生っていうことですよね。それぞれがなぜ、正しくなさ……もう決定的な正しくなさみたいなものをそれぞれに背負いながら、それでも「家族」という形態を求めずにはいられなかったのか?っていうのに思いを馳せると、これは直接的にはセリフで語られなくても、おそらくこのような人生を歩んできたんじゃないか?っていうところも含めて、思いを馳せると、本当にたまらない気持ちになってくる。

で、そもそも……見ているうちに、たとえば金でつながった仲、経済的必要性でつながっている家族だとか、あるいはそれぞれ役割(ロール)を演じているだけですよ、であるとか、あとは時には必要に応じて家族を「ここから先は切り捨てます」みたいな行為であるとか、はっきり言って血がつながった家族だって、その面は全然あるよね?っていう話ですよね。どこにだって普遍的にある要素じゃん、っていうのも見えてくるし。で、逆に、血縁イコール家族というその枠組みの中では幸せになれない人、もしくはなれなかった人っていうのも、世の中、映画の外にもたくさんいるわけですよね。

たとえばだからこそ、樹木希林演じるおばあさんが……途中明かされる、ある真相があるわけですね。これはもう、『歩いても歩いても』以来の、樹木希林さん得意の、背筋も凍る静かな復讐。それはまさにその「(血縁的な)家族という枠組みの中では幸せになれなかった」という人の、人生の復讐でもあるし。あるいは、ケイト・ブランシェットが舌を巻いたという──カンヌ映画祭で本当に「私がいずれこういう泣き方をしたら、この演技を真似したと思ってください」と言った──安藤サクラのクライマックスの落涙。

あそこ、実は是枝さん、インタビューなどによれば、子供に対する演出同様……要するに手練れにも子供演出と似たようなことをやった。尋問する池脇千鶴さんも、その場で監督からホワイトボードで「これを聞け」っていう指示を出されて、当然安藤サクラさんは何を聞かれるのかわからないところで、あの強烈な一言。問いかけというか、痛いところ痛いところを突かれてくる。痛いところを突かれるし、ムカつくわ!っていう。その「正しさ」の抑圧。ムカつくけど同時に、「私も何もできてないわ……」っていう。怒りと無力さ、無念さが入り混じった、まさに圧巻の表情を、しかも正面からとらえて。あれは照明なのか自然光なのか、そこから光がバーッと変化していって。「なんなの、このいま俺たちが見ているショットは?」っていうね。凄まじい、映画でこそ見れる「顔」がある。

■それぞれに見どころのある、見事な役者陣の仕事

あるいはリリー・フランキーさん。まああのヘラヘラした感じで本当に最高ですけども。特に中盤以降、この男の子の祥太くんが、だんだん大人になってきちゃうわけですね。「オレ、こいつの言うことを聞いていたらマズいんじゃないか?」っていうのがだんだんわかり始めてきちゃう。そうすると、もともとちょっと情けない感じで撮られているんだけど、そのリリーさんが、非常にみっともない、ガキっぽい立ち振舞い……特にたとえば走り方とかね。「うわっ、こいつ、みっともな! ガキみてえ!」っていう走り方をちゃんととらえる見方に変わっていく。リリーさんの姿のとらえ方もどんどん、より情けなく変わっていく、このあたりも最高だし。

ただ、このリリーさんの役柄も、なぜその男の子にあの名前を……劇中で見ればわかりますけども、「あの名前」をつけていたのか?って考えると、彼もまた、自分の子供時代をなにかやり直したいと思っているんじゃないか、自分も父子関係をやり直したいと思っているんじゃないかとか、そういう過去が見えてきたりとかね。あるいは、安藤サクラさんとリリーさんとの、非常に美味そうな素麺食いからの、セックスシーンなんですけどね。あのセックスシーン、劇中ある大きな展開が……つまり、あの家の中、あの場所の下には、なにがあるか? その状態のセックスシーンと考えると、つまり、死と生というのが対比されている。これは『海街diary』がセックスで始まって葬式と海で終わるっていう<死>と<生>の対比(を彷彿とさせる)、非常に是枝さんらしい死と生の扱いの構図、っていうのが、実はあのラブシーンの下にあるんだなっていうね。それもあるし、細やかな……「お前、背中にネギついてるぞ」っていうね。なんていういやらしい、生々しいセリフなんだろう、っていうのもよかったですし。

あとは松岡茉優さんね。松岡茉優さんは、この家のメンツの中で見るとちょっとだけ浮いた「華」があるんだけど、これがまたこの家族の中での距離感っていうのを示しているし。リリーさんと2人きりで家にいる時の、あの距離感と、目線がもたらす緊張感。つまり、「あ、この2人だけを取り出すと、全く“家族”じゃないんだ」っていうことが露わになる、なんなら性的な緊張感さえ浮かぶ、あの緊張感ある距離感とやり取り。これが浮かび上がるのも見事ですし。彼女が働いているJKリフレ。あそこの室内の、あの展開を単体で取り出しても、俺はもうポロポロ泣いてしまいましたけどね。見事なもんですし。

■子どもたちの成長もドキュメンタリックに活写

子供2人は言うまでもなくですね。まあ、劇中で「りん」という名前がつけられる佐々木みゆちゃん。最初の痩せっぽっち状態とか、ちょっと正直「えっ、大丈夫? この子、本当に……えっ、ちょっとちょっと、監督! ひどくない? ちょっと痩せすぎじゃない?」って心配になるぐらいの痩せすぎな感じから、次第に快活に育っていくという。もちろんちゃんと撮る順番も考えているんでしょうね。それがきっちり、それこそドキュメンタリックにね。彼女がどんどんイキイキしていく様というのが捉えられているし。

あとね、細かいところですけど、彼女がはじめて髪を切られるところ。おそらく、あそこでしっかり「家族」になる瞬間ですよね。あそこのシーンが、彼女が椅子に絡めた足のアップから始まるんですけど。是枝さんはすぐ足が……足だけ撮る時がまたいやらしい!(笑) この時の足の、またかわいいこと。あと、祥太くんっていう、事実上の主役ですね。城桧吏くん。いかにも是枝さん好みの美少年。彼も劇中で、ムクムクムクムク大きくなっていく、成長していくようにちゃんと見える、というあたり、素晴らしいですね。ラスト、僕ね、さっき「やむなく引き離される父子物、親子物の系譜」みたいなことを言いましたけど、本作はでも、そういう映画で必ずある、それこそ『フロリダ・プロジェクト』でさえあった、泣いたりわめいたりが、1ヶ所もないですよね。それはなぜなら、これはやっぱり、各人がしかるべき成長をした結果のこのラスト、でもあるからっていうことなんですよね。

その意味で、最終的にはこれはやっぱり、非常に特殊な家族像を描いているように見えて、「親離れ」「子離れ」を描いた、非常に普遍的な話をしていますし。あと、それこそみんなが成長したという意味では、最後、そのりんちゃんという女の子が……一見あれは、ちょっと心配なエンディングですよね。ちょっと振り出しに戻ったように見えるエンディングですけども……ここからは、僕の解釈です。僕の解釈ですけど、最後にりんちゃんが表をベランダから、上から見る表情。で、ちょっとだけ表情が明るくなったのかな?っていう感じで終わりますけども。つまり彼女は、元通りに戻ったんじゃなくて、外の世界とか、その世界にいるまた別の家族というか、家族的な存在も外にはいるんだ、という可能性を知った後、なわけですよ。だから一見、アンハッピーエンドに見えて、そうではないのではないか、っていうのが僕の解釈だったりします。

もちろん、解釈が常に開かれているのが是枝作品の特徴でもありますけど、今回はその開かれたエンディング、オープンエンディングみたいなのが、とっても万人に収まりがいいというか、多くの方にとって「ああ、これは行くべきところにちゃんと全てが収まったな」という納得度合いが高い作品だと思います。ということで娯楽性も非常に高いですし、完成度も高いですし、アート性も高く……いやー、またちょっととんでもないところに行っちゃったな是枝さん、という一作でございます。ぜひ劇場でウォッチしていただきたいと思います。絶対に見た方がいい作品です。

ちなみに是枝監督、来週20日(水)に来ていただいて、まさに子役演出が上手い監督として、「子役演出が上手い映画監督は誰か特集」でお話をうかがってみたいと思います。『フロリダ・プロジェクト』とかどうやって見たのかな? なんていうのも興味あるな! ぜひ、来週も楽しみにしてください。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ゲティ家の身代金』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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