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宇多丸、『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』を語る!【映画評書き起こし 2018.7.20放送】

アフター6ジャンクション

宇多丸:
ここからは週刊映画時評ムービーウォッチメン。このコーナーでは前の週にランダムに決まった課題映画を私、宇多丸が自腹で映画館にて鑑賞し、その感想を20分以上に渡って語り下ろすという映画評論コーナーです。それでは、今夜評論する映画は、こちら! 『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』

(曲が流れる)

1973年、男女平等を訴える女子テニスチャンピオン、ビリー・ジーン・キングと、男性優位主義を貫く元男子チャンピオン、ボビー・リッグスによる、世紀の一戦の裏側を描く。ビリー・ジーン・キング役にエマ・ストーン、ボビー・リッグス役にスティーブ・カレル、さらにビル・プルマン、エリザベス・シュー、アラン・カミングなどが脇を固める。監督は『リトル・ミス・サンシャイン』『ルビー・スパークス』などのヴァレリー・ファリス&ジョナサン・デイトン夫妻、ということでございます。

ということで、もうこの『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』を見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、少なめ。まあ公開規模がそんなに大きくないのでしょうがないかもしれませんけどね。

賛否の比率は、褒めのメールが6割。「普通」「ダメだった」という意見がそれぞれ2割ずつということで。わりと割れた方かもしれませんね。

主な褒める意見としては「見る前に予想していた『フェミニズム対女性差別主義者』という単純な図式ではなく、そこがよかった」「エマ・ストーンとスティーブ・カレル、主演の2人が素晴らしい」「スポーツ映画としても最後の試合が盛り上がる!」などがございました。反面、否定的意見としては「難しいテーマを扱ってるためか、無難で、最後まで盛り上がりに欠ける」「主人公のビリー・ジーン・キングが身勝手で好きになれなかった」みたいなご意見もございました。ということで、代表的なところをご紹介いたしましょう。

■「男女関係なく観客全員を勇気づけ、鼓舞するメッセージ」(byリスナー)

ラジオネーム「ピカチュウのパパ」さん。「現時点では今年ベスト級に好きな1本。宣伝から連想されるイメージだけ見れば、反トランプの風潮に連なるフェミニズム映画のように感じられますが、僕がそこまで感動したのは『なりたい自分になればいい』と、男女関係なく観客全員を勇気づけ、鼓舞するメッセージの作品だったからです。序盤のヘアカットのシーンでこの映画の核心は全て説明されています。『男性優位社会に対抗する強い女性』と他人から思われ、自分自身もそう思って生きてきたビリー・ジーン。しかし、この場面で彼女は、自分を表現する術は社会に対する政治的主張だけではないことに気づきます」。まあ、ちょっとおしゃれしたいとかね、そういう感じで。

「……容姿を飾ることをもって、自分になろうとすることは自分としての尊厳を守る行為です。そこに男女の差やその人の政治思想は関係ありません。本作のビリー・ジーンは虐げられてきた女性のためだけではなく、自分のためにもまた戦っていたのではないでしょうか。だからこそクライマックスの後、たった1人で彼女が──とある場面があるんですが──その場面で感動するのです。レイシズムもポリティカリー・コレクトネスも過剰になりすぎている現代において作られる意義のある傑作だと思います。5億点!」というね。

一方、ダメだったという方。「紺野まこと」さん。「誠実でかわいそうな女主人公と性差別主義者の男性の対決というような単純な作品でありません」と。で、まあエマ・ストーンもスティーブ・カレルもいいって書いてあるんけども。「……にもかからず、私は本作を否定します。女性テニスプレーヤーの報酬が男性よりはるかに少ないという、最初の方で提示されるそのシーンだけ見せられて、男女の所得格差を肯定する観客はいないでしょう」と。要するに非常に構造が単純化されてるという。「……その上で、つまり作劇の背後に観客が受け入れざるを得ない絶対的正義をまず前置きした上で、誰もが個人的事情を抱える人間ドラマを描いてみせる。この巧妙さ、計算され尽くしたあざとさが不快でなりません」「この映画は戦ってるようで戦ってない」と、非常に厳しいお言葉をいただいております。紺野まことさん、ありがとうございました。

■1973年に実際に行われた試合が題材。過去にはテレビ映画化も

ということで『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』、私も7月10日にカルチャー最新レポートで「復活しました」というお知らせをいただきました、渋谷シネクイントで、ちゃんと約束通り行ってましたよ。シネクイントね。それと、実はこれ、もうすでに輸入ソフトが出ておりまして、輸入DVDでも見直して。計2回、見ております。1973年に実際に開かれ注目を集めた……まあ『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』って言うとね、『バトルフィールド・アース』か?(笑) そういう感じの映画か!?って、まあそうじゃなくて。まあ「性別間対決」「男女間対決」というか、そういう感じですね。

これ、実は2001年にホリー・ハンター主演で1回テレビ映画化されてるみたいなんですけども。これ私、申し訳ございません。未見でございます。あと、まあそのキング夫人ことビリー・ジーン・キングさんのことも僕、不勉強で。『エースをねらえ!』に出てきたんでしょ? みたいな。そんぐらいのぼんやりした知識しかなかったので、このタイミングで、もうどっちも絶版なんですけど、日本語で出てる自伝を2冊、古本で取り寄せて読みました。それぞれに出ていた時期が違って、1個の方はボビー・リッグスとの今回の戦いについて詳しく書いてある『テニスの女王で終わりたくない―キング夫人自伝』というやつ。

あともう1冊、『センターコートの女王』というのは、こちらはいわゆる同性愛カミングアウトして以降……今回の映画だとアンドレア・ライズボローさんが見事に演じてるマリリン・バーネットさんとの関係が、後ほど言いますけどもちょっとこじれてしまって。同性愛をカミングアウトして以降の1冊、ということで。まあこの2冊を読みました。そうすると、それらに書かれている事実と比較すると、今回の映画『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』が、何を強調して、そして何を少なくとも直接的には描かず、暗示するにとどめているか?っていうのがよりクリアに見えてきて。この映画の目指している方向みたいなものが、いろいろとわかってきたところがありましたね。

■見る前の印象とは異なる。性差別だけを描いた映画ではない

こちら、今回の映画の脚本は……ビリー・ジーン・キング本人にも取材を重ねたというこの脚本を手がけたのは、サイモン・ビューフォイさんという、『フル・モンティ』とか『スラムドッグ$ミリオネア』とか『127時間』とか、イギリスの方でね、ダニー・ボイルとよく組んでいるという。で、製作のダニー・ボイルが今回、監督もするはずだったんだけど……ダニー・ボイルね、特に実話ベース物だと、『スティーブ・ジョブズ』とかすごいよかったですからね。そのへんで手応えがあったのかもしれませんけど。やっぱりアメリカの話だからアメリカ人の方がいいだろう、ということで白羽の矢が立ったのが、『リトル・ミス・サンシャイン』『ルビー・スパークス』など、映画としては過去この2作ですから、映画作家としては非常に寡作なんですけど、心に残る喜劇を残してきました、ヴァレリー・ファリスさんとジョナサン・デイトンという夫妻なんですね。

このお二方はまあ、コマーシャル、あとミュージックビデオ界でたくさん仕事をしてきた人たちで。要は、今回だと「70年をどう表現するか?」っていう時の、映像のルックをコントロールするいろんな引き出しに長けている、っていうのもありますし。あとやっぱり、この題材を男女共同体制で監督するっていう構図も、なんか気が利いてるっていうか、正しいなっていう感じがしますよね。まあともあれ、みなさんのメールにもある通りですね、要はアメリカでもまだまだ、いま以上にその性差別的な意識が社会の「常識」だった時代に、挑発的に差別的な発言を繰り返す元名選手のオッサンと、旧態依然としたテニス界に敢然と立ち向かう女性プレイヤーのシンボル的存在……しかも彼女は後に、たとえば性的マイノリティーの地位向上とかにも大きな社会貢献をしたという、すごく立派な人物である、というような。要は大枠としては、かなり善悪とか正邪がはっきりした題材、話なわけですね。

なので、ともすれば、やたらと教条的だったり、紋切型に終わったりしかねない題材。硬直した出来に終わりかねないと思うんですけども。これもやっぱり書いてらっしゃる方が多かったですね、実際にこれを見てみると、事前の印象とは大分違う。そこはさすが『リトル・ミス・サンシャイン』を作った人たちと言うべきか、もっと繊細なバランスで作られた作品になっている、ということがわかりますね。で、もちろんね、「性差別的なクソ男たち」みたいな部分、それは描かれるんです。それは主に、ビル・プルマン演じるジャック・クレイマーという、これも実在のテニス界の実力者。

(前述ビリー・ジーン・キングの)自伝によれば、(ジャック・クレイマーは)実際に女子テニスをすごく嫌っていて。で、ビリー・ジーン・キングが「彼が解説するなら試合をやめる!」っていう風に主張して……っていうあのくだりも、全部本当。その後、その(ジャック・クレイマー側の)言い分のVTRを流す、っていうあれも全部本当、というような人物ですけど。とにかくビル・プルマン演じるジャック・クレイマーに(ガチの性差別主義者=悪役的役割は)ほぼ集約されていて。ただそれすらも、当時の社会ではまだ通用していた、当時の「常識」でもあったわけで……ということですよね。たとえば、クライマックスの試合のシーンのテレビの司会者が、相手が女性だからって、過剰に肩に手を回して話す、とかね。あれもやっぱり当時ではまだ通用していた「常識」。でも、いま見ると感じ悪く見えるという話であって。それは要するに、(悪役的役割を)彼らに集約することで、非常にある意味わかりやすく記号化されているというか、シンボル化されている。要は、この作品においては、性差別という問題そのものは、実はメインですらない、っていう風に僕は見えましたけどね。

先ほどの否定的なメールにもあった通り、性差別がダメなのはもう当たり前、そんなのは現代の観客は全員共有している、という前提で……なので、「性差別のクソ野郎」みたいなのは、ものすごいわかりやすいところでさっさと済ます、みたいな。で、その問題をメインで描く作品ではない、という感じ。たとえばそのビリー・ジーン・キングと直接勝負する相手、ボビー・リッグスというこの元名選手そのものは、たしかにひどい言動を取りまくるんですけども、それはどちらかと言うと、みなさんわかりますかね? アンディ・カウフマンという、アメリカのコメディアンというかパフォーマーがおりまして……詳しくは『マン・オン・ザ・ムーン』というこれまた素晴らしい伝記映画があるので、こちらを見ていただきたいんですが。アンディ・カウフマンの芸風に近い。

■「こういう風にしか生きられない」者たちのエレジー

っていうか俺、今回の『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』を見て、「ああ、アンディ・カウフマンはボビー・リッグスを参考にしたのかもしれないな」っていう(ことに遅まきながら気づかされた)ぐらい、非常に露悪的な、あえて、わざと、(良識に反するということは)わかった上で言う性差別ギャグ、みたいなのをやるんだけど。そういう、あえてやっている悪趣味ギャグ、みたいなニュアンスなわけですよ。で、実際に彼、ボビー・リッグスさんは、そういうトリックスター的な振る舞いで非常に知られていて。要はまあ、根っからのギャンブラーというか、ハスラーなわけですよね。で、ビリー・ジーン・キングも、「冗談とはいえ頭にきた」とは言ってるけど、「でも人としては悪い人じゃないし、わざとやっているのもわかるし、選手としては尊敬してます」っていううスタンスだったりする、ということだったんだよね。実際も。

で、今回の映画では、それを演じているのがスティーブ・カレル、というね。もともとバリバリのコメディアンですけど、近年特に、『フォックスキャッチャー』といい、『マネー・ショート』といい、今回の作品もそうですね、リアルとコメディの狭間ぐらいの役柄、本当に感動的なまでに見事に演じきる。もう名優の域に達してると思いますけど。まあそのスティーブ・カレルの力もあって……あと、そもそも(ボビー・リッグス本人と)超似てる!っていうこともあって。要はこういうことですね。「こういう風にしか生きられなかった男」っていう……「こういう風にしか生きられない人間」のおかしみを、哀愁にあふれた、もうこれはこれでものすごく魅力的な人物にしっかり造形している、というのがある。

で、この奥さん役のエリザベス・シューと中盤に交わす会話の、なんていうかな、「人生ってなんか、ままならないね……」っていう感じの味わい深さも……ここで僕はもう、まず1回泣いてます。みなさん、泣いたポイントをカウントしてください。まず1回泣いてますからね。彼には彼なりの、この勝負にかける経緯、動機というか、そういうものがある。つまり、一方的に断罪されるべき人として描かれていないわけですね。その一方、逆に主人公のビリー・ジーン・キングさんも、決してその「正しさ」だけを自信満々で身にまとったキャラクターなどでは、ないわけです。むしろ、それまで自分が信じてきた正しさとかと、本当の自分との間の、矛盾とか乖離に後ろめたさを感じつつ、やはり彼女も、「こういう風にしか生きられない」という道の方を選択する、非常に人間臭い人物として描かれてるわけですよね。

■好演する俳優、70年代風ルックス、スリリングな演出

で、エマ・ストーン。顔は別にね、実物に似ているわけじゃないんだけど、全身から放たれる、やっぱり芯の強さみたいな部分でね……実物のビリー・ジーン・キングは、どっちかって言うと、若い頃のシガニー・ウィーバーかな、雰囲気としては。なんだけど、ごくごく自然にビリー・ジーン・キングになりきってみせるエマ・ストーン。僕、エマ・ストーンは過去ベスト級の好演を見せていると思いますし。あと、その彼女を、両脇から支えると言っていい、夫のラリー役、これを演じてるのはオースティン・ストウェルさん……これね、顔に見覚えのある方もいると思いますけども。『シンクロナイズドモンスター』のあのね、気弱なイケメンであるとか。あと『ブリッジ・オブ・スパイ』のね、人質に取られちゃうあの青年であるとかね。あと『セッション』の主人公のライバル役とか。気弱イケメン役をやらせると絶品の方ですね、オースティン・ストウェルさん。

あとですね、先ほど言いましたマリリン・バーネットという、まあビリー・ジーン・キングと恋仲になっていく女性。マリリン・バーネット役のアンドレア・ライズボローさん。この三角関係が醸す緊張感。そしてやはり最終的には、人というものの優しみみたいなものが、僕は本当に素敵だなと思って見ていました。たとえばですね、ビリーとマリリンが最初に会話を交わす、美容院での鏡越しの会話。先ほどのメールにもありましたね。非常に名場面です。ふわふわしたすごく極端なアップ。その極端なアップによって、エマ・ストーンのブルーの瞳がすごく映える感じになってます。

で、まるで世界で2人きりでいるような、そういう空気。外の音も、そこだけ止まるわけですね。そんな風になるあの場面であるとか、あるいはディスコの……ディスコもやっぱり、ちょっと夢見ているようなふわふわした感じ。音もちょっと、途中で途切れ途切れになったりして。ディスコからホテルの部屋と、緊張感をたたえつつ、距離を少しずつ詰めていくくだりの、生々しいエロさであるとかですね。

これは監督たちがですね、今回の70年代風ルックの参考ということで、ジョン・カサヴェテスの『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』とか、群像劇としてロバート・アルトマンの『ナッシュビル』あたりを参考にしたって言ってますけど、僕はさっき言った美容院の鏡越しの会話の密着感、現実から遊離したちょっとふわふわしたような感じは、アルトマンだったらこれ、『三人の女』にこんな感じの画があったなとか、あるいは、緊張感を保ちつつ距離を詰めて……一線を超えた! エロい!っていう感じは、カサヴェテスで言うと、僕が大好きな『フェイシズ』という作品、このあたりに非常に近いんじゃないかな、という風に個人的には連想いたしました。

で、彼女との関係を夫のラリーが知ってしまう、非常にサスペンスフルな……エレベーターホールを挟んでグルッとまわった、あの(ビルの廊下の)構造を生かした、非常にサスペンスフルかつ、非常に胸が痛い展開。ある意味、誰も悪くないというか……で、室内と廊下、それぞれに落ち込んでいるわけですよね。「ああ、やっちゃった……」って。それぞれ、お互いを本当に思いやっているはずなのに、決定的に傷つけてしまったり、決定的に溝ができてしまう2人、そして人間、っていう。私、ここでまた泣いてしまいました。2回目、泣きましたね。サスペンスフルといえば、あのマリリンお持ち帰りのその翌朝、視点がどんどん移動していく、あのくだりとかも非常にスリリングだったりしましたけど。

■凝った画面構成から一転、打って変わってフラットな試合シーン

事程左様にですね、画面構成が凝った、巧みな……映像ならではの、「純映像的」な演出が非常に本作はなされているんですね。35ミリフィルムの質感も美しいですし、色鮮やかなヴィンテージ風の衣装とか美術もあいまって、70年代を描いた作品はいっぱいありますけど、すごく70年代っぽいけどフレッシュ!な感じの表現。これも楽しめますし。これ、撮影監督はリヌス・サンドグレンさん。『ラ・ラ・ランド』でアカデミー賞を取った人ですけど。この人ね、DVDの特典映像のメイキングのインタビューによれば、こんなことを言っている。基本、女性は左側から右を見ている。男性は画面右側から左を見ている……つまり、観客の視線の流れ的に、あるいは文章とかを読む時もそうですけど、まあ左から右に目線が行く、というのが基本なので、要は、女性たちは未来を見て、男たちは過去を見てる、というそういう構図作り。シンボリックな構図作りを基本として作っているわけですね。

たぶん照明に関しても、男性は顔に影が当たって、女性は身体・顔全体に明るく柔らかい明かりが当たってる、みたいな、そういうことも細かくやってるはずですけど。と同時に、肝心の試合のシーンはですね、完全にスポーツ中継風。非常にフラットに、突き放したスタンスの視点を貫いている。これは僕の大好きな『ヤング・ゼネレーション』の、クライマックスの自転車レースシーンにも通じる撮り方だと思いました。試合のシーンはこれ、ビンセント・スペイディアさんとケイトリン・クリスチャンさんという実際のテニス選手を吹き替えとして、ちょっと離れたところから撮るショット。それと同時に、エマ・ストーン、スティーブ・カレルも猛訓練をした賜物ですね。本当にリアル。要はこの撮り方の利点としては、試合をリアルタイムで見てるような感覚に陥るので、この試合はもちろん結果はわかってることなんだけど……結果はわかっているのに、「いや、わかんない」っていう感じがする。ハラハラ・ドキドキが増すという、そういう効果がございます。

■単純な「勝負」ではない、だからこそ染みる勝敗

あと、さっき言ったようにですね、もちろんビリー・ジーン・キング、ボビー・リッグスそれぞれに、この試合そのものが打ち出しているほどにはわかりやすく正邪、善悪を背負っているわけじゃない。むしろ、そこに収まりきれない「人間だもの」な部分こそが、この作品においては試合の勝敗以上に、メインとして描かれている部分なので。なので、まあ要はやっぱり、「男が勝つか、女が勝つか」の話じゃない、っていうことなわけですよ。だからこそ、決着がついた後、それぞれに噛みしめる勝敗の味、その味わい深さ、人間臭さですよね。試合後のボビー・リッグスを追う一連のショット。ここでまた泣きます。3回目、泣きましたね。

そしてですね、現実には、最初の方で言った通り、この後ビリー・ジーン・キングさんね、ちょっとまあこの映画では描かれていない、なかなか大変なことになるわけです。特に、実はこのマリリンさんとの恋人関係は、最終的には非常に後味が悪いことになってしまう。81年、マリリンさんがですね、ビリー・ジーン・キングを相手に訴訟を起こすわけですね。ちょっと嫌がらせ気味な感じで。で、自殺未遂を起こして、下半身麻痺になってしまう、というような結末。それを受けて、訴訟を起こされてスキャンダルになりそうなところを、もう自らやるっていうことで、同性愛をカミングアウトしたってことだと。だから当時はどっちかといえば、カミングアウトというよりは、スキャンダル扱いだったりするわけですね。

しかも、劇中でも実はほのめかされていたように、(同性愛をカミングアウトしたことで)スポンサーに降りられてしまって、契約がダメになっちゃったり……日本のメーカーも含むスポンサーが、一気に降りちゃったりとか。あるいは夫・ラリーさんの方の事業のスポンサーも降りられちゃったりとか。とにかくビリー・ジーン・キングさんは、経済的・精神的に、非常に打撃を受けることになるわけですよ。つまり、そういう厳しい同性愛差別という現実。これが実際にあったわけですね。で、「それを描いてないじゃないか。甘い面しか見せていないじゃないか」っていう批判も実はあったりするんです、この作品に関しては。

ただですね、僕が思うのは、作り手はそれもわかった上だからこそ、ラストにわざわざ、アラン・カミング……これね、デザイナー役で出てきますけど、現実の彼、アラン・カミングもまた、同性愛をカミングアウトして、LGBTの地位向上のために運動もしているような人です。アラン・カミングに、わざわざああいうセリフ。「時代は変わる。私たちもいつか、自由に好きな人を愛することができる世の中がくる。だけどいまは……」って、こう言わせているわけですよ。あれはもう完全に、リアルに響かせている言葉なわけですね。だから僕は、物語の外側にある厳しい現実の暗示として、これはこれで十分ありなバランスなんじゃないか、という風に思います。

あるいはまあ、アメリカでは、ビリー・ジーン・キングがその後どういうことになったかっていうのがある程度知られているいう、その前提もひょっとしたら、このバランスにはあったのかもしれませんけどね。だから十分に、ここで暗示はされてるんです、実は暗い現実、っていうのはね。

■結論「4回以上泣けます!」

で、ですね、最後。そのアラン・カミング演じるテッドっていうゲイのデザイナーに促されて、ビリーが出ていくその先は……ビリーが最初に、これから自分が出ていくその先を見ています。その先は、男女が──さっきね、「左右に分けられて、構図が、構造化されている」って言いましたけど、最後は、男女が位置関係なく入り乱れて、楽しそうに語り合っている。その空間に、彼女は送り出されていくわけです。そして、そこにビリーが出ていく角度は、もちろん、左下から右上……まさに「未来に向かって出かけていく」という感じで撮られているわけです。ここでまた、泣きましたね。

これね、試合前に、ボビー・リッグスの顔がエスカレーターの下へ下がっていて見えなくなるという、その方向からの非常に切ないショット、その方向感覚とも好対照になっているという。ということで、ここでも実は僕、エレベーターの下にボビーが降りていくそのショットでも泣いたんで。僕は計5回泣いているわけです。僕的には余裕で「4回以上泣けます!」っていうね、そういうフレーズがつけられる、ということですね(※宇多丸註:9月21日公開の映画『コーヒーが冷めないうちに』の宣伝で打ち出されている、“4回泣けます”という思いきりのいいキャッチフレーズにちなんでいます、念のため)。

ということで、楽しくも勉強になり、そしてやはり奥深さもちゃんと含んだ、良作だと思います。フォックス・サーチライトは相変わらずいい映画をいっぱい作るな、おい! という実力、底力を見せつけられました。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ブリグズビー・ベア』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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