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アメリカが一番元気だった60年代を振り返る~アーティスト:田名網敬一人さん

コシノジュンコ MASACA

2018年7月29 日(日)放送

田名網敬一さん(part 1)
1936年東京生まれ。武蔵野美術大学デザイン科卒業。1960年代にポップアートやサイケデリックアートの影響を受け、アニメーション、実験映画、絵画、彫刻作品を手掛けられ、ポップアートのトップランナーとして世界で活躍中。また京都造形芸術大学大学院の教授でもいらっしゃいます。

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JK:去年、この番組にギューチャンが出てくれたのよ! 田名網さん、一番仲良かったもんね。1960年代・・・あの時代ってすっごく面白かったじゃない? 60年代の出会いって宝ですよね。

田名網:そうですね、今はもう有名になっちゃったけど、60年代ってアーティストもそれ以外の人も含めてすごい人がたくさんいたからね。

JK:横尾忠則さんもそうだし、あの時代がなければ今はないっていうくらい。こんな風にお元気だってことは、それだけたくさん作品を作ってきたってことじゃないですか。途切れずに、ずっと! 60年代の雰囲気って日本独特だと思うんだけど・・・外国は? NYはNYですごいけどね?

田名網:でも、日本の60年代、ファッションや美術も含めた世界でいうと、60年代は特異な時代だよね。

JK:何にも知らないから、一気に吐き出しちゃった感じがするのよね。

田名網:ようするに、舞踏にしてもファッションにしてもアートにしても、いろんなものが完成してない時代じゃないですか。

JK:未熟。いろんなことを知らないから、やりたいことやってた(笑)

田名網:だから暴走して、結果的には面白いものが出来てきた。

JK:そう。だから今の時代は変に知っちゃっているから、あの時の革命的なことはできないと思いますよ。田名網さんはそれをずっと何年もやってきて、しかもどんどん中身の濃いものを作ってると思うんです。

出水:ポップアートとの出会いはいつごろですか?

田名網:銀座にね、イエナっていう洋書店があったんですよ。そこは唯一の洋書店で、僕はしょっちゅう行ってた。そしたらある日、植草甚一さんが2階から降りてきて、転んだのよ。本を山のように抱えたまま。そこへ僕とギューチャンが一緒に本を拾ってあげたら、「君たち絵を描いてるの?」「そうです」「じゃあ、面白いものを教えてあげるよ」って、『Art News』っていうアメリカの雑誌を見せてくれた。そこにちっちゃい図版で載っていたのが、ウォーホールとかリキテンシュタイン。日本ではまだほとんど紹介されていなかったので、僕とギューチャンは「こんな表現があるんだ!」って驚いた。そこで初めてポップアートを知ったわけ。

JK:その出会いって大きいですね! 衝撃的、事故みたいな出会い。そこで、じゃあNYへ!ってなったのね?

田名網:そうそう。それまでは模索していろいろやってたことはあるんだけど、ポップアートっていう大きな流れがアメリカで発生したことを、植草さんに解説してもらったのが大きかった。

出水:その後、NYには何年ごろに?

田名網:一番最初に行ったのは、1968年。

JK:みんなそのころよ。私もそのぐらい。何しろ、ただただ行きたかった! 何があるか分からないけど。

田名網:そうだね。68年はアメリカの中でもいろんなことが起きていて、ヒッピーがいたり、公民権運動、ウーマンリブ・・・あらゆるムーブメントが渦巻いていた時代。だからアメリカの中でも一番活性化していた、一番面白い時代だったと思う。

JK:パリでもロンドンでもなく、NYでしたよ。NYに行かないと始まらないって感じだったわよね。

田名網:そうだね。その時ギューチャンがNYにロフトを持ってて、一緒に映画行ったり美術館行ったり・・・その時には近所に日本人のアーティストがたくさんいたんですよ。

JK:アートと音楽とファッションが入り乱れてて、完成度が高いっていうかね。境界線がないっていうのが面白くて、あの時代を作ったと思う。

田名網:そうそう。今って、わりと美術は美術、デザインはデザインって分かれてるじゃない? でも60年代ごろっていうのはみんな接近してて、それぞれが関係しあっていた時代。今みたいに、別々に分かれている時代とはちょっと違う。

JK:だからみんな、自分が何なのかよくわからなくて、アーティストって言えばアーティストだし、デザイナーといえばデザイナー。肩書が、人によっては邪魔になる。ウォーホールなんかも最初はグラフィックデザインですものね。

出水:ウォーホールの作品やご本人とも出会いがありましたか?

田名網:ウォーホールとは仲良かったんだけどね・・・一番印象的だったのは、ウォーホールの日本初の展覧会が大丸であって、ウォーホールが日本に来たんです。

JK:私も会った! MUGENだかビブロスだか忘れちゃったけど、ウォーホールの貸し切りパーティをして、その時によばれて行ったの。モデルだかなんだかわかんないけど、ウォーホールと一緒に来た人がすごくカッコよかった!

田名網:ファクトリーの人でしょうね。その時NHKがウォーホールの特別番組を作ることになって、僕にアートディレクションの依頼が来た。ウォーホールって複製のアーティストだから、ウォーホールの顔を使って番組を作ろうと思って、大丸の美術展にカメラマンと一緒に行ったら、長旅で突かれてるか分かんないけど、すっごく不機嫌なんだよね! ずーっと下向いたまま。NHKの人も、もう写真を撮るのはやめようということになって、最終的には僕のアニメーションで番組を作った。

JK:その番組、観てみたいわね!

出水:本人が出ないで、全部アニメーションってすごく斬新ですね(笑)

田名網:それがヒドイ映像なんですよ! めちゃくちゃなアニメーションで! いろんな人にインタビューして・・・ウォーホールにも送ったら、本人はすごく気に入ってくれた。こないだ森美術館でウォーホール展があったときに、その映像を流すことになったんですよ。ところが、音楽家の著作権があって上映できなかった。

JK:無声映画で流せばよかったのに(笑) 奇想天外だったでしょうね!

=OA楽曲=

M1. Andy Warhol / David Bowie