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MASACAは「絵を売って生活すること」~アーティスト:田名網敬一人さん

コシノジュンコ MASACA

2018年8月5 日(日)放送

田名網敬一さん(part 2)
1936年東京生まれ。武蔵野美術大学デザイン科卒業。1960年代にポップアートやサイケデリックアートの影響を受け、アニメーション、実験映画、絵画、彫刻作品を手掛けられ、ポップアートのトップランナーとして世界で活躍中。また京都造形芸術大学大学院の教授でもいらっしゃいます。

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出水:田名網さんの作品にはコラージュが多いですが、どのように製作しているんですか?

田名網:僕の作品はだいたい2~3mぐらい、どれも大きいんですけど、それに使うパーツが100~200ぐらいあるんです。

JK:じゃあ、いっぱい貯めてるわけね。

田名網:写真もあるし絵もあるんだけど、絵は手描き。新聞紙ぐらいの絵を100枚ぐらい、個別に描いて使うの。

出水:そういう絵を描いているときは、頭の中に完成予想図は出来上がっているんですか?

田名網:まあ、はっきりではないけどだいたいは決まってますね。

JK:それがだんだん・・・グロテスクって言ったら変だけど、強烈じゃないですか。田名網さんって見た目はそうじゃないのに、頭の中は強烈。どうしてそうなるの?

田名網:僕は生まれが東京の京橋で、昔は高島屋の裏が洋服の問屋街だったんですけど、そこでうちのおじいちゃんが問屋をやってた。商標ってあるでしょ、タグというかさ・・・背広の裏に貼ってあって、昔のは名刺ぐらいデカイ。そこに金糸銀糸で刺繍して。それで洋服の価値が決まるってわけ。

JK:ネーム も作ってたの? デザインの世界ですね、まったく!

田名網:今にして思うと、その絵柄も奇想天外なのよ。砂漠にラクダが歩いている上を円盤が飛んでるとかね(笑)トンデモない刺繍なの! そういうのが何百本もロールになってて、頭に巻いたりして遊んでた。それが大人になって僕の脳内に残ってて、こういうような作品になった。

JK:やっぱり子供のころの環境って、永遠に記憶に残りますね。そんなの今どき無いしね。

出水:田名網さんの作品といえば、色彩が独特で、カラフルで、一度みたら夢に出てきそうですよね。

JK:アヴァンギャルドっていうか、シュールレアリズムというか・・・ただのポップアートというよりも独特ですよね。独特だから、こうやって長く続けていかれるんですよ。アニメもすごいですよね?

田名網:アニメは僕、中学生ぐらいの時から好きだったんです。昔、目黒の権之助坂のところにちっちゃい映画館があって、子供のころに行ってよく観てた。戦後なんで、どんな映画でも上映するんじゃなく、アメリカを宣伝するための一種のPRとして映画が上映されてた。全部アメリカ万歳。その中に、ディズニーのミッキーマウスとかベティとか、そういう漫画が本編の間に挟まってたんです。僕は本編よりもそっちを見たくて行ってた。

出水:どのぐらいの数をご覧になったんですか?

田名網:いやもう、すごい数。年間でも映画を500~600本観てたから。

JK:年間で? 映画館に住んでたみたいじゃないの(笑)

田名網:その当時は5本立てとかがあったのよ。B級映画をまとめて上映するような。だからどれも30分ぐらいの短い映画で、ストーリーもものすごく単純。

JK:ああ、そういうことね。ショートフィルムみたい。

田名網:映画館って言っても、戦後のドサクサのバラック建てで、隙間があって光が漏れたりするような、ヒデエ映画館(笑)座席のシートがあるじゃない?シートが長方形に切り取られてるんだよ。なんでかなと思ったら、その当時、駅前に靴磨きが多かったんですよ。シートの素材がいいから、靴を磨くのにいいっていうんで・・・

出水:それもコラージュというか・・・

JK:いやいや! それは廃物利用(笑)ベルベットとか別珍でしょ? 真っ暗な間に切っちゃったのね! どうやって生きていくかっていう時代だからね。

田名網:だから、映画も安心してみていられないって感じ。何が起こるか分からない(笑)でも、それをきっかけに短編映画を作るようになった。その当時「11PM」っていう番組があって、そこのプロデューサーが必ずアニメーションを入れてたんです。それで僕とか宇野亜喜良さんとかが毎週作ってた。しかも1週間で作ってくれって言うんです。そうすると自分で500枚ぐらい描かなきゃいけない。しかも、普通は1回試写とかするじゃない?何にもしないで、いきなりカケちゃう!

出水:どういうものを作ってらしたんですか?

田名網:いろんなものを作りましたよ。たとえば、マリリン・モンローをテーマにして作るとか・・・「11PM」向きのものをね。

JK:夜だからね(^^)

田名網:エロティックなものとか。だから、たぶん今だったら上映できないやつがいっぱいあるんだけど、その当時はユルかったみたい(笑)そのころは、自分でアニメーションを作るとフィルム代とか莫大な費用がかかった。それをTV局が全部出してくれたから、良かったね。

JK:ご自分の経験で、「あれがなかったら・・・」「あれと出会ったから・・・」っていうMASACAは何?

田名網:どうも思いつかないんだけど・・かでもね、絵を売って生活するって日本の現代美術では難しいじゃないですか。だけど、僕はたまたま絵を売って生活出来てる。これがマサカかなと思うんだよね。それで食べていけるようになる、っていうのが僕にとってのマサカ。

JK:やっぱり画商ですか?

田名網:画商もあるけど、いろんなところから世界中から話が来て、コレクターが買っていく、というのがだんだん定着してきてる。

出水:今度、香港にできる予定の美術館に大量の田名網さんの作品がコレクションされるそうですね?

田名網:そう。M+っていう世界一の大きい美術館。本当はもう出来てるはずなんだけど、2年ぐらい建設が遅れてるんですよ。そこがコレクションしてくれるんで、オープンしたら展示してくれると思います。50点ぐらい。

JK:わーぁ、それはすごい! 大きな「田名網部屋」ができますね。この前はロシアでやってましたね。

田名網:うん、僕も行ってきた。去年。ロシアって面白いよね! 聞いてたのとは全然違う。あれは行ってみないとわからないよね。写真なんか見ても暗いじゃないですか、赤の広場にしても。

JK:なんか、カタい・暗い・キタナイかと思ったら、キレイですよね!

田名網:キレイだよね~。人も全然無愛想じゃないし。だから、行ってみないと分からないなって。モスクワのけっこういいギャラリーで、すごく面白かった。

JK:どういう評価ですか? ロシア・アヴァンギャルドだからね。

田名網:ロシアはわりと現代美術が盛んなんですよ。僕が行ってるときに村上隆さんも来ててやってたけど、日本のアートに対する関心がすごいんです。お客さんもものすごいいっぱい来るし。オープニングのときは、ニーナ・クラビッツっていう世界的に有名な日本人DJがいるんですけど、その人が来てくれてね。

JK:すごい! 田名網さんの絵って大騒ぎしているみたいな絵じゃないですか。そこに音楽が入ると、みんなが一気に湧き上がる感じ(笑)全部がぶっちゃけたみたいな。

出水:かつて田名網さんは、ジェファーソン・エアプレインやモンキーズの日本版のジャケットも手掛けられてますよね。いまとなってはプレミアものですよね!

JK:あの時代って、音楽だかアートだか、どっからどこまでなのか、不思議な関係でしたよね。

出水:現在、京都造形大学大学院の教授でもいらっしゃいます。授業ではどんなことを教えていらっしゃるんですか?

田名網:授業で絵を描いたりするのを教えることはなくてね。人間にとって一番大事なことは想像力じゃないですか。それがなければ何もできない。想像力をいかに自分の中から抽出するのか、というかね。想像力がどう自分の中で活性化して、自分の作品につながるかという話をしている。

田名網:これはある作家の作品を引用したもので、僕の授業の中で使っているものなんだけど・・・砂場で子供が遊んでて、子供が砂場でおまんじゅう作って「はい先生」ってあげると、ひとりの先生は、「おいしい、おいしいね」って食べる。別の先生は、「先生、おまんじゅう」って出すと、「これは黄な粉のおまんじゅうだね」「上にクリームがかかってるね」とか言って、「おいしい」という表現にとどまらずにどんどん発展していく。そうすると子供はどんどん面白くなって、お団子の上に砂をまぶしたり、工夫をしていくじゃないですか。砂場遊びでも「おいしい」からいろいろ発展して、子供に工夫させて、こんなに美味しいものができるんだね、っていうところまで引っ張っていく。僕は学生にそういうことを教えているわけ。

JK:たしかに。想像力を教えるって見えないことだから、難しいわよね。それぞれに想像していいわけだから、答えはない。

田波:いやあ、難しい。

出水:実際に教えている生徒さんの中で、これから日本のアート界を引っ張っていきそうな人はいるんですか?

田名網:けっこういますよ。束芋っていうアーティストも僕の教え子だし。最近活躍しているのは、佐藤充くん。その子はめちゃくちゃ面白い! なかなかの美男子で。

JK:それはぜひ会ってみたいです~!

=OA楽曲=

M1. (I Can’t Get No) Satisfaction / The Rolling Stones