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目指すは東の軍艦島?東京湾に新たな観光スポット!

森本毅郎 スタンバイ!

今日は東京湾に浮かぶ、とある島のお話です。この島、第二海堡(かいほう)という名前の島なのですが、今ここが新たな観光資源として大きな注目を浴びている、というのです。そこで・・・。

「森本毅郎・スタンバイ!」(TBSラジオ、月~金、6:30-8:30)7時35分からは素朴な疑問、気になる現場にせまる「現場にアタック」!!

8月8日(水)は、『目指すは東の軍艦島?東京湾に新たな観光スポット登場!』をテーマに近堂かおりがレポートしました。

★第二海堡上陸ツアーを目指しています!!

その第二海堡を巡って、こんな動きが出ています。横須賀市観光課の武井昭憲さんに伺いました。

武井昭憲さん
「横須賀市では市内に点在する明治以降の近代化遺産を整備しルートとして結ぶ、ルートミュージアム構想を進めています。そのサテライトの一つとして横須賀沖にある第二海堡を利用して集客できればと考えました。平成31年度中(来年度中)に横須賀からの定期のツアー化を目指しています。第二海堡というのが明治から大正にかけて1世紀以上前に首都防衛のために構築された砲台跡などの戦争遺構としての魅力や交通量の多い浦賀水道を行き交う船舶を間近に見られる非日常の雰囲気が第二海堡の魅力です。イメージとしては軍艦島に似たような魅力を感じて頂けるのではないでしょうか。」

第二海堡は明治から大正にかけて、首都防衛のために東京湾に建設された人工の島。神奈川県横須賀の三笠桟橋から、7キロくらい、船でおよそ30分で行かれます。現在は立ち入り禁止となっているが、これを観光資源として開放しようとしています。つまり、第二海堡に上陸できるようにしよう、ということなのです。先月、上陸はせずに海上から第二海堡をめぐる見学ツアーを実施したのですが、募集50名に対してなんと3631名というとんでもない応募数!!来年度中のツアー実施を目指して、動きだしています。長崎の軍艦島を模して、横須賀市は【東の軍艦島】を目指すとしている。

★第二海堡ってどんなものなの?

そんな注目の第二海堡ですが、一体どういったものだったのか。横須賀開国史研究会・会長の山本詔一さんに伺いました。

山本詔一さん
「第二海堡に関しましては明治の初めに東京を守るためには海の中に島を作ってそこから大砲を打たないと敵の船が入って来てしまう。人工の島を作ってそこに大砲を置けば大丈夫だということで東京湾の真ん中に作るわけです。ここのところは水深でだいたい10メートルくらい、潜水の技術は日本にあったんですけど、10メートルのところに石を積みながら土を積んで島を作ったわけですから、その土木技術が世界中から注目されてました。しかもコンクリートとレンガを組み合わせて作ってますから。今のコンクリは鉄筋コンクリートで中に鉄が入ってその周りをコンクリがある、ところが鉄が錆びるとコンクリートが割れる。だから本当のコンクリートだけでやるのですごい丈夫なんです。そのかわり厚みがすごいある。今の技術の方が危ないかなってくらい本当に頑丈に作られています。」

第二海堡は、1889年(明治22年)〜1914年(大正3年)と25年!!もの歳月をかけて、旧日本陸軍が海上要塞として建設したものですが、その高度な土木技術が世界から注目を集めたそうです。ちなみに、関東大震災でも殆ど被害が出なかったくらい頑丈!!100年前なのにすごい土木技術だったんですね!!東京湾に侵入する敵国の戦艦や不審船の攻撃に対応する目的で、島には砲台が設置されていました。面積は東京ドームの9割程度、結構大きな島ですよね。

★実は使われなかった!?第二海堡

当時の土木技術を結集して作られた第二海堡でしたが、さぞ活躍したのだろうと思いきや、意外な結末を迎えます。再び山本詔一さんのお話です。

山本詔一さん
「大砲の弾が遠くに飛ばない頃の話なんです。だから大砲の弾が届かないところ、なるべく狭いところ、富津と横須賀の沖合が一番狭いのでそこで作ったわけです。ところが出来上がった時には大砲の性能が良くなって、もう10キロ以上飛ぶ大砲ができたから結局は使い物にならなかったんです。25年もかけたのに、意味なくなっちゃいました。そっちに頭が行かなかったんですね。大砲を改良するよりは、大砲を置く陣地を作ってそこから打とうという考えの方が強かった。東京湾にあちこちに砲台ができたんですが、敵に向かって弾を打ったのは一度もありません。」

お話の中に『あちこちに砲台があった』とありましたが、神奈川県横須賀市と千葉県富津市の間に、第二海堡の他にも、第一海堡、第三海堡と三箇所あったのです。

★実は千葉県富津市にある!?第二海堡

少しややこしいですが、第一海堡と今回観光地化する第二海堡については、実は千葉県富津市に属しているものなんです!!

それなのに今回観光地化の取り組みを進めているのは横須賀市???なんだか不思議な状況。この点について千葉県富津市を拠点として第一、第二海堡の有効活用と保全を目指す『東京湾海堡ファンクラブ』会長の小坂一夫さんに伺ってみました。

小坂一夫さん
「一歩先にやられたって感じだよね(笑)いままで10年以上やって来たけど、あんまり動いてなかったけど、横須賀が富津を刺激してくれたからさ、まあよかったよ。向こうは猿島まで行く定期戦があるから、その船が第二海堡まで行くってことで良いなと思ってたんですよ。(富津には船がないの?)ないんですよー。漁船しかないのよ!かつては漁業組合の船に乗せてもらってたんだけどね。向こうにすれば第二海保まで行くんだから、第一海堡まで見たいというコース案もだしてくれてたから。だから富津まで来てもらって、富津の有名な海堡丼とかはかりめ丼とか食べてもらえれば少しは活性化するかなとは思うんだけど。(期待が高まりますね)そうですよー、お願いしますよ。」

『東京湾海堡ファンクラブ』は2002年から活動をしているのですが、横須賀市のような定期便の観光船が無いことなどもあり、なかなか進展しなかった。しかし、今回第二海堡を巡るツアーができ、一緒に第一海堡も巡るコースになってくれれば、富津市まで観光客が来てくれるかも!!ということで、期待していました。小坂さんたちも横須賀市と協力して盛り上げていきたい!という思いなようでした。名物の「海堡丼」・・・第一海堡の付近で獲れる魚を使った丼だそうですよ。

四半世紀かけて作ったのに一度も使用されずに今に至る・・・という歴史を持った人工の島、第二海保。当時の土木技術を見られる貴重な場所であるだけでなく、戦争のために作ったもの、実物そのものを見られる場所。観光地として開放することで、戦争の記憶のひとつとして後世に伝えていきたい、ということでもあるんです。

「現場にアタック」近堂かおり

近堂かおりが「現場にアタック」で取材リポートしました。