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宇多丸、『ウインド・リバー』を語る!【映画評書き起こし 2018.8.17公開放送】

アフター6ジャンクション

宇多丸:
ここからは週刊映画時評ムービーウォッチメン。このコーナーでは前の週にランダムに決まった課題映画を私、宇多丸が自腹で映画館にて鑑賞し、その感想を今夜は特別に、はじめてリスナーのみなさんの目の前でベラベラベラベラと約20分間に渡って語り下ろす、という映画評論コーナーです。どういうことになるのか? 扱うのはよりによって、このなかなかヘビーな作品です。『ウィンド・リバー』

(曲が流れる)

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ボーダーライン』、アカデミー賞にノミネートされた『最後の追跡』の脚本家、テイラー・シェリダンが監督を務めたクライム・サスペンス。雪深いネイティブ・アメリカンの居留地ウィンド・リバーで起きた少女殺害事件の謎に、新人FBI捜査官と現地のハンターが迫る。主演は『アベンジャーズ』シリーズでも共演しているジェレミー・レナーとエリザベス・オルセン。ホークアイとスカーレット・ウィッチ、ということですね。

ということで、この『ウィンド・リバー』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、残念ながら少なめでございます。こんな感じの量ですね(と、客席にメールの束を見せる)。見えますかね? いつもだったらドサッてこんぐらいの量が来たりするんですけどね。やっぱり劇場公開館数が少ないせいもあるんでしょうかね。ただね、劇場公開館数がだんだん増えています。やっぱり評判が高くて。僕が行った時もめちゃめちゃ混んでいて。賛否の比率が褒め(賛)のメールが9割、残りが1割。

主な褒める意見としては「間違いなくジェレミー・レナーのベストアクト」「ネイティブ・アメリカンへの差別、時代に置いていかれる居留地の現状など現実のアメリカに潜む問題を過度な説明をせずに観客に気付かせる構成が素晴らしい」「オープニングから途切れることのない緊張感。そして緊張の糸が頂点に達した時に起こるクライマックスシーンの対比も見事」「厳しい現実に対面しながらも、それをなんとか受け入れ生き続けることを選ぶ登場人物の強さに涙」といったあたり。否定的な意見としては「メッセージ性とエンターテイメント性のバランスが悪い」「舞台設定のせいか画的な変化に乏しく、後半まで退屈」「捜査活動と言っても雪原をスノーモービルで疾走するばかりで飽きてしまった」「殺人ミステリーとしては物足りない」といったところがありました。

■「結論、最高! そして最悪!」(byリスナー)

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「しょこ」さん。「『ウィンド・リバー』、リスナーカプセルの紹介文に惹かれ、愛知県の県内唯一の上映館に見に行ってきました。結論、最高! そして最悪!(いい意味で)でした。テイラー・シェリダンの過去の脚本作のような全体に漂うねっとりとした緊張感。登場人物たちが語る厳寒の大自然の息苦しさは、まるで観客の我々の呼吸までも苦しくさせるようで、それがさらに緊張感を高めていきました。そしてその緊張感が最大まで張り詰めた時に糸が切れる。いや、爆発するかのように起こる出来事。ウィンド・リバーという隔絶された地でその過酷さを軸に描かれる人間の強さと弱さ。ネイティブ・アメリカンを取り巻く現実。それらがいま、この時代だからこそ伝えなければならないものなのだと気づかされました」ということございます。

一方、ダメだったという方。ラジオネーム「ワイバーン」さん。「『ウィンド・リバー』、ウォッチしてきました。テイラー・シェリダンは気になる作り手の1人ではありますが、本作は個人的にはいまひとつという感想です。監督は自ら『ボーダーライン』『最後の追跡』と連なるアメリカの辺境の物語の最終章と銘打っているように、傑作だった過去の二作と同様のテーマやモチーフは感じるのですが、出会って数日しか経っていないエリザベス・オルセンに自らの身の上をペラペラと語るジェレミー・レナーや、その怪しい風貌が話の筋に全く生かされなかった……」。まあ、これちょっと俳優さん名前は僕、一応伏せます。

「”あいつ”など、キャラクターの描き方やサスペンス映画としての構成に食い足りなさを覚えてしまい、結果としてシェリダンが手がけたフロンティア三部作の中ではもっとも見劣りする作品という印象を持ちました」というご意見でございます。みなさん、メールありがとうございました。

 

■前から目を付けていたテイラー・シェリダン監督

ということで私も『ウィンド・リバー』、ヒューマントラストシネマ渋谷で2回、見てまいりました。最初に僕、ガチャが当たる前の週に個人的に行ったんだけど、もう満席で入れなかったっていうね、それぐらいの評判でしたけどね。はい。ということで『ウィンド・リバー』。

私ですね、2016年4月16日、先ほども言いました、このコーナーでドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ボーダーライン(原題:Sicario)』という作品を扱った際に、途中で僕、こんなことを言ってますね。「脚本はテイラー・シェリダンさんという方。前に『BOUND9 バウンド9』という、もろに『ソウ(SAW)』のエピゴーネン的なのを1本、監督しているだけの人で。どっちかって言うと、脚本家としてこれから名を上げていきそうな人」なんてことを言っているんですけど。これ、あの時に僕、テイラー・シェリダンを「脚本家として名前を上げていきそうな人」っていうことを言っておいて……「さすが、オレ!」なんていうね(笑)。触れておいてよかったなと思ったんですけど。

もともとは俳優として、『ヴェロニカ・マーズ』とか『サン・オブ・アナーキー』とかね、テレビドラマシリーズに出ていたような人ですけども。で、その2011年に初監督作『BOUND9 バウンド9』……これは邦題で、原題は『Vile』っていう作品ですけど。これはまあ他の人の脚本で監督した後、やっぱりその『ボーダーライン』、脚本家デビュー作で一気に名を挙げた、というような人ですね。で、続いてNetflixオリジナル映画『最後の追跡』。原題は『Hell or High Water』っていう2016年の作品で、これも脚本を手がけて、一気にこれがもうアカデミー作品賞、脚本賞、助演男優賞、編集賞の4部門にノミネート。いろんな賞とかでもノミネート、高く評価されて、完全に一流どころの仲間入りを果たした、という感じですね。

この『最後の追跡』も本当に素晴らしいので、ぜひ見てください。監督のデビッド・マッケンジーの仕事ぶりもいいですし、クリス・パインがやっぱり、いままでで最高級にいいですしね。あと、今回も出ているとジル・バーミンガムさんというネイティブ・アメリカン系の方。この方、今回もすごいイイ味を出していましたけど、この『最後の追跡』でもめちゃくちゃいい感じを出していました。もちろんジェフ・ブリッジスも最高!っていうのはありましたけどね。で、一流どころの仲間入りを果たしたという。

■テイラー・シェリダン監督の作家性が濃厚に刻印された本作

まあ、今回の『ウィンド・リバー』ね、先ほどのメールにもあった通り、監督もあちこちで言っております。『ボーダーライン』『最後の追跡』とともに、その現代アメリカのフロンティア、辺境の地の現実を探求するような三部作、という。要はこれ、『たまむすび』で町山さんも表現していたように、「現代版西部劇」というような言い換えをしてもいいと思いますが。それの最終章だという。まあ、今回の『ウィンド・リバー』の後も、『ボーダーライン』の続編の『ボーダーライン2/ソルジャーズ・デイ』。これ、11月公開。楽しみですね!

エミリー・ブラントの役はもう完全に出ていないとかね、どういうことになるんだ?っていう。あと、ケビン・コスナー主演のテレビドラマシリーズで、これはまだ日本でやってないですね、『Yellowstone』っていう、これも予告編を見ると明らかに現代版西部劇路線ですけども。とかもあって、とにかく社会派スリラー/ノワールの要素も色濃い、現在進行形型西部劇という感じで……要はまあ、ある意味アメリカ映画の伝統をものすごい受け継いでる、その最前線の作り手として、今後ももうテイラー・シェリダンさん、すごく注目されていくことは間違いないような作り手ですね。なので今日、とりあえずテイラー・シェリダン、テイラー・シェリダン、この名前を覚えて帰ってね~、っていう感じですけどね。

ということで、そのテイラー・シェリダンさんが、満を持してはじめて、脚本と監督の両方を兼ねた……つまり、もっとも彼自身の個人の作家性が濃厚に刻印された一作が、今回の『ウィンド・リバー』、っていうことですね。お友達にネイティブ・アメリカンの人がいて、まだ居留地に住んでたりして、いろいろと厳しい現実の話を聞いて、「作らないといけない」と思っていた作品だということらしいんですけど。

■話の構造は『ボーダーライン』とよく似ている

で、お話の構造としてはですね、実は、さっきから何度も触れてますけど『ボーダーライン』、メキシコ麻薬戦争を扱ってますけど、『ボーダーライン』と非常に重なるところが多い作品ですよね。「大変優秀なFBIの若い女性捜査官が、彼女のそれまでの知識とか経験が及ばない、極めて特殊なルールに支配された辺境の地に派遣されて……自分がそこでは現状、非常に無知、無力であることを思い知らされる」みたいな。ここも重なりますし。『ボーダーライン』でいえばエミリー・ブラントが演じていた役。今回で言えばエリザベス・オルセンが演じるジェーンという役。

そこには、有能ではあるけど土地のルールはわかってないその捜査官と対照的に、その土地でのルールを全て知り尽くしてるかのような、そしてその背景には、何か個人的な、とてつもない苦い悲しい過去が横たわっているようでもあるような、ちょっと謎めいた協力者の男、っていうのが出てくる。これは『ボーダーライン』でいえばベニチオ・デル・トロだし、今回でいえばジェレミー・レナーになるわけですけど。で、最終的には、あくまでもやっぱりその「法」の側にいるしかないその女性捜査官とは断絶した、ちょっと隔絶した世界で、その男による超法規的かつ完全に個人的でもある「制裁」が下される、というところ。その構造までも、今回の『ウィンド・リバー』は『ボーダーライン』と非常に似ている、ということが言えますね。

■アメリカの負の歴史すべてが全部織り込まれている

あと、通常の脚本の作り、通常の作劇の基本からすると、かなりイレギュラーな印象を受ける人が多いであろう、ある非常に大胆なストーリーテリングのシフトチェンジが、途中で用意されているわけですよ。『ボーダーライン』も、クライマックスでガキーン!ってシフトが変わりますね。あれが面白いところでしたけど。それも通じるっちゃあ通じる。ただ今回の『ウィンド・リバー』は、フロンティア三部作の前の二作、『ボーダーライン』と『最後の追跡』というのが、善悪の境界線がだんだんグレーになっていって、どんどんむしろそこが曖昧になってく方向で終わっていったのに対して、今回の『ウィンド・リバー』は、少なくとも悪側の「悪」性っていうのは、かなりはっきりした話なんですね。その分、物語的な決着は、比較的に明快なカタルシスがあるとは言える。

あと『ボーダーライン』に比べれば、その女性捜査官が、そこまで完全に蚊帳の外じゃないというのがあって。まあエンターテイメント性が比較的高い一作にはなってると思います。とはいえ、その悪っていうのはつまり、ただの悪人、ただの犯罪者というよりは、アメリカという国がその成り立ちから抱えてしまった……なおかついまなお全くぬぐえていない、「罪」ですよね。言ってみればアメリカという国が抱えている「原罪」っていうか。原罪そのものの象徴でもあるわけですね。ということでやっぱり、一筋縄ではいかない。

言うまでもなく、舞台となるそのインディアン居留地に押し込められていくまでの、もうね、200年間に渡る、ネイティブ・アメリカンの人々が強いられた、みなさんもご存知の、ひどい目にあった苦難の歴史っていうのはもちろんあるし。あとひいては、これですね。やっぱりね、マチズモ……男らしさ、暴力性にとらわれたアメリカという国の本質っていうか。この「暴力性」っていうのには、資本主義というものの暴力性というのも含まれているんですけど。で、その裏返しとして、犠牲になってきた女性たち、あるいはマイノリティーという……そういうもの全て、つまり、アメリカの負の歴史すべてが、この、話としてはそれほど大きくない、この舞台立てとか物語に全部織り込まれてる、っていうような、そういう作品なわけですよね。

■一面雪の寒々しい景色。過酷な環境を映像的に伝える

もっと言えば、このテイラー・シェリダンさんが作る作品、彼がこだわってるフロンティア、辺境地での物語っていうのは、言ってみれば「むき出しの世界」っていうか。世界がむき出しの顔を出してしまった、そういう場所の話っていうことだと僕は思うんですね。今回の『ウィンド・リバー』は、特にその環境の過酷度が、過去の二作と比べるとダントツなわけですよ。で、どれくらい過酷な環境か?っていうことを……これは撮影監督のベン・リチャードソンさんという方、『ハッシュパピー バスタブ島の少女』とかを撮っている人ですけども、さぞかし苦労して切り取ったのであろう、一面まさに雪だらけの寒々しい景色。これがもちろん、その過酷な環境っていうものを映像的に伝えていて。これはまあ、そうなんだけど。

序盤でそのジェレミー・レナー演じるハンターが、エリザベス・オルセン演じるFBI捜査官のジェーンに、被害者がどのような形で死んだのかっていうのの推理として、人間が普通に生息するにはちょっと厳しすぎるその環境、まさにそのフロンティア、辺境の地、西部劇的辺境の地のその過酷さ、というのを説明するわけですよ。で、この映画が、特にやっぱりテイラー・シェリダンさん、脚本が僕は上手いな、秀逸だなっていう風に思うのは、この序盤でしている「この土地はこのぐらい過酷ですよ」っていう説明、そして「被害者はこういう状況で死んだんだろうと思われる」という推理の説明が、そのまま、まずクライマックスと対になっていますね。クライマックスのある決着、その伏線にもなっている。まあ、これは詳しくは後で触れますけども。

 

■タイミングの絶妙さでドキッ!とさせられる。絶妙に怖い

と、同時に、この映画はこうやって始まるわけです。冒頭、我々観客には事情がまだまったく分かってない段階で、なにか女性が……後に酷いレイプ被害者だということがわかりますけども、被害者の女性の、生前のほとんど最後の姿が映されますね。こうやって雪の中を、何か逃げるように走っている女性の姿が映される。そこにこうナレーションで、詩が重なりますよね。その詩は、実はもう1人、このお話の向こう側にずっと不在の存在としている、もう1人被害者がいますよね。もう1人のその被害者女性の、言わば魂の語りかけのようなものがボイスオーバーでそこに被せられる。で、そこでタイトルが出る、っていうのが、この『ウィンド・リバー』という映画の始まりなんですけど。

それ以降、この被害者女性の生きた姿っていうのは、二幕目の終わりの部分に来る、さっきから言ってるちょっとトリッキーな構成、それが二幕目の終わりの部分に来るまで、映画に出てこないわけですね。動いてる姿としては出てこない。ずーっと観客は、FBI捜査官ジェーンの視点を通じて、次第に被害者の実像に近づいていく。および、この土地の真実のようなものに近づいていく。そういうミステリー的な作りになっているわけですよ。で、たとえばね、このFBI捜査官のジェーン、最初の方では……もちろん、彼女のあの時点の立場では仕方ないことではあるんだけど、やっぱり被害者とか遺族の本当の痛みっていうものに想像力を十分に働かせられないまま、「合理的に」捜査を進めようとする。

そうすると、しかしそこで、ある被害者の遺族の本当の痛みを目にして、「あっ、私、なんにもわかってなかったわ……」っていうのを思い知らされる、というくだり。序盤のあるシーンがあるわけです。こことかはやっぱり、観客も同じように、まだ被害者の情報をあまり知らない段階で見ているから、「ああ、殺されちゃってかわいそうね。うん。捜査、進めなきゃね。でも、なんでそんな知らない男の家に行っちゃったのかね?」なんて思って見ていたら、「そうだよね……俺たちも(ジェーンと)同じようになにもわかってないじゃないか」っていうのが、だんだんだんだん、胸の痛みとして突きつけられるようになってくる。

この場面1個を取っても、とても胸を突くような素晴らしい場面なんですけど。で、捜査が進んでいくに従って、ところどころ、本当にギョッとするタイミングで突発的に起こる、バイオレントな事態。これにもうビクッ!っとさせられつつ……たとえば途中、最初に銃撃戦が起こるんですけど、その銃撃戦で、相手が撃ってくるのを廊下越しに確認して、もう1回確認した時の、敵の位置関係、出てくるタイミングとかの絶妙さで、ドキーッ!ってさせられるっていうね。絶妙に怖い、というね。

■男子校イズムの最悪のイズムを突きつけられて、本当にキツイ

とか、あるいは途中、クライマックス近くで出てくる、まさに「一触即発」を絵に描いたようなあの状況の緊張感。すごく怖いシーンがいっぱいあるんですけど。とにかく、ずーっと捜査が進んでいくその間、ずーっと不在の存在としてお話の背景に横たわっていた、被害者女性の実像、事件の真相っていうのが……途中、ずーっと捜査が進んできて、ある核心に近づいてくると、そこでさっきから言ってるあるイレギュラーな構造。やはりちょっと観客の不意をつくようなタイミングで、バンッ!といきなり、「あっ、ここでそれを出すか?」っていうタイミングで、被害者の女性の実像が立ち上がってくる。非常に変わった構成。それ自体がすごくショッキングなわけです。ドキッとさせられる。

で、ようやく生きた人間として眼前に現れた被害者たち。被害者は実は女性だけではなかった。いっときの、そのたわいもないベッドでのピロートークから、たとえば男側がどうやらかつて軍にいて、で、イラクにも行ったことがあるらしいんだな、みたいなことが、さりげなく浮かび上がりつつ……彼らが人生をもう1回、2人でやり直そうとしているまさにそのタイミングだった、っていうことが、何気ないピロートークでわかる。このベッドの会話のくだりもすごく上手い脚本だなと思いますし。ちなみにここで、はじめて登場するその男っていうのが、スーパースターっていうわけじゃないんだけど、映画とかアメリカのテレビドラマが好きだったら、「おっ、ここでこのキャスティングか!」っていう、ちょっと渋ハデなキャスティングで。これもすごく良かったですね。

とにかく、ようやく生きた人間の人生として、この死んでしまった女性の生前の姿が出てきて。我々も、「ああ、そうだよね。こうやって生きたかったよね。これから人生を歩もうとしていたのに、無念だったよね」っていうのが見えたところで起こる、本当にもう、醜悪極まりない恐ろしい事態。そのいたたまれなさ。本当に正視したくないぐらいですし。あの男たちの、最初は単にくだらない、下劣な「ウェイ、ウェーイ、ウェーイ!」っていう、男が集団になるとやるあの調子コキ。もう最悪! 男子校イズムの最悪のイズムを突きつけられて、本当に辛い感じなんだけど。キツい!っていうのがあって。

 

■「お前が死に追いやったこの女性っていうのは、お前なんかが及びもつかないほど崇高な女性だったのだ!」

で、そこからもう1回ポンッとね、時制が戻って、文字通り本当に一気に第三幕目、クライマックスになだれ込んでいく。本当に、非常に変わっているけどスリリングな、構成の妙。そして、ここでちょっと本当にビクッとするタイミングや角度で、ゴリッゴリのバイオレンス描写が来ます。これ、本当にさすが、テイラー・シェリダン、まあ監督としてはまだまだちょっと荒削りなところもある感じもするけど、しっかり個性というか、腕と個性がちゃんとあるな、っていう感じがしました。で、さっき言ったように、そのテイラー・シェリダンのフロンティア三部作の中では、比較的勧善懲悪的な構造がはっきりした、比較的わかりやすいカタルシスがある決着に向かっていくんですけど。

ただ、ここですね、先々週のリスナーメールにもあった通り、あと『映画秘宝』でギンティ小林さんもおっしゃってましたけど、たしかに『マットマックス』一作目以来の、非常にハードかつトンチのきいた制裁シーンになるわけなんですけど。この『ウィンド・リバー』の場合ですね、それが序盤の……さっき「設定説明がしっかり伏線になる」って言いましたけど、そうやって設定説明がしっかり伏線になってる上に、冒頭、タイトルが出るまで映し出されていた、その被害者女性の生前最後の姿。その真の意味。我々観客は、ただ雪の中を逃げてるだけだと思っていたけど……被害者女性の生前最後の姿、その真の意味を、我々に改めて突きつけてくるクライマックスシーンにもなっている。

言ってみれば、せめて物語上……「物語上」っていうのは、その主人公が制裁を通して語る、「お前が死に追いやったこの女性っていうのは、お前なんかが及びもつかないほど崇高な女性だったのだ!」っていう。つまりせめて、映画上の物語もそうだし、我々人間の想像力の中で、その被害者の尊厳を、回復してみせるための「制裁」なんですよ。しかもそれは、自ら望んだわけでもなく、「こんなところにいるから俺、おかしくなっちゃったんだ!」「……って、そこに押し込んだのは、お前らだろ?」っていうくらい、この過酷な環境に押し込められた、ネイティブ・アメリカンの人々の歴史、全体のメタファーでもあるわけですよね。

 

■地味だけど深く心に残る、相当な傑作

ということで、だからこそここはやっぱり、「ざまあ!」以上の、本当に重い、ズシンと来るカタルシスがある。これが本当にこの『ウィンド・リバー』っていう作品の優れた部分だな、という風に思います。で、人間性へのかすかな希望は残しつつ、でもやっぱり、あまりにも冷酷すぎる現実が突きつけられるエンディング……あとその、ネイティブ・アメリカンの人々が歴史や伝統さえ奪われてしまったという、「いま」のやりきれなさみたいなものもちゃんとそこに織り込んで、というあたり。エンディングまで、僕はこれ、エンターテイメント性と社会的メッセージ、リアルさと寓話性、バイオレンスとユーモア、あとアクションとミステリー性とか、諸々が絶妙なバランスで構築された、地味だけど深く心に残る、やっぱりどこか70年代的な匂いも濃厚にする――もちろん私は大好物ですけど――相当な傑作だな、という風に私は思いました。

まあ、あえて言えば、息子とのエピソードを最後、別に回収しないんだ?っていうのはちょっと意外だったけど。ただまああの(ラストの)2人で話す会話が、父と子の関係の話だから。まあそこはいいのか、という感じもしますかね。役者陣、本当に脇まで含めて全員ですね……特に、悪役チームの本当に憎らしいこと。よくあんな役やるね、俳優さんはね。尊敬してしまいますね。さっき言ったネイティブ・アメリカン系のジル・バーミンガムさんもね、すごくよかったですしね。

ということで、テイラー・シェリダンさん、今後とも私、引き続き注目していきたいと思います。大分過ごしやすくなってきましたけど、暑い季節、視覚的にも気分的にもずっしり寒たーい気分になる、という感じで、ぜひぜひいまの季節、劇場でウォッチしてみてはいかがでしょうか?

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『オーシャンズ8』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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