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宇多丸、木村拓哉主演『検察側の罪人』を語る!【映画評書き起こし 2018.9.7放送】

アフター6ジャンクション

宇多丸:ここからは週刊映画時評ムービーウォッチメン。このコーナーでは前の週にランダムに決まった課題映画を私、宇多丸が自腹で映画館にて鑑賞し、その感想を約20分間に渡って語り下ろすという映画評論コーナーです。今夜はこの作品。『検察側の罪人』!(曲が流れる)『犯人に告ぐ』などで知られる雫井脩介の同名小説を、『駆込み女と駆出し男』や『日本のいちばん長い日』の原田眞人監督が映画化。東京地検のエリート検事・最上と駆出し検事・沖野は都内で発生した殺人事件をめぐり、お互いの正義をぶつけ合い、対立していく。最上を演じる木村拓哉と沖野を演じる二宮和也が初共演。その他の出演者は吉高由里子、松重豊などなど、ということでございます。

ということで、この『検察側の罪人』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、普通。あら! せっかく木村さんインタビューとかやったんですけどもね。普通。賛否の比率はおよそ8割の人が褒め。

主な褒める意見は、「木村拓哉がとてもよかった。あと、ニノ(二宮和也さん)や吉高由里子など、役者陣は全員よかった」「演出のテンポがよくグイグイ引き込まれた」「善と悪の線引きは誰がどうやって決めるのか、考えさせられるテーマだった」などなどございました。やはりと言うべきか、先日放送いたしました木村拓哉さんインタビューを聞いていた方が多かった模様でございます。否定的な意見は、「役者たちの演技はいいが、ストーリーが散漫」「テーマが分かりづらい」「過去の戦争の話とか、必要だった?」などの声が目立ちました。

■「正義の担い手としての資質に欠ける主人公たち」(byリスナー)

代表的なところをご紹介しましょう。まずは「オリタハジメ」さん。「この映画の登場人物の多くは自らの正義に不備を抱えています。正義のために不当な手段を使ったり、正義を遂行する力がなかったり。何度もガベル(裁判で叩くトンカチ)の所在を確認する最上も、自らの社会正義に従おうとする沖野も、結局自らの正義の担い手としての資質に欠落を感じることになります。同時に各所で言及される白骨街道──」。これはね、太平洋戦争時の時のインパール作戦という、とんでもない、旧日本軍最大の愚行があるわけですけども。

「……インパールをいまだに裁けない日本社会の正義の不備性の象徴であり、それは『白骨街道は続いている』という最上のあのセリフとあの看板の存在によって現代に繋がっていくのです。これらに随所で挿入される宗教、呪術、SMなどのモチーフも相まって、複数の正義が交錯し、幻惑されるような独特の雰囲気を感じました。明確な社会的メッセージがありつつ、そこに自己批評的なエッセンスもある、とても面白い映画だと思います」という、オリタハジメさんでございました。

一方、いまいちだったという方。「ユッキー」さん。『検察側の罪人』ですが、私はいまいちハマれませんでした。役者陣の演技は素晴らしかったです。特に二宮さんの尋問シーン迫力満点で、スクリーン越しに見てもビビってしまいました。しかし、本作のもっとも重要である『本当の正義とは何か?』を判断するための素材や伏線が散らかってしまったように思えました。木村さん演じる最上と二宮演じる沖野の対立についても、法を重んじる検察官ならもう少し他の戦い方や結末があったのではないかと疑問に思わずにはいられません。インパール作戦のエピソードについても、あまりにあやふやで強引な感じがしてしまい、鑑賞後もすっきりしませんでした」というご意見。

あとですね、面白いなと思ったのはこれ、「白いドア」さん。ちょっと全部読んでいる時間はないんですけど。この作品、非常に黒澤監督の……原田眞人監督はもう超シネフィルですから、毎回、いろんな映画のオマージュを入れているけども、敬愛している黒澤明監督の『天国と地獄』のオマージュがいっぱいあるんじゃないか?っていう。山崎努さんのキャスティングであるとか、音楽の使い方とか、いろんな部分に関して『天国と地獄』のオマージュが多いんじゃないかという白いドアさんの指摘。すごい面白いメールで、これを読んでいると「ああ、きっとそうだろうな。原田監督だったらそうだろうな」っていう感じがするようなメールでした。ありがとうございます。

 

■ストレートに面白いエンターテイメント要素も入ったミステリ、ではある

ということで私も『検察側の罪人』、8月20日水曜日にこの番組でオンエアした木村拓哉さんのロングインタビューのために1回、公開前に拝見して。バルト9でももう1回見て……結構僕、インタビューの前には何回か見直したりしたんで。計3、4回は見直している感じでございます。で、まあ木村拓哉さんのロングインタビュー、聞いていただけましたですかね? ある意味あれが、これは自分で言うのもあれですけど、木村さんの答えがもうものすごい興味深くて。ある意味あれがちょっと、本作の解説・評論として結構、充実しちゃっているところもあると思うので。まあ言っていること的にかぶっている部分や、木村さんの回答を元に話す部分っていうのがどうしても今日、出てくると思いますけどね。ご了承ください。

まずその、雫井脩介さんによる原作小説っていうのがあるわけですけど。ある意味こっちはですね、今回出来上がった映画化版と比べると、元の小説は、非常にシンプルな話、と言えると思いますね。つまり、現行法では裁けない罪なり悪というのに対して、自分なりの正義・信念に基づいて……とはいえやっぱりその、法の精神、そして人としての一線っていうところを越えて、自ら裁きを下してしまう、そして、自ら罪を負うことになる、という者。まあ、その敏腕検事の最上というキャラクターと、それを、法の精神本来の「正しさ」で追求していく……けれども、本当にそれが正しかったのか?っていう風に苦悩する者。これは新人検事の沖野という、この両者の対立というね、この問題提起の構図は、割とシンプルだと思いますね。

で、前者のその最上検事が、そうやって一線を越え、言っちゃえば慣れない犯罪……それも完全犯罪ですね。それをしようと踏み込んでいく過程のスリリングさ、っていうのは、今回の映画版にもしっかり入っていますし。その意味では、「ストレートに面白いエンターテイメント」要素も、しっかり担保された作品なのは間違いないわけです。だからこそ、これだけね、興収1位を続けたりとかね、ヒットをしているんだと思いますけどね。ただですね……そこで出てくるのがやはり、脚本・監督の原田眞人、という人の曲者っぷりでですね。

 

■ザ・原田眞人!なケレン味溢れる一作!

今回も本当に、「ケレン味たっぷり」っていう表現がまさにふさわしい、ザ・原田眞人!なアレンジが大幅に加えられて……その結果、さっき言ったようにストレートに面白いエンターテイメントとしての勘所っていうのはしっかりと押さえつつも、最終的にはこれ、おそらく意図的なものでもあるんでしょうけど、かなり変わった後味を残す映画になってるのは間違いないと思いますね。じゃあその、「ザ・原田眞人映画!なケレン」っていうのはなにか?っていうと、これは2015年6月6日に(前番組『ウィークエンド・シャッフル』のなかで取り上げた)『駆込み女と駆け出し男』、これはなかなかの傑作だったと思いますが、その映画評を私がした中で言っていることにも重なりますが、軽くおさらいしておくと……。

今回の木村さんのインタビューでもおっしゃってましたけど、俳優たちには割といろいろ自由にやらせて……そのシーンをずーっと長回しで、カメラを止めずにずーっと長回しでいくこととか、そういう様々な手法で、ドキュメンタリックな緊迫感を高めたような、そういう画をいっぱい撮っていく、という。ただ、ドキュメンタリックではあるんだけど、同時に、たとえば美術とかロケハンとかは、すごくフィクショナルなハッタリ感を時に強調していたりもする、とかね。ちょっと現実離れしたそういう舞台立てがあったりとか。あるいは、セリフ回し。ちょっと、時に過剰なスピードと情報量で進められる、非常に癖のあるセリフ回し。そのたたみかけ。

たとえば今回だと、木村拓哉さん演じる最上さんが、もうあちこちで変わった言い回しをしているんだけど、たとえば同じ誕生日の有名人っていうのを並べる時の(モノマネをして)「エルネェスト・チェ・ゲバーラ……そして、ドナルド・トラァンプ!」っていう(笑)。すっごい、あんな癖のある言い方をわざわざ……あんな言い方をしている木村さんは見たことがないわけだから。そういう癖のある言い回し。そこにすごく過剰な、言っちゃえばもう、説明ゼリフ上等!っていう感じで、ブワーッとたたみかけるようなセリフ回しをしたりとか、っていうのもあるし。

■原田眞人監督の社会的な問題意識が強く盛り込まれている

あと演出の特徴としては、悪役演出の、非常な極端さ、不快さ……なんて言うのかな、非常にデリカシーのない、マッチョ感のある男が、大声で恫喝する、っていうような演出を得意とする感じ。今回で言えば、松倉っていういちばんの悪役にあたるようなキャラクターが、元の原作と比べても、今回演じてらっしゃる酒向芳さんの演技も相まって、非常にわかりやすく、モンスター的な存在として描かれている。そんな感じで、割と悪は悪、善は善で、はっきりと色分けして描くことが多い作家ですね。原田眞人さんはね。まあ、そんないろんな特徴がある。そうやって撮った画を、俳優としても毎作出演されている原田遊人さん、息子さんですね。原田遊人さん独特の、これまた非常に癖がある……お父さんの演出も癖があれば、息子さんの編集も癖がある。

非常に癖があるテンポ……時として(シーンやカット尻を)ブツッと切るような、ブツ切り感とかも非常に顕著な編集で見せていく。結果、パッと見て「ああ、原田眞人!」って……もう一場面をパッと見たけで、「ああ、原田眞人の映画だ!」っていう感じの色が強く出る、ということだと思いますね。で、加えて、まさに今回の『検察側の罪人』はそうですけど、原作とはまた別に、原田眞人さんご本人の、その時点での社会的な問題意識っていうのが強く盛り込まれたりもする、というね。本作『検察側の罪人』で言えば、最上の親友で、汚職疑惑で追い詰められていく、丹野という政治家のキャラクターがいるわけです。

で、原作ではこれ、丹野という人は、義理の父である高島進という大物政治家に惚れ込んでいて、彼を守るためにこそ、ある行動に出る、っていうのが元の小説なんだけど。今回の映画版は、ある意味完全に真逆ですよね。これ、丹野というのを演じてらっしゃるのは平岳大さん。平幹二朗さんの息子さんですよね。平岳大さん、顔も(お父さんに)そっくりですけどね。その方が演じる丹野という男は、自分の奥さんである……要はその大物政治家の娘。これ、東風万智子さん、元真中瞳さんが、怖いぐらいのハマりっぷりで演じている、その奥さんを筆頭に、要は極右化、そして戦前回帰を志向するような、その高島家という有力政治家ファミリーの周辺に、丹野は「反旗を翻したがゆえに」、なんかなってしまうという。これは完全に、正反対のアレンジを加えているわけですね。

で、ちなみにいま僕が言ったような構図っていうのは、明らかに……たとえば某ホテルの女性社長を思わせるキャラが露骨に出てきたりして、明らかにいまの日本の社会状況を、原田眞人さんなりにカリカチュアしたような描写なわけですけど。しかも、その政治的歪みっていうのは、戦中、戦前から連綿と続いてきてしまっているもの……というのの象徴として、旧日本軍最大の愚行のひとつ、インパール作戦というね。これ、インパール作戦についてはいろんな本が出ていますけども、僕がおすすめなのはこれ。「NHK取材班編」になっていますけども、角川文庫から出てる『太平洋戦争 日本の敗因4 責任なき戦場 インパール』。これとかすごくおすすめの本ですけども。とにかくインパール作戦、これがひとつの象徴として語られる。

で、そこに対する忸怩たる思いというのが、最上というキャラクターの根幹にある動機として、映画版では設定され直しているわけですね。で、ここまで来るともう、完全に原作からは逸脱しまくっていて。原作はもう何の関係もなくなってるという、原田眞人イズム全開な、大胆なアレンジが施されているわけですね。他にもいろいろと細かいこと、いろんなことを付け足したり引いたりしてるんですけど。つまり、原田眞人さんのフィルモグラフィー上だとやっぱり、(前々作)『日本のいちばん長い日』とか、前作『関ヶ原』みたいなのにあるような、要は「悪しき日本のシステムvsひょっとしたらその悪しき日本のシステムを改革できるかもしれない善の人たち」とのせめぎ合い、という。これ、ある種だから、三部作っぽい位置づけに、たぶん原田さん的にはなっているわけですよ。

 

■一番の肝は木村拓哉というキャスティング、そしてその演技

で、個人的には原田さんが提示されてるこの問題意識、大変共感します。シンクロするところもございます。僕個人は。ただですね……その『検察側の罪人』本来のストーリーとは、当然のことながら若干齟齬をきたしてる部分もございまして。しかし、それがまた作品の魅力という意味ではかならずしもマイナスとは言い切れない、という部分もやっぱり、原田眞人作品っぽいところでもあって。これは後ほど詳しく言いますけども。で、とにかくやっぱり今回の映画版『検察側の罪人』の、いちばんのキモは何と言っても……これはメールで、多少否定的な意見の方も、ここはまあ揺るぎなかった部分ですね。

やっぱり木村拓哉というキャスティングと、それに見事応えて、俳優・木村拓哉として新境地を見せてみせた……このあたりはもう完全にキモ、という部分。ここはやっぱり、全体として否定的な方も、ここに関しては肯定的でございました。まずね、映画が始まって、オープニングクレジット。オープニングクレジットがまず、すごいかっこいいですね。東京のビルの景色が、上下合わせ鏡みたいな感じになったような写真……あれは写真家の方が撮られた元の作品があるようですけど、それに、後に出てくるシーンが重なる、というオープニングクレジット。要はまるで、我々が見てる日本社会の、合わせ鏡的にもう1個、日本社会の裏の顔があるよ、と。そして、その狭間で起こる事件ですよ、っていうのを、図像的、象徴的に見せているオープニング。非常にかっこいいのがあって。

で、そこから先、木村拓哉さん演じる最上が登場して、その検察官の卵たちに訓示をたれる、というくだりがある。これまさに、先ほど言いました木村拓哉さんインタビューでも、非常に僕、多く時間を割いてお話を伺いました。撮影開始日でもある。そして作品全体を暗示もしている、非常に最重要シーンと言ってもいい、あのオープニングシーンですね。全体のトーンがここで決定するし、実際にそうなってもいる、という場面。木村さんもおっしゃってましたけど、アメリカのテレビドラマ『TRUE DETECTIVE/トゥルー・ディテクティブ』という作品のマシュー・マコノヒーを、原田監督のサゼッションに従って参考にしたという、まずあの発声ですね。

 

■木村拓哉の代表作、テレビドラマ『HERO』へのセルフアンサー……?

木村さんいわく、いつもよりも「メロディーを低くした」という発声。もっと言えば、しゃべりのテンポも一定に抑えられて、非常にその、いつも僕らが感じる「キムタク感」、あのカジュアル感が、完全に制御、抑制されている。で、あるがゆえに、なんか膜が一枚かかったような、なんか常に自分を律することで、本当の自分を不器用に隠そうとしてるような感じがする、その最上というキャラクター造形が、まず発声一発で非常に上手く表現できている。しかもそれで、抑制した低い言葉で一定のテンポで話していながら、突然「(大声で)『このバカッ!』……とか言ったら大変なことになるよ」とかって言って、若手がビクッとする。しかもあれは、実際の撮影のビクッ!を押さえているという。

要するに、急に大声を出して人をマウンティングするようなことをする。そういうテクニックを持っている、という最上というキャラクター。後に、二宮さん演じる若き検事・沖野との対決シーンでも、まさに同じことを繰り返す、その伏線にもなっていて。非常に演技プランとして、周到によくできてるな、という風に思えるあたりです。さらに、当日の荒天……事前のロケハンでは晴れているという設定だったのが、実際には当日は非常に大雨が降っていた、というのに合わせて、木村さんの提案で初期稿から復活させた、あるセリフ。つまり、後に最上というキャラクター自身に完全にブーメランとなってくる、あるセリフを、また絶妙なリズムで……「罪を洗い流してくれる雨。そんなの……ないからね!」で、ポン!ってこう、タイトルが出る、という。この、リズムから演技から(作品全体を見据えたもろもろの)構築から、見事なオープニングだと思います。僕はこの『検察側の罪人』の中でも、このオープニングが本当に見事だなと思って見ていました。

で、この最上=木村さん、というキャスティング。ご本人は意識はされていなかったようですが、やっぱり八嶋智人さんとか松重豊さんっていう、テレビドラマ『HERO』にも出ていたキャスト陣がちょいちょい出ているっていうことからも、僕が感じた、『HERO』という作品のセルフアンサー的なニュアンス……これ、製作陣や原田監督は、やっぱりどこか意識してなかったとは言わせないぞ、という感じもいたします。まあ、要は『HERO』を無邪気に楽しんでいた木村さんのファンとかが、日本の司法制度の危うさ、問題点を意識できる、これが入り口になったりするならば、非常にいいんじゃないか、というのも前述のインタビューでも言いました。

■キムタク史上、例を見ないほどのブレブレグラグラぶり!

対する二宮和也さん。芸達者ぶりは言うに及ばずですよね。特にやっぱり、今回の悪役であるところの容疑者・松倉という、モンスター的な容疑者に対しての強烈な、尋問というよりも、あれは単に罵声ですよね。その罵声を、もうラップのようにたたみかけていくというところ。特に「うわっ、怖い!」って思うのは、この酒向芳さんが松倉というキャラクターに自分でアレンジを加えて、すっとぼける時に口を「パッ」って鳴らす、という気持ち悪い仕草をやるわけですけど、それを、罵声を浴びせる時に、二宮さんが繰り返してみせる。その時の、「何だ、お前? ○○か?(パッ) どうなんだ?(パッ)」って何度もやる、いやらしさ、気持ち悪さ、不快さっていう。あれは本人アイデアなのか演出なのかわからないけど、とにかくあれとか、すさまじいものがありましたよね。

あと、あの木村さんインタビューを聞いた後だと、やっぱり吉高由里子さん。画面で見るともう、天才性に逆に震撼させられますよね。「現場ではそんなだったのに、なんで画面ではこうなるんだ!」(笑)っていうことでございます。とにかくその、最上チームというかね、木村さん側の思想を持ったチームの演技の「重さ」に対して、沖野チーム、若手チームの「軽さ」を対比させる演技アンサンブルとかも見事にはまっていますし。インタビューでも話していた通り、後半、キムタク史上本当に類を見ない、異例なほどのブレブレぶり、グラグラぶりを見せるという。ちょっとコーエン兄弟の『ミラーズ・クロッシング』を思わせる森の中の惨劇、っていうのを頂点に……このあたりは撮影監督の柴主高秀さんですか、これはたぶん原田さんとの相性がすごくいいんですよね。

ケレンとクールさのバランスがすごくいい、この撮影のバランスの良さっていうのもあって……非常にですね、とにかくキムタクキャスティングだからこその強烈な不安感。「キムタクなのになんでこんなことになるの?」っていう不安感、足場を外された感を堪能できる、というね。あ、もちろん森の中に連れて行くというその『ミラーズ・クロッシング』風の展開は、原田版のアレンジでございます。原作とは変わっています。で、ですね、好き嫌いが分かれるところもいっぱいありますよ。松重豊さん演じる諏訪部という闇のブローカーの役柄が、原作より最上と深い関係になった分、映画オリジナルのその諏訪部の実働隊キャラクターで、芦名星さん演じる謎の女っていうのが、もうほとんど万能の存在っていうか、活躍をすることになっちゃって。

そこだけ急に話のリアリティーラインが劇画的になるっていうか、フィクショナルな方向に大きく振れちゃって、ちょっと笑っちゃう、っていうのはあるんだけど。まあでも、そういう引っかかりのあるディテールみたいなのは他にもいろいろあるんだけど、それも原田作品の魅力、愛嬌のうち、という感じがいたします。あと、ミステリー的な展開という意味では、今回の映画はね、大幅にそういう展開を省略していたりするので、正直メインの事件の解決は、ちょっと肩透かしっていうか、「えっ?」っていう間抜けな解決が待っていたりしますけど。

■映画オリジナルの要素が、原作やキャラクターと齟齬を来しているが……

ただですね、やっぱり本作、映画版『検察側の罪人』のいちばんの問題というのがあるとしたら、やっぱりこの部分ですよね。さっき言ったようにですね、原田眞人完全オリジナルアレンジの部分。いまの日本社会への痛烈なメッセージ、っていうのを、そのキャラクターやお話の根幹、根っこのところに……(本来は)全然関係ないものを、キャラクターとか話の根幹に埋め込んだ結果、最終的に原作小説とは全く異なるっていうか、ほとんど対照的とも言っていい展開にどんどんなっていく、という。

で、その結果、その最上というキャラクターが、法曹人として、法律を扱う身として、いや人としてもやっぱり、アウトな一線を越えてしまった……はずの、その最上という木村さんが演じているキャラクターが、この映画版では結局、その日本社会に対する強い問題意識と、実際に改革をできるための剣、その政治家・丹野から受け取ったというその剣を持っている、というその一点において、ほとんど免罪されてしまうというか、全肯定されてるようにも見えるようになっちゃっている、というね。

ただこれ、本当にさっき言ったように、木村さんご自身は最上というキャラクターにちょっと膜がかかったように演じられているわけで、そことも齟齬がありますし……なのに、肯定されているようにもなっちゃっている。その、彼が言っている「法で裁けないものを自分で裁いてしまった」という元の物語の問題がありますよね。一方で、戦前・戦中から続いてしまっている「日本というシステム」の問題、っていうのもありますよね。何度も言いますけど、その問題意識そのものは僕は共有してますけど、どう考えてもその2つは、別問題ですよね。

たとえば、最上は沖野に対してですね、「別荘の裏を掘り返したら白骨が出てくるかもしれない。そう、インパール作戦の白骨街道はいま、ここにも続いているんだ……」とか言うんだけど。いやいやいや! 愚劣な作戦で大量の日本兵が無駄死にしたという件と、あなたが私的制裁に走らざるをえなかったという件は、やっぱり本質として完全に別件でしょう?っていう風に言わざるをえない、ということだと思います。そこにたとえば、さっき言った高島進っていう有力政治家の圧力でもあったならともかく……そうでもなんでもないわけですから。これ、だからやっぱり、対する元若手検事の沖野も、そりゃあ呆れて決別することにもなるよな、っていう風になるわけですけど……。

 

■明らかに歪な作品、だがその歪さこそがチャームともなっている

ただ、そうなると今度はラストシーン。原作通りに沖野がラスト、「割り切れない!」っていう慟哭で終わるんですけども。いやいや、沖野は明らかに、最上のこの件には同意しかねているはずでしょう?って。割り切れないという慟哭が、今度はやっぱり齟齬をきたすようになっちゃっている、ということを思いますよね。せめてやっぱり、最上には何らかの罪というか、何らかのネガティブなものが来ないとおかしい、という流れだと思います。とにかく、明らかに歪な作品、ということになっちゃっていると思います。演技陣のその演技プランに対して、やっぱりプラスで加えたアレンジ要素が、齟齬をきたしているんだと思います。

ただ、その歪さが、鑑賞後も忘れられない、頭から離れない引っかかりを生む。そういう部分も半ば意図的なものでしょうし、やっぱり原田眞人映画のチャームでもあると思います。僕としてはやっぱり、撮影中にポロッと監督がおっしゃっていたらしいですけども、いつかインパール作戦そのものを映画化でもすればいいんじゃないか、という風に思ったりしますけど。

いずれにせよですね、我々が見たことがない、「キムタク」ではない木村拓哉、その本当に歴史的力演……たぶん彼の映画出演作としては、間違いなくぶっちぎりの最高作だと思いますし。他の演技陣とのアンサンブルも非常に見応えがあるし、原田作品的なアクの強さも楽しめる感じだと思います。いろんな細かい、作品本筋と関係ないディテールがまた面白かったりするんで。いい意味で、しっかりこってり「面白い」作品。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『タリーと私の秘密の時間』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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