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三兄妹は空いた電車を目指す:千住明さん

コシノジュンコ MASACA

2018年10月7日(日)放送

千住明さん(part 1)
1960年東京生まれ。東京藝術大学作曲科を卒業、東京藝術大学大学院を首席で修了。作曲家・編曲家としてグローバルに活躍され、日本アカデミー賞優秀音楽賞のほか、受賞作多数。現在は東京芸術大学の特任教師でもいらっしゃいます。

JK:ようこそ来てくださいました! 三姉妹・三兄妹という共通点。

千住:そう、僕らはいつもジュンコさんのおうちは目標だよね、って言ってて。どこかでみんなで食事しましたよね。

JK:そうそう、三姉妹+ご家族で。お兄さんの博さんとも一緒にTV出たことありますよ。

千住:やっぱり三姉妹・三兄妹っていうと、ひとつの社会があってうまく行ってたと思うんですけど・・・いかがでした?

JK:でも、うちは同業だから。そちらは同業じゃないでしょ。だからうらやましくて。一番理想的だと思う。三人で一緒に作品作りができたじゃないですか。うちはそんなのできないもの。お母様の素晴らしさよ。

出水:お兄様の千住博さんは日本画家でいらっしゃって、妹さんの千住真理子さんはヴァイオリン奏者、そしてご本人は作曲家。

JK:お兄様が大成功しちゃって、妹さんがヴァオリニスト。間に挟まれて・・・。お父さまの話、素敵ですよね。

千住:新しいことをすると、みんながその電車に乗っかってくる。そうなったら、そこにいつまでもやってるんじゃなくて、次の空いてる電車に乗り移れって。それが兄妹間にもあったんですよ。

JK:うちは満員電車だったからね(笑)

千住:うちの兄妹は性質で、群れるのが嫌だった。みんなと一緒じゃいやだ。

JK:でも、その空いてる電車っていうのはピンときますよね。いつも探してますもんね、どこが空いてるか。

千住:目立ってカッコよさそうなところはダメですけどね(笑) カッコわるい、地味~なところにヒントがありますよね。

JK:私、いつもいつも探してます。とくにうちは同業でしょ。千住さんも一緒でしょ? お母様の文化的教育で、みんなで絵を描いて・・・。

千住:でも僕は兄貴と一緒にピアノをやってて、そうすると兄貴とピアノを分け合うじゃないですか。それがいやだから、僕はヴァイオリンをやりたいって言って、ヴァイオリンを習い始めて・・・そうしたら真理子がついてきて、先生がヴァイオリンを持たせて弾かせたら、なぜかどんどん伸びてくる。僕はある日、これは真理子の世界だなと思ってあきらめた(笑) 12歳でデビューしたのでね。

JK:ああ、そうですか!

千住:兄貴はとにかく絵が好きで、絵を描いて描いて・・・それに長男だから、みんなに褒められて育った。いろんなところに絵を描くんですよ。食事に呼ばれていくと、父が起こるんです、「なんで途中でやめた」って。途中でやめたら落書きになっちゃう。ちゃんと完成させてから来いって。博はそれが嬉しくてしょうがなかった。みんなに褒められて、最後まで描かせてくれるので絵描きになった。

千住:でも僕は、自分の音楽っていうと、そのころ不良の音楽ですよ、ロックとかJAZZとか。ちょうど70年代、ロンドンブーツに長い髪で、学校でも先生に目をつけられて・・・。今みたいに学校でサークル活動っていう時代じゃないじゃない。僕はそのタブーの中に面白さがあって、その道に入って行ったんです。人に止められたから好きになった。博は人に褒められたから好きになった、っていう違いがあるんです。それでも真理子が12歳でデビューしたから、僕も博もこれ以外のものを見つけようと思ったんです。こないだ数えたら、約25年間僕と兄貴は「千住真理子のお兄さん」と言われ続けたんですよ! 25年目の時、2011年かな、初めて千住三兄妹って言葉が出てきた。

JK:私は三姉妹って呼ばれるようになったのは最近。それまでは、私は私、だったからね。家から解放されて、東京に出て、賞をとって、やっと解放されて。私のライバル相手は姉妹じゃないわって。いうんでやってきたんだけど、「カーネーション」から三姉妹って言われるようになったの。

出水:千住さんは幼稚舎から慶応義塾学校に通って、慶応義塾大学工学部に入学しますが、20歳の時に中退して東京藝術大学を受験。学校を変えようと決意したのは何があったんですか?

千住:僕らが今やっている仕事は職人の仕事なので、趣味ではできないな、ということが兄貴を見ていて分かったんです。兄貴も同じルートだったんですけれど、ちゃんと絵描きになるためにやっぱり修行したわけで。うちの場合は、父に対してパスポートが必要だったんです。父は学者だったんです。僕は父と同じ工学部で、父の跡を継いであげようと思ってたんです。兄も妹も違う方向に行っちゃったし。でも、ずっとタブーな音楽を隠してた。兄貴が僕のコンサートに来て「日陰の音楽を日向に引っ張り出せ」って言ったんです。

JK:表現がすごい。

千住:うちの父親は学者だから、父にもわかりやすい、専門の世界、慶應義塾にないところに行けって。でも、慶應よりも学費が安いところに行けって。慶応は高いですよ、でもうちの父親は教職員ですから割引制度があって(笑) そこより安いってなると国立しかない。これをパスしたらみんなが応援してくれるよって。僕は日陰の身だった音楽をみんなが応援してくれるとは思わなかった。じゃあ! っていうんで、嬉しいからやりましたね。

出水:そうして東京藝術大学作曲科を卒業された後に、大学院に入って首席で修了。その際に作曲した作品「EDEN」は、東京藝術大学が買い上げて、大学の資料室に永久保存されているそうです。

千住:東京大学の主に絵画、美術大学の生徒の作品が資料のために買い上げられる場合が多いです。博もそうでした。たとえば横山大観ですとか。それと、美術のほうの人々は全員自画像を描くんです。岸田劉生とか、昔の日本の美術界を作った人は全員自画像があるんです。その中に、音楽の作曲科の作品も含めようということになって。僕が歴代8人目でした。

出水:「EDEN」を作曲した際は、どういったコンセプト?

千住:結局、西洋音楽の最先端は最先端なものに乗っかってきちゃう。勉強ですよね。結局誰もやってこなかったこと、理に適った音を崩していく。僕の場合は、完全に五線紙をとっちゃってます。五線紙で表せることを超えている。譜面を見ると、絵のようになっています。

JK:それは誰でもわかるんですか?

千住:見たらわかります。音楽できる人なら、それを見れば「なるほど!」っていう音がするんですよ!僕の音楽はすべてコンピュータで数値で表している。それがちょうど今、藝大美術館で公開されているはずです。

JK:タイミングいいですよね! これ、音楽やってる人は見るべき! 譜面もアートになるんですね。

千住:ぼくらオーケストラの譜面を書くときに、「譜面(ふづら)」って言うんです。ふづらがいい譜面は、いい音がするんですよ。譜面がきれいな音楽はきれいな音がする。書きなぐった音楽は、書きなぐった音になる。演奏者の気持ちも変わってくるんですよ。

出水:ええ~! 千住さんの譜面は?

千住:いまでこそコンピュータで書くんですけれども、コンピュータでも意識しますね。とくに0.4mm、0.5mm・・・っていうシャープペンシルで縦の線をかき分けるんです。縦の線は細いほうがいいし、横の線は太いほうがきれいに見える。そのせいで、僕たち作曲家は30代で老眼になりますけどね(笑)


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「芸術ア ー トの保存・修復 ― 未来への遺産」
【会期】 2018年10月2日(火)~ 10月18日(木) 10:00~17:00
【休館日】10月9日(火)、10月15日(月)
【会場】東京藝術大学大学美術館 本館 展示室2
【観覧料】無料
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=OA楽曲=
M1. “Four Seasons” for Violin String orchestra より “Autumn”
ヴァイオリンとストリングオーケストラの為の「四季」より「秋」
 /  千住明:作曲 千住真理子(V)ワルシャワ・フィルハーモニック・オーケストラ